珍しく、はサカズキよりも先に目を覚ました。

ぱちりと目を開き周囲の暗さ。いや、暗闇を恐れるを考慮して寝室でも常に手明り程度の配慮はされているのだが眠るをサカズキが抱きかかえて眠る癖があり目を開いてもその大きな体で光が遮られている、というのが常だ。暗闇は嫌だがこういう暗さは怖くない。ぎゅっとはサカズキの服を掴みもぞもぞと上に這い上がろうとする。外の気温はどうだか知らぬが現在室内はそこそこの温度になっていて、薄っすらと寝汗をかいているほど。じんわりと汗ばんだ肌が当たるのが気恥ずかしい半分、こちらが汗をかいているのにサカズキは能力ゆえかまるで汗をかいていないことが腹立たしくもあり、部屋の温度上昇の原因から離れたかった。

しかしあまり身動きをすればサカズキが目を覚ます。限度があるだろうにこの男、基本的にこちらを寒さに弱すぎる生き物と思っているフシがあり、自分が目覚める前に腕の中から出ようものなら「風邪を引くじゃろうが」と不機嫌になる。いや、いくら己でも真夏に風邪引いたりはしないのだがと反論したところで無駄だろう。はそうなるたびにぼんやりと、かつて「過保護」の名を欲しいままにした(当人否定)ドレークと今のサカズキのどちらがより過保護かと、そんなことを考える。まぁ、どちらがどちら、などあまり関係ないのだけれど。

注意を払いながら、もぞもぞっと動く。さすがに眠っているだけあってしっかりホールドというわけではない。抱えられていた位置から上昇してはサカズキの眠る顔を間近で見る位置に移動した。

「……」

途端顔が赤くなるのは仕方がない。

普段厳しい表情も寝顔は素直だ。眠っていても時々眉間に皺が寄るが、怖いというよりなんだか可愛らしく見えるもの。(既に末期だお前、と誰かが突っ込めればいい。本当恋って盲目だ!)ついごろごろと喉を震わせて笑い、はサカズキの胸に額を擦り付ける。普段サカズキが起きている間にこんなことをしようものなら即行で押し倒され組み敷かれるが、眠っている時は自分がサカズキを好き勝手できる。それがには嬉しい。

(へんな、感じ)

改めて思えば男女という差。自分の肌とはまるで違う男の肌。柔らかいだけの自分の肌がこう堅い肌に当たると熱を帯びるので不思議だ。その肌を指でなぞり、眼を細める。終身時はお互い素肌のままであることが多いのだが、最近はの要望によりきちんと寝巻きは着ている。と言ってもサカズキは浴衣である。も浴衣希望だったが、明らかに肌蹴させることを楽しむ夫を前にしてそんなコスプレプレイじみたことはしたくない。そういうわけでしっかり寝巻き着用。はサカズキの浴衣の合わせを軽く掴み露出された刺青を指でなぞる。の腰や肩にあるものと同じ薔薇の刺青は隆々と逞しいサカズキの胸にあれば自分の物とは別物のように見える。

こうしてじっくりと刺青を見ることは、実はあまりない。情事の最中はお互い裸だが、は頭の中が真っ白になるし、サカズキの求めに答えようと必死になるあまり刺青を見ている暇などない。暗さに慣れてきた目で刺青を見つめる。筋肉の盛り上がった部分が影を作り、妙にどきどきとした。

ここでうっかりサカズキがタヌキ寝入りなんぞしてようものなら朝から散々な目にあうが、今日は寝息も立てているし経験上本当に眠っているはず!とは判断している。

上がる体温に気付かぬふりをしてはそのまま指をもっと上部に移動させる。

(……男のひと、だよねぇ)

逞しい胸板や太い腕よりも、が心底サカズキを男だと感じるのは喉元だ。もぞもぞと体を上へ上へ移動させて、は眼を細める。サカズキの太い首に両腕を回すのは体制的に無理があるので断念しなければならないが、その代わりに横になった体勢のまま片方の手でサカズキの首に触れる。の小さな首とは違う、太い首には女にはないでっぱりがあり、さらりと掌を動かしてその部分に触れる。

「サカズキ、起きて」

眠ったままで暫くいるのもいいのだが、ふいに妙な寂しさを感じた。眠り大人しいサカズキも好きだが、やはり目を開いて自分を真っ直ぐに見つめている、そういう顔が好きだ。身勝手さ、感じつつがぽつり、と呟けば少し間を空けて、目の前のサカズキの眉間に皺が寄り、もぞっと、下になっていた腕が動いた。

