アクアラグナの過ぎ去った海は嘘のように静かで美しい。小波が防波堤に辺り、水音。カモメの声が静かに響く、そんな塀の上に腰掛けてルフィと、幼い顔をした二人。ぽつん、と世界中から切り離されたような心もとない顔をしてじぃっとただ、地平線を眺めていた。
「ウソップは、戻ってくるかな」
「ぼくはウソップくんじゃないから、わからないねぇ」
ぽつり、と呟くルフィの言葉にはあいまいに答える。旅をしているうちに、ルフィとの間には妙な関係が出来ていた。最初に出会ったあの動物園のような島でその兆しはあったのだけれど、旅をしていくにつれて、何だか、ルフィとは、互いに妙な、ずうずうしさのようなものを持ってもいいのだという安心感があった。
は常々、モンキー・D・ルフィという少年はその本心が透明だと感じていた。判り易い、という意味の透明感、ではない。この少年には、はたして「個」があるのだろうかと、そんな、疑念があった。いや、真っ直ぐで誰よりも自由である少年にそのような評価は聊か不釣り合いであるのかもしれない。だがしかし、は時折、ふっとした時に、モンキー・D・ルフィという少年の瞳の中に、自分というものを見つけられないのだ。
それは奇妙な感覚だった。ルフィほどはっきりと己というものを持っているように思われる生き物はないはずだ。だがしかし、長く生き、さまざまな「自由人」を見てきたには、ルフィの中に何もないのではないかと、そう、はっとしてしまうことがあった。上手く説明はできないのだが、ルフィには「本心」というものがないのではないか。何もかも、胸の内で秘める前に口に出す。それは内面に己自身を留めることをせず吐き出す、瞬間的なもの。いや、やはり上手く説明はできない。だが、には、モンキー・D・ルフィという少年が、まだ生まれていないようにも思えていた。
で、あるから、そうとが感じ、ではこの少年の本心というのはいつ、どうして芽生えるのだろうかと旅をしながら見守った。仲間を思う少年、仲間のために、必死、必死、になる少年。だが、不思議なのだ。ルフィは、強く、真っ直ぐで、とてもすがすがしいのに、仲間の命をとても大切にしているのに、それなのに、ルフィは、自分の命を勘定に入れていない。ローグタウン、アラバスタ、水の都、ではそれをひしひしと感じた。
「ルフィくんは戻ってきて欲しいんだよね」
ひょいっと、は手元に落ちていた小石を拾って海へ投げる。波に飲み込まれて、あっというまに沈んでいく小石。ルフィもマネをするように小石を拾って、投げた。川や静かな水面であれば石飛ばしをできたけれど、今は意味のない手慰み程度のもの。ぽちゃん、と落下する小さな音。ルフィは麦わら帽子のつばをぎゅっと掴んで、仰向けに倒れた。が首を動かせば、顔を見られぬようにしているのか、帽子を顔の上に置いている。
「そう言ったら、ダメなんだ。おれは船長だから」
この水の都について、最初の日に船を降りたウソップのことをも考える。酷い有様だった。どうしてウソップとルフィが戦わなければならなかったのか。船がもうどうしようもないことは、もパウリーから聞いて知った。ルフィは悲しかったろうに、苦しかったろうに、それでも船長という己の役目を松任しようとした。その決意を聞いた時、は、そんな資格はなかろうに胸を痛めた。ルフィがどれほどゴーイングメリー号を愛していたか、こんな自分でもわかっていた。
「船長っていう立場はさ、なんていうか、さびしいときがあるね」
過去己が乗船した船の船長の顔をゆっくりとは脳裏に浮かべながら、ルフィの頭を撫でる。本当は泣きわめきたくて仕方ないはずなのに。嫌だ、といつものように叫べば、それすら「ルフィらしい」といえてしまうのに。それでもこの子供はそうはしないのだ。
なんでもすぐに、嫌だ、と言うようにルフィは思われている。けれど、この子供は、この長い旅でゆっくりと、自分の中に船長としての自覚と、責任を培ってきたようであった。どうしようもないことを、どうにかしようとする心、しかし、その中で、耐えねばならぬことを、この少年は、判ってきていた。
心がないのではないかと、時折が案じた空洞は、いつのまにか、なくなってきている。
それでも、ルフィは、やはり、自分自身を顧みてはいないのだけれど。
