「ねぇ、これなぁに?」

真夏の日差しが照りつき汗がだらだらとひっきりなしに流れ落ちてくる始終。北の海の生まれであるドレークは夏にはめっぽう弱く、それを知ったがとても楽しそうにドレークを外出に誘ったのは一時間ほど前のことだ。
海軍本部奥の大将らの執務室から離れ、ここはとある島の海軍支部のあるところ。大将の年に一度の支部周りというか、まぁそんな野暮用といえば野暮用でも海軍本部を離れることになった。赤犬がそれなりに多忙になることが見込まれているための世話係ということで毎度同じみディエス・ドレークに白羽の矢が立ち、そういうわけでドレークは現在海軍支部の建物から少し離れた散歩道で、虫かごをぶら下げたと一緒に散策中と、現在そういう状況である。

「ん?なんだ」
「拾ったの。わりと落ちてるんだよね。これ」

の本日の装いは真っ白いワンピースに同色のつばの広い帽子。薄紅色のリボンが結ばれておりが動くとひらひらと揺れる。普段なら日傘を持つだが今日は「虫取りあみとか持ってるし!」ということで手が塞がった。彼女の肌の白さを考えると今晩あたり肌が熱を持って大変なことになるのだろうとわかりつつドレークはの言い分に従っている。

そのが手のひらに乗せているのは麦茶色のカサカサとした、蝉の抜け殻である。ここは森ではないし、地面はコンクリートで舗装されているが、それでもそこらじゅうで鳴いている蝉の、成体になる前の姿形をくっきりと残した抜け殻をは面白そうに眺めているのでドレークは苦笑してぽん、とその頭を叩いた。

「蝉の抜け殻だ。土の中で過ごし外に出るときに脱ぎ捨てたんだろうな」
「あぁ、これが」
「知っているのか」
「まぁね。しばらく見てないし、あんまり必要のない知識だったんですっかり忘れてしまっていたよ」

蝉の抜け殻はもろい。それを崩さぬようにはそっと指でつまんでしげしげと眺めていた。太陽にすかしてみるときらきらと光が見えるのか口元には「面白い」と素直に感じている笑みが浮かんでいる。

ドレークは常々、には夏が似合うと思っていた。春や冬はを「魔女」と扱う要素が多いが夏の、このカラッとした暑さと問答無用の陽気さがを素直な子供として扱ってくれる。

「そういえば昔」
「うん?」
「俺が子供の頃の話なんだが、兄弟で蝉の抜け殻を集めたんだ」
「集めてどうするのさ?結果はゴミだよ?」

容赦ないがそれでも話の続きが気になるようでこちらを見上げてくる。すると足元がおろそかになるのでドレークはが転ぶ前に抱き上げてしまうことにして、肩にひょいっと乗せた。それで歩き出す。はこういう体勢のときの定位置であるようにドレークの頭に手を置く。

「俺の生まれ育った北の海にも夏がある。短い上に今日ほど気温も上がらないんだが、それならそれでその気候にあった蝉が生まれるらしい。毎年夏になると鳴く蝉の、その抜け殻を兄弟で集めるのが楽しかった」
「他に娯楽がないとか?」
「失礼なことを言うんじゃない。まぁ、否定はしないが」

短い夏だった。だがドレークも兄弟たちもその短い夏の間にだけ出会える出来事が楽しくてしかたなかった。確かにの言うとおり蝉の抜け殻なんぞ集めたところでどうということもないのだが、しかし集める最中は楽しく、膝を汚しながらあちこち探しまわって、あっという間に日が落ちた。夏の太陽は長いはずなのに、楽しく過ごしていれば冬の太陽よりも短く感じた。

森の中でなくとも蝉はいて、蝉の抜け殻は落ちているものなのだと改めてドレークは知った。そういえばこうして意識してみれば、道の隅には蝉の死骸がいくつか転がっているようだ。蝉の寿命は短い。土の中で生きている分よりもずっと短いそうで、よく「蝉の寿命は一週間」とそう言われていることを思い出す。

「これは好きだけど、あれは嫌いだな、ぼく」

と、感慨にふけるドレークの頭をぱしんとたたきながらが呟く。文句を言うだけ無駄だと分かりきっているためドレークははたかれたことには突っ込みをいれず、むしろを放って思考に沈んだ自分が悪いのだと、本当、世話役の鏡のような思考に切り替えてから、に顔を向けた。

