ロンドンパロ

・貴族ドレーク結婚生活時代ネタ。




コツコツ規則正しくなる秒針。絶対に男性禁止と妙に達筆で書かれた紙の張られた扉の前に椅子を持って座り込み、男が二人じぃっと今か今かとそわそわしている。一人は体躯のよい軍服姿の男性。もう一人は、やけに顔色の悪いほっそりとした、背の高い麦色の髪の青年。そわそわしている男とは対照的に、やたら落ち着き払っているように見えるのだが、父親たる男から言わせれば普段より三割増で「落ち着きがない」態度だそうだ。

ロンドン郊外にある歴史的価値も深い屋敷。その主たるディエス・ドレークは今夜第二子の誕生を迎えていた。ちなみに最初の子供はこの、隣でタロットカードで「安産・死産・難産」など物騒なことを平気で占いやがるホーキンスである。

最初にこの息子が生まれたとき、生憎ドレークは戦場に出ていて出産の緊張を経験していなかった。戦っている戦場に吉報「生まれたぞ祝え」と妻の一行の手紙(手紙か?)が届けられてほっとしたことはよく覚えている。(その後、家に戻れるまで三年の月日を要したドレーク、妻がどう考えても悪魔の子にしか思えないホーキンスを抱きかかえて駅に迎えに来たときに正直泣きそうになった)

まぁそれはいいとして、それで、それから月日は流れてドレークの細君(間違っても、女性の細さなど感じさせないが!!)がご懐妊。

つわりってナンデスカ、と妊娠中もしっかりと朝・昼・お茶・晩・おやつ、を取って全く持って妊婦らしからぬたくましさを見せてくれた妻、今夜出産を迎えていた。

こういう時に男は何も出来ぬのだと、苦笑しながらただじっと扉の前で待つばかりである。

「・・・・・・・・」

じぃっとカードを一枚手に持っていたホーキンスが、いつのまにかドレークを見つめている。

「どうした、ホーキンス」
「・・・・うめく声が止まない」

先ほどから扉の向こう、あのドSでノリノリな妻が苦しそうにうなっている声が響いてくる。古城、と言っても差し支えのないこの屋敷は夜に声がひっそり響く。普段感情というものを全くあらわにしないホーキンスだが、さすがに己の母の苦しむ声はあまり長く聞いていたいものではないらしい。ぼんやりした深いそこの見えぬ眼に、若干の焦燥をにじませているようにドレークには思えた。

「お前が生まれる時もこうだったはずだ」
「・・・そんなことはない。俺は木の股から生まれてきた。彼女を苦しませはしない」

どこの悪魔の話をしているのか。堂々と言い放つ長男に、いろいろ突っ込みたいことはあるが、しかしそこはぐっとこらえてドレーク、ぐしゃぐしゃとホーキンスの頭をなでた。

「大丈夫だ」
「なぜ俺たちは付き添えない?」
「そういうものだ」
「解らない。生命が生まれてくる神聖な時には膨大な力があふれ出るものだ。祝福を受けにラッパを持ったシッカルテたちがやってくるというのに、どうして俺は今ここにいなければならないのか」

頼むから解る言葉で話してくれとドレークは心の底から思い、ため息を一つはいた。扉の向こうでは今も妻が陣痛に苦しんでいる。あの強気な妻のこと、自分の弱っているとことは絶対に見られたくないだろうから「お産の場に男がいるんじゃあないよ」ともっともらしい理由で追い出した可能性が高い。しかしこうして何も見えぬ場所にいて、ただ苦しむ声だけを聞いていれば不安もあるのだ。

このご時勢、出産時の妊婦の死亡率は低くはない。血の気の多い妻だから多少出血が多くてもまぁ死にはしないだろうが、しかし、もしもということもある。

「・・・・」
「・・・・」

本当にこういうとき、男は何もできぬものである。ドレークとホーキンスは椅子に座って、ただじっと待つばかり。コツコツと時計の音。それが何度何度と打ってから、ガチャリ、と扉が開いた。

うめく声は止んでいる。

「・・・生まれたのか?」

現れた産婆にドレークが立ち上がって問いかけると、産婆、眉を寄せて首を振った。傍らのホーキンスが「・・・死産の確立は0%だった」と呟く。

産婆はドレークを、そしてホーキンスを交互に眺めてやるせない、というように深い溜息を吐いた。

「奥様がお呼びです」

神妙な声。まさか何か命の危機なのかとドレークの心臓が震えた。産婆は「私はお止めしたんですけどね」と言い訳のようなことを呟くのが不吉である。

ばっとホーキンスが部屋の中へ入った。ドレークも続いて部屋に駆け込む。

血のにおいや湯のにおいの充満した部屋。喚起はしているが部屋の温度を下げぬために少し空気が止まってはいた。
シーツで蚊帳のようなものをつくりいろんな物をさえぎっているベッドの中。天蓋は「好みじゃない」と一蹴した所為である。そのベッドの中に、ひゅうひゅうとか細い呼吸をする、真っ赤な髪の、やつれた女性。