「なぁ、。本当にお前、この島に残るのか」
「水の都がぼくの目的地なんだよ。ビビくんと同じだ、ぼくも、大事なものがあるんだよ」
顔が見えぬままに、ルフィが問う。エニエスの一件がなくとも、がこの島で船を降りることは、最初っから決まっていることだった。そういう約束で船に乗った。あの当初とは多少事情も違うけれど、最初から、は麦わら海賊団の、船員ではなかったのだ。
「おれが、頼んでもか」
だから、とルフィの間には妙な関係ができた。己が船長、船員である麦わら海賊団の一味であるナミたちには、ルフィは言わぬことを、には言うようになった。も普段であればここまでは己を晒さぬのに、というとこまでを、平たく言えば、サカズキにしか見せようとしなかった素の己を、ルフィには見せるようになっていた。船の中で、時折一人ぼっちのように感じることが、お互いには、なくなった。それが、妙にいびつなものを抱えているゆえだとは思っていても、もルフィもお互いがいることで、妙な、居心地の良さを覚えていた。は船員ではないから、ルフィは船長でいなくてもいいという、そういう、ことだろう。
「大事なものが、あるんだよ」
はゆっくりと十秒ほど沈黙してから、ごろん、と自分も仰向けになる。ルフィの方に顔を動かして、寝転がったまま、こちらを向いたルフィの頬に手を伸ばす。
「このまま、君がずっと変わらずに真っ直ぐに生きていくなら、きっとぼくは君の敵になるよ」
「お前はおれの友達だ。敵とか、味方とか、そんなの、どうだっていい」
敵、という判断の言葉に眉を寄せて、ルフィはの目を睨む。子供のようにすねた顔をされて、は目を細め、息を吐いた。
誰かの願いが叶うころ
大将三人と戦う、という選択肢はさすがに持たなかったか上手く柱を使い脇を通り抜けようとする麦わらのルフィ、ゴムのバネを利用した素早い動きでもっての行いであったが、しかし、光の速度で移動するこの己を出し抜けるわけがない。
「遅いねェ」
小馬鹿にする余裕すら、ボルサリーノにはあった。遠慮も容赦もせず、そのまま右足で麦わらを蹴り飛ばす。この海賊をどうにかしないと、そういえばうるさい連中がいた。天竜人、世界貴族、シャボンディですっかり機嫌を損ねた。ここで麦わらの首でも取っておかねば後々面倒なことになるだろう。
ボルサリーノが麦わらの子供を蹴り飛ばしたのとほぼ同時に、センゴクが火拳の執行を声高く命じる。かなさり合う刃、瓦礫から起き上った麦わらが歯を食いしばって兄の名を叫ぶ。しかし、ただ名前を呼んだくらいで止まるわけもなかろう、ボルサリーノはサングラスの奥の目を細めて、麦わらの頭を掴んだ。
「もうおしまいだよォ、残念だったねェ」
白ひげ海賊団との戦争。火拳が無事処刑されたところで終わるわけもないが、ひとつ目的を達成できる、ということにはなる。
しかし、刃が振り落とされる音はしなかった。その代わりに、何かが鋭く、抉られる音がする。ボルサリーノは反射的にそちらを振り返り、素早く処刑台に視線を走らせた。刑を執行するはずだった二人の海兵が倒れている。センゴクさんに怪我はなさそうだ。そのことにはほっとしつつ、何があったのかと判じ、ボルサリーノはピクン、と眉を跳ねさせる。
「こりゃァ、どういうことだろうねぇ。クロコダイルが白ひげの味方をするっていうのかねェ」
+++
気に入らないことが多すぎる。この戦争、楽しめるかと思っていた。シャバにゃ興味もないと諦めていたインペルダウンから、ここまで来た。それなのに、この醜態はなんだってんだ、とクロコダイルは唇を噛む。ぐるりと湾内を囲んだ包囲壁を睨みつけ、クロコダイルは自分の足場となっていた氷が解けていくのを、ただ黙って見ている気はない。
「イライラしているなァ、クロ子。生理前か?」
まず第一に鬱陶しいのがこの女、いや、これが女だという事実自体クロコダイルは気に入らない。トカゲ元中佐、海軍側のくせに「気に入らないから」とかいうふざけた理由であっさり、現在何もかもを敵に回している。いっそすぐに死んでくれと思うが、この女、中々死なない。殺されない。怪我さえしない。そして始終自分に付いてくる。砂時計は渡した。それなのになぜまだ絡んでくるのかと怒鳴れば、トカゲ、それはもう楽しそうにのたまいやがる。