「何がだ」
「あれだよあれ。察しなよ」
「相変わらずの無茶振りだな、お前は」

呆れため息を吐くとひょいっと、がドレークの肩の上で器用に体をずらし、脚を抜いて肩車の体勢に直した。こちらのほうが収まりがいいらしい。ぽん、とこちらの頭を抱え込むように上半身を押し付けてくるとドレークの目線はほぼ同一になる。

「蝉の死骸か。夏になると良く見かけるものだろう」

が見ている「あれ」とやらは先程ドレークも見た蝉の死骸だ。夏はまだまだ続くだろうが早々に命が終わったらしいカサカサとした体。風が吹けばカタカタと小さく揺れるもの、もう激しく羽を震わせることもない様子。それをがはっきりと「嫌い」という。その珍しさにドレークは一寸驚いていた。わがままいっぱいのだが、はっきりと「嫌い」と言葉に出して拒絶することはそうない。

だが蝉の死骸、などそう珍しいものでもなく、夏になれば海軍本部にだって転がっている。がよく利用する中の庭の木にだって蝉は止まっていて、そうして地面に落ちているはずではないか。だがドレークがこれまでと過ごした夏の中で、少なくとも「嫌い」だとはっきり聞いたのは今日がはじめてだった。

「そうかな。わりと、これはぼくの周りじゃ珍しいんだけどね」
「どういう意味だ?」
「考えてよ、ディエス」
「言いたいことははっきりと言ったほうが俺はいいと思うぞ、

もう一度べしん、と頭を叩かれた。痛いじゃないかと言ってもこの状態のにはいっそう効果がない。それでドレークは考えてみる。「この状態」でのことが珍しいとは言いたいのか。場所はコンクリートの歩道が続く散歩道。傍らには木々が生い茂っていてきちんと日陰もある。

そういえば、こうして蝉の死骸、というものをじっくりと眺めているのは少々「妙な状況」ではないのかと、ドレークは今更ながらに気づいた。蝉の「死骸」である。そういうものをとの話題に使用している。「抜け殻」ならかまわないが、死骸はダメだとそんなことを身勝手に思い、話題を変えようとするが、そうすると気づいたがぎゅっと、ドレークの耳を掴んだ。

「痛いぞ」
「痛くしてるんだもの。しょうがないよね、もっと痛いっていいなよ」

悪魔かお前は。ドレークは毎度の事ながらため息を吐き、だんだんと機嫌が悪くなっているらしいを地面に下ろす。

「道徳的に、虫の死骸についてあれこれ話すのはよくないと思うんだが、他の話題にしないか」

が拒絶している以上「さりげなく話題変換」というのはできない。だから「どうしてか」という理由をもって「提案」してみると、が目を細めた。

「たとえば?」
「………いや、それは」

ドレークはのお守り役として立派にやっているが、しかし基本的に不器用な男である。のわがまま無謀には付き合えても、それでも「楽しい話題」を自ら振ってあれこれと場を楽しませる能力はない。欠片もない。これっぽっちもない。普段はが点々と話題を振って勝手に話して、という状況。辛抱強く付き合えてはいるが、しかし、ドレークにホストとしての才能はないのだ。

改めて言われればが楽しめる話題の候補が浮かばずドレークは答えに困る。普段はがそれなりに気を利かせて話題を変えるが、今回はどうしてもこの虫の死骸の話がしたいらしい。黙って眉を寄せるドレークを見上げころころと笑った。彼女は笑うと猫のようである。

「気の毒だなって、そう思ったんだよ。このぼくに同情させる。だからあれは嫌いなんだ」

ひとしきりドレークの困惑顔を楽しんで、がくるり、と背を向けた。動くとリボンが蝶々のようにひらひらと揺れる。

「お前が同情する?蝉にか」
「ふふ、信じられないって顔をしているね」
「見えていないじゃないか」
「見なくてもディエスの浮かべそうな表情くらいわかるよ」

背を向けたままが断言する。だがドレークは一寸反論したかった。が「蝉」に「同情」していることが当人の口から確定だとされたのなら否定はしないし、にそういう慈悲の心があるわけないとハナっから思っているわけでもない。

