孫が、生まれるとは思わなかった。

 

己にそういうものが、できるとは思ってもいなかった。いや、生まれたその時に、殺しておかねばならないのだと、頭の隅で判っていたからこそ、孫を持てる、とは思わなかったのだろう。この海で長いこと生きてきて、何がどう起こるか、ある程度のことを判っているつもりだった。

 

己に孫が、できるとは思わなかった。

 

既にその頃エースを引き取り、ダダンに預けはしていた。生まれてくる赤ん坊に罪はないと、それをよくわかっていた。だがしかし、それでも、海兵として、血縁者としてのけじめをとそう考える心がないわけではなかった。

 

殺そうと、そう思ったわけではない。だが、孫だとそう思わぬようにしていた。エースのことも、そうだった。ルージュに育てるとは約束したが、己の孫と思うことはないと、そう思っていた。

 

己が孫を、持てるとは思わなかった。

 

ルフィが生まれて少しして、未だ何も話さぬ赤ん坊。乳母車にいた。己は、なんとなしに近づいて、何の意図もなしに、本当に気まぐれに、赤ん坊の小さな手に触れた。無骨な、それまでどれほどの海賊を殺してきたか知れぬ手。固く、ささくれだったその手を、小さな、小さな赤ん坊は、差し出したガープの太い、赤ん坊の手よりも太い、指をぎゅっと、小さく握りしめ、そして、笑ったのだ。

 

 

 

 

火拳解放

 

 

 

 

「ここを通りたくばわしを殺してでも通れ!!“麦わらのルフィ”!!」

 

処刑台まで伸びた道を突き破り、相対してガープは宣言した。ルフィが生まれるはるか昔から、己は海兵として海賊たちと戦って来た。それが己の半生であり、今ここで変えるわけにはいかぬものでもあった。海賊は、世界から憎まれる。海兵は海賊を殺すもの。それを、己もルフィも、そしてエースも判っているのだ。

 

ガープは二人には海兵になって貰いたかった。いや、海兵にせねば二人がどうなるのか、それを判っていたからだ。一般人として育てても、何の力もなくとも、ドラゴン、ロジャーの息子という、それだけで世界中は二人を拒絶する。血がつながっている、というだけでも罪になるほどのことを、したのだ。ドラゴンの親であるガープ自身が咎めを受けずにいるのは、海兵だからだ。直にそうと言われたこともある。

 

世界中から疎まれる血を持って生れてしまった、何の罪もない赤ん坊を死なせないためには海兵にするしかない。それを、ガープはよくわかっていた。エースも、判っていたはずだ。誰よりも、己の血について考えていたのだ。わかっていた、はずなのだ。

 

海賊になれば、海兵が必ず殺しにくると。

 

「それがお前たちの選んだ道じゃァ!!!!」

 

強い海兵になってくれと、厳しく育てた。ロジャーの死後、時代が荒れた。大海賊時代になり、多くの強者が名乗りを上げた。そんな中、生き残るには強くならねばならない。厳しくした。殴ったことも何度もある。蹴り飛ばして崖から突き落としたことも、何度も何度も、何度も何度も何度も、ある。

 

そこまでせねば、いずれ殺されてしまうからだ。

海賊だけではない。世界に、殺されてしまうからだ。

 

どんなものにも、殺されないほど強くなってくれと、そう、思った。

 

「できねぇよじぃちゃん!!!退いてくれよ!!」

「できねばエースは死ぬだけだ!!!」

「イヤだ!!!」

 

お互い、叫ぶ声に血が混じるようだった。ガープは刃を食いしばる。

 

「わしゃあ容赦せんぞ!!!」

 

嫌なことは嫌だと、はっきりと言えるようにルフィにはいつも言い聞かせた。それを通せるのは難しい、だから、通せるように強くなれと、力だけではなく、心までも、強くなれと、そう言い聞かせた。

 

この海で、嫌なことなどいくらでも起こる。

大切なものを失うことなど、毎日のようにどこかで起こっている。

 

ガープはそれを見てきた。理不尽なこと、悲しいこと、苦しいこと、辛いこと、いくらでも、いくらでもある。長い人生、海兵をしていれば、そんなことばかりだった。

 

「ルフィ、お前を…敵とみなす……!!」

 

腕を振り上げる。船をも割るほどの力を込める。水の都で、鉄球を振るった時とは、桁違いの感情が沸き起こるが、しかしそれには蓋をしてきた。いつものように、嫌なことが起こるたびに、蓋をしてきた。悲しみも何もかもを箱の中に閉じ込めて、がんじがらめにしてしまった。そうすることでしか、どうしようもなかったことばかりだった。腕を振り上げ、身を低く構えたルフィに、孫に向かって、振り下ろす。

