コンコンコン、ざしゅ、と、妙な音。先ほどまで小気味良く響いていたリズミカル、ローが顔を上げると、まな板の上に手を添えていたが渋顔をして停止していた。
「どうした」
「なんでもない」
機嫌悪そうに言うが、なんでもないわけもないだろう。まな板の上の手を見れば、人差し指、きれいにぱっくり、切れている。医学解剖書を読んでいたローが立ち上がってのその白い手を取る。ひょいっと、何の臆面もなく舐められての背筋が逆立った。
「ぎ、ぎゃぁあああぁあああ!!!!」
そのいち!
「キャプテーン、ご飯まだー?」
ひょっこりキッチンに顔を覗きこませた白いクマ。きゅるんと可愛らしい顔の割りに、その口から覗く牙が妙に鋭い。それはまぁどうでもいいのだけれど、とりあえずその熊、ベポが覗き込んだキッチン、少し前、三十分ほど前に見たときには良い匂いがしていて、あ、今日はカレーなんだとそういう状況だったはずの、キッチン。
ものの見事に壊滅状態です。
「いやぁああぁあ!!!ぎゃぁあああ!!!なんてことしてくれるんだよっ!!この変態!痴漢!幼女趣味!!!」
「本当のこと言われても別に傷塚ないぞ」
「うぎゃぁあああ!!!!」
テーブルの上に飛び乗ってばしばし食器やらなにやらを投げ付けている、短い髪の女の子。一ヶ月ほど前に立ち寄った島でふらっと出かけたキャプテンがどこからか拾ってきた女の子。妙に赤い目をしたその子供を、どこから誘拐してきたのだと船員暫く真剣に悩んだのだが、どうやらこの子、北の民話に出てくる海の魔女だと、そういうじゃあないか。それが本当なのかどうなのか、今のところベポたちに知る術はない。何しろこの子、今のところは言い伝えどおりに「」と皆で呼んでいる女の子、記憶が一切ないらしい。
「もー、キャプテン、またちゃんに何かしたの?」
「違うぞペボ。俺はただ親切心からなぁ……」
「煩い黙れっ!!!僕に近付くなぁああ!!!!」
ぎゃあぎゃあと猫なら全身の毛が逆立っての威嚇の態勢、というほど、今にも噛み付きかねん勢いでが叫ぶ。
記憶がなくてぼんやりしているところをローに拾われた、いわば命の恩人というか、そういう恩のあるはずなのに、どうしうわけか、心の底からローを毛嫌いしている。他に行くところもないのに隙を見ては逃げ出そうとする毎日。だからこうしてローが傍を付きっ切り、という状況、昨今である。
キャプテンがどういうつもりで記憶のない女の子(しかも海の魔女疑惑の生き物)を拾って乗船させたのか、それはペボたちの知るところではない。聞けば答えてくれるだろうが、しかし問うていない。聞いたところでペボはが、妙に好きだった。だから別に、理由はいいや、と、そう思っている。
「ちゃん、またキャプテンに何かされたの?今度はどうしたの?」
このままの大混乱が続いて食事が遅くなるのは、勘弁願いたいもの。、この船の夕食を時々作る。きちんと料理役の仲間だっているのだけれど、時々キャプテンが「作れ」とそういう。そのたびには「いや!」と全力で拒絶するのだけれど、その時ばかりは他の人間も作らぬ構え、皆がお腹を減らすのはも嫌だから、結局は折れて作る。今日もそういう状況だった。
「熊くん!!うわぁあん!!変質者がボクの指舐めた!」
「消毒してやったんだろ。何が嫌なんだ」
「全部!キミの存在一切嫌!」
物凄い嫌われようである。毎日これだ。それでもめげない、さすがはキャプテン☆とベポと他のクルーは親指を立てて応援している。応援、というよりはもう、呆れているのだが、それはまぁ、どちらでも二人の状況に変化はないからいいだろう。
この、絵本にあるようにデッキブラシで空を飛んだり、腕を振って大津波を起こしたりと、そんな魔法のようなことは出来ない。だから正真正銘「か弱い女の子」のはずなのに、悪い噂ばっかりのトラファルガー・ロー、目つきの悪さは折り紙つきの賞金首、おっかない海賊を恐れもせずぎゃあぎゃあ全身で嫌う。
その嫌いよう、海賊だからとかそういう一般的な嫌悪ではない。虫か爬虫類を生理的に受け付けぬ性質のような、毛嫌いの仕方。
「もう嫌だ!!もう降りる!!こんな船降りたい!!!降ろしてよ!」
「俺に命令するんじゃない。それと窓に足をかけるな。落ちたらどうするんだ」
俺は泳げねぇから助けにいけないぞ、と心底真面目な顔をして言う。それにがまたぎゃああぁああと喚いたのは、まぁ、当然だろう。
Fin
・なんか突発的にロー。さんの毛嫌いっぷりが書きたかったんですネ。ハイ、それだけです。連載とか共演とかでシリアスやってるとローでギャグがやりたくなりますネ。ところでこれ、そのいち!ってことはそのに!もあるんですか?←投げた