「うぎゃぁああああ!!!」

今日も今日とてハートの海賊団、海賊船、の絶叫がよく響く。あぁまたやってるよ、ホント船長もよく懲りないよなぁ、なんて船員達も慣れたもの。それぞれの作業を止めることなく世間話のようにぼんやりと口々に言う。

太陽燦々降り注ぐ、天気の良い朝である。






そのに!





「変態!!!変質者!!!心臓に悪いんだけど!!!!もう本当死んでよ!!」
「ふふ…つれないこと言うなよなァ、一人で起きるのは寂しいと思って添い寝してやったんじゃねぇか」
「何その恩着せがましい言い方!!誰か頼んだ!!?ぼくがいつ君に一緒に寝てとか頼んだよ!!!?」

ぎゃあぎゃあ一人が一方的に吼えていて、対するトラファルガー・ローの平然とした様子。まぁ要約すれば、ぐっすりよく眠っていたが、明け方の海上独特の寒さにぶるっと身を捩り、何か近くにあった暖かいものに身を摺り寄せた。しかしあれ、なんで暖かいものが近くにあるのと、半分寝ているがそれでも頭は悪くない。すぐに思い当たってぱちり、と目を開く。そうしたら、しっかり身支度を整え、帽子さえ被ったまま横たわっている、トラファルガー・ロー。「よう」なんて白々しく言って手を上げたものだから、冒頭の絶叫、である。

「たまにベポと寝てるじゃねぇか」
「熊くんは別!熊はいいんだよ!君はダメ!誰が好き好んで自分拉致った誘拐犯と同衾するんだよ!!」

、この船に乗って一ヶ月くらい経つが自分を勝手に抱えて勝手に海賊船に乗せたこの男が大嫌いである。もう本気で豆腐の角にでも頭をぶつけて死ねばいいと思う。この船が戦闘になるたびに放り込まれた船長室から「よし!いけ!そこだ!!」とローを狙う海賊・海兵を応援しているのだが、この男の賞金が上がるばかりで中々上手いこと危機に瀕してくれない。

「誘拐じゃねぇだろ。保護だ、保護。記憶のないお前を心配してやってんじゃねぇか」
「ド喧しいわぁああああ!!!余計なお世話だよ!」

確かに、最初はほんの一瞬感謝したことも、癪だがある。海辺でぼうっとしていて、あれ、自分誰だっけ?というかなんでここにいるの、というか何しようかと、ぐるぐる悩んでいたところにこの男が声を掛けてきてくれた。その時、ほんの一瞬だけ「助かった」と、思ってしまったのはの記憶にある限りの時間で最大の汚点である。

どうやら自分を知っているらしい男、「ついてこいよ、」なんて馴れ馴れしく言ってくれたからこのひとについていけば大丈夫だろうと、思ってしまった。いや、本当、なんであの時に警戒心とか沸かなかったんだろう。
しかし、ひょいっと抱き上げられた瞬間、記憶なんて一切ないはずのの体が、それはもう壮絶に、見知らぬ男、つまりはこのトラファルガー・ローを拒絶した。

(いや、ホント、あの時ものすごく叫んで暴れたのにねぇ…)

ぎゃあぎゃあと、あんまりに叫んだもので周囲になんだなんだ?とギャラリーさえ集まってきた。そんなことを気にするローでもでもなくて、悪戦苦闘、というか、一方的にが騒ぎ、疲れてへろっとしたところをあっさりローに捕獲されたのである。

「大体心配してるなら海兵とか警察とかのところに連れて行ってよね!!常識でしょ!常識!」

あの時この男が海賊だと知っていたら、いや、海賊はいい。海賊であることは別にこの男を大ッ嫌いな理由には入っていない。しかし、海賊船に乗って自分の記憶が戻ると、そういう可能性はないだろう。何しろローはともかくとして、この船、ハートの海賊団の船員は皆「誰、その子?」と首をかしげていたから、どうやら自分はこの船の船員ではなかった、と、それはわかる。海賊船なんてとても閉鎖された小さな世界だ。広い海を股にかけてはいるけれど、己の船の人間以外は全員敵であるのだから、それはしようのないこと。

