夕焼けをじぃっと眺めていた。伸びる影、影、手を繋いで親と、公園から出て行く、先ほどまで一緒に遊んでいた子供たちの姿を見送る。ブランコに腰掛けたまま、海に沈む夕日を見ていた。は夕日が好きではなかった。あの赤々とした色はどうだろうか。どうしてあんなに嫌な色を出すのだろうか。世界が赤く染まるのは、お日様が世界にさようならを言っているのだと、そなことを言っていた老人の言葉を思い出す。はブランコの上、ひょいっと、後ろに下がって、地面を蹴った。ブランコを漕ぎ、ギコギコと鎖を鳴らす。マリンフォードの港町。小高い丘の上には公園がある。死んだ海兵たちの遺族が作ったというこの場所。当然記念碑もあり、眠る海兵たちが子供の笑顔を、笑い声を感じられるようにと、こうして公園が作られたらしい。

「気は済んだじゃろう。そろそろ戻るぞ」
「サカズキって公園似合わないよね。子供、何人か本気で泣いちゃったじゃないか」

親が土下座しそうな勢いだったね、とは後ろから聞こえた声に振り返らずに応えた。構わずにブランコを漕げば、ひょいっと、止められる。不服そうに、は顔を挙げ、サカズキを睨む。

珍しく、何か一つだけわがままを言ってもいいとそう言ってきたものだから、は外の公園に行きたいと言った。海兵のお守り付きだとは思っていたがまさか当人が来るとは思わず、言い出したものの、最初は公園で遊んでいた子供たちが一斉に怯え、泣きわめいたときには後悔したものだ。しかし、子供たちは普段見ているサイズの人間より大きな(いや、本当大きいよね)サカズキに段々と興味を引かれたか、おっかなびっくり近づいた。サカズキはベンチに足を組んで座っていただけだが、終いには子供たち、とくに男の子たちが「誰が一番あの怖いひとに近づけるか」で妙な遊びも開発していた。

元来、サカズキは子供が嫌いではないのだろう。がすれば蹴り飛ばしかねない子供の言動もとくに咎めはしなかった。(その分親の反応がすごくなったが)それどころか後半は、子供とキャッチボールなんぞしていたのだから、本当、この男、本気で正義の海兵やってるつもりなのだと妙に納得する。

公園はもう誰もいなくなっていた。はブランコに座ったまま、首を振る。

「もうちょっと」
「ここから突き落とされたいか」
「まだもう少しだけ。お願い」

ぎゅっと、は伸ばされたサカズキの腕の、シャツを掴んだ。途端、乱暴な気配が消える。眉を寄せ、難しそうな顔をしてから、サカズキはブランコの手すりに腰を下ろす。

「あと五分だけじゃ」
「うん、ありがとう」
「何ぞ面白いものでもあるか」
「ないけど。帰るのがもったいなくて」

夕日は嫌いだけど、今のこの雰囲気はすきだよ。そう言えば、サカズキがため息を吐いた。

「夏口とはいえ夜は冷える。風邪を引いてもわしは知らんぞ」








Judgment Day








どこかで誰かの悲鳴が聞こえた気がした。は、突然強烈に襲ってきた眠気に、膝を崩す。白ひげを止めねばならぬのに、身体の力が入らなかった。エースがサカズキに身を貫かれた。そこまでは見えていた。しかし、その次の瞬間、頭の中が真っ白になって、そして、力が抜けた。立ち上がらなければと、は必死に自分に言い聞かせる。叫び声は、あの悲鳴はルフィのものだろう。今でもまだ、ルフィの身体にはの恩赦が宿っている。共鳴した、とそれだけだろうか。いや、確かにそれはある。ルフィの身に襲い掛かる恐怖、絶望、様々な感情がの中にも入り込んできた。しかし、当人ではないのだから、それほどでもないはずだった。では、これは一体なんだ。

