夢を見た。目の前で人が何人も何人も死んでいく夢である。二度寝をすると、も眠りが浅くなる。どっぷりと眠りの底に沈めぬと悪夢を見るのがの癖だった。朝っぱらから何見せてんだ、と夢の中ではさめざめ思いながら、その場に蹲った。戦争の記憶である。何度も何度も、何度も何度も人間同士の殺し合い。見なければよいのに、ある時期は、戦争がない場所などどこにもなかった。その頃の記憶である。目を閉じてしゃがみ込んでも人の悲鳴や呻きが聞こえる。は耳を塞いだ。何もできないのに、見えるし聞こえるし触れるのだ。でも、それでも、どうすることもできないし、しない。魔女の悪意と呼ばれるものの、無関心さ。でも、辛い、とは思うのだ。一致してくれないのは、きっと嫌がらせなのだろうと思うことにしている。

(怖くない、わけじゃないのにね)

起きようと、はぎゅっと手のひらを握りしめた。そのの背に、槍が振り下ろされた。







早朝の戯れ







ぱちり、と眼を開くと、顔にタオルが掛けられていた。これ、濡れてたら普通に死ねるよ、と思いながら体を起こして、目に溢れていた涙を拭う。隣を見ればすでにサカズキは起きていたようで、ベッドから出て支度をしていた。しっかりとアイロンの効いたシャツに袖を通し(柄シャツの上に柄シャツ着てるってSiiが言ってたけど、ホントだ)きっちりとボタンを締めていく。それでもなんで開襟なのかと不思議ではあるが。そのまま椅子に壁に掛けてある暖色の上着に手をかけて、に背を向けたまま着こんでいく。その動作を眺めて、はぽっと、顔が赤くなった。何、人の一挙一動にくぎ付けになっているのか。人の着替えなど見ていて楽しいものでもないだろう。それに、サカズキが着替えているところなど何百回見たものか。はぶんぶん、と首を振った。その音が聞こえたのか、サカズキが振り返る。

「起きたか」
「う、うん、おはよう、サカズキ」

じっと見ていたことを悟られぬように、は視線をわざと外して窓の外を見る。チュンチュンと雀が鳴いてすがすがしい朝である。天気もいい。今日も暑くなるだろう。

「もう支度したの?もう行くの?待って、ぼくも着替えるから」

時計を見ればサカズキの始業予定時刻まで二時間も早かったが、早朝会議でもあるのだろう。に参加義務はないのだけれど、サカズキのそばに常にがいなければセンゴクの気が休まらないことを知っている。あの元帥どのは、魔女がきちんと本日も赤犬の傍で従順にしているかどうか、それを確認してから一日を始めたがるのだ。

「お前は終日部屋にいろ」

とん、とベッドから降りて素早く着替えをするために指を振って使い魔を出す(の服は着るのに時間がかかる。コルセットを閉めるところから、丁寧に絹の靴下をはくまで、普通に15分はかかる)にサカズキの声がかかった。

「?サカズキ、今日本部を離れるの?」

基本的に、サカズキが本部を離れる際にはは同行しないことの方が多い。大将が動くともなれば危険が伴うことが多いからである。たいていは留守番だ。その時には准将以上の海兵がのお守役を任されるが、そう言えば最近はそういうこともなかったと思いだす。ドレークが造反してからは、時々モモンガがひと柱になるのが常だ。

そういう意味で問えば、ちらり、とを一瞥して視線を外したサカズキが彼にしては珍しく、を気遣うような声を出した。

「一日動けんじゃろ」
「平気だよ。あれくらいなら治るし」

まさか、まさかあのサカズキに体を気遣われる日がくるとは、とは顔をしかめ、首を傾げた。確かに少し疲労は残っているが、便利なの体はゆっくり時間をかければ回復するもの。どうせ会議中はは暇をもてあまし、おつるが時間つぶしにいつも持って来てくれる暗号文章でも解くことになるのだから、その間にじっくり回復すればいい。

そういう意味で言ったのだが、すぅっと、サカズキの目が細くなった。

「ほう。あれくらい?」

何か楽しむような声音に、びくっとは身を固くした。が、すでに時遅し。というか、最高戦力の速度にいくら魔女といえど身体能力は普通そのままのが勝てるわけがない。

「やっ…ちょ、なぁに!?」
「あれくらい、か」

あっさりと顎を掴まれて上を向かせられる。そのままサカズキは強引にの唇に己のそれを重ねて、反射的に固く閉じた唇を舌でこじ開けた。

「んっ、ぁ……んっ、ん……んぁ…」

がっしり高速され、の舌が翻弄されていく。ゆっくり歯列を数えるような緩急さえつけてくる巧妙さにの脳がジンと痺れた。ここ最近散々サカズキによって慣らされた体はよく反応しやすくもなっている。ぎゅっと目を閉じて震えていると、サカズキが一度顔を放した。それで、唾液の付いたの唇を指で拭い、そのまま耳元に唇を近づける。

「さすがにやり過ぎたかと反省しとったんじゃがなァ。あれくらい、か」

耳朶の柔らかいところを軽く舐められ、それと同時に囁かれた低温に、ぞくりとの背筋が震えた。その反応を楽しげにじっくりと眺めてからサカズキが再度に口づける。先ほどのものなど児戯にも等しい、と言うような激しさが今度のものにはあった。

