ずるずると引きずられながらクザン、サカズキの本気の怒気を感じ取っていた。
これ、自分死ぬんじゃねェかと思わなくもないけれど、恐怖心というのは欠片もない。それよりも、先ほど触れたの肌の柔らかさと、間近で見た眼の青さばかりが、今は気になってしかたなかった。
そのままどさり、と床に投げ捨てられて、クザン、サカズキが何か言う前に、口を開いた。
「おれさ、本気で、ちゃんが欲しいんだ」
小姑がやってきた!!後編
買い物袋をどさり、と玄関に置いたモモンガ中将の腕に、ハイ、とパンドラは容赦なく次ぎの用事を押し付けた。先ほどの騒動で起きてしまった赤ん坊である。パンドラと××××の愛娘ノア(一歳児)はまぁるい大きな赤の目でじぃっとモモンガを見、そしてキャッキャと声を上げて笑う。
「わたくし、リリスと料理をしていますから、あなた、頼みますよ。泣かせたらその髭と髪を永久脱毛いたしますよ」
「……脅さなくとも、諦めは付いている。任せてくれ」
大将たちが消えて慌てたモモンガだが、つい先ほどから再び通信が入り、「材料がね、足りないの」とあれこれ指示を受け、そして急いで走り回って買い物を終わらせた。大将が二人もいるので護衛には十分だが、何か危険があった場合、確実にを優先する大将しかいないため、モモンガはそうパンドラから離れているわけにもいかない。それで、必死こいて「夕食の材料」を確保してきたわけである。
せめて一息入れさせてくれ、とは思うが、そんな思いやりは魔女にはない。あったらディエス・ドレークは通称「胃薬」などという不名誉なあだ名は付かなかっただろう。
諦めてモモンガは腕の中にいる赤ん坊をあやす。
ノア、という名のこの赤ん坊、どういうわけかモモンガによく懐き、どんな人間があやしても泣き止まぬ時でもモモンガが抱けばぴたり、と収まる。髭を引っ張ってきたり、モモンガのスーツによだれをつけたりと、それはもう容赦ないのだが、しかし、懐いている。悲しいことに、モモンガ当人、まだ独身だったため、なぜ育児の才能があるのだと上官たちに首を傾げられるが、そんなこと、当人だってわからぬものだ。
あれか、髭か?髭が引っ張りやすいのか、とも思うが、髭面の中将など他にもいる。
そうして玄関で赤ん坊を受け取り、そのままノアの気に入りの場所である庭のブランコに足を向けたモモンガ、その背中を見送って、は姉と食材をキッチンへ運ぶことにした。
「カレーがいいかなって思ったけど、冷静に考えてそれ失敗したら他の解決策なくなるからねぇ」
「ねぇ、リリス?わたくしがとんでもないものを作るという前提で考えるのは止めて」
「ねぇ、姉さん?お願いだから一度くらいは食べられるものを作ってから言ってね」
、当初はカレーを作ろうと思ったのだけれど、一品しかないものだ。それを失敗すれば他に食べるものがなくなる。それはまずい。とてもまずい。そう思って、まぁ、色々自分も考えることがあるから、料理を、いつもより少し気合を入れて作ろうと、そういう思考。
「姉さんと料理を作るのなんて本当久しぶりぶりだねぇ」
言いながらちらり、とは二階に視線を向けた。サカズキの機嫌は悪いようには、見えなかった。それにいつもどおりの態度だった。けれど、こうしてクザンをずるずる引きずっていったあたり、このままでは自分もただではすまないのだろうと思う。
しかし、はそれが嫌ではなかった。
「ねぇ、姉さん。サカズキと歩いててどうだった?」
「吐き気は抑えられたわ」
「姉さん」
そういうことは聞いてない、と言えば、姉は眉を跳ねさせ、真っ白いエプロンに腕を通しながら、そっぽを向いた。
「わたくし、認めなくてよ」
子供っぽい言い方をする姉には苦笑してしまった。途中まではもモニターで二人の様子を見ていた。