は剣を握り、立ち上がろうと腕に力を込める。だが、立てない。

エースが死んだことが、にははっきりわかっていた。悪魔の声が、途切れた。炎の悪魔。パンドラ・と最も縁深い悪魔の声が消え去った。はエースの死体に用があった。あの悪魔の実が宿しているだろう、とバージルの10日間の記憶が必要だった。だが、向かおうにも足が動かない。

立とうとしたの身体が崩れる。見っとも無く、地面に倒れこみ、は呻く。白ひげ海賊団の声がそこら中から聞こえた。エースの死を嘆く声、そしてルフィのことを呼んでいた。

(サカズキは、ルフィくんを殺そうとしている)

ぼんやりと、それが判じられた。ドラゴンとロジャーの息子。その二人をけしてサカズキは許しはしない。エースの次は弟と、そう矛先を向けているのだろう。それを、白ひげ海賊団が必死に阻止している、そういう状況。は白濁とした視界をごしごしと擦り、首を振った。

大気が震えている。先ほどまでと相対していた白ひげの敵意、殺気が膨れ上がっていくのを感じた。音にすれば、恐ろしいまでの無音である。

エースが死んだ。殺された。サカズキに、殺されてしまった。その事実がゆっくりとの体中に行き渡る。白ひげは赤犬を許しはしないだろう。以前のなら、エースが死ぬ前の己なら、この戦争、誰が誰を殺そうと、いちいち攻めているのは不自然だと、そう思っていただろう。この戦争で、すでにもう何人もの命が失われている。

海賊たちは海兵を殺し、そして海兵は海賊たちを殺した。エースだけではない。誰も彼も、家族がいて、愛するものがいる。そういう、一つの命だ。ここでエースの死だけを、強烈な怒りをはらませることは不自然だと、それなら、おんなじだけの怒りを、海賊が殺してきた海兵の家族が抱えていることもわかっているだろうと、そう、は皮肉った。

エースが死ぬ、その前までは。

だがしかし、今、は恐怖していた。エースを殺したサカズキが、その報いを受けることを、恐怖した。それは当然のはずだった。やったら、やり返されるのは道理だった。そうと、わかっている。今とて、頭の隅で、そうとしっかり、把握している。サカズキとて心得ているはずだ。報復があること、それを受けぬために強くあればいいのだと。復讐してくる何もかもを返り討ちにする覚悟を持って、サカズキはエースを殺したはずだ。だがしかし、今は、そんなサカズキの正義も何もかもを離れ、ただ、恐ろしかった。

サカズキが死んでしまう。殺されてしまうかもしれないということが、恐ろしかった。

「赤犬さん!!危ない!!!」

どこかで海兵が叫ぶ。その言葉には、本当に反射的に顔を上げて、必死に眼が見えるように己に言い聞かせて、そして、はっきりと視界に写した。

膨れ上がる、怒気。これまで誰も、結局のところは憎めはしなかった白ひげが、憎悪を込めて、何よりもの敵意を込めて、後ろからサカズキの頭を抑え地面に叩き付けた。地面が割れたのは、自身の能力ではない。人間の身体でそのまま地面を割った。ぎしり、と骨が軋む音がの耳に届く。は生まれて初めて、悲鳴を上げた。








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背後から、頭を抑えられて、地面に叩きつけられた。頭蓋骨をそのまま粉砕しかねないほどの勢いに、サカズキは顔を顰め、そして、呻く。口から血が溢れ、意識が一瞬途切れた。脳にかなりの衝撃がかかった。鼻血を流すなどどれほどぶりか。歯をかみ締める。

(ここでわしが倒れるわけにゃ、いかんじゃろう)

無様に寝転がることなど、断じて認めない。すぐに身体を起こし、体勢を整えて身を低くする。白ひげの本気の殺意が身を突き刺す。だが、怒りを感じるなど見当違いも甚だしい。火拳は死ぬべき人間だ。正しく生きなかった。偶然父親が犯罪者であったという事実は、通常なら憐憫の対象にされるべきだろう。だが、海賊王の息子だ。たとえガープ中将の望み通り海兵、あるいは一般人として生きたとしても、必ず、世に悪意を広める存在になる。それは、どうしようもないことだ。親がどう、ではない。その血がどう、と、その原点だ。どれほど正しくあろうとしても、ロジャーの息子。あの、この世で最も、恥ずべき男の息子という事実が、必ず世界を揺るがす。当人がたとえ聖人のような人物であったとしても、あの男の血を引いている、という事実を、世の海賊、悪意は逃しはしない。そういう、生き物なのだ。

