「魔女の殺し方?そんなもの聞いても君には無用の長物だと思うけどねぇ」

黄金の鏡のように輝く海峡を純白の帆を広げたモビーディック号が波切って進みゆく。その堂々とした海上での振舞いはの魔女の目にも好ましく稀有な船だと心底感心させられた。潮風に上がる髪を抑えてはデッキブラシの上に腰掛け人払いをした甲板にずっしりと腰を下ろす巨体の男を見下ろす。夕暮れ時には程遠い、はっきりと言えば明け方。夜通し騒いだ白ひげ海賊団は今は眠りき普段の騒々しさが嘘のように静けさに包まれていた。そこにぽつり、と鳴るのは魔女のうろんな声と、そして甲板に構える船長たる老人の、命を繋ぐ管から漏れる音のみである。

「一週間の宿代くらいにゃ、語って聞かせろよ」
「宿代にはお酒、持参したけど」
「あんな量一度で飲みきっちまった」

グラグラグラと特徴のある笑い声には呆れたように肩を潜めた。昨晩あれだけ飲んでいたというのに、まだ呑み足りぬのか特大のとっくりを煽っているではないか。この男、いつか絶対肝臓病で死ぬ。というか、それ以外が死因だったら「すっごいね白ひげの肝臓って!!化け物!?」と驚くだろう。割と長い時間を生きている自分でさえ、この男ほど飲む生き物はついぞお目にかかったことがない。しかも、小癪なことにこの男、それでいて、全く酒臭くないのだから不思議なものだ。

色々と腑に落ちぬことはあるが、は確かにこの一週間世話になった自覚もあるので反論はせぬことにした。ちょうど一週間前、はそれはもう酷い怪我を負い半死半生、ふらふらと海を彷徨い、てっきり水の都に行く筈が、うっかり嵐に巻き込まれて飛ばされ新世界へ、そして白ひげの船に見事に落下したもの。本当、グランドラインは何が起こるか判らない。それで意識のない半日、起きたらこの船の医療チームに手厚く看病されていたとそういうわけだ。

、自覚くらいはある。エドワード・ニューゲートという男は自分を好みはしないだろう。基本的に他人に対するスタンスが違いすぎるのだ。そのうえ、己はこの男の生涯の敵たるロジャーの仲間であり、それはもう、数々、白ひげ海賊団とやりあってもきた。どう見ても、手厚く看病される覚えはない。それなのにどういうわけか、とすれば、まぁ、は深く考えないことにした。息子には甘いのだ。エドワードと言う男は。

「魔女の殺し方、ねぇ」

そうして怪我も無事に癒え、これ以上長居するのはお互いルール違反と判ると白ひげ。こうして皆がすっかり眠った明け方こっそり、お別れの最中。しかし、さっさと帰ろうとしたに、白ひげは声をかけてきた。背に投げられた言葉を口の中で繰り返し、は眉を跳ねさせる。どういう意図で聞いているのか、それは興味なかった。この男が自分を殺そうとするかしないか、そんなことに意味はない。そんなことはできっこないのだから、考えるのも無駄というもの。それを白ひげ自身判っているだろうに聞いてくる。その根底は何なのか。

「キキョウくんが気になるのかい?」
「大事な娘のことが気にかからねぇ親がいるか」
「キキョウくん、カッサンドラの魔女の死因はいつも同じだよ。真眼の魔女はいつも自分が凶刃に倒れる未来を見る。トロイア戦争とか、知らないかい?」
「生憎学がねぇんでな」

嘘をつけ、とはころころ目で笑い喉を鳴らした。白ひげエドワード・ニューゲート。あらくれ海賊の一人だが、面白いことにこの男はかなりの読書家である。ロジャーが文字を読まぬタイプだったものと反して文字の上を愛する男だ。この船にある書庫は海賊風情が持つには充実し過ぎているとはいつも思っていた。確かにエドワードは専門的な知識、幾何学を理解しているタイプの博識さはなかったが、しかし、ある種の哲学を理解しているようだった。親が子を育てるために必要な哲学である。たとえば、楽しい時間はなぜ終わってしまうのか、リンゴを食べたらなくなってしまう寂しさ、など、あどけない少年らの素朴な、しかし真理の込められた問いに応えるに足るだけの哲学を持っているようだった。