は常々、サカズキと姉は親しくなれるのではないかと思っている。いや、確かに姉は暫定「世界の敵」だが、それでも己の姉であるし、サカズキも大将だが、自分の夫である。二人がそれなりに気の置けぬ関係になれば、今後は随分と生活が楽になるのではないか。
いや、そうではない、とは自分の本心を探る。
疑っているのではないか、自分は。いや、疑う、とか、そういうものでもない。もっとこう、バカなことを、考えてしまっていたのではないか。
そんなことを、ふと、気付いた。
姉は美しい。この世界の誰よりも美しく、また、愛らしい性格をしている。男性であれば姉を愛さずにはいられないだろう、何もかもを兼ね備えている。
自分は、安心したかったのではないだろうか。
モニターを眺めながら、絶対にサカズキは姉に惹かれないと、そう、確信していた。浅ましい考えではないか。姉のような素晴らしい女性よりも、己を思って、欲してくれていると、それを、確認したかったのだ。
傍目から見て素晴らしい女性よりも、自分を、などと、どこの小娘の自己満足だか。
「……ぼく、ばかだねぇ」
何をくだらぬことをしているのか、とは苦笑する。
サカズキが自分を大事にしてくれていることなど、わかりきっているではないか。何故疑うのか、いや、確認したがるのか。これが女の心というものなのかもしれない。判りきっていることをあえて言葉や行動に出して頂かねば納得できぬ、その不安定さがいじらしい、というよりは、リノハには「らしくない」と苦笑いをしてしまえるもの。と、ぼんやり思っていると、姉が不思議そうに顔を覗き込んで来た。
「どうかしたの?リリス」
「うぅん、なんでもないよ。姉さん」
首を振り、姉に習って、も割烹着に袖を通す。すると、姉は理解しがたいものをみたような顔で押し黙った。
「なぁに?」
「……あなたには絶対に真っ白いフリルのエプロンでも着せてると思ったのに。割烹着なのね」
「油跳ねるからね。実用向きなんだよ、これ」
見た目より機能性を重視しているサカズキは、台所にが立つならと割烹着を押し切った。それでも当然のように使っているわけで、今ではこれでないとしっくりこない。個人的にはこちらの方が「御内儀」のようで気に入ってもいる。
そして別に、いわゆる新婚エプロン的なものを持っていないわけでもないのだが、はそれはあえて言わなかった。
パンドラは「まぁ、よろしくてよ。それも貴方が着れば可愛いもの」と渋々了承して、とキッチンの上に材料を並べる手伝いをしてくれた。
さて、あれこれとそろえた材料を見下ろして、は改めてメニューを確認する。家事に逃避するタイプではないはずだが、今はこの後のことを考えないで料理に集中したかった。
+++
床に座りこんで胡坐をかく同僚が、そういうだらけた格好にしては生真面目な目と声で言う言葉に、サカズキは眉を寄せた。今すぐに首根っこを掴んで怒鳴ってやる、という手もあるが、それでどうこうできる程度ではなかろうと、判る。
サカズキは書斎の椅子に座り、腕を組んでクザンを見下ろした。
「貴様は諦めた側じゃァ思うちょったが」
「おれもさ、そう思ってたよ。とお前さん見てればいいやって、思ってたんだ。だってお前さんたちのことずっと見てきて、色々あったの知ってるし、正直、おれはちゃんのややこしいこと何も知らないしね。でも、好きなんだ」
今後も知る可能性はないだろうと、クザン当人が言う。サカズキは鼻を鳴らした。クザンには、どこぞのバカ鳥と違い、潔さがあったと思っていた。口ではにちょっかいをかけるようなことを言いつつも、一定の線を越えてくることはなかった。それが自然、がクザンに少なからず心を許す結果となったのだろうとはわかっている。
「バカタレ、あれはわしの妻じゃねェか」
「わかってんだけどね」
ひょいっとクザンが肩を竦める。
「おれ、本気でちゃんのこと口説くよ」
「わしに言うて、殺されんと思うちょるんか、貴様」
「それは嫌だけどな」