いや、確かに、あのが「蝉をかわいそうだ」と思っているというのは違和感があるが。

理解できず黙っていると、が同じように眉をひそめた顔で振り返った。

「ねぇ、勘違いはしていないよね?まさかこのぼくが、蝉の命が一夏だからかわいそうで泣いてしまいそう!だなんてことで哀れんでいるとかさ!」
「あぁ、違うのか」
「もちろん」

先程と同じ強さで断言する。まぁ、そうだろうな、とドレークも納得した。では「蝉」が主語に違いないだろうが、それだけではないことになる。さてなんだ、と考えていると、が蝉の死骸を指差した。

「だってほら、あれは気の毒だろう?ディエス」

の指の先には特になんの変哲もない蝉の死骸。夏を必死に生きただろう虫の末路。子孫を残せたのか残せなかったのかそれはドレークには分からないし、いくらだってたまたま見かけただけの蝉の一生を把握しているわけもない。だから「その代で途絶える」ことを哀れんでいるとかそういうことではないはずだ。

さて、どういうことだ。考え、しかし浮かばない。

するとが「ディエスは軍人だものね、わかんないよね」とそう呆れてため息を吐く。やれやれ、というように肩を竦められて、珍しくドレークはムッとした。に小ばかにされることには慣れているが、呆れられる、というのは、さすがのドレークにもプライドがあり、黙ってはいられない。

、」
「べつにいいんだけどね。たぶんサカズキもクザンくんもわかんないだろうし。おつるちゃんも無理だよ。だから気にしないで。あ、でもドフラミンゴならわかるかもね」

素直に罵倒されるより傷つくのはどういうわけだ。

あのドフラミンゴ以下とし、失望するそぶり、というのは新手の嫌がらせなのだろうか。ドレークはギズギズと痛む心臓を抑え、こみ上げてくる感情を何とか押さえ込んだ。その様子をが愛しそうに眺めてくる。

「ほら、あれさ。あの蝉、コンクリートの上で死んでしまっている。あれはいけないよね。あれは気の毒だろう?」
「コンクリートの上は熱い、死んで焼かれるのが哀れだと?」
「死んでるんだから焼かれても問題はないと思うよ」

ではないんだ。いい加減答えを知りたい。するとはひょこひょこと蝉の死骸に近づいてしゃがみこみ、先程拾った蝉の抜け殻と一緒に添えた。コンクリートの上に蝉の死骸と抜け殻が並んでいる。がしゃがみこんだため影になる。それでもコンクリートの熱さは変わらないだろうし、そこが問題ではないとはいう。

「わかんない?ディエス」
「すまないが」
「コンクリートの上で死んでしまうとね、ずっとこのままだよね」

当たり前のことである。

だからいつまでも蝉の死骸があちこちに散らばっているのだ。それが「哀れ」というの言葉にドレークはやっと合点がいった。

「土から生まれて出てきたんだけどね、蝉はコンクリートの上で死んでしまうと土には還れないんだ。それならどうなるんだろう。ねぇ、どうなるんだろうねぇ。ディエス。ぼくはね、蝉の死骸は虫に食べられてしまうならまだマシだと思う。でもそうじゃなくて大半は、そうだな、不幸にも踏み潰されてカサカサと崩れて、粉々になってしまうんじゃないかな」

じめじめとした土の中で多くを過ごし、やっと空に上がっても数日しか生きられず、その後は土に還る、土の養分となって、自分の幼い頃の苗床に恩返しをすることも出来ずただ消えていくだけの末路。哀れじゃないか、とが言う。

そうしての足が蝉の、夏の残骸をグシャリ、と踏み潰した。






+++






「出る前は機嫌が良かったはずじゃがのう」

貴様、に何をしたと。明らかに何かしたことが前提で問うてくる大将赤犬を前にしてドレークは只管頭を下げた。言い訳なんぞするだけ自分の寿命を縮める。己の人生まだまだ遣り残したことがあるわけで、ドレークは生きることに一生懸命だ。(いい言葉だが状況が状況だけに情けない)まぁそんなことはさておいて、場所は変わって支部の、赤犬が使用している執務室。事前にそうと要望が伝えられているのか赤犬の執務室の隣はの寝室として用意されていて、現在は外から帰り汚れを落とすなり食事もせず布団を被った。普段海軍本部であればサカズキがの口を無理やり開かせて食事を流し込むが、あいにく今日は多忙でサカズキも別で食事(支部の海兵と会食)を取ることになっており、こうして十二時を回るまで帰ってこれなかった。