「魔女の殺し方、君が知りたいのは特定の魔女の、ではないね。それなら手っ取り早くぼくの殺し方を聞くだろうし」

世に幾人か存在する魔女らの決定的な殺害方法というのはそれぞれ異なる。それらを頭の中で思い浮かべながら、は白ひげの皺の増えた顔を眺めた。この男も随分と置いた。昔からこういう、思慮深いというか、なんというか、妙な色のある生き物だったが、それがここ数年、顕著になっている。

「それならそれほど簡単な話はないよ。エドワードくん。おとぎ話のそのままさ。妖精を殺したいなら「妖精なんかいない」と口に出せば、その度にどこかで妖精が死ぬし、無敵の英雄は仲間の裏切りであっさり死ぬ」

つらつらと口に出し指を折りながら、はじっくりと白ひげを見つめる。

「ある種の天分を持った者はそう簡単には殺されないけれどね、でも、「状況」というのはあっさりどんなものの命でも奪えてしまうんだよ。その意味で言えば、この世に不平等な命などないね。皆平等、でも「状況」に追い込みにくい命がある。それが、まぁ、君たちが言うところの運命ってやつかな」
「それなら、魔女が殺されるに足る状況ってのはなんだ」
「簡単さ。魔女はいつもお姫様を守ろうとする王子さまに殺されるんだよ」

あっさり言えば白ひげが鼻を鳴らした。家族愛は信じる男だが、おとぎ話の王子様の類は信じぬようだ。もそれには同感だ。王子さまなど夢物語、そういうものはいないから存在価値が高いというもの。しかし魔女の身では肝に銘じておかねばならぬ真理である。答えたものの、白ひげは実際のその解答にはあまり興味がないように見えた。それならなぜ聞いたのか。ただの気まぐれだろうか。いや、そんな無駄なことをする男には思えない。しかし、はそれ以上は暴こうとは思わなかった。

「君も気をおつけ。エドワードくん。キミは化け物、怪物、だなんて言われているけど、ねぇ。判るだろう?」

ひょいっとは指を振ってまぁるい鏡を取り出す。取ってのない板そのままのような素っ気のない鏡を両手で持ち、白ひげの顔を写す。何も仕掛けがあるわけではない。ただの鏡だ。そこに映るのは年老いた一人の老人である。未だ海を彷徨う海賊の男の顔である。

「状況が人を殺す。どんな命だろうと関係ない。化け物は必ず倒される。王は君臨し何かを成せるけれど、怪物は、必ず滅ぼされるんだよ。ねぇ、よくよく、気をおつけ、大海賊、白ひげエドワード・ニューゲート。老いた怪物は格好の加害者リストに入れられるからね」

忠告をすれば、少し珍しいものをみるような眼を向けられた。は首を傾げる。

「なんだい?」
「お前なんぞに身を案じられる日がくるたァな」
「心配なんてしてやしないよ。君だっていつか死ぬだろうけど、その時はちゃんと後処理をしてから死んでおくれよ。でないと海が荒れてしまうじゃないか」
「おれが死ぬころにゃ、息子たちが立派になってるさ」

親御さんがそういっているのでも別に反論するつもりはなかった。というか、白ひげ海賊団は隊長格になればそれはもうご立派な部類ではないのか。それは肯定するけれども、しかし、それでも白ひげが死んだあと海が荒れることは疑いようもないことに思えた。それを言ったところ、どうすることもできまい。そして自身は、「困る」と口で言いながらどうするつもりもない。今白ひげがその名で守っている者は、白ひげの死後、あっさりと滅びるかもしれない。だが、それで滅びたとして世界が滅びるわけでもあるまい。白ひげ以外の力で守れぬのなら、滅んでも構わないだろう。そういう心がにはあった。