首を傾け、眼を細めればクザンが手を振った。言いながら、サカズキは実際のところはどうだろうか、とも思う。自分以外があれに触れる。あの柔らかな頬に指を這わせ、口付けを誘っているとしか思えないふっくらとした唇を撫でる。こじ開けて小さな口内を犯しながら、燃えるように赤い髪に指をからめる。自分外がそんなことをする、という想像以前、可能性だけでサカズキは、正直「どうしてくれようか」と考え込みたくなったが、しかし、目の前の、自分の数少ない友人でもある男が「そう」したら、はたして、どうするのだろうか。
「おれ、さっきちゃんにキスしちゃった」
こちらの思考を読んだ訳ではなかろうが、クザンがぽつり、と口にする。
「……」
「ちゃんびっくりしててさ、あっさり、押し倒されんのね。サカズキはパンドラさんとお買い物中だったし、おれ、あのままちゃんのこともらっちゃえたよな」
言うクザンは、楽しそうな声ではない。淡々と、あったことをそのまま告げている。それであるからサカズキも、いつも、が自分以外の男と歩いているだけで湧き上がる感情がなかった。しかし、妻の不貞を告げられてどうもしないというのもどうかと思い、とりあえずサカズキ、手近にあった本をクザンに投げつける。当然それをひょいっとかわすので、サカズキ、そのまま机をひらりと越えて、クザンの頭を蹴り飛ばした。
「このわしの家でわしの妻に手ェ出すたァ命がいらんっちゅうことか」
「お前から離したらちゃんが泣くってのも判ってるし、お前がちゃんを幸せしたいってのも、わかってんだけどね。でもさ、なぁ、なんでだろうなァ。おれ、本気でが欲しいんだ」
物や何かを言っているというわけではない。心の底からの言葉であろう。それがわからぬサカズキではなく、ただ眉を寄せ、その、宣戦布告のような形でありながら、懺悔のような言葉を聞いた。
「あれを困らせるな」
ここで怒鳴るべきだったのか、サカズキは、しかし、それだけを言った。怒鳴ってどうなるものでもなかろうと、そう判っているからだ。サカズキはキッチンにいるだろうのことを考える。こちらが帰って着たとき、あれはいつもどおりだった。何も疚しいことをした覚えはないのだろう。
実際のところ、もしも先ほどがクザンに抱かれていたら、とそのことを考える。自分の知らぬところであの青い目が熱におかされるのか。頬を朱に染めて、切なげに瞼を震わせるのか。あの小さな体をクザンの体が、男の重みで押し倒す。快楽の声を、上げ、己ではない男の名を呼ぶのだろうか。
「困らせても、泣かせても、たぶんおれ、その分ちゃんのこと笑わせられるよ。お前とは別の形でちゃんのこと、守れるし、幸せにできる」
真剣な目をしていうクザンに、サカズキは顔を顰めた。
その通りだ、とは口が裂けても言いたくないことだった。
+++
すぐにまた近いうちに必ず来る、とパンドラは最後の最後までぎゅっとの手を掴んで放さず、サカズキの「塩をまかれたいんか」という一言でまた睨み合いになったものの、エニエスからの海列車に間に合う時刻には帰っていった。クザンもパンドラと共に帰り、は片付けを終えてから、縁側に腰掛けているサカズキの隣に腰を下ろす。
最初、姉が来ると聞いたときはどうなるかと心配だったが、何事もなく無事に終了して、はほっと、やっと肩の力を抜いた。
何事もなかったことが、かえって拍子抜け、ということもあるけれど、平和はいいことである。
「庭を台無しにしたな。明日、人を入れる」
サカズキとパンドラのご帰宅時に、が日ごろ丹精込めて育てている庭が、焼けてしまった。いや、全焼ではないだけマシだろうか。毎度毎度この庭が悲惨な目にあっているような気がする、とは思いつつ、首を振った。
「これくらいなら一人で出来るよ」
「そうか」
「サカズキ、何か静かだね。姉さんが来て疲れた?」
先ほどから、いや、夕食時から妙に大人しいサカズキには首を傾ける。姉と口論しないように大人しくしてくれているのかとも思ったが、しかし、そんな男でもない。
