小さな蝶がランプに向かって飛んで、息、ぎゅっと詰める間もなく燃えてゆく。ベッドの上からその様をありありと眺めている暖色、というにはいっそ「赤」と言ったほうが相応しい後頭部。いつまでも目を向けていなければふいっと消えてしまう儚さ等ありはせぬというに、妙に、ドフラミンゴは目を離すことができなくて、ただじぃっと、がその炎の中で燃え尽きていく蝶々の何もかもを見守るのを黙ってみていた。

いや、蝶、ではない。よく見れば蛾だ。毒々しいその斑模様がジリジリと燃えていく。は蝶というよりも蛾のような女だと、ドフラミンゴは思っていた。花をヒラリヒラリと飛び交うような愛らしさがないわけではないが、しかし、蝶よりは蛾であった。ドフラミンゴには蝶も蛾も見かけはさして変わらぬ様に思える。同じ羽があってひらひら飛んでいるものだ。そう簡単に思う程度しかないが、しかし蛾はで、蝶は違う、と、そう意識の中での判断があった。ドフラミンゴはの肩を引き寄せようとして、やめる。堂々と素肌を曝したこの状況。魔女を前にして油断しすぎているんじゃァないかとベラミーに窘められたことを思い出す。定期的に魔女を預かる決まりごと。その折にいっその細い指が自分の首に絡まって絞め殺そうとしてくれるのなら、これほど冥利に尽きることはねェだろうと、そう笑ったことを思い出した。暗闇が恐ろしいというのは今出会っても変わらぬだろうと、ベッドサイドにはランプ。それに、どこからか入り込んできた蛾が寄って、今燃えている。

蝶は甘ったるい花の蜜にふらふらと誘われて飛ぶ「それが愛らしい」と愛でられる、蛾は赤く燃える光にそろそろと近づいて「燃えるのに愚かな」と蔑まれる。極論ではあるが、そのようにドフラミンゴは思うところがあって、そして、それで言えば、が蛾なのだ、と思うことが聊か侮辱のように感じられた。

それでも、が蝶よりは蛾であるという思いは消えはせぬもので、ドフラミンゴはその赤い髪に指をからめ、いつまでもその頭がこちらを向かぬのでぐいっと引っ張った。

「ぼくの髪を引っ張るなんて、鳥風情が随分偉くなったものだよねぇ」
「フッフッフ、強引ってのもたまにゃァいいだろ?」
「ぼくに強制していいのはサカズキだけだよ」
「つれねェなァ、フフッフフ」

眠いというからベッドを提供してやったのに、まだ寝る気はないらしい、。引っ張られた箇所を痛そうにさすりながら、ドフラミンゴを睨む。まるで存在せぬように無視され続けるよりはこうして睨まれた方がマシというもの。少なくとも今、蛾には勝った。それでいいのか七武海、と突っ込みが出来るものは生憎この場におらぬゆえ、ドフラミンゴは例の奇妙な笑い声を響かせて、の白い顔を指で撫でる。嫌そうな顔はされたが、振り払うほどではないらしい。眠いときのは面倒くさいと判断する基準が適当になる。

「虫の焼けるとこなんて見て楽しいモンでもねェだろ」
「君が開くオークションを楽しむよりは、楽しみを見出しても残虐性はないと思うよ」

そういえば、明日は抱えのオークションハウスに顔を出すのだ、とは言っていたことを思い出す。予定などあってないようなところもある。少なくともこうしてがいるのであるから、一日くらい予定をずらせぬほどあまい仕事もしていない。

その言葉、暗に責められているのかと一瞬考え、まさかと即座に鼻で笑い飛ばす。悪意の魔女とさえ呼ばれる生き物が、今更奴隷商売うんぬんで人を謗るほど心に慈悲が残っているわけもない。ただの皮肉めいたものいい、という以外の意味もない。ドフラミンゴはサングラスの奥の眼を細める。

「蛾が燃えるのが面白れェってんなら、オークションは取りやめて、全員を火炙りにでもするか」

赤犬の傍にいるだ。罪人が燃え尽きていくのを何度も何度も見ているはず。自然それが暇つぶしにでもなっているのか、とそう思って、それなら悪魔の能力とてなくとも己にも出来ることと、そう判じて言えば、の青い目が、ほんの一瞬強張った。

