ガチャリ、と音がしたのでは反射的に顔をほころばせ、読んでいた本(ピア最新作)をソファに投げ出し、トテトテと玄関に向かった。

「サカズキ、お帰り!」
「あぁ。変わりはないか」

帽子と鞄を受け取ってサカズキの後ろを付いて行きながらは少し考える。今日は、とくにはなかった。サカズキが本部へ向かってからゆっくりは片付けをしたし、掃除もして、庭の手入れも十分できた。外に買い物に行かずとも宅配で注文した材料は届く。
電伝虫も、番号を知っているのは大将・元帥・大参謀・アイスバーグのみなのだから平和なものである。

一応実姉と自称兄の魔術師コンビにも教えようとしたが、いろいろあるので止めておいた。

「何もなかったけど、そうそう、ミホークから手紙が、」
「燃やせ」
「ちょっとは目を通そうよ!?」

言いながらも、まぁそういう結果になるだろうとはも解っていた。時々ふらっとやってきては邪魔をしてくるドフラミンゴと違い、ミホークは の迷惑にならぬようにと、結婚してからは手紙のみのやり取りになった。

正直失恋の痛手で会えないんじゃなかろうかと、そういう突っ込みをクザンがしてくるが、それはそれ。

ちなみにミホークはがサカズキに不興を買わぬようにと、に直接宛てはせず、サカズキ宛に手紙を送っている。本当、どんだけ思いやりがあるのかと周囲の涙を誘っているのだが、そんな気遣い、当然サカズキが顧みるわけがない。

は溜息一つ、けれどミホークのことだから、手紙の内容などあってないようなものなのだろう。自分がに変わらず手紙を出し続ける、ということが重要だと思っている男。は今度こちらから何か絵葉書でも送ろうと思いながら、サカズキの鞄と帽子を置きに寝室へ向かった。

その背にサカズキが声をかける。


「なぁに?」
「甘やかしてやる。なんでも言え」

....はい?

思わずどさっ、とは手に持った荷物を落としてしまった。

「なんじゃァ、その顔は。なんぞ不満でもあるか」
「え、いや…不満ていうかね?え、なぁにサカズキ頭でも打った?」

落下した荷物を拾いながら、は首を傾げる。
え、なんだこの状況。どういう冗談、いや、サカズキは冗談は言わない。

しかも「甘やかしてやる」と上目線なのがらしいといえばらしかった。

はサカズキを振り返り、そのいかめいい顔を見つめる。まぁ、見方によっては強面だが、はもう慣れているし、不機嫌そうに見えて、別にこれが普通であることもわかっている。機嫌が良いわけではない、平素のもの。つまり、気まぐれやなにやらではなくて、本気で言っているということだ。

くらり、とは眩暈がした。

何これ夢オチ?とか疑いたくなる。
だが本気だろう。それはそれで、悪い夢のような気もする。

「頭など打っちょらん」
「だよね、自然系だし、別に殴打ごときどうてことないだろうし」

頷いては溜息を吐いた。

ちょっと、頼むから一度落ち着かせて欲しい。それとゆっくり考えさせて欲しい。
というか、聞き間違いで話を進めていいだろうか。

「このわしが、甘やかしてやると言うちょるんじゃァ。何でも言え」
「……それは、ありがとう。でも、ちょっと、待って」

聞き間違いにしようと思ったが、再度言われ、もう逃げることができない。
いや、別に、あのサカズキが、あの、鬼畜・ドS・外道、やり過ぎ、正直最高戦力じゃなかったらとっくにインペルダウンに連行されてるだろうサカズキが、この自分を顧みて「甘やかして」くれようとしている、その姿勢は嬉しい。

「……本気で言ってるの?」
「わしが冗談を言うちょると?」

目を細めて問われ、はぶんぶんと首を振った。
本当に、本気で言っている。

の目に理解の色が浮かんだことに気付いたか、ひょいっとサカズキが両脇に手を当てて抱き上げた。そのままサカズキがソファに座り込み、は膝の上に乗り上げる形になった。当然荷物は持ったままだ。