さすがのサカズキでもパンドラの相手は疲れたのか、と、実の妹が中々酷いことを考えていると、ぐいっと、サカズキがを押し倒した。
「……なぁに?」
この状況で押し倒される意味がわからずとも、はさほど慌てなかった。
「暫く出ていけェ言うたら貴様は泣くか」
「泣く」
は即答した。言われた言葉に一瞬驚き、目を見開いたものの、すぐに、真剣な顔をして、自分を組み敷くサカズキの、同じように真剣な目を見つめた。
「すごく、すごく、泣く。悲しいからなのか、悔しいからなのか、わからないけど、泣く」
サカズキがこういう顔をしているときは、こちらを試すような意味の言葉ではないことを知っている。それであるからも問いかけには正直に、言葉を返した。見上げるサカズキの眉間に皺が寄る。こちらの返答に対して、苦いものを飲み込んだような顔をされるのは心外だったが、は黙った。
「クザンが、貴様を欲しいと言うた」
おや、と、はらしからぬことに、笑ってしまった。
「笑うところか、おどれ。わしは真面目に話しちょるっちゅうに」
「だって、サカズキが、他のひとのこと、特にクザンくんのこと、考えるなんて、なんだか、似合わなくって」
ころころと、はサカズキが不機嫌な顔をしたにも関わらず、喉を鳴らしてしまう。いや、真面目な話であるとはわかっている。基本的に、亭主関白、独占欲の塊のようなサカズキだ。それが、嫉妬も何も見せぬ様子で、ただ「クザンが」と言ったことが、には見当はずれのようでおかしい。
確かに、今日のクザンの様子はすこしおかしかった。普段であれば、自分の底の底の本心をすっぽり隠して飲み込めてしまえる「クザンらしさ」があったのに、まるで「まがさした」とでもいうように、らしくない態度だった。
「クザンに、口を吸われたそうじゃの」
古めかしい言い方には再び笑いそうになったが、しかし、笑っている場合ではなかった。はたり、と表情を消せば、サカズキが眼を細める。こちらを押し倒した体勢のまま、片手でゆっくりとの頬を撫でる。食事をしていたので手袋は嵌められていない。常よりも聊か高温の指先が頬、瞼、唇に触れていく。ちりちりと焼けるような感覚は表面的なものではない。ぎゅっと、へその辺りが苦しくなって、しかし、は妙に心地よかった。
サカズキが、何かこう、妙に躊躇っているのが面白い。クザンに対して、いや、クザンの「本気」に対していつもの勢いが感じられない。迷うような人ではないことをは判っているが、しかし、この自分とて時折、美女とサカズキを一緒にしてみて少し試してみたくなるように、判りきっていることでも、不安、というより、何か、波がくるのではないか、と思うのだろう。
思わず吐息を漏らして、くすぐったそうにすると、サカズキが眉を潜めた。
「そこは、焦って弁解するところじゃろうに」
「本当のことだしね」
「貴様、」
サカズキの目に、あまり宜しくない陰りができた。このまま骨まで食われる、というような勢いである。愛情ゆえにこちらに欲情してもらえるのはとても嬉しいのだけれども、悋気を起こした情交はあまり好みではないし、何より、痛い。本当痛い。以前の体なら痛み8割快楽2割でも、何となく許せたが、生憎今はまっとうな体。正直、海楼石つけた状態でお願いしたいくらいの男に、本気で挑まれると瀕死になる。
は眉を寄せて、倒れた体勢のまま首を傾げる。
「サカズキだって、姉さんの足首に触ったじゃない」
「なぜ知っちょる」
詳しく答えると、モモンガ中将がドレークの二の舞になる。あと、今後モモンガ中将が色々協力してくれないとつまらなくなるので、は眦を上げ、怒ったような顔をした。
「怪我のためだって言ってもさ、ねぇ、クザンくんのこと、おあいこじゃない?」
「…ほう、貴様のような女子でも悋気を起こすか」
