「私どもは父の隠した黄金を発見したのです」

よりにもよって「魔女を人質にしました」というような態度のクラウス、死亡フラグ以外の何者でもないのだが当人はそんなことは知らず丁寧な口調で事態の説明を始めた。サカズキは怒気を顕わにし今すぐ息の根を止めようと思うのだけれど、状況把握は必要である。

それにこの、一般人にしか見えぬ男が一体どこから「魔女」の情報を手に入れたのか、それも気にはなった。

「60年前、父はこの島で一人の女性と出会いました。美しいその方は父に20トンもの黄金を与えこの島で自分が静かに暮らすために尽力するようにと条件を出しました。そのため我が一族はこの島を世間の喧騒から遠ざけ、発展させずとどめてきたのです。祖父はその黄金を使いのし上がりました。しかし黄金の多くをこの島に隠し、そのありかを教えぬままこの世を去ったのです」

黄金をもたらす魔女。サカズキは先ほどこの島の「魔女」とは知恵のある女であると判断したが、しかしこの話を聞けば、やはり当初どおりやシェイク・S・ピアのような魔女であるのかとも思えてくる。

「父は暴君でした。いつも自分が正しいと決め込み、人を見下す悪魔だった!私はそんな父の元で耐えて耐えて耐えてきた…!いつか当主と認めてもらうために!!!だというのに父上は最期の最期まで私を認めてはくれなかった!黄金のありかさえ告げず、何もかも自分ひとりのものにして死んでいったんだ!!!」

クラウスの言葉に熱が帯びる。屈辱と苦難を思い出しているのだろうがサカズキには興味がない。その口ぶりから「当主を手にかけたか」と疑念が沸くが、今重要なのはの身柄を確保することとである。

サカズキが沈黙しているとクラウスははっと我に返り、こほんと咳払いをした。

「……とにかく、父の隠した黄金はこの島で発見できたのです。あとは魔女殿にご協力いただければ何もかもが上手くいきます」
「なぜあれを必要とする?この島にも魔女はおるじゃろうにそちらを使え」
「?父が愛したその魔女はもう随分前に亡くなりました。しかし魔女の作り出した黄金は魔女でなければ洞窟から持ち出せないのです」

ただの人間が持ち出せばそれは元の木の葉になってしまうとクラウスは語った。

この男、自分の妻が魔女であること知らないのか?いや、使用人の少女でさえ知っていたことを知らないのは不自然だ。それに少女は「この島にはあがめられている魔女がいる」と、そう語ったではないか。

「我々は一族の財産を受け継ごうとしているだけです、大将閣下。あなたに敵意もありません。どうか魔女殿のお力をおかし頂く間、大人しくしていてくださいませんか」

どこから自分は間違えているのだとサカズキが記憶を辿っていると、その間にクラウスが「あの少女の身柄はこちらにある。だから要求を呑んでくれ」と突きつけてきた。

サカズキは黄金に興味もなく勝手に掘り返すならそうすればいいと思うが、しかし、を巻き込むというのを認めるわけにはいかぬ。

「あれを魔女と知り利用しようっちゅうこたァ、おどれは悪で間違いねぇな」

はどんなものにも利用されてはならない。サカズキは己の正義にかけてそれを誓っている。ぎゅっと手のひらを握り締めクラウスに伸ばそうとした、が。

「……っ!!!お、おまえ、は」
「おどれ…なぜ」

ゆっくりと歩み寄るサカズキの脇を抜け、これまで沈黙していたはずの少女が手に持ったナイフでクラウスの心臓を突き刺した。






++++




ぺらり、と捲った布の下にはまばゆい黄金の山。金の延べ棒がいくつもいくつも重なり合っている。これ何十トンあるんだろうねぇ、とまるで興味を持たぬ声で呟き、はうんざりと息を吐いた。

「黄金伝説のある魔女は、そういえば何も夏の庭の魔女だけじゃァないよね。イワンのばかの童話なら黄金だってあるだろうさ。あぁもう、本当、耄碌したのかいぼくは!」
「一人で勝手に納得すんじゃねぇよ、んだよ、その、「イワンのばか」って」
「童話さ童話!まぁ、シンデレラとか白雪姫みたいなタイプじゃないんだけど」