生まれてくるだけで、生き残っただけで、罪になる者がいる。いて、当然だ。そうと、早いうちから気付き、そう突きつけ、駆逐するべきだ。

白ひげのような男を、サカズキはけして理解できない。許しがたい存在だと、心から思っている。この男は何かを救えているのだと、そう言う人間がいる。火拳もそうだった。世界が、政府が救わぬものを救う偉大な男だと、そう言う言葉を聞く。

正しくないものがいるから、正義に救われない人間がいるのだ。

何の罪もない被害者、居場所のない海賊。どちらも正義には救われぬ人間だった。だが、奪うのはいつも居場所のない海賊ではないか。そんなものがいるから、正義が必要になるのだ。

(正義など、必要なくなればいい)

サカズキは身を沈ませ、ぼこり、と左腕をマグマに変化させた。呻き、脂汗を流しながら、低く呟く。

「冥狗」

地震の能力で叩き伏せられただけで、体中が軋む。だが、そんな己の身体の痛みなどそれを上回る精神力でどうにでもなることだ。耐え難いのは、この痛みを、そんなものを受ける必要がない罪もない人間が味わうことだ。白ひげの能力によって感じる恐怖を、覚えずにいい人間が、覚えてしまうことだ。

腕を伸ばし、白ひげの頭を半分潰した。マグマの腕、指を牙に見立てた一撃。が「怖い」と素直に言った唯一の技である。あのときのの顔を思い出す。己は、あれに対して誠実であろうとはしていたが、しかし、篤実ではなかった。

そのことを、今思う。

ここで、自分が白ひげに倒されれば、この後誰が、あのバカを守るというのだ。付いて来ると、そういうあれの言葉を跳ね除けた。傍においていれば、何かあったときに一番に対応できるという利点を考えなかったわけではない。だが、周囲を気にしていては白ひげは倒せない。

ここで、敗北など、するわけにはいかない。ここで自分が死ねば、おそらく確実にも知る。やっとと、生きる気になったのだ。やっと、見つめ返すようになったのだ。

「!!!!」

頭を半分潰した。それにも関わらず、白ひげは腕を振り上げ、そのままサカズキの左、脇腹を殴りつける。すぐには吹き飛ばない。大気と大気の間に一瞬固定し、力を全て身体に叩き込む。メキメキと、骨が軋み、そして折れる音が響いた。振動が体中に渡る。ビキビキと体の血管が浮き上がってきた。血が揺さぶられ、呼吸が間々鳴らなくなる。サカズキは歯を食いしばり、うめき声を押さえた。

サカズキの身体を通り過ぎた衝撃は、そのまま後方の海軍本部櫓まで亀裂を生み、走る。

ぐらり、と空中でサカズキの身体が崩れた。

「ゲホッ……!!!!!おん、どれェ…!!!」

身体が動かなかった。サカズキは、それでも低く唸り、耳で自分の後ろにある海軍本部が崩壊する音を聞く。ガラガラと、巨大な音を立てて、崩れていく。意識が揺れた。どさりと、サカズキの身体が崩れ落ちる瓦礫の上に落下する。島が真っ二つに割れた。なりふり構わぬ、白ひげの、怪物の攻撃は島を割り、海を荒らす。海兵たちがその切れ目に落ちていく。サカズキは喉が張り裂けんばかりに声をあげ、憎々しげに叫んだ。

「白ひげェエエエエ!!!!!!!」

顔半分失って、まだあれだけの力が残っている。自分がやらねば誰がやるというのだ。サカズキは唇を噛み切りそうなほど噛み、それでもまだ、マグマを白ひげにぶつけ様と腕を伸ばした。




その腕を掴んだのは、千切れかけた、小さな腕だった。








Fin