珍しく、赤犬の執務室の電伝虫が鳴った。丁度サカズキを昼食にでも誘おうと思って寄っていたクザンは首を傾げる。生憎今、サカズキはいない。仕事そのまま席を立っているところを見ると少し外の空気でもとか、そういう気安いものだろう。あのサカズキが外の空気うんぬんの休憩を取るかどうかは別として。
しかし、大将の部屋のベルがなるなど珍しいというより、これ、非常事態か?と思い、クザンは同じ大将の権利というか義務として受話器を取った。

「サカズキ…!!!?」
「あれ、ちゃん。どうしたの、珍しいねぇ。電話してくるなんて」

流れてきたのはよく知った少女の声。切羽詰ったようなは珍しく何かあったのかと思い眉を寄せる。
基本的に、たとえ直通電話の番号を聞いていてもサカズキにかけることなど、クザンが知る限り1度か2度しかない。

確か、二度ともゴキブリが出た時である。は庭弄りなど趣味にしているだけあって虫、昆虫・幼虫の類は全く持って平気なのだけれど、しかし、あの黒光りするカサカサ動くやつだけはダメらしい。悲鳴なのか泣き声なのかわからないような声で必死に「助けて!!!」とが電話してきたとき、クザンも一緒にいたのだけれど、「え、そこであっさり助け求めるの」となんともいえない思いをしたものである。

普段サカズキがどんなに「守らせろ」と言っても「ムリ」と返す。何があっても魔女・大将としてのお互いの本分を崩そうとしないその姿勢に、クザンも常々歯がゆい思いをしてきた。

それなのに虫一匹であっさり泣きついてきたってどゆこと、と、がっくり肩を落としたものである。

いや、しかし、サカズキにとことん頼らぬというわけでもないらしいことが、その後発覚した。新婚バカッポー。本当お前ら羨ましい通り越して鬱陶しいとドン引きするほどの二人。とサカズキが暮らす白い小さな家は、いくら小さくともサカズキが十分寛げる作りであるからして、あちこちが小さなには大きすぎる。それで可愛いキノコ型の踏み台が活躍してはいるのだが、どうしても届かない場所などは、サカズキに取ってもらったり、とそういう、本当、ちゃんかわいい!!!とクザンは話に聞くたびに机をバンバン叩いたりする。

話はずれたが、そして今現在このの必死な声。

今日はどこにゴキブリが出たんだろうかとぼんやりクザンは考えた。が掃除する家に本来ゴキブリなんぞ出るわけがないのだが、家におらずとも隣の家や、あるいは通りかかる流れのGさんはいる。そういうのが運悪く家に入り込んだりして、の悲鳴があがるのだ。

「クザンくん!!?サカズキは・・・!!!?」
「あー、ちょっと今いねェんだわ。何?ゴキブリ?おれ退治するよ?」

株上がったりしないかなーという下心有りで言えば、は「そんなことで電話しないよ!!」と恥ずかしそうに叫んだ。いや、してたじゃん、という突っ込みは意地悪だろうか。何やら必死な様子にクザンは頭をかく。

「どしたの?」
「サ、サカズキに話さなきゃ・・・!クザンくん!サカズキいつ帰ってくるの!!?」
「いや、おれに聞かれてもねぇ。なんだったら伝言するけど」

大将を伝言役に使うなどという突っ込みが入りそうだが、クザンの頭の中では意地の張り合いをする二人と違い、サカズキ=腐れ縁、同僚。=同僚の奥さん、となっている。

「ク、クザンくんに・・・?」
「おれじゃ不安?」

そういえば、が「うん」と即答してきて落ち込みそうになった。相変わらず悪魔っ子である。それでも可愛いとか真剣に思っているあたり、クザン、たとえサカズキのお嫁さん☆になろうが、構わぬドフラミンゴのように自分も開き直ろうかと時々思う。

しかし、受話器の向こうでごくっと、息を呑んだ。やはりただ事ではないのだろう。少し迷うように沈黙したあと、ゆっくりとした息遣い、の声が聞こえてきた。

「姉さんが、来るの」
「うわ、それマヂ大事(おおごと)」

思わず顔を引き攣らせ、クザンは額を押えた。









お久しぶりの新婚バカッポー!
         〜
ついに小姑がやってきた!!前編とかいいつつ増えるかもな! 〜







「ごきげんよう、会いたかったわ。わたくしのリリス」

ひくっと、は顔を引き攣らせて玄関を開けた。海軍本部を有するマリンフォードの港町、大通りを真っ直ぐ行って小高い丘の上、海軍本部の将校たちの家が並ぶ、一応は高級住宅地と言われる場所にはとても相応しい人物が、真っ白い玄関に艶然と微笑み立っていた。私生活がどうだろうが当人の衣服へのポリシーは変わらぬのか、相変わらず時代を見事にムシしたロングドレスを着込むパンドラ・。海を思わせるような豊かな髪を左耳の後ろでゆるやかに一つに束ね、胸にかけて流している。