有名ではあるがマリアは知らぬよう。それでは自分自身への苛立ちはひとまず置いておいて、簡単なあらすじを説明する。

イワンというバカがいて、四人兄妹の三男坊。とにかく愚直な青年、人を破滅へ導くことをなによりとする悪魔が彼を不幸にしようとするのに欲というものがないものだからちっとも成功しない。イワンがばかなばっかりに財産を取られたってちっとも気にせぬので男兄弟は仲たがいをしないしオシの妹も不幸にならない。しまいには悪魔は三人も殺されて、やぁやぁと出てきた大悪魔でさえイワンの馬鹿さ加減に自分のほうがバカなように扱われ、死んでしまうというお話である。(詳しくはwikiペディアでも調べてほしい)

「美しさとか権力とか金銭とかね、とにもかくにもイワンのばかの前じゃ無意味なんだよ。痛かろうが辛かろうが状況が悪かろうが気にもしない。無欲という毒よりももっと厄介な「愚直さ」を持つ童話は、ぼくと正反対にあるだけに相性が悪くてしょうがないんだ」
「お前の童話って何?」
「赤ずきんと赤い靴」
「あー…なるほど」

さすがに有名な童話であるのでマリアは知っていたようで思い出すような顔をして、神妙に頷いた。「小賢しさと欲の塊みてぇな童話だよな」と呟いてきたのでは何か言い返そうとマリアを睨む。

魔女ではないマリアにはわからないだろうが本当に厄介な童話なのだ。イワンは何も持っていなくとも困らない。何も持っていないはずなのに何もかも持っている。人に何が必要なのか、というのをわかっていないのにわかってる。そういう類がとは相性が悪い。

もちろんあれに対抗できる童話はあり「長靴をはいた猫」などが上げられるが、には縁のない童話。あんな反則みたいな童話を所有できる魔女はそういない。本当どうしよう、とは黄金を手慰みの玩具代わりにしようと手を伸ばしかけ、はたり、と動きを止めた。

「その黄金は我が夫のものです。この少年の命が惜しければ運ぶのを手伝いなさい、魔女よ」
「おや、まぁ」
「…え、なに俺人質?」

さっと現れたのは先ほどの青年たちと同じ顔の(多分これも人形だろうが)青年を引き連れた女性。屋敷でも見た顔だ。美しいきりっとした女性であるという印象は生憎消えぬたたずまい。はっきりしっかりと目的を持った玲瓏なる声でマリアの首にナイフを突きつけを見つめる。

「マリアちゃん、動いたら首を切られてしまうみたいだよ。頚動脈にしっかり当たってるし」
「冷静に言うんじゃねぇ」
「黙りなさい。状況をわかっているのですか、あなたがたは」

夫人はマリアの首に当てた刃の角度を変える。さすがにマリアはぴたり、と黙るがはそれらをうろんな目で眺め、首を傾げた。

「まだ吹雪は止んでないはずだけど、その前にここに来たの?どのみちそんな薄着はありえないと思うけど」

けして夏服のような薄着ではないが、冬島の外を歩くには自殺行為、という格好の夫人には問う。すると夫人は小麦の兵を一瞥し「彼らが消えればわかります。先ほど反応がなくなったので当主様の御部屋からなる地下通路を渡ってここまで来たのです」と説明した。

その道を使えば部屋の中での服装のままここまで来ることができるらしい。

なるほどなるほど、とは頷き、背後の黄金と夫人、それにマリアを見比べた。

「きみがこの黄金を作り出したイワンのばかの魔女、ってわけじゃないよね。きみ、小麦の兵を操っているように見えるけど、借りてるだけっぽいし、それになにより、処女じゃァなさそうだし」

言えば夫人の顔が赤くなった。中々に初心な女性らしい。おやまぁかわいらしい、とはにこにこと笑う。

「ねぇ、きみ、マリアちゃんを放してくれないかい」
「彼は人質です。魔女でなければこの黄金は運べない…彼の命が惜しければ協力なさい」
「まぁ、別に普段だったらマリアちゃんを助けようとは思わないんだけどね」

