「今日から名前で呼べ。わしも、貴様をと呼ぶ」

言えば、一瞬驚いたような顔でぼろ布の中から顔を覗かせた。別段慈悲をかけたつもりでも、何か他意があったわけでもない。ただ、己の階級が上がった。その折、いつまでも己を「サカズキ中将どの」と長ったらしく呼ぶものが傍にいるのは鬱陶しく思っただけだ。そして己もいい加減、あれを「悪意の魔女」と呼ぶのが面倒になった。

それだけのことだった。















ポートガス・D・エース 死す














「考えたことはありませんか。自分の生まれた意味や価値って」

叫び声の響く最中にしては囁くような女の声にドフラミンゴは眉を跳ねさせる。今この状況だろうと、どうもこの女は顔色一つ変えやしない。まさかこの何もかもを知っていたわけではなかろうに、と思う反面、そういうこともありそうなのが「魔女」という生き物だった。それにしてもドフラミンゴはどうも、この女。自分の魔女になると言ってきたシェイク・S・ピアという詩人が、どうも、気に入らなかった。いや、良い女であるとは認める。見てくれも、頭も悪くない。どことなくに似たKYさも好ましいところだが、しかし、妙に、ドフラミンゴはシェイク・S・ピアが気に入らないのだ。

「フフフ、一つの才能を持って、一つの才能のために生まれた者は、その中に彼の最も美しい生存を見出す……」
「上司どの、貴方の口から聞くとどんな名言も陳腐に聴こえますね」
「フッフッフフ、フフ。理由なんざねェんだと言って欲しいのか?」

言えばピア、緩やかに首を振り、ポートガス・D・エースらの方、炎の中に顔を向ける。今まさに、歴史が動くその瞬間。ロジャーの血がついに耐えたというその瞬間。それらに眼を向ける。けれどそのアメジストの眼にはどんな感慨もありはしない。ただ記憶するようにじぃとその、内臓を焼かれたエースの姿を眺めている。

「なぜ、自分が生まれてきたのでしょう。誰かに出会うため?誰かに、何かしてあげるため。誰かに望まれたから?」

炎の中で、海賊たちの悲痛な声が巡っていた。ドフラミンゴは口元に笑いを携えて、その光景を眺める。ついに火拳が死んだ。バカな死に様だと嗤えるところ。弟だというが、血のつながりはないだろう。ドラゴンの息子を庇って、そして死んだ。赤犬に殺された。逃げ切れなかった、わけではないとドフラミンゴは冷静に判じている。あそこで立ち止まらなければ、恐らく火拳は逃げ切れていた。だが、立ち止まり、己の意見と違う赤犬を、ねじ伏せようとした。

「バカな男とお思いですか」
「いや?赤犬の方が強かった。それだけだろ。フッフフフ、いっそ相打ちでもよかったがな。…ん?おいおい、あの大将、あれでも死なねぇのか?」

エースが瀕死の状態になった、それにも関わらずトドメを刺そうとする入念さ。それを止めようと海賊連中が一斉に赤犬に向かって攻撃を仕掛けた。爆音、爆音、砲弾、銃弾、様々なものが一挙に赤犬目掛けて襲い掛かる。ドフラミンゴはいっそマジ死んでくれと切望したが、爆煙が少し晴れ、炎の中をまるで怯まぬ様子でスタスタと歩く赤犬の姿があった。

「よし…!!いけ、ジンベエ!!」
「何応援しているんです」

エースに振り上げた拳をジンベエが受け止めた。そのまま海水でもなんでも浴びせて殺せ、とドフラミンゴは結構本気で応援する。その脛をすぱこぉん、とピアに叩かれた。

「フッフッフフフ、いいじゃねぇかよ。減るもんじゃなし」
「七武海なんですから、大将赤犬の能力はご存知でしょう。死にませんよ、ジンベエ氏が相手じゃ」

冷静に言い放つシェイク・S・ピア。ドフラミンゴは少しいじけたくなった。しかしジンベエ、能力差は承知だろうに、命を削ってでも時間稼ぎになると、そう言う様子。何を熱くなっているのかとドフラミンゴはにやにや笑い、ふと白ひげのほうへ顔を向けた。

