おや、とは真っ暗な部屋の中、青い目をきょとんと幼くさせて瞬きをした。

海軍本部奥、将校らの使用する…という決まり文句は省略することにして、まぁとにかくその某所にあるドレークの私室。少将のものとなれば寝室の他にシャワーのみの浴室ともう一部屋つく。さてその寝所、一般と比べれば大きいが、屈強な軍人が使用するには少将心もとないセミダブルの寝具の上で倒れこむようにうつ伏せになり寝息を立てているのは部屋の主のディエス・ドレーク少将殿だ。

「珍しい、きみが服を着替えないで寝てるなんて」

部屋の窓枠に腰掛けたは興味深そうにじぃっと眺め、そしてそのままひょいっと部屋の中に入った。

主の性格をよく反映し部屋の中はこざっぱりとしている。それでいて物がないわけではない。あちこち海図やら書物やらどこぞの工芸品やらが見受けられ、海軍将校の部屋、というよりは海が好きな少年の部屋のよう。はそういえば彼の部屋に入るのは滅多になく、寝所など足を踏み入れたこともなかった、と今更ながらに気付き新鮮な心持ち。

月明かりである程度夜目に不自由はないが、しかし暗闇は好まぬ、ひょいっと腕を振って眩しすぎぬ、仄かに発行する白い花を部屋の四隅に飛ばす。ぼやっとした明るさに満ちた室内にうんうん、と満足げに頷いて寝台に近付いた。

「……」

お酒臭い。

服を着たまま布団もかけずに倒れているからさて何事かと大事かと思ったら、なんだこの男、酔い潰れているだけなのか。ベッド脇にしゃがんで顔を覗き込めば臭ってくるその独特のもの。この海軍本部に身を置いてからは久しく覚えのない臭いだが、知らぬわけではない、よくロジャーやレイリーがこういう臭いをさせていた。

スン、と鼻を鳴らし目を細めはひょいっと腕を振る。すると盥と水、手ぬぐいが沸きに落ちた。その真っ白い手ぬぐいを水で濡らす。

こうも臭うほど飲んでいる。ならば明日は酷い頭痛に悩まされるだろう。ドレークがアルコールとどういう相性を持っているのかは知らなかったが、しかし強い強いといわれたシャンクスだって潰れるまで飲めば次の日に随分と苦しんだ。

「折角治ったのにバカをして、まったく男の子というのはわからない」

思い出し、目の前の男とシャンクスがほんの少し重なる。

ドレーク、ドレーク、ディエス・ドレークが過労で倒れたのは五日前だ。止せば良いのに仕事を詰め込んで、その上この己の看病までした。倒れぬほうがおかしいのにこの男「大丈夫だ」と何の根拠もなく言って、そして倒れた。

知らせがの耳に入ってきたのは彼が倒れた翌日のこと。当日に知らせなかったのは容態も落ち着かぬうちに魔女が彼の胃に負担をかけに行くのは、と配慮されたのだろう。

けほり、とは咳をする。

三日で回復したドレークと違い、の体調はまだ回復しない。今だって高い熱を帯び身体、頭の中はぐるんぐるんと周っているが、しかし慣れてしまった。

どうせ今晩も熱に魘されるか、眠れぬかのどちらか、それなら散歩をして少し気晴らしがしたいと思い、強請っても叶えられぬと分かっているので見張りの海兵をちょっとどついて眠らせて、寝台にはしっかりくまのぬいぐるみを身代わりに仕込んで部屋を飛び出した。

そして真っ先に向かったのがこのドレークの部屋。職場復帰したとは聞いたが未だに顔を見せぬドレーク、休んでいる間に仕事が溜まって身動き取れないのだろうと笑いに来たのに、酔い潰れている、とはどういうことだか。

「よい、しょっと」

うつ伏せのままでは額に手ぬぐいが乗せられない。それにタイをしたまま息苦しいだろうし、上着は脱いでいるがシャツやズボンが皺になる。ぐいぐいっと、両腕を使って下から持ち上げるようにドレークの身体を仰向けにし、馬乗りになってその首に手をかける。

「……」

ドレークのネクタイはいつも黒い。皺一つ無い真っ白いシャツに黒いネクタイ。好きな色がないわけではないのに目立たぬ黒地。指をかけてしゅるりと外し、これ頭に結んでやったらりっぱな酔っ払いの完成だ、とは真面目に思った。

だがそういう悪戯心、起きるより先に目下にある酔っ払いのしまりのない顔。は誰も見ていないのに不愉快だ、というように眉を寄せ、ネクタイをぽいっとうっちゃる。

濡れた手ぬぐいを額においてやろうと、そうすれば翌朝の頭痛も多少マシになろうとそう思って降りようとすると、ぱちり、とドレークの瞼が上がった。

「……」
「やぁ、おはようディエス、きみが酔っ払ってるところなんて初めて見たよ」

ぺしん、と頬を叩いてみても相手はぼうっとした顔のまま。酔っ払ってる上に寝ぼけてるのか、ため息を吐いては腹の上に乗ったままぺしんともう一度、今度は額を叩く。すると濃い色の瞳がぼんやりとして、こちらを意識したのがわかった。