怪物





「あの男、世の白ひげファンに殺されるんじゃないのか」
「トカゲって本当、この戦争で完全に部外者野次馬根性だよね」

ひょいっと、は自分の腕を掴んでデッキブラシに乗せてきたトカゲを見上げ、疲れたように溜息を吐く。荒れる戦場戦場、その中でついにサカズキが白ひげに深い一撃を喰らわせた。マグマの拳で胸を突かれ目を見開く怪物白ひげエドワード・ニューゲート。海賊たちが目を見開き、それぞれが叫びだす。はトカゲの腰に片腕をまわして安定を保つと、その光景をじっくりと見下ろした。

「あれでもまだ死なない。サカズキはやっぱり英雄とか王子さまキャラじゃないってことかな」
「卿も中々外道なこと言うじゃァないか。いや、確かにあの組長殿がヒーローとかプリンスなんて設定は気色悪すぎるが」

あまりにあんまりな言いようだったが、もあえて否定しなかった。というか、ある種開き直りのある自分でも、サカズキが王子さま☆な展開はちょっと、いや、かなりイヤだ。何ていうか、ビジュアル的に世の王子様を待つ乙女にとっても失礼、そのうえ心にトラウマを残しそうな気がする。

「…いや!?別にサカズキは格好いいんだけどね!?」

別にサカズキがカッコよくないとかそういうわけじゃないよ!?とは必死に弁明し首を振る。そんな慌てるを眺め、トカゲは面倒くさそうに吐き捨てた。

「眼科行けよ」
「なんで!?酷くない!!?そんなこと言ったら赤旗だって王子さまキャラには程遠いヘタレだよ!?」
「ふふ、だから卿は小娘なんだよ。赤旗のあの迸る色気がわからんのか?不条理なことに必死に耐えるあの伏し目がちな目に白い肌……!!おれは一度でいいから赤旗が悪の魔法使いに捕まっているところを颯爽と救出に行ってみたい」

すいません今王子さまの話してましたよね、それ絶対お姫さまの話になってますよね。は顔をひくっと引きつらせ、喉までそんな突っ込みが出かかった。しかし本当に、トカゲに突っ込みなど入れていたら日が暮れる。それであっさり自分死にました☆なんて展開は嫌だ。本当、そんな展開、恥ずかし過ぎる。

とりあえずトカゲの妙な話から逃げるため、は戦場に目を落とした。白ひげが膝をついたことで、隊長らも崩れかかっている。マルコはオニグモにより海楼石の手錠をかけられ、不死鳥の力が使えず、容赦なくボルサリーノに追撃を受けていた。

「クザンくん、マジメに仕事してるね」
「ダイヤモンドの部分凍らせても意味あるのか?」
「お湯かけたら一気に溶けるのかな?あれ」

それぞれ口勝手に外道なことを言い、トカゲとは眉を寄せる。

「ねぇ、トカゲ。きみ、さっき海軍と敵対してなかった?」
「気に入らないからな。だまされる方もアレだが、騙すほうも気に入らない」

は先ほどちらり、と見た海兵たちを容赦なく蹴り飛ばし頭を打ち抜いているトカゲを思い出す。トカゲが味方になるなどという妄想は大将や元帥にはなかっただろうけれど、普通の海兵たちは驚いたはずだ。いや、しかし自分がここで説教どうこう、をするつもりはなかった。自分はどちらがどちら、というのは決めたものの、トカゲまでそうである必要などはない。

「っていうことは、あれかな?騙したサカズキを、トカゲは殺しに行くの?」
「そうしたらどうする」

つばの擦り切れた帽子の影でトカゲが試すように目を細めた。の瞳よりも若干薄い青の目は愉快げな色が浮かんでいる。それに負けぬほど、愉快そうには目を細め、トカゲの首を掴んだ。