「貴様を甘やかしたい。わしのことしか考えられんようにしてやりたい。貴様が頼るのはわしだけでいいし、願いを叶えるのもわしだけじゃァ。それを証明してやりたくなった」

低いが、けして恐ろしくはない声で言われは反射的にぎゅっと鞄を抱きしめた。そのまま自分を見上げるサカズキを見つめ、カァァアアァアアと顔を赤くする。

それはもう見事に真っ赤。耳まで真っ赤、である。

サカズキが面白そうに目を細め、口元を引き上げる。

「本気で言うちょるんじゃァ。なんでも言え」
「ちょ、ちょっと、待って。ちょっと、荷物置いてくるから、ちょっと、待って!っていうか下ろして!!」

無駄と解りつつも真っ赤になって言えば、あっさりと下ろされた。

「へ?」

それで、唖然としていると腕に抱えている荷物をさっと奪われてそのままサカズキが寝室へ足を向けた。

「あ、ちょっと、それはぼくがやるよ」
「言うたじゃろうに。わしは貴様を甘やかしてやる。そこで座って、何かないか考えておけ」

言ってぽん、と頭を撫でられ、出て行く。それを見送ってから、はぽすん、と横に倒れた。

「(・・・・・・な、何!?なんで、なんでこんなに、サカズキが優しいの!!?ていうか、本当に、なにこの展開!!)」

キャァアアとクッションに顔を埋めて音にならない叫び声を上げる。落ち着けぼく!と言い聞かせて、いると、低い笑い声が耳に入った。

「決まったか?」
「サカズキ、ッ…え、っと、まだ。だって、」
「なんじゃァ」

ひょいっと、腕を引かれて、そのまますっぽりと腕の中に収まる。
それでゆっくりと頭を撫でられながら、は本当に、これは何の拷問かと問いただしたくなった。

「だ、って。だって、別に、サカズキはいつもぼくのこと甘やかしているし、と
くに、これといってして欲しいことなんて」
「ないか?」
「ないよ」

別に、これまで何か不満に感じたことなど一つもない。
サカズキが自分に対して激がつくほど過保護で甘い自覚もある。
こうして近くにいるだけで心臓が破裂しそうなほどドキドキして仕方ないのに、何かして欲しいことなど、考え付かないのだ。

顔を真っ赤にさせて、見られたくないので俯いていると、サカズキがぐいっと顎を掴んで上を向かせた。

「わしは貴様に何かしてやりたい。何でもいい、何か言え」

だから、なんでこんなに別人28号なんですか、と聞きたかった。

は只管焦り、サカズキの目から逃れようと視線を外すが、顔を向かせられている以上、視界から完全に消えることはない。いっそ目でも閉じてしまえばいいのではないかと、ぎゅっと目を閉じれば、そのまま口付けられた。別に、舌が入れられるようなものではなくて、軽く、触れる程度。

「・・・んっ、なんで!?」
「してほしいのかと思ったが」

そういう意味で目を閉じたわけではない。は自分の口を押さえて涙目になった。

「なぜ泣く?わしがキライか?」
「ち、違うよ、違う…じゃなくて、サカズキが、優しいと、緊張しちゃって、いや、いつもサカズキといるだけでドキドキするけど、そうじゃなくって、だって、ぼ、ぼく、べつに、サカズキといられればそれでいいんだよ」
「わしの気がすまんのじゃァ」

そういう性格じゃないだろう、と突っ込みたくなった。
サカズキが優しい、などとには冗談にしか聞こえないし、マゼランとシリュウが仲良く手を繋いでインペルダウン内の囚人に励ましの言葉をかけるくらいありえない。

