(まっ暗い森の中、さびしい小屋が一つ)
(その小屋、扉を開く。暖炉の前に腰かけた、糸錘、糸車を回す老婆、進み寄る)


おやまぁ、こんなところまでよく来たものだねぇ。
あぁ、言わなくってもこの婆はわかっているよ。こんなところにまで来なさった、お嬢さんは魔女の素養があるということだ。
そうそう、全ての女の子はひとしく王子さまに守られるお姫さま、そんなしきたりがあったのはもう随分と前のこと。
それでも未だに世には可愛らしい雛のようなひいさんがよういらっしゃる。


…けれどお嬢さんは違うねぇ。


そうだよ、この婆の目にはよくわかる。
お嬢さんはそうではないね、守られるか弱い水晶と絹でできたようなお姫さまじゃあないねぇ。

お嬢さんには王子さまがいない。

違うかい?

王子さまを探していたのはもう随分と前のこと、今じゃあ「王子さまはおとぎ話の中だけ」だなんてお考え。
まぁ、そういう考えもあるだろうよ。

けれど世に王子さまはちゃあんといる。
お嬢さんが見つけられないだけ、いいや、違う。
お嬢さんには魔女の素養があると、それだけのことさね。

うん?なんだって?
魔女なんておどろおどろしい、醜い老婆と一緒にするんじゃないって?

全く、近頃の若い者はなぁんにも知らないんだから。

魔女が悪いもの、だなんて、全く、悪い話だよ。
どうせどこぞのお偉いさんたちが勝手にこさえた噂が、いつのまにかすっかり世間の常識になっちまったと、それだけのことなのにねぇ。

魔女が何か、なんて誰も知りやしないくせに、勝手に妙な型にはめる。
連中、そういうことが好きなんだ。

それで、むこうさんが勝手に決めた何もかものくせをして、魔女がどうこう、酷いものをする、酷いことをする、だなんて喚き散らすんだから、しょうがない。

魔女は賢い女のことだよ。お前さんのように、賢い目をしている、お嬢さんのことさね。

あぁ、冷えてきた。
今夜はよく冷える。
雷も鳴っているね。
お嬢さん、おや?それは随分と変わった格好だ。

海兵の服に似ているようで、まるで違う。

あぁ、知っている。確か、イヴ・イヴェンの魔女が言っていたっけ、それは制服とかそういうものなんだろう?
セー…セーラー…そうそう、セーラー服だとか、別名男のロマンだとか、まぁあたしには関係ないけれどねぇ。

おや?イヴ・イヴェンの魔女を知っているのかい?

あの大酒呑みの魔女と知り合いになるのだけは止めておいで、あれはよくない女だよ。

イヴ、だなんて名前からわかるじゃあないか。人を破滅へ導くことしかできない女さね。イヴ、リリス、グリム、フォルトゥナ、タリウス、数え切れないほど多くの魔女がいるけれど、イヴ・イヴェンの魔女ほどよくない女はそうそういないね。あぁ、そう、知らないかい?魔女は双子が多いのだ。イヴ・イヴェンの双子は、誰なんだろうね?

それで、あぁ、なんだっけか。
近頃物忘れが激しい。お嬢さん、そこのランプを取っておくれ、手元が暗くてよく見えない。
あぁ、ありがとう。

お嬢さんはとりたて美人ではないんだねぇ。平凡な顔だ。
魔女にしては珍しいねぇ。
魔女はたいてい、はっとするほどの美女が多い。
その美しさがまた、人を破滅へ導く、だなんていうけれどね、あたしにいわせりゃ、惑わされる連中がただただ愚かしいのさ。
美しい風景が人を狂わせるかい?全く、とらえ方次第だって、どうして気付かないのかねぇ。

でも、お嬢さん、顔は十人並だけれど、その目が随分と、賢そうに見える。

賢いお嬢さん、あぁ、そうだ。あの方もそうだった。

誰かって?そりゃあ決まってる。
あたしをお創りになったお嬢様の姉君、お嬢様さ。

気高い方だよ。
誰も好まぬ、恐ろしい冬の庭をきちんと管理なさった番人だ。

おや、お嬢さん、ご存じなのかい?

よく魔女を知るお嬢さんだ。
賢いねぇ、いいことだよ。

え?なんだって?外道で鬼畜でドS?

