机の上に山と詰まれたアルバムには手をつけずは眼を細め、スカートの中で足を組み替えた。部屋の中にはこれ以上は置き場がないというほど珍しい苗や植物の鉢が置かれ、趣味の良いことに小さなブリキの如雨露さえ用意したらしい。綺麗なリボンで包装された贈り物が部屋を埋め尽くし、普段のであればそのうちの一つを手にとってあれこれ楽しんだだろうが、生憎今回これらを全て手配したのは、なじみの鳥や貴族ではなくて、厄介極まりない元帥殿だ。
「さすがセンゴクくんはいい趣味をしているね。彼女の新兵時代の写真なんて、一枚だけでも十分ぼくは機嫌がよくなるよ」
このままお互い無言を貫けば一生そうしていることも可能だ。根競べならやることがない自分に分があるとわかっているだったが、しかし、長時間元帥をこの場に留めてあとでサカズキに蹴り飛ばされるのはごめんである。
しようもなくは真っ赤なアルバムを手に取って膝の上で開く。中にはが現在懐いている女性海兵の年代からアングルまで様々な写真が収められていた。どのように入手したのかと若干気になりつつ、は一枚一枚を丁寧に捲り、閉じた。
「薔薇の苗もその他の贈り物もセンスが良すぎる。ドフラミンゴも見習えばいいのにね」
「教養のない海の屑と一緒にせんでくれ」
「あれで鳥は文化人だよ」
自分で貶しておいてはセンゴクが顔を顰めれば一蹴した。そういう気まぐれな自分をセンゴクが辛抱強く良く相手にしているところが聊か滑稽であり、またそうと判っているのに追い返さぬ自分が一層不恰好だと思った。は扉の外に意識を向ける。元帥の訪問ということでドレークは部屋を追い出された。それでも扉の前に立っているだろうと思ったが、あるのは覚えのない人間の気配のみである。
「ドレークは暫く遠征に出る」
「態々人質に取らなくても、ぼくはサカズキの上司であるきみに逆らうつもりはあんまりないよ」
「どうだかな。気まぐれな魔女の言葉を鵜呑みにするほど、私は若くない」
「ふふ、自分が「歳を取った!」だなんてこれっぽっちも思っちゃァいないくせにねェ」
低く侮蔑の笑みを響かせながら、しかしその答えは気に入った。は眼を細め、ここ最近はディエスのお守りのお陰で潜めていた魔女らしい言動を取り戻す。
「このぼくに何か頼みたいことがあるのなら、膝を汚して懇願おしよ」
「そんな程度のことで協力的になるのなら惜しまんが、信憑性にかけるな」
「じゃあどうするの?」
「決まっている。ただ一言お前に忠告するだけだ」
おや、とは軽く眉を跳ねさせ、そしてセンゴクの言葉を待つか、それとも聞いてしまう前にこの男の頭を殴り飛ばして逃亡しようか考える。その思考の時間も計算のうちか、じっくりとが脳内で『それは不可能だ』と答えを出した丁度頃合を見計らい、ただ一言、口にする。
「お前が懇意にしているアイスバーグ氏が商売敵に命を狙われているぞ」
はじめからそう言え、とはいらだち紛れにカップをテーブルに叩き付けた。そして怒りを何とか押し留め、一度目を伏せてから再度センゴクに顔を向ける。感情を押し殺した魔女の顔。それを相手が愉快そうに眺めているのが気に入らぬが、しかし、どちらがどちら、というような扱いをは判じることはしなかった。己とこの男。知力で競えばどちらがどちら。せんなきこと、と、は膝の上の手を握り締める。
「商売敵って、水の都の船大工?」
そんなわけはないとは思いつつ、適当に切り出した。水の都の船大工たちは現在アイスバーグを受け入れている。ガレーラを設立してまだ半年だが、誰も彼を疎んでいない。当然だ。これまで複数の会社が競い合っていた水の都。売上はまちまちで、腕のいい船大工を要していればいいが、あるいは良い木材の入手ルートのツテがあればよいが、そうでなければあの島で行き続けることは難しい。アイスバーグノガレーラは、現存する全ての会社を纏め上げたものだ。どんな漏れもなく、平等に「社員」とする。腕がある者は正当に評価され、また船大工としての腕はなくとも木材などの交渉、経理担当、人事、など人には様々な特技があり、ガレーラはその「適材適所」を生かしてくれる。
「狭い範囲のことではない。お前が先日推薦した件に関係している」
「政府御用達の」
「これまで独占して取引してきた所から「魔女の推薦」ということでガレーラとも取引をするか、という話になっている。当然、気分を悪くする者もあるだろう」
「べつにぼくが無理にお願いしたわけじゃァないさ」
ガレーラを、アイスバーグを「手出しできぬ存在」にするためには政府へのコネがいる。それであるからは己の顔を最大限に利用してガレーラを推薦した。推薦、といっても、「こういうのがある」と提案しただけのこと。そこから選ばれるかどうか、というのはアイスバーグの腕次第だ。魔女のコネではなく、アイスバーグ自身のやり方に共感し「手離せない」と思ってもらわねば何の意味もない。
