「…眼球抉り出してじゃぶじゃぶ洗いたい」
「したけりゃしろ。わしが眼を抉りだしちゃろうか」
ぼそり、とが呟けばトントンと書類を整えながらサカズキが容赦なくのたまった。はずびっと鼻をすすり、眼を擦りながらキッと睨む。
「洗ったくらいでこの苦しみから逃げられるわけないでしょ!!」
「なら言うな。耳障りじゃ」
実際眼球取り出して洗ったらどうなるんだろうと、も時々思わなくはないが、実際取り出したところで緩和されるとは到底思えない。寧ろ血にたくさんこびりつくんじゃなかろうかとそんな予想すらある。そうなったら痛い上に状態悪化。それは嫌だ。何度目かの鼻水をかみ、はうぅっ、と自分でも情けなくなるような声を上げて、完全密封された窓を恨めしそうに眺める。
季節は春、うららか、暖かい。今年の冬は格段と寒くてはほとんど外に出られなかった。それで、やっと気温も上がって、春が来た。、春が四季の中で一番好きだ。うきうきと踊りだしたくなる、というくらいではないけれど、しかし、きれいで愛らしい花が咲くこの季節が大好きだ。曇り空が晴れてすっきりいい天気、桜はまだ早いけれど、梅や桃の花を窓の外から眺めて、春の花見を心待ちにしていた。
というのに。
「どうしてこれまでならなかったのに…!!!今年に限って花粉症!!?っていうかこの体、死体なのになんで今更花粉症!!!!!」
「わしが知るか。いい加減黙らんと木の下に吊るすぞ」
うわー、とはソファの肘掛に伏して心底悔しそうに唸った。
ノアの体を頂いて四百年。死体なのだから成長することもないが、風邪以外の病にかかることもなかった。便利☆と胡坐をかいていたのがまずかったのだろうか。それとも冬場はサカズキの仕事が忙しくロクに食事も取らなかったのがまずかったのだろうか。花粉症は冬の間にビタミンを蓄えておけば防げる、とかなんとかそんな噂を思い出し、、今からでもみかんを大量に食べれば間に合うかと真剣に考える。
なぜ、今年に限って花粉症になんてなったのだ。
異変に気付いたのは一週間前。もうすぐお花見だ、と楽しみにしていたが、こう、妙にクシャミが出る。風邪でも引いたのかと、サカズキが即座に外出禁止にしたが、それでは寂しかろうとクザンが桃の花を持ってきてくれた。それで、ベッドに寝かされながらも花を楽しんだのだが、一向に回復しない。窓の外から少しずつ咲いてくる桜を眺めて、早く治らないかと焦っていたが、クシャミは酷くなる、そのうえ、眼がかゆい。頭もぼうっとしてくるわ、で、これ何の病気?とは最初心当たりがなく、またサカズキも風邪をこじらせたのかと眉を寄せ軍医を呼んだり風邪に効きそうなものを色々取り寄せたのだが、なかなか症状は回復しなかった。
軍医の名誉のために言うが、彼は別にヤブだったわけではない。しかし、風邪だと思って診察し、そして処方した薬がまるで効かないので、冗談半分に「まさか花粉症ですかね」と言ってきた。もサカズキも「まさか」と即座に否定したのだが、ためしに検査をしたところ、ばっちり結果が出ていた。
、とりあえず全ての花粉に反応するらしい。
「お花見…!!!海軍のお花見……!!!ぼく毎年楽しみにしてたのに…!!ディエスが中将たちにいじられて吐くまでお酒飲まされるところとか楽しいのに…!!!」
「桜を楽しめ、このバカタレ」
「桜がキレイなのは当然だよ!!!」
脳裡に去年のお花見の様子を思い出しては、はぁ、とため息を吐く。海軍、時々「平和ボケ?」とか突っ込みを入れたくなるが、四季の行事にはしっかり力を入れている。四月の初めには海軍本部の海兵や家族を招いた大々的な花見が行われ、その日ばかりは無礼講、と准将以下の海兵たちは随分羽目を外しているが、准将からの海兵が「無礼講」と言われて本気で上官に蹴りを入れられるほど力を抜けるわけもない。
微妙に遠慮したりされたり、の、しかしそれでも和やかな雰囲気がには面白い。おつるにお酌されて恐縮するセンゴクをからかい倒すのも面白いし、ボルサリーノの宴会芸「うちの戦桃丸くん」を見て冷やかし、そこから舌戦になるのも面白い。クザンが毎年違う女性を連れてきているのでサカズキが青筋立てるのも本当に楽しみだったのに、それに…今年は参加できないなんて…!!!
