悩んでいるサカズキと言うのは珍しいとクザンは驚いた。


海軍本部、大将・元帥・大参謀などの執務室がある“奥”の棟。


新婚ホヤホヤだった(笑うところ)サカズキも半年目。初めて夫婦で迎える冬である。
個人的にはそろそろその色ボケムードをどうにかしてくれねぇかとクザンは思っていたので、珍しい姿ではあるが、サカズキの真面目な様子にほっとしもした。

書類を前に真剣そうなその様子。
昨今浮上しているルーキーたちへの対処法、何か効果的な作戦はないものかと先日の会議で上がった件だろうか。

勢いのある連中をどうにかするのはそれなりに難しい。
極端な話、サカズキやクザンなどが出向けばそれこそ一瞬で済む実力差はあれど、彼らの天分がそうはさせぬのだ。

しかしそんな「運デス★」みたいな理由で諦められる海軍でもない。

しようのないことをどうにかせねば正義など貫けぬとそれがサカズキの信念。
書類に眼を落として眉をしかめるその様子、クザンは丁度昼時なのでサカズキを誘おうと思ったが、邪魔をすると起こられるので何もいわず退室しようと踵を返した。

「クザン」

が、その背にサカズキが声をかけられる。

「悪いって、邪魔しないからさ。もう帰るし」

「どうすればいいのか、このわしがさっぱりわからん」

てっきり小言でも食らうのかと思い、慌てて足を早めるクザンに、サカズキは構わず呟いた。おや、とクザンは眉を跳ねさせる。

いや、確かにルーキーたちへの対処、どうすればいいのかわからない、と言うのが本部でも多い意見である。何しろ、殆ど能力者。出来れば将官クラスが相手をするのがいいのだけれど、しかし白髭戦後どうしても海軍が縮小しがちになっている、というのは認めなければならいことだった。

サカズキが頭を悩ませるのもムリはない。

そうして珍しくこちらに意見を求めてくる。何だかクザンは感動してしまった。
結婚して丸くなる人間がいる、という話は聞くが、まさかサカズキに適応できたとは。軽い奇跡、珍事のような心持、ジーンと心に染み渡らせていると、サカズキが眉を寄せた。

「何気色の悪い顔をしちょる」

「いや、別に。で、何悩んでんの?。らしくねぇな、やるんだったら徹底的にじゃないの。お前さんは」

「どちらでも良いときがあるじゃろ。先にするか、後にするか」

「・・・何の話?」

おや、と、クザンはここでサカズキが「ルーキーたちに対する処置」を検討しているわけではないと気付いた。

もう少しじっくり話しを聞いてもいいが、長年の経験でわかっている。

(これは惚気のパターンだ!!!)

すかさず逃げ出そうと前足を出すが、がしっと、肩を掴まれた。

「聞け」

「嫌だって!!マヂでこの半年間どんだけお前らのバカッポーぶり聞かされたと思ってんだよ!!耳にタコどころじゃねぇよ、夢の中にの痴態出てくるほどになってんだよ!!」

「貴様、殺されたいんか」

思わず口が滑ったが、しかしクザンにも言い分がある。毎日顔を合わせるたびにサカズキにの夜の様子やらなにやらを聞かされるのだ。

一応クザンはを諦めた「脱落者★の子供に期待し隊」に名を連ねているが、しかしそれでも片思い歴はサカズキにだって負けぬ男である。

そんな、かつての想い人(そんな可愛いものでもないだろが)の生々しい姿を聞けば、これで抜かずにいられるわけもない。

ハイ、下品でした。とクザンは誰に対してかわからないがとりあえず謝って、結構本気で殴りかかったサカズキの腕を避ける。

「ハイハイ、本当ゴメン、悪かったって。最近は見ないように悩殺ねーちゃんの本枕の下に置いてるから」

「効果はあったんか」

「いや、そしたらさぁ、ボインなちゃんの夢になっちゃってー」

凄いね思い込みって、としまりのない顔をしたため、ローキックをお見舞いされました。
ガラガラと崩れる氷の身体。次にうかつなことを言ったら今度は間違いなく葬られるとクザンは覚悟して、真面目な顔をしてみる。

「で?何の話」

できれば聞きたくない。本当に巻き込まれるのはごめんである。だが聞かないと溶かされる。何この戦場でもないのにデッド・オア・ライブ。

「最近夜はよう冷えるじゃろう」

「まぁ冬だしね。でもお前さん平気で…まさかが朝ひっついて離れないから遅刻しそうだとか」

「わしらの起床は5時半が基本じゃ。布団の中で二時間くらい寝過ごしたところで問題などない」

その常にある余分な二時間が普段何に使われているのかとか、そういうことを考えるのは止めておいた。どうせ見当はつく。

どうりで早朝会議がない以外のサカズキは朝から機嫌がいいわけだ。クザンは早くも話を聴こうとした体勢に後悔し始める。
しかしそれでもサカズキの無自覚な色ボケトークは続く。

「あれは体温が低い。時間になっても完全に起きるまで寝ぼけて自分が何をしちょるかわかっちょらんのが面白い」

「・・・・あー、そう。擦り寄ってくるんだ?」

「頭をわしの胸に押し付けてしがみ付く。尻を触っても怒らんのはこの時ばかりじゃのぅ」

残念そうに眼を細めて言わないで下さい。というか、お前本当、これ結婚してなかったら犯罪者の会話だからな、とクザンは突っ込みたかった。

こんな色ボケトークを、まさかあのサカズキがするなどとはクザンは夢にも思わなかったが、悲しいことに現実である。

似合わない、キャラ違う、正直気色が悪い、鬱陶しい、とそういう評価もなんのその。寧ろ「だからどうした」と開き直る組長、じゃなかったサカズキ。クザンは本当に帰りたくなった。

