夢を見たと、眩しい朝に泣いていた。真夜中に、寒いと言うから、仕方なく布団に入れてやって、暑いというからそれなりに注意して自分の体温を管理してやった。

そうして初めて一緒に寝て、そして、目覚めた朝に、あれは眼を赤く腫らして泣いていた。









Judgment Day










霞む意識、眼の中で顔をあげ、ぱらぱらと自分の顔にかかる水が何なのか、サカズキは気付いて奥歯をかみ締める。崩れ落ちる島。瓦礫に落ちた自分も、そのまま海へ落下するはずだった。

島の半分ほど下がった、その時に、伸ばした腕に茨が巻きついた。誰の者か、考えずともわかる。赤い薔薇を所々に咲かせた茨は、サカズキの腕に巻きつき、島の地下部分に当たる小さな崖まで伸びていた。正確には崖の上にいる、の千切れかけた腕に、同じように巻きついている。

ぽたぽたと、先ほどからサカズキの顔を濡らすのはの腕に食い込んだ棘が流させる血だった。生き物のものにしては冷たすぎる、どろりとしたものが、顔に付着する。それと共に、透明なの涙が、ぽろぽろと、後から後から、振ってきた。

……!!!!この、バカ!!!!離せ!!!!」

そこまで判じて、サカズキは崖の上のを怒鳴りつける。いくら魚人の力も得ているとはいえ、しかし、その力も今はもう僅かだけだろう。あの小さな体で、自分の身体を引き上げることなどできるわけがない。

ずるずると、が崖に引きずられてきた。サカズキは茨を焼ききろうとしたが、しかし、この薔薇は能力を封じる効力を持つ。白ひげの攻撃で折れた左腕は使い物にならず、そして右腕に茨を巻きつけられているため、振りほどけない。

!!貴様、このわしの言うことが聞けんのか!!?貴様まで一緒に落ちたいのか!!」
「煩い!!煩い!!黙ってよ!!!バカ!!!!そんなのわかってるよ!!でも、黙ってよ!!!」

は頭を振り、そのたびに、身体が揺れて茨が食い込む。腕がそのまま千切れるのではないかとサカズキは感じた。このまま、自分とともにこれが海に落ちる。そんなことは、あってはならないことだった。自分は、海に落ちたところで、身体が沈むだけだ。最悪死ぬが、だが、その前に何とかなるだろう可能性もある。だがは、今のこの、弱りきったが海に、海水に漬かれば、その途端、その身体は海に喰われる。酸の海に融けるようにして、跡形もなく消える。そうなっては、もう夕暮れまで待つもなにも、あったものではなくなる。

「このド阿呆!!離さんか!!そんな身体で、くだらんマネなんぞするな!!!」
「くだらないとか言わないでよ!!バカ!!!

青い眼を涙でいっぱいにして、それでもまだあふれ出すらしい。泣くなと言うより離せと言い、その眼を拭いたくとも腕が動かせない。サカズキは顔を顰め、乱れる感情を何とか押し殺してを見上げた。

「喚くな。よぅ聞け。このままじゃァ貴様も落ちる。さっさとこれを解け。それで人を呼ぶなり何なりしろ」
「君はッ、バカかい!?君だって能力者でしょ…!!そんな大怪我してるのに…!!!!海に落ちて助かるとか、お、もってるの…!!!」

泣きじゃくるに、泣くなと怒鳴りつけたかった。それを堪えて、サカズキは続ける。

「阿呆。貴様が一緒に落ちるよりマシじゃわぃ。貴様、わしが溺れる程度で死ぬ男と思うか」

言いながらまたズルッ、と、が崖に近づいた。両足を踏ん張り、全身の体重を後ろにかけているが、しかし、それでも引き上げられるわけがない。サカズキは白ひげの攻撃で激昂した感情が冷静になり、あたりを見渡すが、上手く飛び込めそうな場所はない。ズルズルと、また下がった。その途端、足を滑らせたか、の身体が引っ張られ、倒れこむ。先ほどより強く、茨が食い込んだ。

…!!!!」
「お願い……ぼくを、一人にさせないで」

何か言いかけたサカズキの言葉を遮り、が呟く。崖から顔と腕を覗かせ、こちらを見下ろす眼は、懇願するようであった。一人きりになど、するつもりはない。だが、このままでいれば二人とも落ちる。を巻き込むなど、そんなことはできるはずがなかった。そんな展開、絶対に認めない。これまで、20年間ずっと、守り続けてきたものを、自分の、こんな失態で失うわけにはいかない。パンドラが目覚めた、世界の敵、双子の庭で起きたこと、そんなことはどうでもいい。ただ、ここでを失うわけにはいかなかった。



ゆっくりと、サカズキは口を開く。身体を震わせ、痛みや、様々なものに耐えて、それでも茨を離さぬ、痛みにより浮かんだ汗が光る。サカズキの声に、が顔を歪めた。言われる言葉が拒否だと思ったか、いやいや、と首を降る。サカズキは構わずに続けた。

「わしが最も幸福に思っているのは、今日までこうして、貴様が生きていたことじゃァ」

悪意の魔女の話を聞いた。その時のことは今でも覚えている。この世にあってはならぬ生き物。何もかもの悪の原点。その魔女の振る舞い、思想こそが悪意であると、そうと、聞かせられた日のことを今も変わらず、覚えている。

グランドラインの海峡でロジャーの船と交戦して、そして、に海に落とされ、そして、引き上げられた、あのときのことを今ありありと思い出す。忘れていた、わけではない。だが、「あの日」からずっと、頭の中に隠してきた。覚えいてはならないことだと、そう判じられたゆえのこと。あの時のことを、思い出す。海に沈む、己の身を、悪意の魔女が引き上げた。あの時に、うっすらと、開いた己の眼に見えたのは、浮かんでいたのは、底知れぬほどの悲しみと苦しみ、そして絶望を抱く小さな子供の目だった。

この世に悪など、なくなればいい。正しくないものなど、全て葬られればいい。そういう世界。何が正しいのかさえ、わからないような世界ではない。真っ白い、正しいものがはっきりと、生きられる、そういう世界が、あればいい。そういう世界なら、誰も悪いことを、正しくないことをしない世界なら、誰も、恐ろしい思いも、苦しい思いも、させられることなど、ないだろう。

、わしに貴様の命を奪わせるな」

憎んでいた。のことを、嫌悪し、敵意を向け、憎悪していた。こんなものが存在するから世に悪がなくならぬのだと、そう面罵した。殴り飛ばし、髪を引き、何度も何度も何度も何度も、殺しかけた。死なない生き物だと知っていた。だから、どんなことでもした。

は死ななかった。この20年、何一つ変わることなく、死ぬことなく、己の傍にい続けた。己に、命を奪わせなかった。だからこうして、今、こうして、いるのだ。

この戦争が終わり、無事に、朝日を見ることができたら、に花を贈ってやろう。いつも赤い薔薇だったが、には白い花も似合うに決まっている。花屋一軒分買い占めてもいいが、そんなことは喜ばないだろう。花壇を、作ってやろう。いつも本を読んで過ごさせるだけだったが、花の世話をさせれば、少しは気も紛れよう。千年前は水門を司る朝顔など管理できていたのだ。観賞用植物くらい、育てられるだろう。そんなことを、今、考えた。を見上げる。逆光で顔が見えなかった。眼を細め、もう一度名を呼ぼうと口を開く。



「えぇ、奪わせはしなくてよ?だってリリスは、これからずぅっと、わたくしと過ごすんですもの」


崖の上に、青く波打つ髪の女が立っていた。





Fin