そこではが白ひげを足止めしている。そうでなければ、エースの腹を焼いたその途端、白ひげは何もかもをも殴り飛ばしてそちらに向かっていただろう。あのの細腕、そしてあの慢心相違でなぜそんな芸当が出来るのかと疑問に思う。

シェイク・S・ピアは相変わらず火拳のほうに顔を向けていた。横顔は美しい女である。ただこの、仲間の海賊であれば涙鼻水を流している事態、海兵であれば緊張しきっている事態、それでもこの女は汗一つかかず涼しげな顔をしている。

「考えてしまうんでしょうね。どうして生まれてきたのか。何が出来るのか。平穏に生きることが疎ましいのではないのです。ただ、苛烈に生きていなければ、息が苦しくなって、耳鳴りが、止まなくなる」

そこで初めてドフラミンゴは、シェイク・S・ピアのその涼しげな顔とは対象的に、その薄い肩、二の腕を掴む手が握り締められていることに気付いた。赤犬が不死鳥や花剣の攻撃を受けている。覇気使いの一撃だが、しかし、それでも止まる様子はない。どさり、と、火拳が膝を突いた。それを麦わらが受け止める。遠目からでもよくわかる。あれはもう、どんな手段を用いても助かることのない傷だ。インペルダウンで散々拷問を受けた上に、あの傷では、どうしようもない。

「…い…!!約束したじゃねェかよ!!!絶対死なねェって、そう、言ったじゃねェか!!エース!!!!」

嫌だ、断る、が麦わらの口癖だと、少し前にが面白そうに言っていた言葉を思い出す。しかし、今、しに行く兄に向かって駄々をこねはしないらしかった。ドフラミンゴの位置からは火拳の言葉は聞こえない。だが、麦わらのルフィが何か叫んでいる言葉は断片的に聞こえた。

「世界中に拒絶されて、何もしていないのに、憎まれて、けれどそれが当然だという末路。どんな気持ちかわかりますか」

シェイク・S・ピアの声が響く。小ばかにしている様子、ではない。何か、そこにある事実だけをゆっくりと語るような、感情の篭らぬ声であった。ドフラミンゴは身体を傾け、この戦場を眺める。エースにトドメを刺そうという赤犬を、不死鳥たちが必死に止めている。何とかエースを助けようと、誰もがエースに近づくべく、走っていた。シェイク・S・ピアの言葉は続く。

「愛されたことがありますか、ドンキホーテ・ドフラミンゴ氏」

叫び声が、止まった。どさり、と火拳の身体が崩れ落ちる。受け止めきれず、麦藁が呆然と、その場に膝をついて、眼を見開く。何が起きたかわからぬような、一瞬、あどけない、子供のような顔をしている。だがしかし、すぐに、自分の傍らに横たわるもの。もう動かぬ、何の反応もしないものが何か、そして、どうなったのか、気付いたらしい。唖然と、そしてワナワナと、唇を震わせ、そして麦わらの絶叫が響いた。

「フッフフフ。愛し愛され幸福に?くだらねぇこと聞くんじゃねェよ。シェイク・S・ピア」

ドフラミンゴは低く嗤い、火拳の場所から視線を外して、ピアを見下ろした。のことを思えば愛もわかるが、しかし、それを切り離した上で考えれば、愛だのなんだのは、利用価値があるというだけのことである。火拳が弟に何を言っていたのか、それは聞こえはしなかったが、予想は付いた。「こんな自分を愛してくれてありがとう」や、そんなことだろう。あの連中の考えそうなことであるとドフラミンゴはせせら笑う。

「ロマンチストだな。フッフフフ」
「何寝ぼけた評価をしてるんです」

見下したように笑えば、容赦なく切り返された。と同じ魔女でなければ本当、息の根を止めている。
シェイク・S・ピアは胡乱な眼をドフラミンゴに向け、一度眼を伏せてから首を傾けた。

「『私は貴方の人生の証明者になる。貴方の全てに関心を持ち。貴方の全てを見守る』それが愛する、愛されるということですよ」

はっきりと、そう宣言する詩人。真っ直ぐにドフラミンゴの卑屈な笑みを浮かべる顔を見つめ、そして眼を細める。

「あなたは愛されたこと、なさそうですね。上司どの」





Fin


 

 

・愛についての記述は映画シャ/ル/ウィ/ダンス?の海外verから。