この時代を白ひげと呼ぶ 02



立ち止まったエースに気付き、トカゲは手ごろな海兵を蹴り飛ばしていた足を止めた。別段どちらがどちらなどというつもりはないけれど、結局のところどっちを助けるかと言えば、己はルフィの手助けをしようということになるのだろうとトカゲは納得している。とサカズキをくっつける云々でこの世界に来はしたけれど、どうも、どうやら物事そう単純にはいかぬということがぼんやりと見えてきた。がバカッポーっぷりと見せているというのに、トカゲは妙にすっきり、しない。それがなんだか良くないことの前兆のように思えて、それなら、飲み込まれぬようにと己を保つことを優先する。

すなわち、気に入らないから海兵の背中を蹴り飛ばす。

一人の海兵の胸倉を掴んで平手打ちをかましながら、トカゲはエースのほうへ顔を向ける。やっていることは外道だが、ストレス発散程度の意味合いしか含んでいないのが自分のいいところだと、トカゲはそう開き直っているので突っ込みは不可だ。

「……おいおい、まさかまた同じことの繰り返しか?学習しろよ」

赤犬が挑発的なことを言っているのはトカゲの耳にももちろん入ってきている。しかし、まぁ、ある意味正論であるのでそれについてはどうこう思うことはない。正義の側から見ればそうだろうと、納得できるもの。それはトカゲが、結局のところ、インペルダウンでイワンコフにそうと告げた様に、道を踏み外した者にはそれ相応の報い覚悟、ということだ。

「お前の本当の父親、ロジャーに阻まれ「王」になれず終いの永遠の敗北者が“白ひげ”じゃァ。どこに間違いがある…!」

マグマから立ち上る熱気が周囲を歪ませる。そんな中堂々と立ち、エースを見下ろす組長殿、完全に悪役っぽいな、とトカゲは真顔で思った。物凄く失礼だが、どう見ても事実だった。必死に逃げる海賊らを放置していても、エースだけは逃がさぬとでも言うのか(いや、たぶん全員殺す気で、順番待ちさせているだけだ)真っ直ぐにエースに顔を向ける。

「オヤジ、オヤジとゴロツキ共に慕われて、家族まがいの茶番劇で海ののさぼり」
「……やめろ…!!!」
「何十年もの間君臨するも「王」にはなれず、何も得ず…!!終いにゃ、口車に乗った息子という名ノバカに刺され…!!それらを守る為に死ぬ!!!実に空虚な人生じゃァありゃァせんか」
「やめろ!!!!」

つらつらと毒しか含まぬ言葉を吐き連ねる赤犬に、エースが怒鳴った。堪えきれぬ怒りがその一言には詰まっている。その間にも仲間たちが必死にエースの名を呼んでいた。だというのに、今のエースに聞こえるのは仲間の声よりも、己の父を罵る言葉、赤犬の声だけなのだろう。

「オヤジはおれたちに生き場所をくれたんだ!!お前にオヤジの偉大さの何がわかる!!!!!!」
「人間は正しくなけりゃァ生きる価値なし!!お前ら海賊に行き場所はいらん!!!!」

エースの怒声と、赤犬の怒声が重なった。びりびりと空気が震える。トカゲははっとして、の姿を探した。炎の悪魔、それに赤犬のこの怒気、あの子は怯えやせぬかと、そう思うてのこと。しかし、トカゲが振り返った場所、つまりは少し離れた位置にいる白ひげを足止めしているのその姿、妙に気丈としていた。

(今更、か)

赤犬のそんな言葉、そして白ひげのような男のありようの価値無価値、そんなものの問答、はとうにしている。は赤犬たちの方には意識も向けず、ただ白ひげに剣を向けていた。白ひげは赤犬とエースが気がかりなのかを振り切ろうとしているが、魔女としての力がないとはいえ、それでもは最高位の魔女となった生き物である。そう容易く御せるわけもない。

トカゲは頭の隅で、サカズキのその主張を考えた。己も、その意見に異論はない。何より、トカゲも、そしれも、それゆえにこそ、罪人となった身だ。

海賊たち全員に、正しく生きる選択肢や居場所が無かったと、そのような寝言は聞く気はない。たとえばエースとルフィにしたところで、海賊になる以外の道は多く用意されていただろうに、彼らはそれでも、無法者を選んだのだ。その結果が今なら、彼らはどうこう言うべきではないし、そして何より、白ひげ自身、己が法の上ではどのような存在か、承知していることだろう。