「?どうし、」
「じゃあ、きみが最初に燃えて死んでね」

間近にいるからこそに気付くその変化に僅かに眉を跳ねさせて問おうとすれば、すぐにいつもの外道極まりない笑顔を浮かべたがのたまう。肝心なことは何一つ人に知らせようとせぬ魔女の顔。ドフラミンゴはチッと舌打ちして、ここにはいない赤犬を罵った。自分のような、の事情をほとんど知らぬものでも、今の反応で気付いた。は炎が恐ろしいのではないか。生き物が焼かれるその様が、悲鳴を上げるほどに恐ろしいのではないか、そんなことを、即座にドフラミンゴは気付いた。それであるのなら、毎朝毎晩あの、何もかもを燃やし尽くしてそれでもまだ飽き足らぬ、あの大将殿の傍らにいることが、どれほどのことなのか、そのことを、考え、ドフラミンゴは毒づく。

は再びランプに視線を戻した。眺めていて面白いものではないのだともうわかる。それでも眺めるその姿、後ろ姿。背骨の浮き出た背。

蛾は、のようだ。その燃える様をまじまじと見ているは、いつか赤犬に焼き尽くされることを夢に見ているのだ、と、その時気付いた。







振り返って、何がある







咄嗟に、トカゲは真横に大きく跳び退けてそのまま素早く落ちていた正義のコートで身を護ったが、そんなものはまるで意味もないとばかりに、無数の刃がズガズガと襲い来る。数にすれば、などと数えるだけ無駄なこと。幾千幾万にもなるだろう悪意の刃である。

戦場、戦場、ひっきりなしのこの戦場。

ついに倒れた白ひげエドワード・ニューゲート。その最後の様はまるで王者、まるで威風堂々とその名、その生涯になんら恥じを遺すものではなく、天晴れというに相応しいその、お姿。逃げ傷の一つもなく、頭を半分赤犬にくれてやっても、それでも息子たちの逃げるすべを遺した偉大なお姿。それらが堂々と立って、周囲の海兵・海賊らが息を飲んでいる、というその状況であるのに、空気を読まぬこの状態。瓦礫ばかりの中を何とか立ち上がりながら、トカゲは悪意の弾丸を放ち、襲い来る刃を退けた。

「なんです、これ」

トン、とトカゲの隣にピアが立った。一度は失せさせた獣、ミケの背に乗っている。その素早さでなければこの悪意の刃には追いつかれるとそういうもの。まるで生き物、白銀の竜か波か彗星のように勢いよく、無数の刃がトカゲを追いかけていた。

「わかっていて聞くな、意地が悪いのはパンドラで十分だ」
「確認です。では、王子さまになる〜☆とか言っておきながら、彼女、死んだんですね」
「それも確認か」

静かにピアが頷いた。さらり、と薄い色の髪が揺れる、その横顔は美しいが、何を考えているのかわからない。トカゲは片方しか残っていない目を細め、己も、はたして何を考えているのか、自分で自分がわからなかった。

が死んだ。あっさりとしたものだ。白ひげの死の前なのか、それとも後なのか、そんなことはどうでもいいのだが、とにかく、が死亡した。それは確かなことだった。「」が死んだから、今トカゲは世の悪意の刃に追い掛け回されている。

パンドラ・、あの狂女の気配がするこの戦場。それでもあの女がを殺した、とはトカゲは思っていなかった。誰がの息の根を止めたのか、トカゲには確信があった。走りながら、唇を噛み切りそうなほどかみ締めて、砂時計を取り出す。

「鬱陶しいんだよ、この世界。なんだ?愛しているならさっさとくっつけばいいものを」

さらさらと流れる砂時計。未だにその砂は落ちきっていない。当然だ。トカゲはこの砂が落ちきる前に行動せねばならない。正しくは、己の中で一つの覚悟を決めなければならない。この世界に来た、「もう二度と赤旗と会えぬ」というそれ以上の覚悟を、今、求められていた。

「おい、シェイク・S・ピア。一緒においかけられる必要はないんじゃァないか」
「あの悪意が追いかけているのはアナタですし、わたしはさっぱり関係ないんですよね。それはわかってますよ。でも、わたしも魔女ですから、あなたがどうするのか、知っておいたほうが長生きできると思います」

