命のかけ橋










「……冗談だよ。キミはサカズキに手出しなんて出来やしない」

掴んだトカゲの首からするりと指を放しは目を細めて首を傾けた。深い青の瞳に若干の悪戯っ気を浮かべて喉を震わせる。

「君はぼくなのだもの。ぼくがサカズキを想う心が、けしてサカズキを殺させやしない」
「のろけか?おれは今、堂々と惚気られてるのか?」

はっきり言うとトカゲがものすごく嫌そうな顔をした。眉を跳ねさせて不快を表現する長身の女にはころころと声を上げ、そして足元の戦場を見下ろす。ルフィの怒声により、戦場は一転。覇王色の覇気を持つ稀有な生き物の登場に海軍たちの間にさらなる緊張が走った。あのドラゴンの息子。そしてDの系譜である。持っておらぬ方がおかしかろう。しかし、ルフィが人を引き付けるのが覇王色の覇気を持っているからだ、とそう括られるのは不愉快だ。それを持ってさえいればどんな人間でも人を引き付ける、などと、そんな理由になるのは不快だ。卵が先か雛が先か、などという問答に加わるつもりはないけれど、しかし、人を引き付けるからこそ、覇王色を持っているのだ、と思われねば、当人に無礼であろうに。はちらり、とトカゲを見上げた。

「なんだ?」
「ぼくはいいとしても。トカゲはさっきので一瞬意識がふらつくかと思ったよ」
「膝でも付いて欲しかったのか」

さぁ、とは肩を竦める。覇王色の覇気は、実力うんぬんはさておいて、「王国の魔術師」を従える素質があるはずだ。魔女とはさらに違うもの。あの王国の「魔術師」という地位にいたものをひざまずかせるに足る力であるはずだ。

「トカゲでも平気だってことは、パンドラに有効な手にはならないってことだね」
「あの狂女が膝を付くなんて光景、見れるならおれはアタっちゃんからカメラをぶんどる」

心底真面目にトカゲは言い。そして鼻を鳴らしながら戦場に目をやった。

、たぶん、お前はルフィを好きになるべきだったんだろうな」

キョトン、と、さすがには間の抜けた顔をしてしまった。まぁるく目を開き、口を半開きにしてまじまじと、トカゲの顔を見る。冗談を言うているようには見えない。どこまでも真面目。いや、そしてどこか慈悲のある顔だった。何か、先の先のそのまた先までわかっているような。まさか、トカゲにそんなオプションはありはしないとわかりきっているものの。愚かしいことを、承知で行う小娘を見守るようなそんな色になっている。本来であればここで己は苛立つ筈であるが、不思議とそうはならなかった。は一度ぎゅっと唇を引き結んでから、息を吐く。

「何バカなこと言ってるの」
「間違いじゃァないさ。卿も気付いているだろう。あの子には妙な歪みがある。卿の心には夜がある。互いがいれば、想い合い助け合えば。今とは違った結果になったろうよ」

ドン、と足元で爆音がした。はそちらに気を取られたふりをして顔を下げ、白ひげを見る。

「エドワードくん、化け物になる覚悟を決めたみたい」

ばかだねぇ、と続く言葉そのままにはさめざめとトカゲを振り返った。インペルダウンにて彼女は己の剣と楯になるとそう言った。しかしそれは今は意味が変わっているのだろう。の望みをかなえるべく、トカゲはもう行動しはしない。己自身で考えて「こうあるべき」だと思うそのままに引き金を引く。最終的にトカゲがどう落着くのか、それはにも判らなかった。

「トカゲは知っているかい。化け物になるっていうことが、どういうことか」

サカズキの一撃に加え、更に将官らから容赦ない追撃を受けたにも関わらず未だ倒れぬ、聳える山のように立つ白ひげ。鼻から血を流し、体中を血まみれにして、それでも倒れぬのだ。怪物、怪物、化け物である。正義の海兵、正義をつかさどる生き物たちの敵意にそれでも倒れぬでいること。親としての意地だけでは足りぬ。大海賊としての矜持だけでは足りぬ。人間が持つ力では足りぬ、ひとつの「奇跡」である。それを可能にするのは、「怪物」になることだ。怪物になる覚悟を持ち、そう使われることを受け入れ、そして、ただの人間の枠でいるためには手にいれてはならぬ力を意識下に得るもの。猫が長靴を履くようなもの。

「怪物っていうのは、必ず「伝説的な死」を遂げる。そのために、どんな力でも容易くは倒されない。それを倒すからこそ、その死にざまが劇的であればあるほど、打ち倒す側が引き立つ。そのために「怪物」っていうのは強くなければならなくなる」