「サカ、ズキ…やっ、あぅ、あ…んっ」

息を吸う隙間を狙って合さる唇には肩で息をしながら、ぎゅっと、サカズキのシャツを掴んだ。その手をやんわりと、サカズキが外す。

「皺になる。いつも言っているな?腕はここに回せ」

そのまま口付けは止めず、サカズキはの腕を自分の首に回させた。自然、身を上げる姿勢になり、はサカズキの首から半分ぶら下がるようになった。器用にサカズキは片腕だけでの腰を持ち上げると、空いている手は遠慮なく後頭部を鷲掴みにし、いっそう逃れられなくなる。

「…んっ…んんっ…は、ぁ…」

苦しげに眉を寄せながら、は誘われるままに応えていく。半分条件反射のようなものだと最近は諦めているが、もし相手がサカズキでなければどうしていたのだろうかと時々疑問に思う。たとえば、これがドフラミンゴなどだったら、最初に唇が触れる前に蹴り飛ばしているだろう。

(ぼく、なんでサカズキの言うとおりにしてるんだろ…)

確かに薔薇を刻まれた身である以上、逆らえはしない。けれど、まるでサカズキの愛玩用何かというような扱い、本来の、自尊心の塊のような自分がなぜ許せるのだろうか。

「他事など考えるな。腹が立つ、貴様はわしのことだけ考えていればいいんじゃァ」
「ぁんっ、やっ、あ、あ、ぁ、あんっ…!!」

思考にふけっていたの意識をこちらに戻そうと、サカズキの少し機嫌の悪くなった声が聞こえ、その直後、の首筋にピリっとした痛みが走る。20年前、中将だったサカズキがに刻んだ薔薇の刻印である。現時点での所有者であるサカズキが意識を持って触れれば熱を帯びる。その上から歯を立てられ、体では現在最も敏感な場所となる首筋への責めに、の眼尻に涙が浮かんだ。それがこぼれ落ちる前に、サカズキは心底楽しそうに涙を拭い、どさり、との体をベッドに倒した。
柔らかな感覚と、冷たいシーツにがほっと息を吐く。

「もう一度言う。今日は終日部屋にいろ」
「……わ、かった」

反論する気も起きない。はベッドに仰向けになったまま天井を見上げて、火照った体を冷まそうと、全身をシーツに押し付けるためごろん、と寝返りを打った。

先ほどまで寝ていたのだが、確かにサカズキの言うように、昨夜の疲労は残っているし、眠気だってまだあった。このまま寝てしまおうか、とも思う。とろん、と落ちる瞼にあらがいながら、は首を動かして顔だけサカズキの方へ向ける。ちょうど支度を終えてきっちりと帽子を被ったところだった。

「サカズキ」
「なんじゃァ」
「寝ないとダメかな」
「わしの言うとおりにはできんのか」
「こわいゆめ、みたの」

ぴたり、とサカズキの動きが止まった。だがそれも一瞬、すぐにいつも通りの表情に戻って、ふん、と小バカにしたように鼻を鳴らす。

「今更何を言うちょるんじゃァ。罪人は悪夢を見る、それが道理じゃろうに」
「ふ、ふふ、そうだよねぇ」

容赦ない言葉には呟き、サカズキから視線をそらして枕をぎゅっと抱きしめた。そして自分のバカらしさに笑いがこみあげてくる。このぼくが、悪意の魔女と呼ばれた自分が、何をどこぞの小娘のようなことを言っているのか。サカズキに言ってどうしてほしいというのか。手でも握って欲しいのか。バカらしい。くだらない、とは一笑にした。

最近、妙にサカズキがに触れてくるから勘違いしそうになる。自分たちは、どちらにも甘やかな感情などない。センゴクがいい例ではないか。センゴクはに甘い。とても優しい。が、この世界で一番を疎み憎んでいるのはセンゴクだとわかっている。彼は元帥。悪意の魔女に敵意をむき出しにして警戒されるより、懐柔した方が良いと知っているのだ。

大将であるサカズキが同じことをせぬとどうして思いこめるものか。はうろんな目をしながら、もう一度ごろり、と寝返りを打った。
一番簡単な方法だ。女性を従えるには、男女の関係になるのが最も効率がいい。そうでなければ、サカズキのような生き物がを、魔女を抱くものか。

そう判断で来てもほっと心が軽くなったよう。

(……みんな、みんな、嘘ばっかり)

低く笑いを押えながら、もう一度サカズキを見て見送ろうと体を起こす。と、再度ぽすん、と、背が寝具に当たった。押し倒されたのだと、すぐには気付けずにはキョトン、と眼を丸くした。

「わしは貴様を慰めるつもりはないし、話を聞く気もないが、わしが戻るまで泣くなよ、

覆いかぶさった男の、妙に真剣な声での言葉。はいっそう目を見開いて、反射的にコクン、と頷いてしまった。
泣いてもいない自分の眼尻をサカズキの手袋をはめた手がゆっくりとなぞるのを感じ、は息を吐いた。シーツの上をさまよう手が掴んだのは、先ほど目覚めら時、の顔に掛けられていたタオルだった。

(きみが、時々とてもやさしく思えるのは、なんでだろう)

ぼんやり思いながら、はサカズキの眉間に刻まれた皺をじっと、眺めた。






Fin










アトガキ
すいません・・・あの、エロ要素なしで進められないんですか、組長。

(2009/8/25/00/10)




借りしたのは「TV」http://lyricalsilent.ame-zaiku.com/より [一日を想う10のお題]