涼しい顔でのたまうが、あの悪意に巻き込まれる危険性をただの興味であると言い捨てたその潔さが今のトカゲにはありがたい。にもそのくらいの強さがあればよかった、と、そう思ったところでもう遅いのだけれど。

ちらり、とトカゲは背後を窺う。刃の速度は変わらない。デッキブラシで移動してもすぐに追いつかれる。いや、まだ砂時計の砂が落ちきる前までは、「逃げる時間」はあるのだ。こちらが「どう」という答えを出すまで待っている律儀さ、ではない。もう答えは決まりきっているだろう、さっさと腹を括ってしまえ、とそのような乱暴さだ。

「おれは、追いかけられるなら赤旗親衛隊に、が良い。いや…親衛隊の前で赤旗を掻っ攫うなんて男前過ぎて発禁くらうか…?」
「何をふざけたことを言ってるんです。トカゲ、あなた「」になるんですか、ならないんですか」

生真面目な顔でトカゲが呟けば、ピアがため息混じりに、決定的な問いかけをしてくる。容赦ない、というよりも、いつまでもふざけてばかりではいられぬ状況。トカゲは眉を跳ねさせて、砂時計を見つめる。

単純な話である。この世界は「」の夢だ。がいなければこの世界は意味がない。夢物語、が消えれば、死んでしまえば、いなくなってしまったという事実がはびこれば、この夢は終わってしまう。そういうことだ。それであるから、この世界が続くためには「」が必要になるわけで、その候補に、煩わしいことながら、トカゲが選ばれ、「」の役目である「悪意の刃に身を苛まれる」魔女になる、という展開だ。

元々トカゲは別の世界で「」をやっていたわけで、代役には適任。というよりも、的確。赤頭巾がいなければ物語は始まらない。けれど赤頭巾がいなくなってしまった、その空席を埋めなければならない。

ファンシー要素、などと素敵なものでもない。状況、と、言ってしまえばそれだけのこと。家庭環境で「父親役」「母親役」が必要なものと、結局は同じこと。この世界には「」が必要なのだ。

「この世界にはおれの赤旗がいないんだぞ?そんな世界で逆ハーなんてやってどうする」

本妻以外興味は欠片もない、とのたまえば、ピアが「クロコダイル愛人発言は?」と鋭く突っ込みをいれてきた。

「それはそれで」
「いい加減な」

呆れられるが、トカゲは堂々としたものである。が死んだ。まぁ、恐らくは赤犬の手にかかって死んだ。どうしてそういう展開になるのか、それはトカゲにはわからぬし、理解できる日も来ないだろう。どんな理由があるにせよ、生きることを諦めたあのは敗北者だ。自己犠牲の上に咲く花なんぞ踏み潰されてなんぼのもの、トカゲには興味がない。

そんな女の後釜になんぞなってたまるか、という心もある。
の事情はトカゲも多少なりとも理解している。それでも、なぜ赤犬もも、互いの義務ではなくて感情を取らなかったのか。正義のため世界のため、そんなもの、トカゲには意味がわからない。

だがしかし、ここで「」と赤犬がくっつかなければトカゲの本来の目的も達成されることはないわけだ。この世界にはが必要。それはトカゲにも判っている。

覚悟をしろと、問われているのだ。トカゲがになればいい。元々、の欲しいものを全て持っているのがトカゲだ。長い手足、成熟した体。堂々とした佇まい。赤犬と真っ向から口論できる性格。ここでの望み通りの姿のトカゲが「」の役になれば、何も問題などない。

この世界で「」が赤犬とハッピーエンドでも迎えて、トカゲの世界は自由になれる。

それでも、そのためには「赤犬と恋しろ」というのだ。

なんだその展開、とトカゲは本気で嫌だった。

というか、何もかものために自分が、何でよりにもよって、あの、あんな、組長にしか見えない正義の海兵なんぞと恋愛☆しなければならないのか。くだらないと言うなかれ、意外にこれは重要なことだ。

