きゃっきゃとはしゃぐの声を聞きながら、ドレークはため息を吐いた。からん、ころん、と下駄を鳴らして楽しそうにあちこちきょろきょろと見渡す。体を動かすたびに、の背中で結ばれているレースの兵児帯が揺れる。夏まつり、当然、は浴衣姿である。白地に真赤な大輪のバラの描かれた見事なもの。短い髪も今日ばかりはピンで纏められて普段とは違う造花の薔薇が飾られていた。

それを見守るドレークも、堅苦しい海軍の制服ではない。一応、身分を隠すことが条件であったので、一般人と同じく着流しである。甚平がいいと主張したのだが、の真剣な「…三十路男のナマ足なんて視界の暴力だよね」と言う呟きで却下された。

ドレークははしゃいでいるを見て、額を押えた。

(……次の瞬間転ぶんだろう)

そして予想に違わず、前からやってきたガラの悪い男二人に激突して尻もちをついた。受けとめるべきだったとは思うが、、たまには少しくらい痛い思いをした方がいい。でないと学習しないでまた同じことを堂々とやる。
ドレークは、をとことん甘やかすつもりはなかった。人にぶつかっても、素直に謝れば問題は起きぬだろうと、たかを括ってもいた。

五秒後、の左足が男の股間をけり上げるまでは。













「だからさ、全面的にぼくは悪くないよね」
「俺の目には、お前が余所見をしていた所為で人にぶつかったように見えたが」
「夏祭りだよ?こんなに小さな女の子がはしゃがないと思ってるの?きょろきょろあたりを眺めて浮ついている子供は、大人が避けるのが常識でしょ」

ふてくされて頬を膨らましながら、はドレークからゲンコツを食らった頭をさする。が、絡んできた(という表現が正しいのか微妙だが)男たちに盛大な喧嘩を売って、怒りを買った。股間を蹴られた男はその場で蹲ったのだが、連れて歩いていたもう一人の男がを怒鳴りちらし(当然である)そしては、今まさにドレークに言った言葉そのままを相手に告げたものだから、事態は悪化する一方だった。
が掴みあげられるのを見てドレークは慌てて仲裁に入ったのだ。

出来る限り穏便に運びたかったのだが、結局屋台が三つほど大破し、ドレークはを抱きかかえて逃げるように裏の神社に駆け込んだ。

その階段の上にちょこん、とを乗せてまずは説教とゲンコツ一つ。大将赤犬からゲンコツの1度は可(ただし傷をつけたら首を飛ばすという脅し付き)を貰っている。

「自分で言うやつがどこにいる」

確かにの言う言葉にも一理はある。だが、張本人がそれを言い訳にするのはどうなのか。いくら、怪我をしたところで治るとは言っても、殴られて痛くないわけではないだろうに。

「俺が間に入らねばどうするつもりだった」
「後日ディエス少将がサカズキに蹴り飛ばされてた」

ぐっと親指を立てて、やたらいい笑顔で当然のように言いきり、悪びれる様子もない。わがまま子女そのものである。

(誰だ、この魔女を甘やかしまくっているのは!!)

ドレークは頭を抱えたくなった。、自分のわがままが通ることを知っている。度を越さねばある程度のことがあっさりと許される。を叱ることは誰にでもできるのだろうが、が言うことを聞くのは大将赤犬のみで、その赤犬が決めている善悪の尺度に、ドレークへの労りは含まれていないらしかった。

今後の将来とかを本気で考えそうになり、墜ち込むドレークの肩をぽん、とが叩く。

「はしゃいだら疲れちゃった。喉も乾いたし、オレンジジュースがいいな」
「買って来いと……?」
「嫌ならぼくが一人で言ってくるよ。少将の分も買ってきてあげるから感謝してね」

そしてまたタチの悪い連中の神経を逆なでしてくるのだろう。






手に紙コップとわたがしの袋、それにりんご飴、いか焼きなど抱えたドレークは、それはもう、盛大に痛む胃をこらえつつ、の待つ境内までの道をとぼとぼと歩いていた。

ことの発端は、が本日マリンフォードで行われる夏祭りに出かけて、花火を間近で見たい、と言いだしたことだった。例によって例の如く、「くだらんことをいうな」と赤犬に蹴り飛ばされてその話はなしになったと思われたのだが、しかし、どこからかその話を聞きつけたらしい七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴがを誘ったから問題だった。

はドフラミンゴが大嫌いらしいが、しかし、花火は見たいとそういうジレンマ。それで、「花火見てる最中鳥はどっか行ってなよ」と、誘ってもらった側がとんでもないことを言いだし、「お前と出かけられるんだったらなんでもいいぜ」と、まったくめげないバカ…じゃなかった、海の王者のとんでも発言で、危うくとドフラミンゴの夏祭りデート(笑うところ)が行われそうになった。

それに待ったをかけたのは、やはり、なんというか赤犬である。

嬉々としてドフラミンゴがに浴衣を用意しているその目の前で、堂々と「連れて行ってやらんこともない」と言いやがったのだ。なら最初から言え、とドレークは突っ込みを入れたくなった。

途端にが顔を輝かせて赤犬に礼を言い、ものすごくいい笑顔のままドフラミンゴに「そういうことだから!」ととどめを刺した。運悪くその全てのやりとりを目撃してしまったドレークは、本気でその場で辞表を書きたくなった。
が退室したあと、大将と七武海の不毛…じゃなかった、妙なにらみ合いが続いたのは、あえて言うことでもない。