『卿ならおれの愛人に相応しいだろう?』
堂々と、それはもう、当然のように言いきる。目を細めて、優越感に満ちたその様子、クロコダイルは素直に攻撃して消そうとしたが、避けられた。
いや、もうそれはいい。この女にまとわりつかれるのは、もう、諦めよう。クロコダイルはこれ以上考えると自分の神経がやられるような気がしたので、トカゲの存在を完全に無視することで、なんとか耐えることにした。
そして、次に気に入らないのが白ひげだ。思い出してクロコダイルは眉間に皺を寄せる。なんだって、あんな無様なことになっているのか。
信頼しきった「息子」の一人に裏切られて、あっさり腹を切られる醜態。あんな程度の一撃、なぜ避けられなかった。過去に自分が繰り出した数々の攻撃の方がはるかに鋭かった。素早かった、それなのに、まるで子供がじゃれる程度かのようにあしらった、あの男が、なぜあんな一撃程度。
白ひげ、白ひげ、今じゃ、伝説の海賊だ。怪物、海賊王に最も近い男。ロジャーのライバル。最強の男の名を持つ、白ひげ。クロコダイルはかつてあの男に挑んだことがあった。海賊王になりたかった。そして、負けた。あっさり、負けた。
かなわないと、クロコダイルはその時に認めてしまったのだ。自分は、あの男には勝てないと、そう、わかってしまった、気付いてしまった。その途端、クロコダイルは海賊王になんぞなる、という己の夢に砂をかけた。蓋をした。そんなものを、夢に抱いてどうするのか、と、そう、己自身をバカにして笑い飛ばした。
そして、バロック社を作った。全ては、できることを、とした己。そういうものだと、それが大人になることだと、いつまでも青臭いガキのようなことを言っていられるほど、海は甘くなく、そして自分は、未熟ではないと、そういうつもりだった。
「卿は見たかったんだろう?誰にも倒されぬ不敗の王、白ひげが、誰もなしえるはずのない、海軍本部にケンカを売って、ものの見事に、勝利するその様を、卿は眼前で見たかったんだろう?子供が憧れた存在をいつまでもそうと信じていた、そんな心に似ている」
ここからみえる白ひげを睨みつけるクロコダイルに、トカゲの静かな声がかかった。普段のように揶揄るような、小馬鹿にするような声ではない。どこか、慈悲さえ感じられる声だった。クロコダイルはトカゲに顔を向け、その女の、整い過ぎた顔、青い目の奥を見つめる。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ。俺はあのジジィの首を取りに来たんだ」
トカゲの目の中にあるのは慈悲だった。も時折浮かべる、他人の過ちを承知している色だ。同じ魔女であるのなら、そういうこともあろうと思いつつ、クロコダイルはトカゲの言葉を否定した。己が見たかったのは、の顔と、白ひげに勝つ己の姿だ。この戦争、どうしようもないほど、何もかもが、無残になるだろう、この戦争。あのジジィを倒すまたとない機会ではないか。
「そうか」
言い放つクロコダイルの言葉を、トカゲは否定も何もせず、ただ頷いて腕を組んだ。静かにしている、その姿にはどこか思慮深さを感じさせる。クロコダイルはそれいじょうトカゲに構うことはないと判じて、そして包囲壁に向かった。こんな小細工をして海賊を閉じ込める、そして一気にカタをつけようなどと、そんな大雑把なマネが気に入らない。サラサラと砂に変化した身で舞い上がり、クロコダイルは今まさに、処刑が執行されようとしている処刑台に向かって、砂の刃を走らせた。
「!!!クロコダイル…!!!貴様……!!」
どさり、と二人の海兵が落下していく音。それに伴い、こちらに視線を向ける、センゴク元帥。こちらを睨み飛ばし、敵意を向けてくる。
「白ひげに旧怨あるお前は我らに都合よしと思っていたが」
なぜ白ひげの味方をする、と続けられてクロコダイルは苛立った。なぜ己の過去を知っているのか、どこまで知っているのか、全くもって気に入らない。そして何より、自分が白ひげの味方をしている、というモノの見方をされたことが腹立たしい。
「勘違いすんじゃねェ、あんな瀕死のジジィ、あとで消すさ。その前に、お前らの喜ぶ顔が見たくねぇんだよ!!!」