 

 

 

+++

 

 

 

『おれ、じぃちゃんみたいにつよくなれっかな』

『じぃさん、アンタなんでおれなんかたすけたんだ』

 

『ルフィを殴るなよジジィ!!』

『エースまで殴ったぁあああ!!!』

 

『じぃちゃん』

『ジジィ』

 

『じぃちゃん』

『ジジィ』

 

 

 

『今になって、命が惜しい』

 

 

 

 

+++

 

 

 

(この拳は、何を守るために振り上げられているのだ)

 

目の前には今にも泣き出しそうなルフィの顔がある。背後には、必死に叫ぶエースがいる。浮かんでくるのは二人の小さなころのこと。二人一緒にいればいつも笑っていた。笑って、笑って、いたではないか。それなのに、どうして今、二人とも泣いているのだ。

 

なぜ、自分は海兵になったのだ。

家族を守りたかったから、ではないのか。

 

父母を兄弟を守りたかった。その父母も年老いて死に、兄弟も、死んだ。不幸な死に方ではない。幸せそうに死んでいった。ガープは最初の家族を守れた。妻を迎えて、家族を作った。妻と子を守るために日夜正義を守った。妻は死に、息子は革命家となって世界を敵に回した。

 

己の家族は、ルフィとエースになった。

 

家族を守るために、海兵になったのではないか。

 

なのになぜ、どうして、なんで今自分は、家族を殺すために、拳を振り上げているのだろう。

 

何のために。

 

 

 

+++

 

 

ガープの腕が止まった。センゴクは奥歯を噛み、顔を顰める。出した答えはこれか。掌を握りしめ、落下したガープを見つめる。その間にもやつの孫は道を進み、こちらに近づいてきていた。

 

「貴様も…人の親だ」

 

海兵に、徹底してなりきれない。それがガープの長所であり、また短所でもあった。長い付き合いで承知している。わかっていたはずだ。ガープが何よりも家族を思うことは、判っていたはずだ。だが、それでも長年己と海兵として生きてきた。

 

その答えがこれか。

 

タン、と麦わらのルフィが処刑台に足をかける。たどり着いた。だがしかし海楼石の手錠が解かれることはない。いや、ズボンから麦わらが何かを取りだした。見覚えのある鍵である。なぜ持っているのか、それを考える前にセンゴクは能力を発動させた。

 

「この私が逃がすと思うな!!!」

 

能力を使うなど何年振りか知らぬもの。巨大化し、こうなれば己自身の手で処刑をと、そう決めた。途端、黄猿の援護か、麦わらの持っている鍵が光の線によって貫かれ破壊された。もう手はなかろう。長引いたが、これで一つの決着をつけよう。

 

センゴクは右手を振り上げ、そのまま下ろした。

 

ドン、と鼓膜を突き破りそうなほどの轟音が響く。己が処刑を執行できた音、ではない。巨大化したのは己だけではない。麦わらのルフィの腹が風船のように膨らみ、己の拳を受けた。固く分厚いゴム毬に拳を打ち付けたような衝撃。しかし怯まずに力を込める。みしみしと、何かが軋む音がした。処刑台が崩れる。しかしまだ火拳は死んでいない。目配せをすればすでに中将らが砲撃の構えをしており、こちらの指示をまっていた。センゴクは己も巻き込まれることなど承知で頷き、しかし素早く離れる。

 

体がそのまま落下していった。

 

 

 

+++

 

 

 

砲弾の集中砲火。容赦のない攻撃攻撃、その手の止まぬこと終幕後の拍手喝采のようである。跡形もなくなった処刑台、爆炎の中に何かきらきらと光るものがあった。火薬の炎では無粋、というほど純度の高い炎、そのトンネルが黒い煙を突き破る。

 

「お前は昔からそうさ!!ルフィ!!!」

 

炎に包まれ、しかしその中で必死に何かを連れてきている。はっきりとした声が辺りに響いた。爆音、炎の叫びなどには負けぬ、意思が強く、そして誇り高い声である。

 

「おれの言うこともロクに聞かねェで、無茶ばっかりしやがって……!!!!!」

 

赤く、赤く、真っ赤に燃えるその炎。それらに身を包み、そして左手には弟をしっかりと掴み、現れた黒髪にそばかすのその青年。眉を吊り上げ、目じりを上げ、海軍本部を真っ直ぐに睨みつけながら、堂々と、姿を現した。

 

「エース!!!!!!!!」

 

数週間ぶりに自由になったその身。そして、それまで身の内に潜まされていた分勢いをます炎が辺りを飛び回った。

 

 

 

 

 

 

FIN