すっと、面白いくらいにサカズキの目から先ほどまでの危うい感情が消えた。はあからさまに己の感情を指摘されて、無意識に耳を赤くしつつ、視線を逸らす。
「ねぇ、サカズキはぼくをなんだと思っているんだい」
「貴様との付き合いは20年以上になるが、わしの交友関係に口出しちょらんけ、情のない女子じゃァ思うちょったがの」
そうだったか、とは思い出してみる。しかし、それは確かに、とも思う。というよりも、当初は完全に敵対しあっていたのだから、嫉妬など感じる方がおかしいだろう。こちらがサカズキのことを「そう」だと気付いたのはつい最近なのだし、が自分で「嫉妬している」あるいは「嫉妬できる」と感じたのは、こうして籍を入れてからだ。
けれども、一度もそれらしいことがなかった、というわけでもない。サカズキに、ではないが。
「情があるかどうかはさておき、ぼくは昔っから嫉妬深いよ」
「ほう、あるか?」
言われては唇を尖らせる。ムキになって言い返している、と取られているのが悔しくて、は眉を跳ねさせた。
「あるよ。ディエスが××中将のお嬢さんとお見合いしたときなんてどう台無しにしようか考えてたし」
「実際したじゃろう。××の娘が、以前から慕っちょる酒屋の次男坊と駆け落ちした日にゃァ、いい具合にディエス・ドレークが肩を落としちょったのう」
あれは本当、面白かった、とは思い出してコロコロと笑う。ドレークへの嫌がらせ目的だけではない。そのご令嬢が、ずっと思い焦がれてきた相手、どうもお互い、少々事情があるようで中々親に言い出せずにいたらしい。それで、とピアが協力して二人をくっつけたのだが、良い思い出である。
別段ドレークも本気でその女性を愛していたわけではないだろう。上官に言われてのお見合い、というのはわかっていたが、は、正直不愉快だった。結婚すればドレークはもう自分のところに来なくなるのは判っている。そうすれば他の人間が代わりにくるだけだ。いぢめるのは違いないが、は、ドレークでなければ嫌だった。
子供のような独占欲と、嫉妬だったのだろうと、今思えば微笑ましい。いや、本当。若かった。うんうん、と頷きながらはサカズキを見上げる。サカズキは、微妙そうな顔をしていた。
「なぁに」
「以前から気にはなっちょるんじゃが…おどれ、あの男を父親か何かのようにでも思うちょるんか」
「違うよ、赤旗はぼくの玩具だよ!!」
きっぱり言い切った。ここにサカズキ以外がいれば「悪魔かお前」と顔を引き攣らせて突っ込んだだろうが、サカズキ、相手が赤旗、いや、海賊であればそういう突っ込みはしない。寧ろ、そうか、との頭を撫でる。
「海の屑に容赦はいらん」
いつでも海に沈めて来い、と言外に滲ませられても、それはもう良い笑顔で頷く。赤旗が今でも海賊をやれているのは、本当に不思議である。少将でありながらの離反。いや、本当、まだ殺されていないのが奇跡のよう。
もしかすると、海兵時代にいろいろ苦労や難題に合ってきて、人よりも経験値が高いからだろうか。
「まぁ、赤旗のことはいいとしてさ。サカズキに嫉妬したことだって、あると思うよ」
「わしゃァ覚えはないが」
あったら恥ずかしいじゃないか、とは小声で良い、サカズキの首に腕を回す。
「で、サカズキ。ぼくに出て行って欲しいの?」
「この体勢で問うたァ、随分駆け引きに慣れて来たのう。追い出したらどこへ行く」
前半はからかうような声音であるが、後半は若干の凄みがあった。は一瞬反射的にびくり、と体を強張らせつつ、背を床から離してサカズキの帽子を取る。口付けるには聊か邪魔である。そのまま脇にうっちゃってから、指の腹で目じりの皺を撫でる。
「どこに行くと思う?」
「水の都じゃろ」
「少しは悩んでよ!」
いや、確かにそうなのだが、とは頷いしまう。行くあて、というのは実際のところ少ない。知人はそれなりにいるが、寝泊りさせてもらうとなると、かなり限られる。水の都にはガレーラもあるし、昔取った杵柄でそれなりに生活することは可能だ。まぁ、たとえば離縁されたら、確実に自分は水の都に行くことになるだろう。