状況が人を殺す。とは胸の内で繰り返して剣を握った。怪物になった。それを受け入れた。エドワード・ニューゲート。彼は世界を敵に回すことを受け入れた。怪物となって、世界中に打ち倒される可能性ができたことを、受け入れた。それでもここで倒れぬためなら、息子を救うためならと、そういう選択。

その辺りがにはよくわからない。この戦争が始まってから何度も何度も、考えてわからなかった。

エースを救うそのために、もう何人の海賊が死んでいるのか。足し算引き算しないのか。それがよくわからない。命は皆平等だろう。平等に、死んで、死んで、殺されて、殺しつくされていくだろう。今だって、海賊だけではなく海兵だって死んでいる。そりゃ、確かに海兵の方がもともとの数は多い分、有利だし、センゴクの作戦により、実際減っているのが多いのは海賊らであったけれど、どれも同じ命ではないか。エースが殺されるのは駄目なのに、自分たちが戦って死ぬのはいいという、その天秤が、どうもよくわからない。

いや、とは首を振る。まるでわからぬ、というわけでもない。己とてバギーがここで死ねば悲しい。いや、だが悲しいだけだ。しようのないことよ、とは思える。そういうものだ。あまりに多くの死を見てきた己。自分よりも先に誰かが死ぬのが当然だ。この戦場でバギーがどうしようもなく命を落としていたとしても(そう言えば、氷になったがどうなったのか)それはそれで、しようのないことではあると、ハナっから頭の隅で判っていることだ。案じはする。が、それでも、それまでなのだ。

それなのに白ひげは、人間を辞めてまで助けたいという。その心。あっぱれそれゆえに家族大事の白ひげと頷くものだろうか。そのために多くの息子の命があらた失われる。それも、彼らの意地には必要なことと、そう言えるのか。

「トカゲはさっきの作戦、気に入らなって顔しているけどさ。ぼく、エースくんを助ける、白ひげ海賊団の意地を守るっていう、そのためにこの戦争を引き起こして、海が荒れることを承知の海賊より。守りたい対象がひとつではない海軍の方がいいと思うんだよね」
「世の白ひげファンに袋にされるぞ」

そういえばトカゲ、さっきもそんな事を言っていた気がするとは思い出し、肩を竦めた。

「そんなのぼくの知ったことかい?」

それこそどちらがどちら、というくだらぬ争いのように思えようもの。己自身はこちらが好ましい、とそう思う心に何の悪意があろうものか。はさめざめと思い。そしておや、と面白そうに目を輝かせた。

「エドワードくん。うぅん、もはや怪物白ひげが、ルフィくんを試しているよ」

観れば足元のその戦場。白ひげ海賊団がルフィを援護しているようだ。Dの意思を継ぐ者。さぁその先のそのまた先を見せてくれ、とでも言うているのか。そういえば、白ひげは「D」が何なのか、それを知っているのだろうか。知っているような気がする。ロジャーが話していただろうか。あるいはティーチがそうと言っていただろうか。そんなことを思いつつ、は嫌な気持ちになった。いずれ誰かがたどり着くだろう。ルフィが、のような気もするし、それではない別の誰か、のような気もする。いずれ、いずれ、必死に隠してきた何もかもが暴かれるのだろう。そんな予感が、にはあった。

隠し続けた己ら魔女のことでさえ、あっさりと暴かれた昨今。そういう「流れ」になっているということだろう。長い間、必死に隠されてきたものがあっさりと、ありとあっさり、何もかもが知れてしまう。そういう「流れ」なのだ。王国のことでさえ、いつまでも隠し続けられるわけがない。

は掌を握りしめ、デッキブラシの上から剣を振るった。斬撃が前に進もうとしていた海賊たちを阻む。こちらのはっきりとした意思表示に、海賊らが喚き、空を見上げるようにを睨みつけた。口々に何か言い、銃を向けてくる。は目を細め、ひょいっと、デッキブラシから飛び降りた。

「今、海軍の戦力は白ひげに向いてるからね。ここで隊長たちに抜かれると、サカズキが困るよ」
「お前が出て行って怪我した方があの男はマジギレするんじゃないのか……?」

トカゲのぼそっとした、しかし妙に真剣な突っ込みはスルーすることにしてはそのままドン、と、モモンガ中将の上に落下した。







+++





「ぐがぁっ!!!」
「なぁに中将、ぼくみたいな美少女が落下してきたんだから両手で優しく受け止めなよ。そんな甲斐性なしだからお嫁さんいないんだよ?」

突然、本当に何の前触れもなく落下してきたものが背中を直撃し、見事に呻いて倒れたモモンガ。その背の上に座り込み残念そうに息を吐くのは、確認したくはないがだろう。モモンガは鼻を打って血をドクドクと流しながら、顔を動かして背中にちょこん、と乗っているを振り返る。