そうして戻ってくるなりドレークからの状況を聞き、現在額にうっすらを青筋を浮かべていると、そういう展開になっている。

ドレークの名誉の為に言うとすれば、彼とてをあれこれと説得しようとした。だが結果はこの通りである。

「申しわけありません。何か特別なことがあったわけではないのですが」
「あれの普段の癇癪っちゅうことか?」
「…いえ、そういうわけでは」

なんでこの上司はこんなに性格が悪いのだろう。ドレークはキリキリと胃が痛んだ。が普段の癇癪を起こしているのなら状況はもっと違っているだろうと赤犬は分かっているのだ。分かっていて確認を取る。理由は明白だ。ドレークへの嫌がらせである。赤犬は細かいいきさつは知らずともが「ドレークと出かけたから」気分が沈んだ、あるいは嫌な思いをすることになったと検討付けている。それで嫌がらせをしていると、本当に、のことに関しては心の狭い上司だった。

ドレーク自身なんとなくがこの状態になったのは自分の所為なのだと感じている。考えられる要因としては、が言うその「無様な死骸」というのはドレークと重なるものがあったのかもしれない。いつかのドレークの未来を重ねて気分を鎮めたと、うぬぼれではなくそれくらいの自覚はあった。そして自分だけではないのだろう。にとって「蝉の死骸」は「海兵の死骸」であるのかもしれない。赤犬の末路についても、感じることがあったのかもしれない。

「実はがこういうことを申していまして」と赤犬に説明することができなかった。言えば状況は悪くなるだけだろう。だからドレークはこうして赤犬の嫌がらせを身に受けて胃痛と戦うほかに選べる道はないのである。

そうして赤犬の視線を頭の裏に感じながらドレークは、踏み潰した蝉の残骸を見下ろしていたの細い肩を思い浮かべる。

たぶん、彼女はあぁやって、己や赤犬の死体が朽ちるのを見届けるのだろうと、そう思った。

「ふん、おどれは阿呆か。あれが今更その程度でへこたれるような女か」

そう感じ入って、静かに伏していたドレークの耳に赤犬の失笑交じりの言葉が掛かる。はっとして顔を挙げ、ドレークは呼吸が止まった。ぐっと、胸倉を掴まれて赤犬に吊り上げられていると即座には気づけぬ。それで顔を顰め、手が意味なく挙がり、抵抗する力もすぐに消えてだらりと下がる。

「ディエス・ドレーク。おどれはあれに染まっちょりゃァせんか。正義の海兵がみっともねぇ。油断するな、あれが、あの女が、おどれのいうような生き物じゃねぇことはわしがよう知っちょる。あれがわしやおどれの死を見届ける度胸があるわけがねぇ」

言葉には出していないはずだがなぜ赤犬は「何があったのか」知っている口調なのだろう。朦朧とする意識の中ドレークは考え、監視でもつけられていたのかと思う。この部屋に戻ってくる前に報告を、すでに受けていたのかもしれない。自分が赤犬に信頼されていないことをドレークは知っている。確かに、そういう自分に、いつまでもを任せているわけもない。

では蝉のことも、死骸のことも、が踏み潰したことも何もかも知っていたのか。

「あれを「ただの子供」とばかげたことを言うおどれに今更言うても仕様のねぇことかもしれねぇが、言うておくぜ。あれが泣くのは自分のためだけじゃけぇ、あれが傷つくのは自分のためだけじゃァ。哀れじゃァ言うのなら、それは自分自身のことじゃろう」

蝉を、あっさりと死ねる蝉を羨んで、そういう心を抱かせるから「嫌い」さらにはこの己に嫌われるから「哀れ」だと、そういう見方しかできない女だと。赤犬はそう吐き捨てる。蝉の死骸が土に返れないことに優越感を覚えている。みっともないと蔑める。足蹴にすることで劣等感を振り払おうとしている。は、あれはそういう生き物だと赤犬はドレークに突きつけた。