「考えろ、何もないか?」

じっと見つめられては言葉に詰まった。
これは、何か言わない限り許してくれないだろう。このあたりは俺様サカズキ様である。

は一度じっくりと考えた。
サカズキに、何かして欲しいこと。

「……思いつかないよッ!」
「わしに不満はないのか?」

ぴたりとの動きが止まった。見れば、サカズキがさっと、から視線を外した。
珍しい動作に、はじっと、その横顔を見つめる。

「サカズキに対して不満?」
「わしは貴様をここに閉じ込めている」
「ぼく出歩くのキライだから別に困ってないよ?」
「親しい者との連絡を許していない」
「アイスバーグと連絡取れれば別にいいよ?」
「不満はないのか?理不尽感じることは?」

きょとん、とは顔を幼くしてしまい、目を丸くする。
そして、どうやらサカズキがこれも本気で言っていることを理解した。

「わしはやり過ぎじゃと自覚はある。じゃから、甘やかしてやろう言うとるんじゃァ」

それって罪悪感とやらを多少なりとも感じたということか。
は、顔を顰めた。それで、ぽすっと、サカズキの胸に頭をつける。

「何を今更言ってるの。ぼくは、サカズキがいればそれで幸せだよ」
「それではわしの気がすまん。わしは、これからも貴様を閉じ込めるつもりじゃァ。それでいいのか?」
「全く問題ないよ」

言い切った。はぐっと親指を立てていい笑顔を浮かべる。
確かに普通に考えて「あれ、これって軟禁?」とか思わなくもないだが、別に自分が何も問題を感じていなければ構わないだろう。
外との接触を断たれた分、サカズキのことだけを考えられるし、この生活に集中できるではないか。

きっぱりと宣言するが、サカズキはまだ納得しない様子だった。

・・・無理にでもなにか考え付かないといけないらしい。

うーん、とは低く呻って、何かないかを考える。

「あ、ねぇ、じゃあさ、サカズキ。お願いがあるんだけど」
「なんじゃァ」
「明日はお昼、一緒に食べようよ。ぼく、お弁当作って本部に行くから」

一瞬「駄目だ」と即座に言われそうな気がしたが、甘やかす、と言った以上サカズキも留まった。
それでいろいろ葛藤したような顔をして、やおら低く「わかった」と声をだす。

「いや、そんなに渋々許可しなくても…」
「わしに二言はない」

かなり本意ではない、という様子だが、は素直に喜んだ。








「ということで、今日はが来る。貴様は絶対にわしの執務室に近づくな」
「不満なんだけど。おれだってに会いたい」

所変わって翌日、海軍本部。
とりあえず朝、珍しくもサカズキが直々にクザンの執務室へやってきて、昨日の説明をした。
その話を聴いてクザンは「なんでこいつは朝っぱらから俺にのろけてんの?」と突っ込みを入れたくなったが、言ったところで無駄だろう。

サカズキとしては、が今日ここへ来る理由を説明しているだけだ。クザンには、がいかにサカズキにベタ惚れしているのかを話されただけなのだが。

「よかったなぁ、に愛想付かされてなくて」
「わしはあれを甘やかしたかっただけじゃァ」
「あ、そう」

というか、本当、何この奇妙な生き物。
そういうキャラだったっけか。いや、本当に、気色悪いとクザンはうんざりした。

厳しく、周囲から畏怖と尊敬の念を集める海軍大将どの。

ここ最近、新婚ほやほや、だなんて冗談以外には聞こえない。
その上、自分の孫くらいにしか見えないだろう幼妻を溺愛しているなど、本当、事情を知らなければドン引きしている。

(いや、今で十分ドン引きしてるけどさァ・・・)

ぽりぽりと頬をかき、とりあえず昼にサカズキの執務室には近づかないようにしよう、と心に決めた。
多分、普通に砂を吐くような光景を目撃させられる。

そして、そう心に決めたにも関わらず、本部に来てすっかり迷子になり、事情を知らぬ海兵にからまれているを目撃してしまい、クザンはばっちり巻き込まれることになるのだが、それはま別の話である。




fin





うわぁい、お前ら本当、うっとうしいわぁバカップルがぁああ!!と
突っ込んでなんぼだと思いますb