「・・・で、だから何よ」

こまま延々とサカズキの「嫁トーク」が続いたら、クザンは本気で辞表を書きたくなる。そう思い逸れてきている話題を戻そうとすれば、サカズキがまた小難しい顔をした。

「そうじゃ。それで、迷っちょるんじゃァ」

「何を?」

「問題は朝ではなくて夜でのう。布団はよう冷えちょるけ」

クザンは話の予想が付いた。

そして本当に聞きたくないと思った。

しかしそんなことを態度に出してもサカズキが止まるわけもない。クサンは、ここ数年この無自覚バカッポーに付き合わされて自分は悟りが開けるような気がした。そんなクザンの心境お構いなしにサカズキは堂々と続ける。

「毎晩、どちらが先に布団に入って暖めておくかでもめちょる」

うん、やっぱり聞かなきゃよかった。

物凄くくだらない。というか、お前仕事中に何考えてんだとクザンは突っ込みたかった。しかし無駄だ。このボケ(言い切った)にはもうムリだ。

センゴクさんに相談したこともある、おつるさんにだって泣きついたことがある。
けれど二人は口をそろえて言うのだ。「それでもお前や黄猿の倍は仕事をしている」と。

定時できっちり上がれるようにとサカズキはもちろん仕事に手を抜かず、効率よく、的確にこなしている。その結果だ。

ノー残業ライフ。本当見習いたい。
いや、クザンはやっぱりぐだぐだに仕事をするのがスキだが。

思考を彷徨わせて現実逃避を図るのに、それでもサカズキの鬱陶しい色ボケトークは続く。

「わしが先に入ればすぐに温まるじゃろう」

「うん、そうだね」

「わしもできればあれに寒い思いなどはさせたくはない」

「うん、そうだな」

この会話はどうすえばぶっ潰せるだろうか。そんなことを考えるだけ徒労だが、聞かなくていい日が来るという夢を捨てきれない。本当。

「あれがわしのところへ自分から来てもぐりこんでくる、というのは面白い」

まぁ、そうだろう。この脳内常にエロネタ男(暴言)からすれば、が自分の布団にもぐりこんでくる=襲ってOKだと即座に判断されること。それが毎晩味わえるというのだから、これほどいいこともない。本当捕まってくれとクザンは心から思った。

「・・・・じゃあ何悩んでんの?」
「わからんか」

できればわかりたくない。クザンはノーマルでいたかった。そんな変態プレイを理解なんぞしたくない。

「先にあれを入れて、わしがいつくるかと緊張しちょるんが面白い。冷たいシーツの上にいて体温を奪われるあれがわしの温度で熱くなるのが、かなり、面白いじゃろうが」

耳を塞ごうとしたが遅かった。ばっちりはっきり、きっちりと、クザンはその耳で聞いてしまった。どう考えても、どう聞いても、変態トークにしか聞こえない同僚のノロケ話。本当に、砂を吐ける。いや、さしたる努力をしなくとも砂糖くらいいくらでも吐けそうな気がした。

そういえば結婚当初、クザンはからかう目的で、いわゆる新婚につき物なYes/No枕をに新婚祝いということで贈ったことがある。

どういう意味のものなのかわかって顔を真っ赤にしたはかわいらしくて仕方なかったが、しかし次の瞬間のサカズキの「選択肢などハナからない」とのたまった発言で、クザンは一体このバカがどんな性活(誤字にあらず)をに強いているのか理解したものだ。

サカズキからしてみれば、一緒に布団に入るより、から誘いをかける展開or自分を待っている展開どちらがいいかとそういうことなのだ。

いい年したおっさんじゃねぇかとは口が裂けてもいえない。同じ体格、そして年齢もそう変わらぬクザンはそんな話をして墓穴を掘りたくはない。名誉のためにいうが、自分とてまだまだ余裕で現役である。

「・・・悩んでることって、それ?」

「毎晩もめて、わしがそのままあれをベッドに押し付けて終わったが、今晩はどうあれを説得するか」

なるほど、押し倒すだけなら力技で楽に出来るが、問題は「自分の意思で行う」が見たいというところだ。それなら言葉でそれとなく、説得しなければならないということだ。いや、しかし基本サカズキには無抵抗主義、何を言われても笑顔で頷く阿呆の子(ある意味褒め言葉)なのだからサカズキが「先に入れ」と言えば素直に従うのではないか。

あ、そうか、とクザンは気付いた。脳内ピンクのサカズキとは違い、基本的には健全である。先に入れ、と言われれば寒いが我慢して入るだろう。

全くもって何の性的な意味もなく。それではサカズキが面白くないのだ。

恥じらい、緊張するところが面白いと先ほどもはっきり言った鬼畜。

クザンはどうして未だにサカズキがインペルダウンに連行されないのか本当に不思議だと思った。

そんなこんなでじっくり悩んだサカズキが、結局その日どちらを実行したのかまるで興味はなかったクザンだが、やはり次の日にじっくりと聞かされるハメになって、出来る限りサカズキの執務室には行かずに置こうと心に決めたのだった。





Fin