「あぁ、もちろんそうだろうとも。取引をするかどうかの判断は、アイスバーグ氏の腕で決める」
「もったいぶってないでさっさとお言いよ。どういうことだい」
「これまで独占していた取引先よりも腕のいい造船会社はいくつかあった。だが、採用には至らなかった。なぜだかわかるか」
ぴくん、とは形の良い眉を神経質そうに動かす。回りくどい言い方をする男とは思っていたが、こうも面倒くさい方法を取ってくるのか。はわしゃわしゃと頭をかいてソファに背を凭れさせた。
なるほど、己の名が今回「特例」を作ったのか。
現在政府御用達の造船会社は一社のみ。とある島のとある貴族が運営している会社だが、その家は例の気に入らぬ「世界貴族」と中々進行が深いらしい。いや、かなり辿ってみれば、表向きは「どこかの貴族」が代表者だが、実権はお偉い天の方々が握っていらっしゃるのやもしれぬ。恐らくはただの暇つぶし、気まぐれ、己らが世界を支えてやっているんだ、というような、そんな妙な心だろう。
政府の船を作る権利を独占し続けることでの矜持などは考えるだけ鬱陶しいが、なるほど、それで数々の候補者たちは退けられていたらしい。(いやぁ、いい具合に政府に寄生しているウジどもだ、などとそんな酷いこをは思わぬが、しかし、相変わらずの鬱陶しさには呆れる)
ガレーラの名を出したのは、悪意の魔女だ。世界貴族の後ろ盾のある会社と、悪意の魔女の後ろ盾のある会社が競い合う。今の会社の独占を破るにはもってこいの後ろ盾。採用されれば世界貴族は何もいえぬ。口を出せば魔女が乗り込んでくるやもしれぬ。そしてガレーラの腕前を考えれば採用される可能性が高い。
それであるのなら、アイスバーグをどうにかしてしまおう、とそういう結論を出しているらしい。
政府が現在の会社に満足しているのなら、たとえ魔女の名が出ようと一蹴にされたに違いない。だが、センゴク曰く「今の取引先よりも腕のいい会社がある」とのこと。なるほど、一流には違いないが、超一流、というわけではないのだ。
そしてセンゴクは、はっきりとは申さぬが、今の会社をあまり好んでいない。
海軍には当然腕のいい船大工がおり、専門のドックもある。本部、支部は必ず抱えているものだ。だが政府は近頃、海軍の船もその会社に任せる、とかなんとか、そんな決定をしようとしているらしい。
「船は海兵の命を預かる大切なものだ。私は最高のものを用意したい」
「ガレーラの船なら海兵の命を預けるに足ると?」
「俺がお前にこんな話をしていることから、どう思っているかはわからんか」
その答えには満足した。
政府の命令なら、センゴクといえど従わねばならぬものもある。だが、海兵たちの命に関係する船を、好き勝手されてはたまらぬ、という、これだからこの元帥どのは面白いとはその親心なのか上官としての当然の気構えなのかわからぬセンゴクの思考に拍手をしてやりたかった。
午後の予定を頭の中で思い返す。本当ならドレークとお弁当を持って遊びに行くはずだったが、いないのなら一人で部屋に篭っていなければならなくなる。それは聊か退屈だ。そして自分の機嫌は悪くなる。
「折角のピクニックを台無しにされてしまったかわいそうなぼくが、ちょっとばかりその辺に八つ当たりに行ってしまったって、それは仕方のないことだよね。ぼくは何も悪くないよね」
ひょいっと、は腕を振ってデッキブラシを取り出す。センゴクはコーヒーカップに口を付け、一度口に含み味わいをじっくり堪能してから、カップを置く。
「話は以上だ」
直接的なことは何も口に出さない。はにんまり、と笑った。センゴクの思い通りになる、ということはまぁ、聊か気に入らないことではあるが、しかしアイスバーグを評価して「是非使いたい」というのなら、協力するのもいいだろう。
自分がこれからすることは、後に赤犬の耳に入ればどうなるか、それともセンゴクもわかっている。よくて半殺し、悪ければマグマの中に身を放り投げられてそのまま殴り続けられるもの。だがセンゴクは助けはしないだろうし、もそんなことは求めていない。(だからこそセンゴクは冒頭で貢物を披露したのだろう)
はとりあえず、その貴族、または後ろ盾の世界貴族のどちらから身の程を知らせてやろうかと、楽しそうに考えて、デッキブラシに跨った。
そして今夜、その体に紅い花が咲く
リハビリ用なので短いです。
(2010/06/24 17:32)
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