火拳が死のうがなんだろうが、そんなことは構わなかった。海賊王の息子だろうが、なんだろうが、そんなことはどうでもいい。だがしかし、今ここであっさり処刑が完了するというのは、気に入らない。火拳が死んだくらいではこの戦争は止まりはしないだろう。火拳が死ねば、白ひげも今以上にやる気を出すかもしれない。だが、そんなことより、クロコダイルは海軍の思い通りに事が運ぶ、という事実が気に入らなかった。
きっぱりと言い切れば、次の瞬間クロコダイルの首が飛んだ。ザクッ、と、刃ではない何かであっさりと首が切り飛ばされ、そのまま砂になって地面に落ちる。自然系の能力者、そんな程度の攻撃が効くわけもない。サラサラとクロコダイルは何事もなかったように頭を戻す。その最中に聞こえてくる、カンに触る笑い声。
「フッフッフッフフ、おいおい、ワニ野郎」
低く人の神経を逆なでするために笑っているとしか思えない音だ。相手を見下し、侮蔑し、あざ笑う何もかもが含まれている笑い声だった。振り返るのもバカらしい。誰がいるかなど、すぐに判る。しかし背中を晒しているというのも気に入らぬ、クロコダイルはゆっくりと振り返り、嫌な顔をした。
「てめェ、おれをフッて白ひげと組むのかァ?嫉妬しちまうじゃねェかよ、フッフッフ!!」
「っは、イカレた奴だとは思ってたが、そっちのケがあるのか。近づくんじゃねェよ、ホモ野郎」
やはりというか、そこにいたのはドピンクのコートをきた、かつての同僚。少し前に手を組まないかと誘って来たが、仲間にならぬ、断ったのならもう用はない、というその徹底さ。そこばかりは共感するが、言われたセリフにクロコダイルは顔を顰め、ドン引きしたように一歩後ろに下がる。ひくっ、とドフラミンゴのこめかみに青筋が立った。
「テメェんとこの部下と一緒にすんじゃねェ、おれはノンケで一筋だ!!」
「聞きたかねェよ、ンなくっだらねェこと」
部下とはダズのことか、とクロコダイルは少し突っ込みたくなったが、ここでドフラミンゴの言葉に反応してはあちらのペースになる。いや、確かにダズの自分への忠臣っぷりは時々アレなのかと疑問には思っているが、ヒーローに憧れていたというから、ダズの中では自分がそうなのだろうと、そう納得することにしているクロコダイル。深く考えたくないことに関してはルーズだった。
そんな、お互いの心にそれぞれいい具合のダメージを与える発言をして、ドン、と、クロコダイルとドフラミンゴは同時に攻撃を繰り出した。
+++
処刑台の下からそのバカ鳥の発言を聞き、は額を抑えたかったが、生憎剣を持っているので片腕ではそういうこともできない。その代わりに溜息をひとつ吐くことでなんとか堪えて、その場に座り込む。
「あのバカ、どうにかならんのか…」
いや、ここでクロコダイルを抑えてくれたことは都合がよかったが、とセンゴクがなんとも言えない顔をしながらこちらを見てきた。激しく同感であるが、はものすごく残念そうに首を振る。
「開き直っちゃったんだから、ぼくにどうこうできるわけないよね」
「赤犬といい…貴様の周りには開き直らないで常識を持てる者はおらんのか……?」
中々に痛いことを言われては黙る。そんな間にも目下ではクロコダイルとドフラミンゴが結構本気でやりあっているわけだった。そういえばピアと、それにトカゲはどうしているのだろうかと気になる。ドフラミンゴにはピアが、クロコダイルにはトカゲがついている妙な状況になっているはずだ。一応、己の相方(いや、そんな対等な関係ではないだろうけれども)がやり合っているのなら、こちらも魔女同士の争いでもするのかと疑問に思い、おや、とトカゲは別方向に視線を向ける。
先ほどルフィが海水の力を借りて包囲壁を越えてきたことは、見ていた。よく考えたものと感心する。普通、能力者は海水、海を利用するなどという発想をしない。海賊であれば特にそうだろうに、ルフィは時々こういう妙なひらめきがある。そうして、やってきました最強ステージ。一気にさまざまな段階を吹き飛ばして大将三人と向かい合った時はどうするものかと眺めていたが。
「い、痛ェ!!!!」
ルフィの叫ぶ声がこちらまで届いてくる。いつの間にかボルサリーノやサカズキからは離れ、クザンが一人でルフィを相手にしているようだった。クザン、容赦なく氷のサーベルでルフィの肩を貫く。激痛にルフィが体を震わせ、立つこともできずにいた。