「その前にぼくが君を殺す」



+++



赤犬の攻撃に息を突く暇もなく、センゴクの怒声で次々と攻撃が撃ち込まれた。砲弾、刀、銃弾がひっきりなしにその身を突く。爆煙が自身の肩から上がり、白ひげは歯を食いしばった。しかし二度と倒れる気はない。足を開き、右足に体重を乗せ、やり過ごす。駆け寄ろうとする息子たちを叱責して白ひげはゆっくりと胸に刺さった剣を抜いた。

「来るんじゃねぇ。こいつら、これしきで、このおれを殺せると思っていやがる……!!」

助けは不要、と振り切るように白ひげは鉾を振った。

「おれァ白ひげだ!!!!」

右手で鉾を振るい、左手は大気を掴む。息子たちが近づかねば十分に振るえる力で振動、爆風を起こし、辺りの海兵をなぎ倒した。白ひげの脳裏にちらり、とかつてのの言葉が浮かぶ。怪物、怪物と呼ばれる生き物に己はなった。己自身は心臓ひとつの人間と心得たけれども、世の条理が己を「怪物」にする。状況が何かを作り出す。その力のことを思い出す。

ならば己は怪物になろう。どこまでもどこまでも、おぞましく、けして倒れぬ怪物になろう。

「おれが死ぬこと、それが何を意味するか……おれァ知っている……!!」

崩れる海兵、こちらを身、身を震わせる海兵らには一瞥もせず、白ひげは腹にぐっと力を入れた。ここで倒れるわけにはいかない。ここで膝を突く、そんな無様な親の姿を息子たちに見せるわけにはいかないだろう。震える体に力を込めて、ぐっと、背を伸ばす。

ここで自分が死ねば、息子たちが死ぬ。エースが死ぬ。自分がこれまで守りたいと思い、守ろうとしてきた何もかもが、殺しつくされる。

「息子たちの明るい未来を見届けねぇと、おれァ死ぬわけにはいかねェじゃねぇか……!!」

自分はもう随分と生きた。海賊なんてやっていて、自由に生きていたくせに随分と長生きだと思う。だがしかし、まだ足りない。まだ、息子たち幸せな未来を見ていない。エースを助けたら、宴を開こう。スクアードとエースのことだって、まだ、きちんと解決したわけじゃあなかろう。宴を開いて、息子たちと呑もう。楽しい酒を飲もう。そして笑いあって、また、バカな息子たちに悩まされながら、酒を飲もう。

鉾を握り、前に構える。背後が一瞬おろそかになったはずだが、しかし、何の攻撃もない。

「……気が利きすぎだ、アホンダラ」

ちらり、と後ろに目をやって白ひげは息を吐いた。

「俺たちはオヤジの誇りを守る!!」

いつのまにか息子たちが、白ひげの大切な息子たちが、家族が、自分の背を守るように構えていた。前に進む己の邪魔はせずに、というその姿勢。白ひげは小さく手を握り、ぐっと、一歩踏み込んだ。

「未来が見たけりゃ今すぐに見せてやる!!白ひげ!!!!」

しかしその腕が攻撃を繰り出す前に、処刑台のセンゴクが声を張り上げる。その声とともに、立ち並ぶ二人の処刑人が素早く剣を振り上げた。

「エース!!!!」
「……!!無駄だ!!それをおれが止められねぇとでも、」

息子たちが叫ぶ中、白ひげは止めようと体に力を込める、が、しかし、その途端に口から血を吐く。止めるはずの一撃を繰り出せず、そのままエースの首に刃が迫った。間に合わぬ、焦る心、しかし体が動かない。

「止めろ!!!!」

絶望が浸食しかけたその中に、子供の癇癪のような、しかし、鋭く重みのある叫び声が響いた。







Fin