思い出して、ドレークは胃がキリキリと痛んだ。結局ドフラミンゴが「覚えてろよチクショー!!」と、まるっきりあて馬のような言葉を吐いて出て行ったのを見送ってしまった。ドレークは、その途端ドフラミンゴに感心してしまったのを覚えている。おそらく、ドンキホーテ・ドフラミンゴ、自分が本気でと出かけようとは思っていなかったのだろう。自分がそういえば、赤犬が腰を上げると、そのように考えたのだ。

ドレークは、なぜあの七武海がそこまでを想うのか未だ理解できないが、しかし、本当に大切にしているのだ、ということは常々感じていた。

(それに引き換え、あの大将は……)

現在、ドレークがとともに夏祭りに来ているように、赤犬、結局は来なかったのだ……!

思い出してもが哀れである。赤犬の仕事が終わるのを辛抱強く待っていた。夕暮れになると自主的に浴衣に着替えて、ちょこん、とソファに座って待っていた。それで、日が落ちてきて、そろそろ花火も始まる、というその時間になっても、赤犬は仕事を止めなかった。

(しまいに言った言葉が「連れて行ってやる、と、確約した覚えはない」だ……!!!)

その時のの落ち込みっぷり。ドレークはドフラミンゴに連絡してやろうかと本気で思った。仕事は、確かにこの時期はいろいろ忙しいことをドレークもわかっている。だが、それでも一時間でも空けられないということはないだろう。が、本当に珍しく、どこかへ行きたい、と自己主張をしたのだ。我がままは言うが、自分からどこかへ行きたい、とが言うことはほとんどない。己の分を、そういう意味ではわきまえていた。

その、赤犬にそれを突きつけられて、それでもにへら、と笑ったものだから、ドレークは歯を食いしばってしまった。

なら、私がお連れしても?

そう言って、後悔した。ものすごい目で赤犬に睨まれた。なら自分で連れて行ってやればいいだろう!!と、上司に叫びたくなったが、堪えた。が嬉しそうな声をあげ、ドレークに抱きついた瞬間、自分の命の終わりを覚悟したものだ。

そして今に至る。

が若干普段より傲慢さに磨きがかかっているのは、赤犬とこれなかったことに対する八つ当たりなのかもしれない。







「面白いねぇ、これ。花火は見れなかったけど、ふふ、屋台って本当、面白いものがいっぱいだねぇ」

買ってきたジュースや菓子類を口に運びながら、が機嫌よさそうに目を細める。に味覚はないので、ドレークはできる限り目で楽しめるものを選んできた。

当初は赤犬を待っていた所為で、目的の花火が終わってしまっていた。もっと早く連れ出してやれればよかったとドレークは後悔しつつ、の頬に付いたソースを拭う。

「取りはしないから落ち着いて食べろ」

珍しいことである。礼儀正しく、どんな時でもテーブルマナーを忘れぬが口元にソースをつけるとは。以外に思いながら、それでも笑って言うと、がふてくされた。

「別に慌てて食べてるわけじゃなくて、食べ方わからないものばっかりなんだよ」
「普通に食べればいいだろう」
「あのね、ぼく、屋台で買い食いとかほとんどしたことないんだよ。普通にわかんないよ」

そういえば、先ほどラムネ瓶を木に叩きつけていたが、あれは開け方がわからなかったということなのか。ビー玉だけ確保したが「これなんでラムネ入ってたの?」と怪訝そうにしていたので、悪意があってのことではないとは思っていたが。

意外そうなドレークの視線に気づいたのだろう、が耳を赤くした。

「べ、別に、知らなくたってこの数百年困ってないし…!!」
「いや、まぁ、そうなんだろうが。そうか、お前でも知らないことがあるのか」

900年生きた、魔術師。多くのことを知る賢者である。ドレークはを理不尽なわがまま娘と思うと同時に、誰も知らぬ叡智の持ち主であると敬意の念を抱いてもいた。だが、こうして、当たり前のことを知らず、それを恥ずかしがる様子は、幼い子供となんら変わりはない。

口元がほころんでいたらしい。がきっ、とドレークを見上げた。

「なんで笑うの。少将!」
「いや、微笑ましいと思ってな」
「微笑ましい!?このぼくが……!!」

ものすごく嫌そうな顔をして、は最後の一口を食べきった。これ以上この話題を続けたら蹴りが飛んでくると長年の付き合いで判じ、ドレーク、の手を取る。

「食べ終わったなら、屋台を周ろう。射的や輪投げはやったことがあるか?」
「人間を的にして急所狙ったり、砲烙に人間巻きつけてその上から輪っか投げたり?」
「夜祭りの話をしているんだが。それはどこの拷問だ」

、インペルダウンで過ごしたことがあるせいか、時々(いや、しょっちゅう)物騒な発想をする。夏まつりでそんな惨事が起きたら二度と祭りが開かれることがないだろうに。ドレークはため息を吐き、ひょいっと、を肩に乗せた。小さな、これには驚いたらしく、びっくりとして身動きをしない。

「これなら人にぶつかることもないだろう。逸れる心配もない」

ちゃんと捕まっていろ、と言うと、が遠慮なくドレークの髪を引っ張ってきた。






繰り出せ夏祭り!!!