「他に行く場所があるんか?」
「話の流れ的に、クザンくんのところとか?」
「冗談でも二度口にしてみろ。縛るぞ」
普段の調子が戻ってきたらしいサカズキに、はほっとした。サカズキが誰かに気後れするなど、似合わない。
サカズキはほっと息を吐くを不思議そうな顔で見る。
「縛られたいんか…?」
「いや、違うよ!!」
即座に突っ込みをいれ、はしゅるり、とサカズキの下から逃れる。不服そうな顔をされたが、今の状態では間違いなく縛ってくる男だと確信がある。どういう男だ、と言われても、それがサカズキだ!としかは返せない。
ちなみに閨での話を時々姉にするのだが、そのたびに「別れなさいそんな男!!」と言ってくる。
が逃れると、サカズキも体を起こして縁側で胡坐をかく。ギシッと軋む音を聞きながら、ぼんやりとは庭を眺めた。先ほどの言葉の通り、中々悲惨な有様で、悲しくないと言えば嘘だが、まぁ、仕方ないという諦めもある。台無しになってしまったものは、しょうがない。また始めれば良いだけのこと。そうため息を吐くと、ごろん、と、サカズキの頭が膝の上に置かれた。
「悪いたァ、思うちょる」
「片付け一緒に手伝ってくれるでしょ?別に、怒ってないよ」
ふわりとが笑い、サカズキの額に手を当てた。顔を下げ、いつも見上げるばかりの顔を眺める。
先ほどから真剣に二人のあまやかな空気を描写しているのだけれども、この場に突っ込み役が一人もおらず、またクザンも本気モードになっているため「クザンがいれば〜」と逃げることもできない。そのため、大変申し訳ないのだが、ここで一つ、、サカズキの心境とは別のことを書かせていただきたい。
お前ら、まじうっとうしい。
砂吐けるんじゃないか、何だこの甘ったるい雰囲気。イチャついてんじゃねぇえええええ!!!!!堂々と何してるんだ!!?というかパンドラ、クザン、それにモモンガ中将、なぜ帰ったのかと、本当に訴えたくなる。
二人っきりにしてはいけない、バカッポー。
唯でさえ鬱陶しいものが、突っ込み不在ということで悪化する。
この空間に二人以外に生物がいないので先ほどから突っ込みが入らず、只ッ管甘い空気飽和状態になっているが、しかし、もしここに生物がいれば顔を引き攣らせ、さらにドフラミンゴでもいようものなら「覚えてろチクショー!!」などと叫んで逃げたに違いない。
突っ込み役はこのバカッポーにはとても重要だ。当て馬、ではない。二人の間に突っ込みが入ることで、鬱陶しいだけの二人に愛嬌が出来る。そうとでも思っていないとやってられない。
ここで多くの読者は、クザンのありがたみに気付いたことだろう。
当て馬などではないよ、クザン、と生暖かく声をかけたくなったことだろう。
本気になんてならなくていいんだ、クザン、君はそれでじゅうぶんおいしいポジションだった、とそう肩を叩いてやりたくなるだろう。
と、そんな、字の文に突っ込みを入れさせるほど鬱陶しいバカッポーオーラを発しながら、いわゆる「膝枕☆」状態の赤犬ご夫妻。妻の幼い顔と柔らかな頬を堪能しつつ、ゆっくりと、ご亭主殿は口を開いた。
「クザンに乗り換えたくなったらいつでも言え」
「へぇ、心が広いね。許してくれるんだ?」
「二度とそんな気を起こさんようしちゃるけ」
鬼かアンタは、と、そうに突っ込める器量がないのが本当に惜しい。それどころか、その言葉が気に入ったか、ころころと、鈴を転がすように笑い、が背を折り曲げて顔を近づける。
「安心してね。ぼくは、サカズキ以外に幸せにされる気は欠片もないから」
Fin
(でもおれ、諦めないからね)
(諦めなさいな。あの二人を崩せると思う方がどうかしているのよ)
・蓋を開けてみればvs小姑というよりも、嵐の前触れ的な話になりましたね。
|