「せめて写真撮ってね!サカズキ!!絶対写真撮ってきてね!!」
「なぜわしが部下どもの写真を撮らにゃぁならん。撮影班がおるじゃろうから分けてもらえ」
物凄く正論を言われ、は「そっか」と一瞬納得してしまった。写真班というのはアタっちゃん率いる海軍の軍属のことだ。海賊の手配書のための写真を撮ることが目的の部署だが、しかし突然新人がおっかない海賊の写真を撮れるはずもない。しかも状況はほとんどが戦闘中というのなら、被写体もお行儀よくしてくれているわけもなく、かなりの腕が必要となる。
そこで、日常から海兵たちの写真を撮ることが彼らの訓練だ。お花見の場などもってこいだろう。少し前に行われた雪合戦でも大活躍していた。うっかりに雪球をぶつけるところを激写されてしまった海兵は、数日間恐ろしくて外を歩けなかったという。その写真をしっかり赤犬が凝視していたという噂があるからだろう。
「それはそうなんだけど、でも、サカズキが写真撮ってくれたら嬉しいのに」
「わしは得意じゃない。貴様もどうせ見るなら上手い方がえぇじゃろうに。なぜ拘る」
午後の仕事は一通り片付いたのか、珍しくこちらと会話をする姿勢を見せるサカズキに、は顔をあげて、瞳を輝かせる。別段意識はしていないのだが、となぜか恥ずかしくなり、腕に抱えたクッションに顔を埋める。
++
「別に、なんとなく」
「貴様、わしがカメラを構える姿が想像できるか」
「……カメラ壊れない?」
「蹴り飛ばされたいんか」
正直に答えたのだが、低い声で言われてはあわてて顔を挙げ、首を振った。
「あ、そうだ!クザンくんさ、今年はどんなキレイな人連れてくるのかな?」
「わしが知るか。あのド阿呆はいい加減一人に絞りゃァえぇものを」
長年の付き合いなので、もサカズキも、この二十年間クザンが何度お付き合いしている女性が変わってきたのか知っている。去年は上品な黒髪にブルーの瞳の大人しい感じの女性だった。かなりマジメな女性らしく、サカズキやボルサリーノに丁寧に挨拶をしていて、よくクザンのような遊び人がこんなに大人しい女性と付き合えたものだと、誰もが関心したほどである。
その女性はその半年後、マリンフォードのカフェテラスでお茶をしていたにアイスティを頭からかけてきたので、破局したのだろう、とはなんとなしに悟っている。
「そうだね、ぼくも毎回毎回、クザンくんと町に出かけるたび「この泥棒猫!!」とか言われるのはヤだな。一番ヤなのは、なぜかぼくがクザンくんの隠し子扱い」
話題を変えるために出したのだが、自分で言って、はため息を吐いた。恋人に間違われるのは、まぁ、何かこう昼ドラ的な展開で面白いのだが、クザンの隠し子疑惑を立てられ、本部まで怒鳴り込んできた女性がいたときには、さすがのセンゴクも閉口していた。あのときは、ディエスが女性をなだめ、さらにはディエスがの父親であるという無理やりな説得により女性も納得してくれたのだけれど、本当、毎度毎度、はクザンの女関係に巻き込まれる。
「そういう意味で考えたら、今年はクザンくんの恋人に会わなくてすむから平和に過ごせるのかな?」
前向きに考えることにして呟けば、サカズキが鼻を鳴らした。
「なぁに?」
「あれのバカが付き合う女の種類を変えん限り、無理な話じゃろう」
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「クザンくんがお付き合いする女の人って、毎回タイプ違うように思うけど」
きょとん、と丸い大きな眼を幼くするにサカズキは、内心クザンに同情したくなった。確かにの言うとおり、あのだらけきった同僚が「恋人」にする女性は性格が様々で、クザン当人、特別に好みだという性格はいないのだとも聞く。前回は大人しい女性だったが、その前はあまり褒められた道ではないことを職にしている女性であった。来る者拒まず、というわけではない。サカズキが見る限り、年齢や性格、身長や体系は様々だが、必ずクザンのほうから声をかけている。共通点はある。
必ず、青い眼か、あるいは、赤に近い髪をしている女性にクザンは声をかける。
どういうことか判らぬサカズキではない。なぜは気付かぬのか、とも思うが、しかし、気付いていてそれでも気付かぬふりをしているのではないか、とも思えた。信頼を寄せる「男」に異性として見られることをはとことん、嫌悪している。赤髪が良い例であった。