「覚悟、覚悟、あぁ、覚悟!後ろ向きな覚悟ばっかりするこの連中どもの所為でこのおれまでも後ろ向きな覚悟をしろと迫られる!!」

ダン、とトカゲは立ち止まり、襲い来る白銀の悪意を睨みつけるように仁王立ちになった。片手には金に林檎の砂時計。魔女のもっとも古い道具の一つ。刃同士がぶつかり合っての金属音。柳眉を吊り上げてトカゲはその刃が自分の喉を突き破り、背ににしたように万の億の華の程の悪意を刻み込む前に、金の砂時計を地面に叩きつけ、跳ねる前に足で押えて踏み潰した。

「このおれが諦めて妥協する、などと見縊るんじゃァないよ、このおれは赤旗以外とのエンディングなんぞ認めない」

低い声一つ。底を這うような悪意などない、ただの女の意地である。意地も張れぬ女はつまらぬ。と言って、自尊心のない女もつまらぬ。トカゲは途端、砂になってさらさらと消えていく刃には目もくれず、足で踏み潰した砂時計の残骸を見下ろした。

全ての砂が落下するまえに破壊された。の命の終わりを示す金の砂時計。さらさらと金の砂が風に曝され飛ぶ。眺め、眉間に皺を寄せ、トカゲはその砂に手を伸ばして握り締めた。掴めばすぅっと流れ落ちていく。もはやただの砂金である。砂は一瞬一つの形を取った。それは蝶、いや、蛾であった。流れて消えていくだけだった砂金が、毒々しい蛾の形を造る。それはひらりひらりと木の葉のように頼りなくひらめいて、そして、ふぃっと、虚空に消える。眺め、眺めながら、トカゲはいらだち紛れにピンヒールで岩を蹴り、乱暴に銃を振り上げた。

覚悟を迫られた。トカゲは赤犬とのラブストーリーなんぞはごめんであるから、それは拒絶したものの、それでも、一つ、腹を括った。

ダゥン、と空に一発悪意の弾丸を放ち、いつの間にか傍らに立っていたペルルの魔女シェイク・S・ピアの紫暗の瞳を見つめ、朗々と宣言した。

「耳を塞げ、顔を出すな、息を潜め、ガタガタ震えて恐ろしがれ、魔女の戦争の開幕だ」







+++





パキパキと器用にクザンは島の周辺の海を凍らせながら、一箇所明らかに熱量の違うその場所に、やっとのことでたどり着いた。白ひげにこっぴどくやられて落下した同僚の身なんぞ心配していないけれど、その、姿を追いかけて落ちて行ったのことは心配だ。どの道、海賊連中が逃亡せぬように島の周囲の船を凍らせねばならぬ、という義務もあった。クザン、すたすたと、進み、その目的の場所「まさか見えないところで二人でイチャついてねェだろうなぁ」と嫌な顔をしつつ、ひょいっと、その場所にたどり着いた。

崖、というよりは、歪に窪んだ根っこの中途半端な箇所、のように思えるその場所。氷で階段を作ってあっさりとやってきたクザンは、まず目を見開いた。

「何してんの?」

周囲にあふれ出しているマグマの量が尋常ではない。地面の部分は僅かに、青い髪の女性が横たわる部分だけ。青い髪の、と、クザンはそこでそれが誰であるのか、気付く。

「パンドラ?なんでこんなトコにいんの?」

の本体だ。そういえばの姿が見えない。マグマが大量で、そしてパンドラの体が落ちている。クザンは首を傾げようとして、己の中に何か、とてつもなく不吉な予感がふつりふつり、と沸きあがろうとしていることに気付いた。慌てて己の中に蓋をする。雁字搦めにしてしまって、しっかり溶接までして、絶対に自己主張せぬように、と、そう留める。

「何しに来た。ドラゴンの息子の首は取ったんか」

今やっと、クザンの訪問に気付いたわけではなかろう。しかし、声をかけてやっと、サカズキが顔を向けた。普段どおり、いや、戦争中であるので海賊に対しての容赦なさ・怒りは普段以上に増している、という様子ではあるが、しかし、違和感はない。なぜかそのことに、クザンはほっとした。コトコトと先ほど閉じ込めた感情が音を立てるが、クザンはサカズキのその様子で「気のせいだ!!」と必死に、必死に、自分に言い聞かせる。

何も変化などない!何も、変わってなどいない!!!
(白ひげが死んでも、火拳が死んでも、それでも、それでも何も変わってなど、いない!!)

