ゆっくりと掌を広げて触れてみる。藁の感触、乾いた、太陽の匂い。どういう能力なのか知れぬ。動物系、自然系ならの身のうちと共鳴し合い知ることも多いのだけれど、生憎と数知れぬ超人系は専門外だ。全ての悪魔がを求めるわけではない。そのこと、知る者は少ないが。
「怖いんだね」
呟く声。ゆっくり、と息して、(吐息)は目を伏せホーキンスの、男にしては些か細い体を抱きしめた。幼い身の、腕を回しても届かぬが、それでもなぜか、この男にはそれで十分届いているような、そんな、感覚がある。
さても奇妙なものだ。この男、バジル・ホーキンスという生き物。海軍より「魔術師」という二つ名を付けられた海賊、いったいいくつかは知らぬが、まさかまだ5つ,6つの子供ではなかろう外見。しかし、にはこの生き物が心底幼い子供に思えて仕方がない。
いろいろあって世話になってるドレーク海賊団。そこの船長、X・ドレークをは気に入っていた。だから暫くの乗船を決めたのだが(ドレーク本人の意思などどうでもいい)どうも、自分、ホーキンスに足しては「惹かれて」いるらしかった。
そういえば、どういうわけかは最初から彼のことを名前で呼んでいる。
畏ろしいものがやってくる
白猫が傍にいた。ホーキンス、いつも傍らに真白い猫を置いている。飼っているのかと聞けば、「傍に置いているんだ。必要だから」と短い返事。この船の船員に聞いたところ、ある日ふらっとホーキンスがどこぞから拾って来たらしい。金色の目の、まっ白い猫。この魔術師、だなんて呼ばれる男には黒ネコの方が「らしい」のではないかと思うのだが、それはそれ。猫の色はその価値ではない。
その猫、ちりん、ちりん、と首輪の鈴を鳴らしてするりとの膝の上に収まる。動物は、そういえばこの100年あまり縁がなかったように思える。100年前はケルピーという、どこぞでは「水の馬」といわれている獣を卵から孵して暫く一緒にいたが、嵐の日にはぐれてしまった。魚人、海王類とはまた違う種族の生き物だったが、やはりあのあと死んだのだろう。
ぼんやり思いだして、どこか意識の遠のきかけていると、ふわり、と、ホーキンスが目の前に立っていた。
「毎日、毎朝占う。今日は俺の死ぬ日かと」
ぎゅっと、の頭に添えられた手に力が篭る。黒い皮の手袋が髪に触れて引っ張られるようなそんな感覚。しかし痛いような気はしない。
「占いはいいよね」
ホーキンス相手に、自分のいろんな感覚は麻痺してしまうらしい。先ほどから「らしい」の連続。己のことではあるが、わからぬのだ。そのようだ、という、どこか他人事のような、遠くで自分を見ているような、そんな感覚。主観すらマヒしているのだろう。
ぼんやりホーキンスの言葉に答えて、目を伏せた。
どういう手段か、は知らぬ。しかし当たるらしい。この男、有能な占師。実際そっちで食っていけるんじゃね?なんて口の減らぬ連中はが片っ端から海に沈めて呪った。その、占い。も占ってもらったことがあった。の恋愛、成就の確立100%。甘やかさも一切ない平板なホーキンスの声に、それでも機嫌を良くしたのを覚えている。成就、してどうなることもあるまいが。それは、まぁ、いい。
己の生死の日を占うこと、己が死ぬのが恐ろしいと、そういうことではないのかとは思う。一切己自身にすら興味がなければ、何もかもを超越してしまっているのであれば、そんなこと、知ろうとする欲求すら生まれぬ。が、そうだ。簡単に死ねるが、死なないとすれば、死なぬ身。どうなろうと構わない。ホーキンスとは似ている。魔術師と、魔女。二つとも己が名乗ったものではない。政府が決めたものだ。だが、の存在を肯定している世界政府が、ホーキンスを「魔術師」と決めた。その意味をは図りかねている。しかしながら、ホーキンスは己とは違う生き物なのだという確信は、あった。
「生きたい、わけじゃないよね」
「生きたいと思ったことはない。明日俺の命が終わるのなら、それもいいだろう」
「でも、怖いんだね」
「あぁ。そうだ」
言葉って難しい。冗談めかして舌を出し、笑う。
「死ぬ」ということが恐ろしい。世界が終わること、この世から消えることは、正直興味のないことだ。だが、死ぬことが恐ろしいと、この生き物は言う。
「どんな感覚がするものなのか、俺は知らない。この能力を使って生きながらえてきた。俺の変わりに死ぬものが多くいたが、俺はまだソレを知らない」
「生憎ぼくだって知りやしないよ。長い時間を生きるということ、置いていかれることなら承知しているけれどね」
死って、知って、どうなるものでもない。普通は避けられぬもの。それをもホーキンスも、それぞれ普通ではない手段で避けていて、今日ここに生きている。
「俺が死ぬその日は、お前が必ず看取ってくれ」
ぽつり、と、細い顔の男の、妙な真顔。真剣そのもので言う言葉は、些か酷いとには受け取れるもの。この男、知っているのに。それほど自分が「おいて」逝かれるのが悲しいか、苦しいか、知っているのに、そういうことを言う。
「ぼくに頼むの、それ」