何をばかなことを。
あのお方は誰よりもお優しい方だよ。

嘘だって?バカをお言いでないよ。

あれほどにお優しい方が他にいるものか。
本当に良い方だった。

ただ、妹が悪かったんだ。

たった一人でいたのなら、あの方もあれほど御苦労はなさらなかっただろうねぇ。

死んだ人間のことをどうこう言うのはよくはないけれど、あぁ、そうだよ。
妹君さえいなければ、お嬢様は幸せになれたのにねぇ。

どうしてかって?

あぁ、そうか。
今の世では知る人はほとんどいないのだったね。

あたしだって、その一番最初があった頃はまだ生まれてもいない。
それでも知っているのは、あのおしゃべりなさえずり石どもがよくよく語っているからさ。
あの分別のないおしゃべりども。
自分たちがどんな話をしているのかには興味ないのさ。ただ囀るだけ。

しかしまぁ、今ではあの連中の言葉がわかるものなんていないのだから、どれだけさえずっていても、始終、石は貝のように静かだ、なんて言われている。
どんだけうるさく喚くか、なんて知りもしないで!

おや、聞きたいのかい?
一番最初、今ではもう誰も知らない、井戸の中のこと。

おや、そうかい、魔女なら、まぁ、知っておくべきだね、お嬢さん。

それじゃあそこにお座り。
寒くはないかい?そうそう、クッションを敷き詰めてね。
話しは、それほど難しくはないけれど、けれど、聞いていて気分のいい話ではないよ。
蠅のたかるような、腐った話だ。

それでも聞くかい?

あぁ、そうかい、それは、いい。

聞いて後悔などするんじゃあない。
そんな根性のないのはお姫さまだけで十分だよ。
ようし、それじゃあ話そうか。

この婆が話して聞かせてあげようね。昔むかしの、物語。



***




『井戸の中で死んだ双子の姉妹の話』




***




一番最初の物語。

昔むかし、もうずっと、どれだけ前かわからぬくらい前のこと。けれど人は服を着て着飾ることを知っていたし、火も使えていた、そう考えると本当は大した昔じゃないのかもしれないけれど、そんなことはあんまり関係ない。とにかく、昨日や一昨日よりは前の話さ。

欝蒼と生い茂る深い深い森があった。ねぇ、周りの人間にとって凶器なんですよ、その森は。人を殺すのに斧や縄はいらぬ、ただ、いらぬものを森に捨てれば、あとは「森に攫われた!」と大騒ぎをして終わり。森の中の獣や人の感覚を狂わす磁気であっという間に食われてしまう。それいけ、やれゆけ。追いたててあっさりしまい。あとは泣いて喚くだけ。

その深い呪われた森の中に、小さな小さな井戸があった。

と、まずここがおかしいと思うだろう?お嬢さん。どうして、人が住んでいるはずのない森の中に、人間が使う以外にどうしようもない井戸なんてものがあるのかねぇ。それからすでに、おかしいんだ。そこのところ、まず覚えておくんだよ。

その井戸の中に、双子の姉妹が落とされていた。誰が落とした?決まっている、姉妹の両親さ。愚かな女親は己の股の間から生まれてきた二つの生き物がどうしても理解できないと恐ろしがる。他人が他人を理解できることなんてまずありえない、わからぬからこそに生きていくのだ、ということをこの愚かな女は考えようもしなかったのか、とそう言えばそうでもない。

その双子、姉の方が、胎に宿ってひと月で生まれてきてしまった。それで、すくすくと、ごく当たり前、と言われている道理の中ではありえぬ速度での成長。簡単に言えばね、そのあと、きちんとものの定め通りに満ちて妹が生まれた時には6、7歳の少女の姿になっていた、ということだよ。

女親、それに男親の恐れたこと。己らとは明らかに違うものに慄いた。それだけではなくて、その生き物、目の覚めるほどに美しかった。女親はとりたての美貌などない。ただの、どこにでもいるような平凡な女だった。窓べに座ってぼうっと夕日を眺めるような、そんなどこぞの令嬢じみた趣味もなく、ただ田畑を耕して、趣味と言えば亭主にまとわりついて猫のような甘えた声を出すくらい。そのつど亭主も鼻の下を伸ばして、夜になれば、まぁ他にやることもないのだから睦み合う。そういう、平凡な末に生まれた、彼らとはまるで違う生き物だ。なんぞ間違いがあったに違いないと、二人がそれを拒絶してしまうのは、まぁ、人のしようのないこと、の範疇だろう。どこまでも平凡な夫妻!