自分に人質が有効かと問われれば「あんまり意味ないよ!」と返してきた。しかし今回マリアは己を庇って負傷した。いや、ただ庇うだけなら「必死になってぼくを守りなよ!」と当然のように受け止める外道のであるけれど、マリアはドレークの為にこちらを守ったのだ。

「その男気には報いるべきだと、そう思うんだよね」
「では、」

ため息一つ吐きが言えば夫人の顔に期待の色が浮かぶ。
はにっこりと微笑んで黄金のインゴットに手を触れた。

「ぼくはこの黄金をもとの木の葉に戻すこともできる」
「……!何を…!!」
「きみに協力してあげるのは構わない。でもぼくは、この黄金を脅しに使えるんだ。ぼくがマリアちゃんを失う以上にきみたちはこの黄金を失うのはショックだろう?」

己を脅していいのはサカズキだけである、とははっきり宣言し夫人と己、どちらがどちら、という立場を逆転させた。ここで夫人がヒステリックでも起こしてマリアへの暴力を強行すればその位置関係は保たれるだろうが、が当初気に入った通り夫人、賢い目をしている。の「ぼくが上位でなければ気がすまない」という自尊心の高さを察し受け入れた。そのこちらに対して礼を尽くす態度に満足しては触れていた黄金から手を放す。

「とりあえずマリアちゃんの手当てと身の安全を要求するよ。それさえ確約してくれればぼくはとくに意見はないからね」
「それでは隠し通路を使い屋敷に戻りましょう」

屋敷であれば手当てもできる。その上としてはサカズキのところに戻れるのだから文句はない。ゆっくり頷き、ふらつくマリアに肩を貸した。先ほどを庇ってあちこち負傷しているマリア、そこそこの量の血を流しているため顔色が悪く、が「大丈夫?」と確認すると顔を顰めた。

「っつーかお前、敵とか味方とか考えねぇの?」
「え?なんで?」
「……一応俺、あの女に殺されかけたんだけど」
「殺されなかったしいいんじゃないの?」
「お前さ、俺があの女に殺されてても今と同じように「気に入った」って顔すんだろうな」

おや、とは笑う。どうやら己は夫人に対して「良い女性だ」と好ましく思っているらしい。背筋がきりっとして分別のある女性をは敬愛する。夫人はまさに当てはまる人物であるのでマリアの指摘を否定はしなかった。

「こちらです。足元は明るくなっていますが段差もありますのでお気をつけて」

そうこうしているうちに夫人の道案内で隠し通路を進む。なるほどきちんと舗装されている道。元々はご当主が愛人でもあった魔女にこっそり会いに行くために作った道らしい。密会のために薄暗い、長い通路を早足で向かう。ロマンチックじゃないかと笑えば前を行く夫人の肩がぴくりと動いた。

「……ご当主さまは、確かに尊敬に値するお方でした」
「ゴードン・スミス氏ね。ぼくも一度お会いしたいね。黄金の魔女、というわけではないけれど、イワンのばかの童話を得た魔女を愛したんだろう?型破りな人物であったのは想像に容易いね」
「えぇ、そうですね。常識に囚われぬ豪胆な方。数々の偉業を成し遂げ一代でお家を立派な、グランドラインでも屈指の資産家になさいました」

語る夫人の顔は確認できないが、尊敬している、という意思が伝わってきた。けれど同時に隠しきれぬ憎悪もじんわりとこちらのほうへ滲んでくる。(この時点ではまだゴードン・スミス氏の死亡を把握はしていない)このまま通路を行けば当主どのにお会いできそうなのでその時にこの憎悪の理由もわかるのか、とそんなことを考えていると青白い顔のマリアがフンと鼻を鳴らした。

「つっても成り上がりじゃねぇか。まぁ俺は別に成り上がり・成功者が悪いなんて偏見はねぇけど、一代で稼げるやつは世に多い、問題は2代3代と続けられるかが「名家」かどうかの違いなんだよ。知ってるぜ?2代目クラウス・スミスは凡夫だってよ」