「…どうした」
「おはよう。まだ夜明け前だけど」

抱きかかえるために回されていた腕が一本引き抜かれ、そのままの頬に触れる。ゆっくりと分厚い瞼が持ち上がり、聊かぼんやりとした目が現れた。

「何か喋って」
「突然なんじゃい」
「いいから」

わからぬと一層眉を寄せるサカズキにころころとは笑い、喉仏に触れたままの掌を軽く動かして首を撫でる。ぴくり、とサカズキの眉が動いた。

「……毎度思うが、」
「なぁに?」
「…そないに面白いんか」
「すっごく」

即答すれば呆れるようにサカズキが溜め息を吐いた。

ここ最近ののブームというのかなんというか、サカズキの喉に手を当てて話させる。喉が振動しているのが楽しいと、そう言って笑うものだからサカズキも「断る」とはいえぬもの。それによくよく表情を観察してみれば児戯に見立てて楽しんでいるというよりは女の顔で幸福を噛み締めている、というようにサカズキには見えた。こういう顔をするを間近で見るのも中々いいもので、そういう発想であるから、最近バカッポー、いやいやバカ夫婦は朝っぱらからイチャついている。

「ねぇ、サカズキ。何か喋ってよ」
「いつも言うが、わしに軽快な会話を期待するな」
「海賊相手に脅しをかけてるときってすごく多弁になってるよ?」

まぁ、それは確かに。

言われてサカズキは眉を跳ねさせる。身の程知らぬ海の屑には言葉と拳で持って恐怖と屈辱を、とそう考えているサカズキだ。だが愛しい妻(うわ、この単語似合わねぇ)相手にそういう調子で弁を振るうなどできるものか。と言ってクザンやなにやらのように歯の浮くような台詞の数々なんぞ自分が吐ける訳がない。自覚しているだけにサカズキは「何か喋って」とにねだられる度に困窮する。

「おどれが話せ」
「それじゃあ意味ないよ!?」
「わしはおどれの声が聞きたい。顔もよう見せろ」

ぐいっと、サカズキはを自分の体の上に乗せ、その頭を撫でる。

「サカズキッ、ちょ、待ってストップ!」
「なんじゃァ」
「この体勢、いっつも言うけど辛いんだよ!」

非難の声にふむと首をかしげてみれば、なるほど確かにとわからんわけでもない。

普段サカズキがの小さな体を組み敷くことが多いが、時折こうしてを自分の体に上げることもある。体格差はいわずもがな、上に乗せようとすればサカズキの体に直接体重がかかるし、サカズキの胸の位置で足が大きく開かれる。落ちぬようにと両腕がサカズキの首を挟み横でつっかい帽のように突っ張られているという体勢。

「辛そうじゃのう」
「そう言ってるんだよ!って、ちょ…なんでお尻触っ…ん!」

とりあえず両足が開いて筋肉が緊張した状態になっているので、普段より堅く感じるの尻を揉めば目の前にある顔が顰められた。空いている方の手で首を掴み引き寄せる。

「おどれもわしの喉が気に入ったゆうてよう触わるじゃろう」
「そっ、れは…!そう、だけど……っ、ん…は…ぁ…だからって、お尻触るのは……」
「同じじゃろう。何が悪い」
「…や…でも…お尻って…なんか、変態っぽく……」
「仕置かれてェか」

聊か低めの声で言えば、途端が黙った。その首を引き寄せて、快楽に歪む顔を見る。必死に耐えようとして眉間に皺が寄っているが、どのみち溺れるのだから無駄に耐えるなとサカズキは思う。首を引き寄せた手を離し、上半身を起こせばの両腕が首に回った。こちらを引き寄せようとする仕草が気に入って、サカズキはそのままの後頭部に手をまわし髪を鷲づかみにすると深く口付ける。上半身を起こすとが首にぶら下がるような体勢になり、胡坐をかくとそこにすっぽりと体が収まった。そのままでは口づけできぬからと膝立ちになる小さな体を腕で引き寄せて、首に顔を埋める。

「んっ……んっ、サカ、ズキ…」
「なんじゃァ、文句なら聞かんぜ。まだ夜明け前なら時間は十分じゃろ」
「そうじゃ、な…」

首筋に歯を立てれば吐息が漏れた。妻が自分の体に跨ったのだし、そもそも夜明け前に起こしてあちこち触ってきたのはの方だ。ここで食わない理由はないと、そう開き直っているサカズキ。何か不平かとの顔を見ず肌に舌を這わせながら問えば、弱々しい声で否定された。

「……しゃべら、ないで」

こちらを拒絶する気ではないので怒気は沸かなかったが、再びの言葉に首を捻る。先ほどは喋れと言ったその口で今度は喋るなと言う。じぃっとの顔を見つめてみると、気恥ずかしげに逸らされた。

「わしを前にして顔を逸らすたァいい度胸じゃの」
「サ、サカズキがじっと見るからだよ…!」
「わしはおどれの顔が見たい。逸らすな」

言って自主的に向き直るとは思わないのでサカズキはぐいっとの顎を掴む。そのままこちらを向かせれば、頬の赤いが眉を寄せて困ったような表情を浮かべたまま呟いた。

「……サカズキの声、聞いてると、したくなる」





+++





「ということが今朝方あった」

早朝会議の終わった会議室。残ったのはクザンとサカズキ二人だけ。サカズキが立ちさらなかったことにクザンは嫌な予感がしたが、逃げ出そうとするその腕をしっかりとつかまれ、今朝の新婚バカッポー最新ニュースを速報された。