「美徳、美談、美談で守れるのは眼に映るものや守りたいと思うものだけだろう。不特定多数、顔を見たこともない、愛情ももてない人間を守れるのは徹底した法、取り決めだけだ。それがあるから、無法者、それによって守れる者も出てくる」

必死に叫ぶエースの目を見つめながら、トカゲはゆっくりと息を吐いた。そして、親を罵られ、それが我慢できないから立ち止まり相手を怒鳴る。

(自分でも言っているだろう。エース、あの男にお前たちの価値観はわからんさ)

トカゲは銃を構えた。正義を守るものと、正義に守られなかったもの、その双方が理解し合うことなどまずできない。だから、わかりっこないと諦めて、さっさと逃げるべきなのだ。赤犬を説得するなど、誰にも不可能なこと。さっさと逃げればいいものを、それでも、エースは立ち止まる。己を救ってくれたひとをバカにするなと、喉を震わせて叫ぶのだ。

「白ひげは敗北者として死ぬ!!!ゴミ山の対象にゃお誂え向きじゃろうが!!!!」
「白ひげはこの時代を作った大海賊だ!!!!!!!!」

エースは左腕を後ろに引き、巨大な炎をまとわり付かせ赤犬に繰り出した。

「この時代の名が!!!白ひげだ!!!!!!」



++




巨大な熱と、それを上回る圧倒的な熱量がぶつかり合う激しい音がした。空気にすら影響を与えるその攻撃には反射的に身体を震わせ、大きく真横に跳ぶ。

「……!サカズキ…!!!!」

能力の相性はわかっている。炎は、それを焼き尽くすマグマには勝てない。それが悪魔と悪魔の序列である。しかしは何か、恐ろしい予感が一瞬した。エースとサカズキ、その力量の差は、一目瞭然だ。サカズキがエースに殺されるような、傷を負わされるようなことなどないと、そう判っている。だがしかし、何か妙な、予感がした。

「退け!!!!」

余所見をするにぶんっ、と白ひげの矛が繰り出された。傍にいた海兵たちが吹き飛ぶ。が、はそれを避け、切り裂かれる空気の軌道を読み器用に避けた。デッキブラシで気流を読んで飛んでいた。このくらいできなくてどうすると、こういった芸当はお手の物だ。

は懐を漁り、残り僅かとなった「玩具」を確認する。いくらふざけた効果ばかりの童話の力とて数に限りがある上に、魔女の力を失った己が発動できるものなどかなり少ない。では、とは剣を構える。

「好き勝手やってきた君たちが、今更殺されることが怖いなんてずうずうしいにも程がある。そういうことを怖がっていいのは、いろんなことを我慢して、正しく生きてきた人たちだけだよ!!!」
「お前のような生き物が、俺たちを語るんじゃねぇ…!!お前にエースや、息子たちの気持ちがわかるか…!!!!」

赤犬の能力で、エースの腕が焼かれた。そのうめき声はこちらにまで聞こえてくる。風に混じり、圧倒的な力の差、それによる敗北の匂いがする。は白ひげの眼に浮かんだ焦燥をかきたてるように毒を吐く。

「君たち海賊だって、絶対に海兵たちの気持ちを顧みはしない。なのにどうして、ぼくらが君たちを省みないといけないの。君、何人海兵を殺したの」

それらに家族がいなかった、なんて思っているわけじゃなかろうね。は眼を細めた。

「どう言い訳するの。その家族に。戦争だったから仕方ないって?自分たちを殺そうとしたから殺しましたって?ならぼくらの言い分だってそうだよね。“戦争だから君たちを殺します”それなら、納得してくれるのかい」

どちらがどちら、などという、それがくだらぬ争いごとのその原点。は毒を吐き、唇をかみ締める。白ひげが眼を鋭くしてこちらを睨みつけてきた。そんな問答、その結果に答えなどあるはずがないことを、この男、誰よりも知っている。それをも知っていた。それでも、今、口に出さずにはいられない。

「君がエースくんを殺されたくないように、ぼくだって、ぼく、だってサカズキを殺されたくないんだよ!!!」

が叫ぶのとほぼ同時に、ドン、と、鈍い音がした。は、向かい合った白ひげの眼が見開かれる、その瞬間を見、気付き、そして己も、ゆっくりと振り返る。

ルフィを庇い、背から腹までをマグマの拳で貫かれたポートガス・D・エースの姿が、そこにあった。




Fin