どうやらマリア、怪我をさせた夫人に対してよい感情は抱いていないようである。もう「使用人である」という意識で接する気はないようで(まぁ当然だ)喧嘩を売るような口調。しかし夫人は静かに頷いた。

「セシル・ブラウン。ブラウン家のご長男ですね。噂は聞いています」
「……」
「確かに夫クラウスは才があるわけではありません。それは事実ですから仕方のないことですが、けれどご当主さまがもう少し、主人に情をかけてくださっていれば…」

夫は凡夫だが無能ではなく、努力の人であった。苛烈で破天荒な当主が己のノウハウを教えてくれさえすれば一族の繁栄を維持することはできただろう。だがゴードン・スミスは息子を無能と罵り謗り暴力を加えるのみで愛情らしいものは一切注がなかったと、そう夫人が語る。

怒鳴られてばかりの半生、クラウスは何か事業を起こしても「成功する自分」がイメージできずかならず失敗してしまうらしかった。

「なるほどね、そうして気付けば家は傾いててどうしようもなくなってて、お金もなくて首も回らない。眉唾な黄金を躍起になって探してしまたっと、そういうわけだね?」
「えぇ。月のかかりや夫の失敗した事業の借金だけではなく、社交界に出て地位を獲得するにはお金が必要ですから」

なるほどなるほど、とは頷く。
その上「魔女の黄金を手に入れた」ともなればクラウスの名にハクがつく。首を絞められたような状態で、わらにも縋る思いというやつだろう。

しかし、それにしても「魔女の黄金」なんて伝説より嘘っぽい話を鵜呑みにし、しかもきちんと発見までした。クラウスの手柄ではない。おそらくはこの夫人の機転によるものだろうとは判じる。なんとも知恵もあり勇気もある女性ではないか、とは彼女がますます好きになった。

もちろん黄金を手に入れただけでは今後全て万事解決!というわけにはならぬだろう。それをわかってはいるだろうが夫人は「それは問題にはならない」としている。理由は明白だ。彼女はあとの問題を自分の知恵でどうにかできると理解している。問題は現実的な金銭面のみであったのだろう。

もし夫人とクラウスの性別と立場が逆であったら、とは考える。そうであったならスミス家は傾いただろうか?そうと考えさせられるほど夫人には才覚がある。

「ねぇ、ぼくはきみが気に入ってしまったよ、だから、」

にこにことは夫人の背に声をかける。黄金を運び出す手伝いだけでは彼女の才に対する敬意に見合わない。ならいっそこの己が新たに黄金を作り出して息もできぬほど埋め尽くしてやろうかと、そんな心が沸いた。

だががそれらの提案を口に出す前にぐいっとマリアがの腕を引っつかむ。

「?なぁに、マリアちゃん」
「おい、、お前まじであの女に協力すんのか?」
「マリアちゃんってばちょっと刺されたくらいでそこまで嫌うことないじゃないか」

おやおやと苦笑するとマリアが睨んできた。見当はずれなことを言うんじゃないという目には黙る。

「なぁ、お前すっかり忘れてるみてぇだけどよ、お前が入るはずだった例の秘湯。滑り込む隙もないくらいびっしりと死体を投げ込んだのは誰だ?」
「それは私ですよ、セシル・ブラウン」

ひっそりとした通路、声の響く中では小声で話をしたところで意味はない。マリアは堂々と言ってのけた夫人を睨み付け、目を細める。

このあたりがとマリアの決定的な違いだ。マリアは「こいつは人殺し」と思えばそれ以後はその事実を持って相手を見る。というよりも「夫のため」「黄金を得るため」あれこれ知恵を絞ったというけれど、そのために一般人が犠牲になっているのなら、それはただの「非道」でしかない。

マリアの糾弾を、しかし夫人は無表情に受けた。

「仕方のないことです。この島の住人は皆、旦那様がこの島の魔女を守るために雇った使用人。魔女の黄金を探す私たちに協力はしなかったし、生かしておいては黄金を奪われてしまうかもしれなかったのですから」








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・まだまだ続きます。これでやっと2/3です。

ここまでで大体4万字も使ってるのに話が進まないですね。
(2012・1・27)