「だから聞きたくねぇっつってんだろ本当お前なにそれ嫌がらせだよなそれともこれって何いじめなにこれこれが定番とかそういう感じになってんのなぁまじでかおれいい加減にしてくんねぇと脅し抜きで襲うぞ!!!!!!」
「そんなことをしてみろ、脅し抜きで貴様を殺すぞ」

ここ最近は仕事も真面目にしているのに神様この仕打ちはなによ、とクザンは本当に神様に直訴したくなる。

サカズキもご承知の通りに長年懸想している自分にこの朝から脳みそ沸いているとしか思えないバカッポー亭主の惚気はキツイ。本当きつい、しんどい、胃痛が襲ってきてもおかしくない。毎度毎度「おれに一々報告すんな!」と言っているのだが考慮されたためしがない。

それでついをネタの脅しをかければ、本気で殺気を向けられました☆

しかもいつも使用されている「熔かす」という文句ではなく「殺す」とあっさり言われているあたりサカズキの本気加減が垣間見える。

「もーやだ…何なのこの職場…っつーかお前さァ、おれにそのバカッポー報告してどーしたいの?」

ずるずるとクザンは床にへたりこんでサカズキを見上げる。

最初はを狙う自分への牽制にそういうバカッポー発言、が自分にぞっこん(笑うところ)である自慢をしてくるのかと思ったが、それだけならこう毎日毎日言う必要もないだろう。クザンは十分がサカズキと幸せ生活を送っていると理解しているし、何かきっかけでもない限りその日常を怖そうなんて外道なことはせぬ。

一瞬脳裏に「ただ惚気たいだけ」というとんでも回答が浮かんできたが、そういうサカズキが気色悪すぎるのでクザンは即座に蓋をした。

しかしいい加減こう毎日毎日、自分の好きな子の情事の様子など語られると、クザンは本当に悲しくなってくる。というか、マジで泣きたい。だから本当、やめてくれと必死に眼差しで訴えると、ぷいっとサカズキが顔を逸らした。

子供かお前。

毎度毎度サカズキが惚気る⇒クザンが嫌がる、という展開がパターン化しているので日常化しているという考え方もあるが、しかしこう顔を逸らすサカズキを見れば、どうもソウというだけでもないのではないかと、そんなことをクザンは思う。

基本的に猪突猛進。思ったことは口に出すし真っ直ぐ真っ直ぐな大将赤犬サカズキ閣下。ドS俺様何様ご亭主様で、そのサカズキの率直過ぎる言葉が過去何度かぐさっと刺さって傷ついたこともあるが、しかしに言わせれば、サカズキは人のことや正義海賊善悪関係ははっきりあっさり口に出すのに、自分のこととなると極端に口を閉ざすのだという。

その黙ってそっぽを向く姿、横顔は「悪いたァ思ってる」というように、長年付き合いのクザンには解釈された。

子供か、お前。

先ほど思った言葉を、今度は違う意味で思い、クザンはぽりぽり頭をかいた。

それでじぃっといつまでのサカズキの厳しい横っ面など見ていても面白くもないもので、溜め息一つクザンはひょいっと立ち上がり、ふらふらと長い体を揺らす。

「ま、不器用だよな。お前」
「蹴り飛ばされてェんか」

すぐに怒気を現すサカズキに、クザンは冗談だと軽く笑い首を傾げる。

「で、そういう可愛いことうっかり言っちゃったちゃんは今日は寝込んでんの?」
「早朝会議じゃけェ加減はした。昼時にゃ弁当を届けに顔を出すぜ」
「え、まじで!?じゃあおれ昼に、」
「おどれに会わせるわきゃァねェじゃろうが」

どんだけ心狭いんだお前。
クザンは顔を引き攣らせて突っ込み、先ほど一瞬でも同情した自分の優しさを返せと言いたくなった。

サカズキはふん、と鼻を鳴らし腕を組んでクザンを眺める。その態度は常日頃の赤犬そのもの。ほっとしたような、けれどどこかやはり心配をさせられるような、そんな、妙な気がする。クザンはサカズキに悟られぬように掌を握り締め、心の中でため息を吐いた。

(そんなに不安なら、いっそ別れてみりゃいいのにね)






幸せ過ぎて怖いって



Fin


タイトルは冗談です。(←当たり前だ)
まぁ組長は記憶ネタのこともあるわけで、中々幸せに慣れない男だと思います。
クザンに一々報告するのは忘れないためと誰かに知らせることで記憶の共有+自分は幸せだとマインドコントロール(無意識)とかだったらいいな、と思いました。(作文)

基本的にバカッポーシリーズは「本編の展開考えればあるわけない未来」なので、組長夢主はしょっちゅう「こんな今があるわけがない」という違和感が付きまとっててそれを払拭しようと必死、といういらん裏設定。

(2010/09/01 19:47)