それでも怒りは沸いてこない。これを言ったのがドレークかドフラミンゴあたりなら、冗談抜きで殴り飛ばして海に沈める。しかし、しかし、ホーキンスはいい。きっと、この男はを知る生き物の中で誰よりも長く生きるだろう。その能力、そのまま、血、帰れば、死なぬことのない能力。まぁ、永遠などないのだから、その能力の上のものに上手く殺されれば死ぬだろうが、それでも、容易く死ねるようにはなっていない。だから、ホーキンスは良いのだ。
「あぁ、お前は死なない。俺を知るものの中で誰よりも長く、お前は生きる」
まぁ、普通に考えてそうだろうともうなづいた。どれほどに世界が続くのかにだって見当はつかないけれど、しかし、永遠、ではないだろうから、己とて終焉を迎えるときはくる。しかし、それでもホーキンスよりは長く生きるだろう。
最後のその時は、お前が、何一つ変わることないお前が、俺を看取ってくれ、とそう、懇願されたようだった。はぴくり、と頬をわずかに動かす。人が死ぬ、自分が置いていかれるのだということを自覚するたびに、キリキリと頭のなかで何かが軋んだ。長い時間を生きて、人が孤独で心を病むのは400年だ。己がこの体になって、確かもう400年は超えている。こうして時折、何かの軋むような音を自身の中で聞くことがあるが、これこそが狂気というものなのだろうか。
生憎とパンドラ・であったころの記憶はあっても、その、発狂寸前のところまでいた数日間の記憶(おそらくはノアと出会って、ノアが殺されるまでの半年間)がごっそり抜けているのだから、判断ができない。
はホーキンスを見上げて、そして膝の上の猫をなでる。白い猫、まっ白い、どこまでもどこまでも白い毛並の猫。魔術師には黒ネコが似合うと思ったが、しかしホーキンスには白ネコだと改めて思った。猫、猫、猫、そういえば、シュレディンガーの猫、というのがいたか。あれはの体にあるウンケと似たものだった。
はたり、と、は目を見開いた。
「……ホーキンス」
少しだけ乾いた口の中、カラカラとして、錆のにおいが鼻の奥でわずかにした。それで、どうということもないのだけれど、は、ホーキンスに手を伸ばす。長い髪、ふわふわ、藁のような男。火でもかけて燃やしてやればその顔も多少は変わるのではないかなんて物騒な蔭口を叩いたバカはが直々に海につき落としたりした、それは別に今はどうでもいいこと。
が手を伸ばせば、ホーキンスは当然のように手を取る。それでひょいっと、の体を引きよせて肩に乗せる。の膝の上の猫が落ちた。一度不満そうにぐるぐるとホーキンスを見上げたが、ぼんやり、雪洞のような、空洞ばかりが目立つホーキンスの眼に黙って、ふぃっと椅子の上で丸まった。
「あの猫の名前、なぁに」
「聞いてどうする」
「安心したいんだ。君だけは、みんなみたいにバカなこと、してないって」
ひょいっと、が手を振れば、ホーキンスがいつも使うカードと似た柄の、24枚のカードが手元に現れる。その大アルカナ。が指を振り、虚空で混ぜる。シャッシャと、カードを切る小気味の良い音。それをホーキンスがじっと聞いていたが、口を開く気配はない。ホーキンスも、嘘をつかない生き物だ。つく、理由がないと思っている。つく意味がわからない、とも言っていた。だから、言いたくないことは黙る。その様子がには正直すぎる子供に見えてしょうがない。
「……まぁ、名前の見当、つくんだけどね」
は呟いて、溜息一つ。なるほど、魔術師どの、だなんてぴったりすぎる名前じゃあないかと、唇をかんだ。全く、どうして誰も、彼も、こういう、無駄なことをするのだろうか。ドフラミンゴとホーキンスを比べるなんて果てしなくホーキンスに失礼だが、対価を払ってまで手に入れる力は、悪魔の実の能力だけで十分ではないのか。
「名前は、ずいぶん昔に決めていた」
ぽつり、と、ホーキンスの声。相変わらずぼそぼそっとした、音になる。普段の物言いはそれほどでもないのだけれど、時々、たとえば、が気にするようなことを言うときはこうなる。叱られる前の子供のような、そんな声である。はため息を吐いて、ぽん、とホーキンスの頭に手を置いた。空中に浮かんだままのカードを一枚引いて、それを前に翳す。因果なカード。1、創世、すべての始まり、出発、時間・空間の両面の始点を司る。
「約束してくれ、」
ホーキンスの藁が、のカードを一枚引いた。それを手に持って、にそっと差し出しながらホーキンスは、ビー玉のような眼を向ける。
「お前にかけて誓ってくれ。俺が死ぬその時は、今と、昔と変わらぬお前の姿を見せてくれ」
虚、そのものというような無機質な瞳。だがその奥に潜む確かな感情。わからぬではない。それを知らぬふりができれば、まだ自分はホーキンスをただ慕うだけの少女でいられる。だが、そんなことはできないのだろう。それが、己の強さなのか弱さなのかの判断はできなかった。知らぬふりをする、あさましさ、ずる賢さが弱すぎるのは、世に、夜にはどうなのだろう。
カードを受け取って、絵柄を確認してから、眉間に皺をよせて、弱々しく、項垂れる。
(ドロシーの金色の目がこちらを眺めている)
Fin
意味がわからない話だと思いますが、すっかり書くのを忘れていたので急きょ。猫の名前はエルヴィンにするか最後まで迷いましたとさ。
(2009/5/1
20:38)