それでも最初の一週間、妹の方が生まれて一週間までは、夫婦も姉妹を何とか育てようとは考えていたのかもしれない。追いだすことなく、姉に妹を抱かせ、世話をさせた。己は乳を上げる時以外は触りもしなかったが、しかし、姉と比べれば妹はごく普通の赤子だった。ならばここで、姉は退けられても妹は溺愛されておかしくはないかもしれない。けれど夫妻はそうはしなかった。

姉の方の成長速度は普通になった、妹が生まれたからだ。この二人は双子。一見妹の方はあたりまえの生き物に見えたとて、姉がこうなのだ。妹がおかしな化け物でないなどとはどうしても思えぬ。

それで、おぎゃあと泣くあどけない、まだ何の力も分別もない妹の方までもが二親から恐れられるようになった。女親は泣く。なぜ己が、とただただの被害者面。愛しいお前、と慰める男親の、正義漢ぶる優越感を姉の方はじぃっと眺めていた。その時に姉が何を想い、どんなことを考えていたのかなど、誰にもわからない。けれど、どれだ立派に人の言葉を理解し考えることのできるほどに成長していたとはいえ。仮にも己の親にそのように扱われて何とも思わぬだろうか?

ある日、男親と女親は、森に木を切りに行くと言い出した。女親が行くのなら、乳呑児の妹も行かねばならぬ。そうなれば、妹を抱かぬ女親に代わって、姉も付いて行く。そうして一家、というのもなんだかばからしいけれど、四人は森の中へ入って行った。

深い呪われた森だと言って、慣れた村人ならほんの入口付近はさほどの恐怖ではない。ちょうど己らがわかるギリギリのところで男親は立ち止まり、持ってきたパンをひとつ姉に渡してこう言った。

「私たちはこれから木を切ってくる。お前はここで待っていなさい。何、すぐ近くにいるよ」

パンと、赤ん坊を持った姉は特になにも言わなかった。ただこくり、と頷く。そして真っすぐに男親を見つめるその、誰にも似ぬ赤い目に、男親は一瞬怯んだ。けれど、ごまかすように咳ばらいをして、女親とともにその場を離れて行ってしまった。

残された姉は何を思ったのか。

耳を澄ませば、男親がカツーンカツーンと、木を切る音が聞こえる、ようになっている。あれが木を斧で切っている音なのか、それとも括りつけた木がぶらぶらとぶら下がって振られて木に当たる音なのか、そんなことは姉にはどうだってよかったのだろう。

己らが捨てられようとしていることをはっきりと理解していました。

酷い話でもない。飢饉でもあれば、そんなこと珍しくもない。途方もなく明け暮れて子どもの手を取り彷徨い歩いたお百姓が、気づけば妙なものを手に握って戻って来ている、という話だってよくあること。子供一人と一握りの、ひえを交換、だなんてご時世です。貧しい身の上で子供をこさえて、と非難されても、しようのないものは、しようのない。

けれど別段あの二親は、貧しくはなかった。樵家業、と言えば貧しそうなイメージですが、そうではない。女親は嫁いでくる時に、立派なヤギと鶏、それに苗をいくつか持ってきた。ヤギは草をやればよくミルクを出す。そのミルクでチーズも作れる。鶏は毎朝卵を産む。年老いたら村に行き肉として売り、その金でまた若いヤギや鶏を飼う。小さな庭には、二人分はある野菜が採れた。確かに、金貨などお目に掛ったこともない二人であったけれど、食うに困ったことは一度もない。

その上で子供を二人捨てるのは、やはり、恐ろしく思えたから、と言うほかにないのだろう。

姉はさてどうしたものかと、考えた。
あの二人の意図はすっかり理解してしまっている身で戻ろうか、そうすれば一層煩わしく扱われることはわかっていた。

考え込む姉の耳に、妹の泣く声。かわいそうに、妹すらも恐れるあの女親は、日に二度しか乳をやらず、妹はいつでも腹を空かせていた。亭主には無駄に乳を飲ませるくせに。

その所為で妹はいつまでも小さいままだった。姉のように急激に成長するのを恐れている、のかもしれない。小さな妹が、小さな声で泣く。赤ん坊は泣くのが仕事だけれど、泣いてもあやす手がない以上、妹は随分大人しい赤ん坊だった。

「……あなたはあの家に帰りたいのね」

姉は妹の小さな手を握る。ぎゅっと、握り返す、ここで姉が捨ててしまえばもうどうすることもできない、ただの小さな赤ん坊。妹が己とはまるで違う生き物だということを姉は知っていた。けれどそれを女親には告げていない。信じぬだろうという心か、それとも、同じである、と思われていることで一人ぼっちにならぬためか。つきつめてはどうしても汚い答えしか出てきそうにないので蓋をしっかりと。