しかし、記憶のない自分は出来るだけ多くの人間、多くのことがらと関わって何とか記憶を取り戻さなければならないのだ。なのに海賊船って、それどうなのか。

「バカかお前、海兵のところなんかに連れて行ったら会えなくなるじゃねぇか」

文句を言うに、ローは「は?」を心底呆れたように眉を顰め、そして堂々と言い切った。ぶちっと、、本日何度目かの血管の切れる音。

「バカはお前だぁあああああ!!!!」

ばふっ、怒りに任せてがローに投げ付けたマクラ、避けられただろうにあっさりローの顔面にストライク。ずるり、と重力にしたがって落下した。

「ふ、ふふふ……」
「気持ち悪!!?何笑ってんの!!?っていうか避けなかったの!?」

何か若干嬉しそうな様子のローに素直にドン引きして、、ザザーっと後ろに大きく退る。悪い噂ばっかり聞く、というトラファルガー・ロー、最近ついに億超えをしたその男、よくみれば随分と整った顔の良い男だろうに、の目にはどう見ても「変態」にしかうつらない。不気味に笑い、悦に入った様子でを見下ろす。

「これが笑わずにいられるか?」
「M!?Sだと思ってたけどMなの!!!?マジで気持ち悪いよ!!?」
「どっちかって言うと俺はドSだがな。そうじゃねぇ。わからないか?」

とん、と、何かが床を蹴る音がしたと思ったら、いつのまにか素早く近付いていたローがの肩に手を添えて床に押し倒してきた。変態・変質者・めげない・諦めない・学習しない、のどうしようもない男だが、しかし、それでも海を騒がせる海賊団のトップである。息をつく暇さえ与えず強引にに口付けて、逃げようとする腰を足で押さえつける。

普段の調子であればここでも絶叫よく響くのに、、喉から声が出ぬ。寧ろ、押さえつけられて体も動かなくなり、自由になっているはずの手が神経を切断されたかのように感覚が消えた。何の能力、でもない。ただの恐怖。生き物である限り、生き物、強者を恐れ身の竦む、その呪縛。喉が引きつり、些か乱暴に口内を犯されても、湧き上がるのは甘い痺れなどではなく、心臓を鷲?みにでもされているかのような、凍えそうな恐怖。

肉薄な唇がやっとの赤い脣から離れ、ぺろり、と舌で舐め上げられた。うっすら浮かんだ皮肉めいた笑みに、その濃紺の瞳に浮かべられた、この男にはおおよそ似合わぬ、歓喜の色に、、目を見開く。

(やばい)

漠然とそう、思った。何のことかは知らぬ。だがそう、思った。とっても、とても、よくないことを、されてしまった。いや、ただ舌入れられただけだ。ローの唾液、飲んでしまっただけだ。脣が触れ合っただけだ。それだけなのに、なぜか、とりかえしのつかないことをされた、いや、される予兆のようなものを、感じた。肉体のことではない。何か、本質的なところを、浸食される、予感。

身構えて、ずきり、との頭に痛みが走った。

「っ」

咄嗟に痛んだ左のこめかみを押さえる。するとどうだろうか、あれほどを押さえつけていた恐怖がするりと霧散する。ローが消したのではない、鈍い痛みが、それを恐怖ではないとそう、申し立てた。

ぼんやりの瞼に浮かぶ、何かの、光景。

(あれ、は?)

「大丈夫か?」

何かを思い出そうと、じっと眼を凝らしたにローが声をかける。気遣う色はない。そういうやからではないからそれはいいのだけれど、そっと、の後頭部に周れた手、おっかない死をその名に頂く男からは想像もできないほどに、優しい。

それにまたが反応できずにいると、ぎゅっと、そのまま頭を抱え込まれ、抱きしめられた。ふわりと香る、鉄のようなものの臭い。なんのにおいか、わかる。この男がどれほど優しい生き物だとて、どれほどとふざけあったいたとて、この男、この、トラファルガー・ローという生き物、やさしい男ではない。

だからは拒絶する。これ以上ないくらいに声を張り上げ、一切を、全てを拒否する。それなのに、ローは諦めない。

「何も思い出すな。何も知るな。ここにいろ、ここに、いればいい」

毎晩、どれほどが気をつけていても必ず寝る前に現れる男が、毎晩かならず言って聞かせる言葉。太陽さん参降り注ぐ朝の空気の中で聞いても、その響きは変わらぬ。、目を伏せてぎゅっと脣を噛み、眉を寄せた。

「よ、余計なお世話だぁああ!!!!この、ド変態っ!!!!!」

ぎゃあぁあああああと、いつものように、よく叫ぶ。ばしん、ばしばしと、自分を話さぬ、ぎゅっと、強く抱きしめるその背を叩く。



(何度でも、ただ、あなたが    まで)



Fin





 

・意外にシリアスになりやがりましたネ。あきちゃん(姉)が電話で妙に真剣な声で「ローはイケメンだよね」と言っていたので発生した話だったりします。
あきちゃんはローとキッドが好きなんですよ。ドレークは?と聞いたら「・・・・?誰?」と言われたのでちょっとショックでした。