一瞬、は考える。
自分は、ルフィが殺されようとしているのに動く気がないようだった。ルフィが死なないと思っているのだろうか、いや、そうではないだろう。ルフィは確かに、人たらしの才能がある。誰も彼もが、いつのまにかルフィを助けようとしてくれる。この戦争でも、一番生存率が高いのはルフィだろう。物語の主人公、そういう名前の才能があるのなら、彼はまさにそうだった。リリスとが見るこの夢の世界であっても、その天分は変わらぬと、そういう確信がある。だがしかし、それでも、死ぬ時は死ぬ。自分が動かないのは、ルフィが死なないと思うゆえの安心感からではない。
は目を細めてゆっくりと息を吐き、クザンがマルコに蹴り飛ばされるその光景を眺めた。氷の剣は青い炎にあっさり折られる。包囲壁を越えてきた三人目の能力者である。は素直にマルコ一人で中将五人分以上の実力はあると評価していた。不死鳥の能力というのは厄介だ。傷を負っても再生する。そのうえ飛行能力もあるのだ。入り込まれては面倒なことになると、そう思い立ち上がる。それでどうこうする前に、湾内の海賊たちが動き出した気配がした。
それと同時に、意識が混濁し焦点の定まらぬ目をしていたはずのオーズが、突然咆哮を上げて体を後方にひねらせた。何をするのか、とが眉を寄せ、そしてそれより先にセンゴクが気付いたのかオーズの背後を鋭く見つめる。
「外輪船!!!ずっと海底に潜んでいたのか!!?」
包囲壁に隠れて湾内の海賊たちの動きはやセンゴクには十分に伝わってこなかった。見張りの海兵たちがやや遅れて情報を伝える。湾内の海賊たちはオーズの方向、つまりは包囲壁唯一の抜け穴に全員で泳ぎ着いていたという。
そしてその外輪船はオーズの後方に向かって突っ込んでくる。
「!!撃ち沈めろ!!!」
センゴクが素早く指示を飛ばす。が、十分な指示ではなかった。的をどこに、とは告げぬその命令を海兵たちは外輪船へ向けられたものと判じ、現れた白ひげ海賊団最後の船、コーティングを施し今のいままでずっと海底に潜んでいた船に向けて砲撃を開始する。
「違う!狙いは、」
オーズだ、と続くはずだったセンゴクの声は、辺りに響き渡る雷ほどに大きな、オーズの声にかき消された。唸り声を上げ、片足と、片腕のない巨人以上に大きな生き物。片腕の力を上半身のバネだけで、巨大な船を引き揚げた。
「うわぁお、もう片方の腕、落としておけばよかったねぇ」
完全にこちら側への侵入を果たした海賊ら。センゴクが放った包囲壁という一手は逆に彼らの盾になりかねなくなった。しかしそれでも、片腕しかないオーズの力では完全に引き上げることができず、半分だけ船が入り込んでいる、という状態だ。は目を細めて、腰に剣を差す。
壁に阻まれていた白ひげの姿が再び、この処刑台からも視認できるようになった。
「オヤジ!!!」
「まだ首はあるか!!?エース!!」
叫ぶエースに応えるように白ひげが声を上げる。どう見ても、体に受けた傷は未だふさがることもなくドクドクと血を流しているようだ。が見ても判る。随分と息も上がっていて、らしくない姿だ。だがしかし、そんなことであの男が弱々しくなるわけもない。
白ひげは鉾を右斜めに構え、そのまま左腕で大きく振り払った。周囲の海兵たちが、まるで紙切れのように吹き飛ばされる。ただの剣圧で、まるで台風でも起こったかのようだ。
ビリビリと処刑台の上まで感じられるその攻撃、そして海賊たちを従えた大海賊白ひげ、エドワード・ニューゲートの雄たけびが辺りに響く。
「野郎共!!エースを救い出し、海軍を滅ぼせ!!!!!」
はっきりとした宣言に、はゆっくりと立ち上がった。これまで白ひげの目的はエースの救出、それだけだった。恐らくは、白ひげは戦争になる覚悟はあっても、海軍を滅ぼす気はなかっただろう。海軍を倒すつもりではいても、滅ぼすつもりは、なかっただろう。それが今、あの男は最後の覚悟を決めたと、そういうことだ。
は青い目を細めて、体重を軽く左足に乗せ、ゆらり、と体を揺らし、剣を抜く。
Fin
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