その腕には1歳になったばかりという小さな赤ん坊がしっかりと抱きとめられていた。どこぞで誘拐してきたわけではなく、本当、驚きだが、姉の子である。今はすやすやと眠っている姪っ子を見下ろし、は額を押えた。

「姉さん・・・。来るならもっと早く教えてくれれば準備してたのに」
「準備なんていいのよ。わたくしは貴方にさえ会えれば」

いや、逃げる準備とか、とはは口には出さず心の中に押しとどめて、とりあえずは姉を家にあげることにした。

「モモンガ中将もどうぞ。お茶くらいは出すよ」
「あぁ。すまん」

姉がすっと、家の中に進めば、パンドラの後ろで所在無さげに、というよりも、何だかおっかなびっくりしているモモンガ中将の姿が見えた。が声をかければ、モモンガ中将、本当に苦労しきってるんだな!と同情したくなるほど、疲れた顔で頭を下げてくる。

一応断っておくが、姉の子の父親ではない。それはない。さすがにない。

現在暫定世界の敵だのなんだのと扱われているパンドラ・。当人はそんな世界の決めたルールは笑顔一つで無視をして、四六時中監視されようが、水の都での素敵生活を楽しんでいる。それでもこうして時々を尋ねにやってくる時は、世界の敵と魔女の接触として緊張を孕むものなので海軍から監視役に中将を一人付けられるのだ。

なぜかたいていモモンガ中将なので、パンドラが来るたび彼は胃をやられるらしい。

まぁ、その辺はどうでもいいのだけれど、玄関にずっといられても迷惑だし、姪っ子はなぜかモモンガ中将がお気に入りのようなので眼が覚めたら相手をしてもらおうとそんなことを考えつつ、はキッチンへ進む。姉が来るッ!と察知したときからお茶の準備は万全だ。部屋の掃除もいつも以上に念入りにしているし、庭の植物だっての気合を気遣ってか美しく咲いている。

白いソファに優雅に寛ぎ、パンドラは向かいに座ったに、それはもう美しい笑顔で問いかけてきた。

「それで、離婚はいつ?」







***







「離婚なんぞしようるわきゃァねェじゃろうが。おどれ、何しに来た」

ぐいっと、とりあえずを抱き寄せて確保した組長、いえいえ、ドS亭主、じゃなかった、大将赤犬サカズキさんは、ソファに足を組む絶世の美女を見下ろして、こちらも負けぬほどの暴慢さで言い切った。

いつの間に帰ってきたのかと言えば、ついさっきである。クザンはから連絡を受けた後、それはもう必死にサカズキを探しに行った。そうして二人で急いで帰宅。大げさだと言うなかれ。何しろパンドラ・。当人に自覚があろうとなかろうと、今のところ「世界の敵」の地位を所持している重要人物だ。無自覚に何度を殺そうとしたかも知れぬもの。今でこそ一子を落ち着いているが、いつぞう「うわ、パ嬢外道」と顔を顰めたくなるような展開になるかわからない。

サカズキと一緒にやってきたクザンはモモンガ中将に気付いて「あ。いつもご苦労さん」と気安い声をかける。そうこうしている間にも、とサカズキ、そして小姑パンドラさんの対面は進んでいた。

「サ、サカズキ・・・!!おかえりなさい!!」
「今帰った。何か変わりはなかったか」
「姉さんが来たこと以外は特に何も。早いね、ぼく、迷惑かけちゃった?」
「貴様がわしを頼るんになんの迷惑っちゅうんじゃァ」

顔を赤くしながらもはいつも通り嬉しそうにサカズキの顔を見上げる。いや、本当可愛いんだけど、とクザンは全力で叫びたい。先ほど電話をしているときにも思ったが、なんだ、こう、電話越しに自分の心配ごとなどを相談してくる新妻さん、そして返ってきたら笑顔を向けてくれる可愛い奥さん。本当、自分も結婚したい、と、クザンは心の底から思った。しかしお嫁さんにしたいのがしかいないのだから、やっぱり自分は独身貴族で終わるんだろう、という諦めもある。