赤ん坊が泣く。姉の胸に縋りついて泣く。その青い目をじっと見つめて、姉は立ちあがった。

「戻りましょう、あなたは、死ぬ必要なんてどこにもないの」

そうして姉妹は、戻って、また森の中に連れて行かれた。親も必至だ。戻ってくるたびに恐怖が募る。だから、あんなことをした。何かって?酷いことだよ。後ろから姉を木の棒で殴った。殴り、殺した。
生き返ってしまうような気がしたらしい。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、血が飛び散って男親の顔が真っ赤になるほどに、己の娘だろう、姉を殴ったのさ。

それを女親は、ただただ震えながら眺めていた。男親の凶行のためじゃあない。わかるだろう?あの女はどこまでも、自分がかわいそうだと、それで震えていたんだ。手前勝手な女!

顔もぐちゃぐちゃになって、肩も砕けて、腕も足も曲がらぬはずの方に曲がる。それでも、姉の抱きかかえていた赤ん坊は無傷だった。最後の最期まで、姉は妹を庇ったのさ。その腕にぎゅっと抱きしめてね。殴られる衝動がないように、そして、殺そうとする鬼のような形相の男親の顔を見せぬように、そして、酷い言葉を、音を、何もかもを聞かせぬように妹の耳を塞いだ。

妹に向けられる、姉の顔は始終変わらなかった。痛みがない、そんなばかなことありはしない。自分の骨が砕かれる様、皮膚が破れて血が噴き出る、足で蹴られる、殴られる、その全てを姉は感じていた。それでも、妹を必死に守って腕に抱き「かんにね、お姉ちゃん、守りきれないね」とそう繰り返す小さな赤い唇。呟くたびに、舌も切れた。その声が恐ろしいと女親が叫べば喉も潰された。

そうして殴り殺したのさ。

そうして、殴り殺されたのさ。

死体は、獣が食べると男親は言った。己の子供の血と、肉片を浴びて真っ赤になった男。早く洗い流したかったのだろう。けれど女親は首を振り、まだあの化け物は生き返るかもしれないからと、森の中のもっとおくの奥、そうそう、この森は村の連中にとっては凶器なのだから、それをそのように使おうと言い出した。

死体を背負って、歩く二人。姉の死体は、ぐちゃぐちゃになっていたけれど、それでも、妹を放さなかった。妹は泣き、大声で叫ぶ。男親は赤ん坊の口と鼻に布を当てそのまま窒息させた。そうして、ずるずると生きているものと死んでいるものが森を進んだ。

そのあとは、まぁ言わなくてもわかるだろう?
井戸の中に、放り込まれた。姉妹はそのまま、水に沈んだんだ。






***



おや?明かりが途切れてしまったね。
蝋燭が消えた。風もないのに妙だねぇ。
賢いお嬢さん、すまいなけれど、そこの棚のろうそくを取っておくれ。
あぁ、それだよ。ありがとう。

ようし、これでいい。

うん?真赤なろうそく、珍しいかい?

人魚がこさえたんだよ。
人魚と言っても、南の海に多くいるようなのとは少し違う。北の海にもいる。

ある身重の人魚が、華やかな人間の町に憧れて、自分は無理でも、せめて生まれる子は人間の中で育てたいと、願い、妙な考え「ひとは世界で一番優しい」などと思い、生まれた赤ん坊を島の社に置いた。
それで老夫婦が育てて、人魚の子供がこさえた赤い蝋燭。なんでもこれを灯せば船は嵐に遭わぬという。それで評判、老夫婦は栄えた。

まぁ、よくある話のように、そのあと欲に目のくらんだ老夫婦が人魚を人買いの手に渡し、そのあと赤い蝋燭は呪われた品となった。

その赤い蝋燭。灯せば必ず嵐が訪れ、見た人間は死ぬという。人魚の呪だと言われているが、本当のところはわからない。あたしがこうして火をともしても、ねぇ、ほらごらん、窓からはきれいな三日月が覗いてる。

それで、そうそう、その井戸の中の姉妹の話の続きだったね。



****




え?姉妹は死んでしまったのかって?それはおかしいって?どうして。

いくらなんだって、殴り続けられ、窒息させられた生き物。生きているはずがないじゃあないか。

それならなぜ、双子の魔女が後世に残ったか?