「ひ、人を安全マットにしておいてその言い分はなんだ……!!?」
「おや、君ってばこのぼくがケガしたほうが良かったなんて言うのかい?」
「なんでそうなる!!!」

カームベルトからハンコックに付き合わされ、そしてインペルダウンではトカゲに振り回され、本当ここ数日女運というか、なんというか、神様俺は何かしましたか!?と怒鳴りに行きたいほど不運に見舞われているのは何故だ。モモンガは色々思うことはあるけれど、しかし、まぁ確かにここで自分が近くにいるのにを受け止められなかったと赤犬に後で嫌味を言われるよりマシだと、そう、かなりプラスに考えることにして、が退くのを待ってから立ち上がった。

この妙なやりとりをしている最中よく海賊の攻撃を受けなかったものだが、単純な話。傍にいた他の中将らが、それは必死にモモンガと、の周辺に海賊が行かぬようにしていたのである。

ありがとう同僚!!!とモモンガは本当、先ほど海賊に殺されそうになったところを救われた以上の感謝の念を覚えつつ、を見下ろしてぎょっとした。

「す、すぐに医療班を……!!」

の片腕はなく、そして片目も抉られてないようだった。先ほど狂い咲きキキョウの行いで傷つけられていたのは聞いていたが、近くにはいなかったので見ていなかった。しかしこれほどとは。顔を顰めモモンガは眉を寄せる。抱き上げようとしたモモンガの手を払い、は残った片腕に握る剣を構えた。

「そんな必要はないんだよ。モモンガ中将。ここは君と他に二人しか中将がいないんだね。それで隊長たちもここを選んだのかな」

すぅっとの目が凍りつくように冷たくなり、前方にいる白ひげ傘下の海賊たちを眺める。白ひげの指示により、麦わらのルフィを援護することにしたというのだ。一点突破。ここを破られるわけにはいかない。

は剣を構え、挑み来る海賊たちを薙ぎ払った。

「嘆きの魔女……!!!」
…!」

海賊ドーマと、そしてその近くにいた麦わらが揃って叫ぶ。ドーマの繰り出してきた蹴りを細い剣で交わし、逆に突き刺すように反撃し、そのままは返す刀で同時に挑んできた炎の剣を弾く。あの弱々しいがなぜここまで剣が扱えるのかという疑念がモモンガに沸いたが、しかし、はっとして己も攻撃に加わった。

「無理はするな…!!」
「ふふ、誰に口を聞いておいでだい。ぼくが心配なのはむしろ君らだよ。守ってあげる余裕はないんだからね」

尊大に言い放ち、は殴りかかってきた麦わらの首を掴んだ。

「っ!!」
「エースの弟!!」

そのままの剣が麦わらのルフィの首を跳ねる、そう思われたが、しかし、真横から飛び出してきたダズ・ボーネスがの腹を薙いだ。

「…!!!!!」

止めに入ろうとモモンガは叫ぶが、他の海賊がそれを阻む。は苦悶の表情を浮かべ一瞬剣を落としらが、すぐに構え、片腕で四本分の剣を防いだ。

減棒だ。

良くて半年間タダ働きだ、とモモンガの顔から血の気が引く。






++






「くっ、ぅ……!!なぁに、きみ、八つ辺り?ぼくのことキライだものね」

全身が刃物というその元殺し屋。その一撃一撃が容赦のないもの。せめてもう片方腕があればこの程度に送れは取らぬのにとは歯がゆい思いをしつつ、それでも負ける気はない。剣の帝と呼ばれた矜持は今この胸に戻っている。剣を扱う者を前にして退くことはできない。細い剣を振るい、隙を窺うが仮にもクロコダイルがMr1のコードネームを与えた男。通常剣というのは握っているゆえに全ての力を伝えきれぬ部分がどうしてもある。それがその腕そのものが刃になることにより本来殺される筈の力すら込めた一撃になっている。の剣がもう少し長ければそれでも容易く破れるが、生憎長さは通常の剣より少し短いくらいなものだ。刺すことに特化していいるゆえのこととはいえ、こういう時昔の己はどう敵を打ち破っていたのか、まだ霞がかる部分があるためよく思い出せない。それならせめて体が覚えていてくれと思うけれど、そもそもこの体はノアのものだ。