「わたくしのリリスから手をお放しなさい。大将赤犬」
「妻に触れて何が悪い。往来ならともかく、ここはわしのウチじゃろうがい」

いや、お前は公衆の面前でも、寧ろ戦争中でもバカッポー発言してたじゃねぇか。クザンは懐かしい昔を思い出しながら冷静に突っ込む。モモンガ中将もうんうん、とそれはもう、感慨たっぷりに頷いた。

は二人の外道に板ばさみにされて、只管顔を引き攣らせている。逃げたいんだろうなぁとは思うが、クザンでもさすがに、この二人のブリザードに突っ込むことは出来ない。しかしもぞもぞっと、はしっかり抱き込まれた体勢から何とか脱出しようと身体を動かして、姉の前に出る。

「姉さん、いい加減サカズキのこと認めてよ!」
「絶対にいやよ」

ついっと、パンドラさん少女のようにそっぽを向く。

「だって、わたくし、閣下が全体的に気に入らないんですもの」
「貴様に気に入られるなんぞ虫唾が走る」

きっぱり言い放つパンドラに、サカズキも容赦なく言葉を発する。それにが顔をあげて、むっとした表情をサカズキに向けた。

「サカズキもそういうこと言わないで!姉さんに優しくして!!!」
「不可能なことを言うな」

うわ、とクザンは顔を引き攣らせた。言い切った。あのサカズキが、物凄く、困ったような顔で言い切った。どんだけ無理なんだよ!!?と内心叫び、モモンガ中将を見れば、中将、こういう光景にはもう慣れているのか、縁側に腰掛けてずずーっと出された緑茶を啜っている。

クザン、自分も傍観と決め込んではいるのだが、しかし、ちょっとパンドラさん頑張れーとか応援するのはアリだろうか。いや、絶対にサカズキとが離婚なんてするわけがないのはわかっているけれど、あれだ。応援するくらいならいいだろう。クザンは心の中でパンドラを応援しつつ、ことの成り行きを見守った。

「即答!!姉さんもサカズキも!!家族なんだからね!!?」

まぁ、確かに。

の肉親はパンドラだけなわけで、と結婚したサカズキも、一応家族認定されるものだろう。

「「気色悪い」」

しかし二人、そろって応える。ひくっと、が怯んだ。しかし、ここで負けてはと思っているのか、ぐっと掌を握り締めて二人を睨む。が、その強い眼にはすぐにたっぷりと涙が浮かび、ぽろぽろと、愛らしい頬に流れていく。

「二人とも、いっつも我侭言えって言うのに、ぼくの一番のお願いも聞いてくれないの・・・!?」

出た、の泣き脅し。

ずずーっとクザンは自分も湯のみを傾け、ぼんやりと眺めた。

トカゲ中佐曰く「飾りじゃないのよ涙は☆(とか何かノリノリで歌っていた)」とか、そういう概念が本来魔女たちの思考らしいが、ドSで鬼畜でオレ様なサカズキの相手をしてきた、有効利用できるものなら嘘泣きくらいする!!と最近開き直っているらしい。

サカズキも、そして当然パンドラさんも嘘泣きだとわかっているだろうが、しかし、それでも、こう、悲しそうに眉を寄せて一生懸命耐えつつ、しかしそれでも涙が出てくるんだよ!!というに見上げられると、どうしてもこう、「うっ」と思う心があるらしい。

「こんな程度のことで泣くな!」
「そうよリリス!!あなたの愛らしい眼が涙で赤くなるなんて、わたくし耐えられないわ…!」

うろたえる、というほどではないが、サカズキもパンドラも交互に言葉を発し、を止めようとする。は目を擦りつつ、それじゃあ、と前置きをしてから、それはもう愛らしい笑顔でのたまった。

「じゃあ、二人でお買い物してきて。仲良くね?」





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次回予告
「わたくしが閣下の細君・・・?呪われたいのですか、町の魚屋店主!!!」
ということで夕飯の買出しに行くことになった外道コンビ。道行く人が全力で逃げたくなるような組み合わせでスーパーとか入るのか!!?あとパ嬢の金銭感覚は大丈夫なのか!!!とか、疑問はありますが、あれですね、これ、ノリですから。
土日のお休み、ごろごろしながら月曜日を待て!!!