「外来の客じゃぁねェが、表の食堂の見習いコックが今年は一品拵えるっちゅう話を聞いたが」
「マリアちゃん?」
あまりクザンの話題をが面白そうに話すのも気に入らない。それでサカズキは先日小耳に挟んだ話を口に出せば、が面白そうに笑う。
数ヶ月前には海軍の一般食堂で簡単な給仕をしていた。妙な格好をさせられていたときは、正直どうしてくれようかと色々考えたが(大人気ない)見掛けの年齢の近い知人を作るのも悪くないと判断して許していた。知り合った見習いコックの少年は給仕でメイドの格好をさせられていて、その時の名前が「マリア」だという。当人はかなり嫌がっているのだが、なかなか好評だという話をサカズキはよく聞く。
それでいいのか海兵、と色々部下に突っ込みを入れたくなるが、士気の向上に繋がっているので今のところサカズキは放置している。
「そうそう、マリアちゃんさ、この前自分でお化粧してたの。ディエスが来るからって、はりきってたんだけどね、ディエスはぼくがモモンガ中将のマントに落書きしたのに必死に土下座してたから行けなくなっちゃって。それ以来マリアちゃん口利いてくれないんだよねぇ」
今でも週に一度は、食堂に手伝いに行っている。仕事が上がったことにサカズキが迎えに行くもので、その日は客足がかなり悪くなるそうだ。
「あの少年はディエスに懸想でもしちょるんか」
「そこはほら!憧れってことにしておいてあげようよ!!」
「それなら化粧する必要はあるんか」
首をひねればがさっと顔を背けた。あまり深く考えないほうがいいことが世界にはある、とその横顔が言っている。別段海軍本部、同性愛についてうんぬんという厳しい決まりはない。サカズキ自身はそういう気はないが、まだ若い訓練生の頃、顔のこぎれいな同期がそういう噂になっていたことはあったので、懐かしく思い目を細める。
ちなみに、サカズキも昔はすっきりとした顔立ちをしていたもので(今はあれだが)上官に押し倒されそうになったことがないわけではない。次の瞬間生まれてきたことを後悔させたが、今となっては懐かしい思い出である。
堂々と回想していると、が首を傾げた。
「マリアちゃんが料理出せるようになるなんて、がんばってるんだね」
、あの見習いコックには懐くとかそういう意味ではなく、純粋な興味があるようで、関心したような声を出した。
実際のところは、腕が認められたというよりも、花見の席で大量に肴が必要になり、なおかつ一品くらい面白いものがあったほうが楽しめる、という意味での抜擢なのだが、が妙に嬉しそうにいうものでサカズキは黙っておいた。
しかし、そうなると余計今回花見に参加できぬことをが悔しがる。
「ぼくも行きたかったなぁ。ねぇサカズキ、一朝一夕で花粉症治る方法知らない?」
「そんな方法がありゃ、世の中は少しはマシになる」
海賊の犯罪と比べるべくもないが、花粉症が人をかなり煩わせていることはサカズキも認めていた。この時期になるとあちこちで鼻の詰まった声がする。訓練兵たちはマスクをして必死に耐えようとしているのだが、そんな程度で防げるわけもない。
「特効薬が開発されたら勲章もの、とか軍医さんが言ってたものねぇ」
「貴様の無駄な知識にゃ、ないのか」
「あったらとっくに試してるよ!」
ずびっと、が鼻をすすりながら叫ぶ。
魔女の叡智にも含まれていないとは、花粉症、これで海賊どもも大人しくさせられるのではないだろうかと、そんなことを一瞬マジメにサカズキは考え、鼻をかむに視線を向ける。何度も何度も擦って赤くなった鼻と眼に、一度眉を寄せた。
確か、花粉症には乳酸菌などの、善玉菌が効くという話があったはずだ。善玉菌は、腸の粘膜を強くすることで「異種タンパク質」(肉などに多く含まれている)の腸壁からの侵入を防ぎ、花粉症の発症に関連する免疫細胞の活性化を抑える。含まれているのはヨーグルトだったか、と思い出しながらサカズキは再び書類に眼を落とした。
とりあえずここまで!
さぁ夢主は花見にいけるのか!というよりも、給仕のマリアちゃんはこんなところで再登場!!
次回は来週・・・出来れば更新したいですよ!!!!
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