これは警告なのだろうか。ドレークは鋭い怒気を突きつける赤犬の目の強さを間近で感じながらこの状況をかみ締める。ドレークはをただの子供だと。あどけない、本当は純粋で無垢な弱弱しい子供だと、そう扱う。彼女を誰もが「魔女」と呼ぶから、そうと扱うからはそうならねばならぬ、振舞うのだと哀れみさえあった。それを赤犬は見抜き「大概にしろ」とそう「海軍本部大将」として忠告しているのだろうか。

そうと受け入れるべきなのはわかった。だが受け入れてはドレークの正義に反する。そして何より、ドレークはその「海軍本部大将」の「顔」で「声」で「態度」でそうとまっすぐに言う赤犬の、サカズキの、この男の黒い目の奥にある感情を、このとき初めて真正面から見つめた。

(この男は……!!!!)

ぐっと、ドレークは体中の悪魔の身の力を総動員して手を動かし、自分の胸倉を掴む赤犬の手首を掴んだ。恐竜化できるほどの余裕はなかったが、常人(本部海兵基準)を遥かに超えた握力は発揮でき、赤犬の手首が軋む。マグマ化すれば拘束が解けるゆえにか赤犬はマグマ化せずにドレークのその「反撃」を受けた。

「……おどれ」

赤犬の目が今度こそ容赦ない怒気に満ちドレークを睨みつける。大将の本気の敵意と怒気にドレークの体が強張った。だが奥歯をかみ締めてギリギリと音を鳴らし、のどから声を出す。

「何もかも、あなたが…あなたがそう思いたいだけだ…!!彼女がそうであると、彼女の何もかもが残酷であると自己本意であると、あなたはそう思い込み、彼女を、を、あの子を殴る理由をつけたいだけだ!!!そうしなければあなたはを…!!!!」

最後まで言うことは出来ず、ドレークは壁に叩きつけられた。がぎりっと背骨が激しく打ち付けられて鈍い音がする。だが手加減はされたらしい、あるいは大将が使用するためにあらかじめ頑丈なつくりなのか、壁は破壊されず、亀裂が走ったのみである。しかしドレークはげほり、とむせて吐血した。あばらが折れたことだけはよくわかる。肺に刺さっているかもしれない。そういう吐血量だった。だが口をぬぐい、こちらを見下ろす赤犬を睨みつける。

「………」

赤犬は無言だった。口元を普段以上に引き結び、こちらを今にも殺さんばかりに睨む。焼き殺される覚悟はあった。自分は「大将」に逆らった。さらには、この世の正義と悪の定義に異論を放った。いや、この世の、ではない。この苛烈な正義の体現者。海軍本部きっての「正義」の使者である赤犬の正義を罵倒した。

普段であればこういう状況下、青雉か、あるいはがこの間に割って入るだろう。だがそれはない。今日この場に限ってはその展開だけはありえない。ドレークは、これが己と赤犬の「決定的」なものになったのだと、そう感じ、同じように赤犬も己に対してそう、気づいたことを悟った。

互いにこれ以上の言葉を放たぬ。いや、言えぬ状況。言えば赤犬はドレークを殺さねばならなくなる。だがその途端、ドレークを殺せば赤犬は自分の正義を捨てたことになる。ドレークの言葉を認めたことになる。だからそうはできない。

同じようにドレークは赤犬が何か言えば、から赤犬を奪わけなばらなくなる。だがそんなことはできない。の運命を背負えば自分は自分の人生と運命を諦めることになる。そうはできない。ドレークはを一番には選べない。だから、ただただじっと互いに睨み合い、そして外では相変わらず蝉がよくよく鳴いていた。






(この男はを愛している)



Fin

(2011/08/08 21:00)

・最後の台詞は赤犬とドレーク両方の胸のうちってことで。
いろいろ解説を書きたいんですが…なんかすんごい気持ちの悪いことになるので止めました。

・ただひとつ書いておきたかったのは、結局少女夢主の「個性」というのはドレーク、あるいは赤犬さんの「思い込み」「押し付け」でしかなくておたがいどっこいどっこい。結局のところどっちも本質見抜けてんの?という男の身勝手さみたいなのもやりたかった。えぇ、すいません。