「お前さんが見っとも無くやられちゃったから、死んだかなァって心配して見にきたんだよ」
「そうか」

クザンは自分が嘘をついたこと、サカズキがただ相槌を打っただけだという、その結果に愕然とした。そして、もう誤魔化しようがなく、確信の出来てしまった「予感」が乱暴にクザンに襲い掛かる。

ちゃんは?」

サカズキに何か言われる前に、自分が何か酷い間違いを犯してしまう前に、クザンはただそう聞いた。




+++




世の戦争、白ひげ戦はもうじき終わろうとしている最中、今まさに開幕を告げる魔女の戦。その銃弾の音と、宣言するトカゲの声を聞きながら、シェイク・S・ピアは静かに膝を折った。

」の喪失は魔女たちの戦争の引き金になる。それであるから、世の悪意というものは素早く次ぎのを決めてしまおうとトカゲを選んだ。トカゲが「」になる、とはまさかピアも想像できぬので、これはしようのないことである、と言ってしまえばそれまで。しかしながら、これから何がどうなるのか、わかってこれを選ぶトカゲの心の強さというものを、しみじみとピアは感じる。

これから始まるのは、魔女、あるいは魔女の素質のある「少女」たちの「」の席の奪い合いだ。

殿方の戦争などとはわけが違う。争う手段もまるで違う。勝敗を決定するのは武力でも知力でも、そして美しさでもない。

ピアがキキョウと組んでにしかけた魔女の決闘などかわいらしいものだった、と思うような何もかもが始まる。どれほどの少女が命を落とすのか、どれほどの裏切りが横行するのか、それもわからぬほどの戦である。それをトカゲは肯定した。「」の座を拒絶し、「魔女の戦争」を肯定した。

」というのは、何もこの世の主人公、というだけではない。の役を得られれば、彼女が持っていた全ての価値を引き継ぐことが可能となる。野心のある女、境遇の悪い女、こぞって、こぞって参加する。魔女の資格がある女など、皆、力を切望しているのだ。「王子さまはいない」それを理解させられた女。それなら、悪魔にでも魂を売らねば、身を護れはせぬだろう。

当然、魔女であるピアにも参加の資格があった。

さて、己はどうしようか、と考えずともわかること、ピアは面を上げて、機嫌の悪いトカゲの横顔を見上げる。の「理想の姿」というだけのことはあり、完璧な美しさがトカゲにはある。女の柔らかさに加え、明らかな強さが見て取れる。今こうして彼女が覚悟を決めた、その姿をピアはただ賞賛したかった。

「私は「ペルルの魔女」の称号に満足してますから、殺し合いには参加しませんよ」
「卿が赤犬と結婚、とかそういう展開になったら黄猿はどう反応するか、それは気になるがな」

賢明だ、とトカゲは短く付け足した。

しかし参加せぬとはいえ、狙われぬわけでもない。ただの魔女候補、魔女の素養のある者が突然の座を得ることは不可能に近い。それなら、ピアや、キキョウ、あるいは他の魔女の座を奪って階位を上げていくほうが他を退けることもできる。

何だか面倒くさいこと、と、ピアは目を細めた。己がなぜ巻き込まれねばならぬのかと、思わぬ心がないわけでもない。しかし、そう、煩うピアの脳裏に少しだけ、のあの顔が浮かぶ。

『ピアくん』

小さな声で言い、小さな顔で笑ったあの人のことを思い出す。

憎んでなどいない。己が今、こうなったのは何もかも自分で「そう」と決めたこと。もそれが判っていたはずだ。だからこそ、に負い目はなかった。ピアも、の所為であると本気で思ったことなどない。

ピアは掌を握り締め、そして一度、目を伏せる。

この魔女の戦争、誰が勝利して「」になるのか、それはピアには興味のないことだ。
誰がどう殺しあおうと騙しあおうと、そんなことはどうだっていい。

けれど、たとえ「」の代役が決まり、道理となったとしても、あの青い目の、あの、傲慢な態度を鎧にして必死に必死に、孤独を押し殺していたあの小さな魔女の代わりになどなれはしない、誰もにはなれはしないのだ。

口には出さぬが、トカゲとて判っているはずだ。

は死んだ。
もう二度と、あの青い目が、赤い唇が傲慢な物言いをすることはない。



 

 

Fin