「社長命令だ」

先ほどのの軽口への答えだろう。そっけなくいうMr1には鼻で笑い飛ばす。随分とかわいらしいもの言いをするではないか。

「クロコダイルくんがぼくを殺せって?」

ありえないよね、とが目を細めればMr1の眉間に皺が寄る。アラバスタのユバで起きた砂嵐を見て、己はナミに別れを告げて一人クロコダイルを訪ねた。それまでクロコダイルが黒幕うんぬんは正直どうでもよかった。欲しいものがあるのなら、手を伸ばせばいいというのがある種の真理。それをどうこういうほどお偉くはないつもりの。しかし、本当はない人々の憎しみをかきたて戦争を起こそうとしているから、そして、それが本当に国全体の殺し合いになっているから(それまで、はクロコダイルなら戦争を起こさずに国を乗っ取るスマートさがあると過信していたのだ)これは気に入らぬと、そう思うて訪ねた。

その訪ねた先、カジノで敵対すると宣言した己をクロコダイルは捕えた。しかし、殺しはしなかった。いや、傷の一つも付けなかった。悪魔の実の報復を恐れてのことではない。もちろん、サカズキの鉄槌を恐れてなどでもない。

「情報はきちんと正確にお云いよ。クロコダイルくんは一時海軍を敵とみなすと、そうしただけだろう」

当てればMr1は何も言わず、腕を振る。はそれを交わし、しかし、続けて出された蹴りが腹を押し、呻くそのままに首を掴まれた。すぐにその指が刃になる。首を切り刻まれればもうどうしようもなくなる。は腕を上げようとしたが、それをMr1が許すはずもない。容赦なくの残った腕を切り落とした。

「……っ」

しかし漏れたうめき声はのものではない。咄嗟にの首を放し、両腕を刃に変え、Mr1は腕を交差させて構える。

「ダズ・ボーネスだな」

低い、怒りを孕んだ声がの背後から聞こえた。

「鷹の目……」

振り返ればけして輝かぬ金の目を細め、眉間に僅かに皺を寄せたよく見知った顔がこちらを見つめている。失った両腕、そして落ちた腕が握りしめている剣を見下ろし、一度目を伏せる。しかし次に顔を上げたときにはその顔には「鷹の目の男」の名に様子を取り戻していた。素早くMr1を斬り倒し、そのままの腕を拾い上げた。

「どうにもならんのか」
「なんとかするよ」

腕を受け取り、はふむ、とそれを見下ろした。そしてギィン、と剣の音が響く。おや、と顔を上げればクロコダイルとミホークが相対していた。

「クロコダイル」
「今、虫の居所が悪ィんだ。気ィ付けな、鷹の目…!!!」

相変わらず葉巻を放さぬその姿にはコロコロと、状況も忘れて笑い、そして腕をひょいっと自分の腕に充てた。それでくっつく、のは以前の体。今のこれでは完全に修復するのは不可能だろう。は体からしゅるしゅると茨を伝わせた。魔女の力ではない。これはまだ扱える。夏の薔薇の茨を腕に這わせ、細い茨が糸の変わりとなってブジブジと肉に食い込んでいく。どういう仕組か説明するのはおっくうだが、こうすれば暫くして神経も繋がる。細かな動きは当然無理だが、剣を振るうくらいなら何とかなろう。

「てめェ、そりゃ、なんてみっともねぇナリだ」

接合の終わったを眺め、クロコダイルが侮蔑を孕んで吐き捨てる。その間にもミホークとの斬り合いは続けているのだから器用な男だ。双方手を抜いているわけではないが、ミホークは背にがいるので使えぬ技もあり、またクロコダイルの攻撃全てを受け止めなければ後ろのに当たると、そういう配慮ゆえに、聊か分が悪い。

「情けねェ姿を晒すんじゃねェよ」
「人にどう思われているのかっていうのは心底どうでもいいんだよ?クロコダイルくん」

ここにいてはミホークの足手まといになろう。そう判じては移動しようと場所を探す。

「おや」

Mr1に構っている間に抜けられてしまったか、自分だけではなく中将たちも出し抜かれた結果。ルフィが処刑台に近づいているではないか。だがまだ遠い、とが判じていると、イワンコフの頭から何かが飛び出した。

チョキチョキチョキ、とこの戦場にはまるで似合わぬ音がする。固い物をあっさりと紙のように容易く扱うその音に、は青ざめた。気付いた時にはもう遅い。切り取られた石畳みが処刑台までの一本道となってルフィの目の前に現れた。

橋を破壊しようと海兵の繰り出す攻撃は隊長らによって阻まれる。ボルサリーノが止めようと粒子に身を変えかけたが、しかし、それも白ひげに阻止される。は完璧とは言い難い腕を振り上げ、橋を切り崩そうと試みたが、繰り出した斬撃はやはり隊長に防がれた。

ルフィが橋を半分ほど進んだ途端、処刑台中部より飛び出したガーブが前に立ちはだかった。








Fin