「はは、なんだ、か。熱は下がったのか?」

言ってることはまともだが、妙にろれつは回ってないし、にへらにへら、とその顔が緩んでいる。だめだこりゃ、とはもう一度息を吐き、酔っ払いと会話なんぞできぬだろうから見切りをつけてとりあえず手ぬぐい、と身を捩るとその肩をドレークが掴む。

「熱があるな、熱い」
「デ、ディエス!」

ぐいっとその手に力が篭ったと思うと、そのまま胸のうちに引き寄せられた。さすがのも慌てる。この己がまさか寝台に引きずり込まれるとは!それもディエス相手に!混乱し、相手が酔っ払いだろうと構わず詩篇を繰り出そうかと(いくらドレークでも近距離でやられたら死にます)防衛本能が働くが、それが発動するより一瞬早く、ぽんぽん、とを胸に抱え込んだドレークがその頭を叩く。

「いいから寝ろ、大丈夫だ、おれがついてる」
「……」

へらへらと、笑う声。ぴたり、との抵抗が止まった。

は男というものが苦手だ。いや、強者強者の間での性別というものを感じさせぬ傲慢尊大でのやりとり、あるいは暴力、なんてものはちっとも恐れぬ。だが性的なにおいのする好意、行為、仕草というのがどうも駄目だった。昔から、いや、おそらくはロジャーが処刑されて、シャンクスと色々あってからのこと。まぁ、そんな自分の記憶には蓋をして、、妙な違和感を覚えた。

(へんなの、ちっとも、ヤじゃない)

ぎゅっと自分を力尽くでこうして拘束しているのは男の腕、力である。荒々しさだってある。しかし相手のこのにへら、とした顔、声、様子、いや、相手がドレークである、ということが(一瞬予想外の事態に混乱しはしたものの落ち着いてみて現在)どうも、ちっとも怖くない。

「ディエ、」
「さっきいい夢を見てな。おまえが花の中で笑ってるんだ」

このもやっと浮かんでくる、何か得体の知れぬ暖かなものはなんだろう。は疑問に思って、居心地が悪くなって、目の前の酔っ払いを呼ぼうとしたが、その前にドレークがふにゃり、と見ているこちらが恥ずかしくなるほど嬉しそうに笑って言う。

「しろい花だけじゃない、きいろ、や、あかいのや、あおいのも、あったな。たくさんあって、お前がいて、たのしそうなんだ」

いいことだなぁ、と思い出し笑いをしながらドレークが言う。呂律の回らぬ、寝言のような言葉と声。

「ディエス、ねぇきみ、酔ってるでしょう」
「何を言う、おれはよってないぞ」
「酔ってるよ」
「はは、なんだか気分がいいんだ」

絶対に酔っている。自覚のある酔っ払いはそうお目にかからないが。ドレークは笑い上戸だったのか。

は普段、ドレークといえば胃痛に必死に耐えているような顔か、あるいは真剣な顔くらいしか見たことがない。笑っているところといえばふわり、と周りの空気がほんの少しやわらかくなるような、そんな微笑だ。

(それが今、別人みたいに嬉しそうに笑ってる)

長くドレークと関わっているが初めてみた。酔っ払っている姿も初めてだが、この嬉しそうな様子、というのが衝撃的だ。

はもぞもぞと頭を動かして近くにあるドレークの顔をまじまじと眺めた。特徴的な顎に鼻、それよりも近いのは喉だ。のような少女にはない喉仏が、ドレークが笑うたびに上下する。

暫くじぃっと眺めていると、こちらの視線に気付いたドレークが顔を向け、目を細めてゆっくりと言う。

「おれはな、、本当に、お前を幸せにしてやりたかったんだ」
「……」

ぎゅっと、胸が締め付けられた。気持ちが、ではない、言葉と共にドレークの逞しい両腕がの小さな身体を抱きしめた。ぎゅっと絞まる喉、酸素が肺に取り込めない。苦しいよ、と言おうとして、言葉が出なかった。

妙な感覚、不思議不思議な、覚えのない心持。戸惑うよりもじんわりと染み込んでくる暖かい、春の光のようなもの。

(息が出来ない。だから、酸素が足りなくなって、頭がくらくらとするんだ)

身に起こる眩暈は体の異常事態ゆえのこと、それだけであるとは妄信し、これは抵抗のつもりだからと自分を抱きしめるドレークの背におずおずと手を廻しぎゅっと抱きついた。

(このまま時間が止まってしまうか、窒息死してしまえばいいのに)




fin


(2012/ 4/3 22:11)

ついでに翌朝ドレークの部屋にやってきた青雉が「がいなくなったんだけど見かけてねぇか!!!?って何この光景…!!?ちょ、サカズキこっち来んなッ!!!」と慌ててズンズンと向かってくる同僚を足止めします。