「・・・・・・ふ、ふふふ、来たか。旦那様」
「・・・大丈夫なのか?」

脂汗をびっしりかいて、苦しそうに眉を寄せる。物凄く弱々しい姿、しかし懸命にがんばっている様子にドレークは胸を打たれた。
ホーキンスが左脇にちゃっかり陣取ってそっとの手を取っている。

「死ぬのか」
「おい、物騒なことを言うんじゃあない。これから子供が生まれるんだ。お前の妹だぞ、ホーキンス」
「そんなものはいらない。必要ない。だからもう苦しむな」

そういう問題ではない。は苦しそうな顔を少し緩めて笑って、ホーキンスののっぺりとした頬をなでる。こういう仕草をすれば母子に見えなくもない光景。ドレークは嫌な予感がした。母体が死んで子供だけが生き残るという可能性だってある。ホーキンスの占いは死産ではない、ということだった。(やけに当たるのだ)だがが無事かどうかは、わからない。

は手をそっと伸ばして、ドレークの手を握り締めた。

「・・・ドレーク」
「・・・あぁ、ここにいる」

その震える手を握り返してドレーク、傍らに膝をついた。産褥に男がいることはあまり褒められたことではない。先ほどの産婆の顔の顰め方からもよくわかる。だが、一人が苦しむことはない。

「お前だけが苦しむことはない。ここにいる。俺はお前の苦しみは替われないが、せめて」
「いや、そうでもないぞ。藁人形のストックが・・・」

「ホーキンス、ロンドンパロは非能力設定で頼む」

何か言いたそうな顔をホーキンスがしたが、それはそれ。ドレークはじっとを見つめた。の青い眼が嬉しそうに揺れる。

「ずっと考えていたんだがな」
「なんだ」

苦しそうに上下する胸、握り締めた手が熱い。苦痛にうめいている、その、ふるふると肩を震わせながら、ドレークを見つめ返した。

の青い瞳、なんか妙に見覚えのある色になった。


「おれがこんなに苦しいんだから、お前も苦しめ、ドレーク」


・・・・・。

「なんだ・・・それは・・・・」
「むしろなんでお前は苦しまないのか不思議じゃないか?」
「・・・・・」

何か物凄く外道な言動を陣痛に苦しむ妻から聞いたような気がした。一瞬停止したドレーク、しかしそんなことでためらうような妻でもない。

「結婚するときに誓っただろうが、共に苦しむと、陣痛の痛みは男は死ぬらしいから、その窓から飛び降りて怪我でもしろ」
「・・・・ふ、普通に死ぬだろう」
「それか鼻にスイカを突っ込め」

うんうん呻って苦しみながら、それでもつらつらと外道の言葉を吐く。悪戯心からでも気を紛らわすためでもなく、どこまでも本気で言っている。

逃げよう。

卑怯だなんだと言われても構わないとドレークはの手を放してさっさととんずらここうとしたけれど、そこは長年連れ添った妻である。離れかけた手を逆にがしっと掴んで、「ふ、ふふふふ」と目が完全にイってしまっている含み笑い。

「男が逃げるんじゃあないよ」
「お前その気力があるならさっさと産めるんじゃないのか」

もっともである。

しかしは「そんな簡単に埋めるかバカ」と容赦ない言葉。はっとドレークが顔を上げれば、長男ホーキンスが両手にしっかり、釘とかをもちながらにじり、にじりとこちらに近づいてきていた。

「俺に出来ることは少ないが、それで彼女が楽になるのなら」
「待て待て待て!!!ホーキンス!!」
「ふ、ふふ、ふふ、観念しろ、ドレーク」

がっしり握り締められて動かぬ手。背後は当然壁である。なんで出産の場で自分が生命の危機を感じなければならないのか。いや、それがディエス家である。




・とか、そんな話書いていいですか。

もうネタ帳なのか変換なし夢部屋なのか最近ここの用途がさっぱりわからない上に混同しまくってますが・・・あれですネ。
気軽に書けるので便利☆




NEO HIMEISM