賢い目をしたお嬢さん。
ほうら、よくよくお訊き、その謎が、この世界の物語。
ひとが人として生きられるのはなぜか、魔女とは何か、そして交わされた井戸の中の約束、その、すべての謎が詰まっている。

そうそう、お嬢さんは知っているね。
リリスの日記。
だなんてたいそうな名前。リリスとは誰か?知っているかい?
赤い髪に青い目の、夏の庭の番人?
どちらかというと胸のない傲慢そうな、けれどツンデレ属性と言えるといえばいえる子?

いいや、違う。まるで違う。

古い聖書にもあるだろう。
リリスとは、アダムの最初の妻だよ。
何とも暗示的な名前じゃあないか。リリス、そうそう、リリム、というのは魔女の女王の名。似ているねぇ。まぁ、それは今関係はないけれど、そう、それで、リリスのことだ。



夫に上に乗られるのが嫌で、荒野に追いやられた淫乱な女。
黄金の豊かな髪に、魔性らしい赤々とした瞳。血のように赤い唇に、肌は雪の白さ。その心根は黒丹のように黒い、そんな女。イシュタル、とも呼ばれたことがあるらしい。あの冥界の女王エレシュキガルとも美貌を競ったという。まぁ、神々なんてこの世にあるかどうかわかりゃしない、古い言い伝えだとそう聞いておくれ。

解り易く言えば、あの灰の王妃、イヴ・イヴェンの片割れさ。
薔薇の玉座をかけて争った。

酷い争いだったよ。

今日は肉を焼き、明日は骨を砕く。明後日はお后の子供を攫って食べてしまう、鬼の行いのような酷さがあった。
どちらがどちらか、と競い合う。
魔女の争いを見たことがあるかい?あぁ、そうか、あるのかい。それならわかるだろう?
己の全てをかけて争う、だから、負けた方は半死半生、己の世界では生きられぬとそう悟った。

あの魔女、そうそう、今はトカゲ、と妙な名で呼ばれている赤毛に長身の魔女を知っているかい?
そうそう、随分と勝気な娘。魔術師だ。
この世界の魔女、と呼ばれる女たちとは少し違う。
本当に、魔法を扱う魔女なんだよ、あの娘は。
それでそうそう、そのトカゲ、のいた世界は“第三の地平線”とそう呼ばれている。
この世界は第二の地平線。

さぁ、ほぅら、もうわかってしまっただろう?

リリスが、あの、くそみそに胸糞の悪い女がどこから来たか。
イヴ・イヴェンの治める世界がなんと呼ばれているか。

つまりは、そういうことなんだよ、お嬢さん。
賢い目をしたお嬢さん。
この婆が一から百までを話さなくとも、賢いお嬢さんは、もうわかってしまっただろう。

つまりは、そういうことなんだよ。

人が1人もいない森の中で木の葉が落ちた。これは現実か、それとも夢か?
現実というものは人が認識して初めて現実となりえるもの。
つまりは、そこに誰もいなければ、姉妹が死んだか、そうではないか、など、誰にもわかりはしない。

つまりは、現実なんてものは、無数の人間が「ここに、これがある、誰かがいる」と認識して存在しているだけのこと。

ねぇ、つまりはそういうことなんだよ。

お嬢さん、賢い目をした、お嬢さん。
お嬢さんは先に何と言った?

双子の魔女が、いると、そう言ったね。そう話したね。

お嬢さんが、そして、この婆の言葉を聞く全ての人が、あの双子の魔女が、後世に残って生きていることを肯定するなら、それが現実なんだろうさ。

つまりは、そういうことさね。

さぁ、リリスの日記を開いてみよう。
物語が始まるよ、遠い、遠い、昔の話。

井戸から出た双子の姉妹、美しい姉と愛らしい妹は不思議な庭の番人となっていた。

夏の庭と、冬の庭、そう呼ばれる、不思議なところ。
大きな白い水門に閉ざされている。
中に入れるのは姉妹だけ。塀を飛び越えよう者は姉に目をつぶされる。

そういう場所の、物語。

最初の場面は、深い深い森の中、姉の忠告に耳を傾けずに夏の庭を飛び出した、番人のお話さね。
まずの登場人物は、ピアズ・コルヴィナス。

盲目の、気難しい男だった。

あの男さえいなければ、きっと姉妹は何も変わらず、今もお二人仲良く生きていていたかもしれない。
今更言ったところで、どうなるものでもないけれど。
それでもねぇ、あたしは思うんだよ。

ピアズ・コルヴィナス、あの男と、その双子の弟のマーカス・コルヴィナス。
あの二人が、あの日、リリスお嬢様に出会わなければ。


お二人が、殺し合うようなこともなかったろうに、ねぇ。







Fin