サカズキは能力者になってから、一度、熱で魘されたことがある。

稀有な自然系の能力者、その身体能力や悪魔を宿してから変化する体内情報は海軍本部科学部門で強く求められていた。正義のためになるならばと、サカズキは進んで測定に参加してきた。どれほど優れた科学者を海軍が要していようと、研究する材料がなければどうしようもない。海兵とて、どれほど正義への信念があろうと力がなければどうしようもない、それと同じことだと、サカズキは判じている。

そうして繰り返された実験、実験、その副作用で、体の中のバランスが崩れ、能力が上手くコントロールできないことがあった。

魔女の部屋に初めて入ったのは、そういう日のことだった。

「ぼくは、きみがいつか自分自身の炎で焼かれて死んでしまうんじゃないかって、そう思ったことがあるけど」

周囲には茨。あらん限りの魔女の知恵を持ってサカズキの能力が押さえ込まれた。クザンやボルサリーノであれば隔離して終わり、ということであるけれど、サカズキの灼熱のマグマは、放置するわけにはいかぬ。何もかもを焼き尽くしてしまう前に、がサカズキの力を押さえ込んだ。当然、薔薇に苛まれたその身は絶えず血を流す。

サカズキにとって、の力を借りるということは屈辱意外の何物でもなかった。しかし、元帥命令である以上、そして自分で自分がコントロールできない現時点では、どうしようもないことだった。せめての首を絞めたくなる自分の感情程度は押さえ込み、ただ、自分を見下ろすの青い目を睨みつける。近くで見れば、その肌の白さと細かさがよくわかった。長く、赤みの差した睫が揺れる。

「きみはマグマだもの。焼き尽くされはしないね。いつまでも、いつまでも、燃えている。消えることなんて、できないんだね。ずっと燃えてるんだね」

いつでも首を狙える状況になっていても、はただ、サカズキの頭を膝に乗せた体勢のまま、じっと、その額に手を当てるのみで何もしない。首から流れ落ちる血だけがとめどなくの服と、サカズキのスーツの肩を平等に濡らしたが、それ以上は互いに何の侵食もない。

見れば、は随分と幼い顔をしているのだった。世に飽いた魔女の分際で、とうに百なんぞ越えている魔女の分際で、幼い顔をしているのだ。

「ねぇ、サカズキ。焼けた大地にも花は咲くけれど、誰も立てないその君が立つその場所には、一体何が残るんだろうね」

青い目が不思議そうにこちらを見下ろす。嫌味でもなんでもない、ただの疑問を口にしているに過ぎぬ顔。サカズキは、がそうといわずとも己がどういう人間であるとされているのか理解していた。自分の中の「正義」という名前のものが、どういうものであるのか、覚悟もあった。

同志である海兵にさえ恐れられていることも、判っている。やりすぎているのだと窘められたことなど、大将になる前から何度も何度も、何度もあった。

焼き尽くした後に、自分の立つ場所に「平和」がある、などとサカズキは思わない。己は悪を根絶やしにする。その為の正義しか掲げられない。平和を、平穏を、幸福を築くことが出来るのは、己ではない別の人間だ。そんなことは、判っている。

己はただただ、焼き尽くすのだ。正しく生きられなかったものを、正しくないものを、焼いて焼いて、焼いて、焼き尽くす。

誰の許し、理解も己は必要としていない。

(求めれば揺らぐ)

自分の振り返った先に何がなくとも、サカズキは構わなかった。ただ、ただ、悪を許さない。

その為に、そのためだけの正義を掲げる。
サカズキは手を伸ばしてのその長い前髪を掴み、顔を引き寄せる。

白い顔、青い瞳、燃えるような髪の魔女。
この世のありとあらゆる罪状を並べたところで匹敵するもののいないほどの、罪深い女。

サカズキは自分の後ろに誰もいないことがわかっていた。誰もついてはこない。孤独というのならそれでも構わない。己の正義は揺らがない。

「それでも、おどれがおるじゃろう」



 



カンパネルラ

 

 





殴りかかりそうになった自分の腕を自分で折って、クザンはサカズキを睨み付けた。こういうときに自然系の能力というのは便利だ。掴んだくらいじゃ止まらなかった。折って、台無しになってやっと、というほどである。

「お前が殺したって、どういうことだよ」

怒鳴ってどうなることもない。クザンは感情を押し殺し、低い声で問いかけた。判っている、今は戦争中で、人が死ぬのは当たり前。自分だって死ぬかもしれない。そういう場所だ。そこでが死んだ、と知らされただけ。いや、正確にはサカズキが「わしが殺した」とそう言っただけのこと。は罪人、サカズキは大将。いつだって、そうなる可能性があった。そのことを必死にクザンは思い出して、何とか自分を押し込める。

「言うた通りじゃけ、わしがわしのマグマで焼き尽くして殺した。そんなことよりクザン、」
「そんなこととかお前が本気で思ってたら、おれマジでお前のこと殴るよ?」
「殴りたきゃァ後で好きなだけ殴れ。今が戦争中じゃァいうんを忘れたか」

白ひげが死でも、今もまだ戦争は続いている。ドラゴンの息子、モンキー・D・ルフィを殺さなければサカズキは気がすまないだろうと、それはクザンにもわかっていた。あの海賊は今日ここでしとめるべきだ。でなければ、世界がどうなるかわからない、と、それは大将としての危機感。クザン当人の危機感は、今、がどうなったのか、ということだった。

死んだと、殺したと、そうきかされても実感がわかない。それが、クザンには救いだった。パンドラ・の封印が解かれた折には、それなりに感じるものもあった。しかし、が死んだのに、あれほど焦がれていたが「死んだ」というのに、クザンは何も気付けなかったのだ。まだどこかで生きているような気がする。サカズキが嘘をついているような気がする。そう、思えるだけの「何も感じなかった」という事実があった。

けれど、同時にわかってもいる。人の死とはそういうものだ。死んだとしても、自分の体には何の変化もないのだ。

ぐいっと、クザンは復活した腕でサカズキの襟を掴む。

クザンは覗き込んだサカズキの目に、本当にが死んだのだという確信を得てしまった。掴んだ腕が僅かに震える。呼吸が、一瞬できなくなった。殴ってほしかったのではないかと、そう、気付く。サカズキがを殺した。それはもう、間違いのないことのようだった。サカズキを今、殴ってやるべきなのではないかと、クザンは思った。

(なんで殺したの?)
(何があったわけ?)
(だって、ちゃん、生きる気になってたのよ?)

聞きたい事は多くあった。ぐるぐると、ぐるぐると頭の中を回る。だって、は生きようとしていたではないか。ピアと自分とドフラミンゴのいるところで魔女を救う王子さまになるとそう、言っていた。髪を切って、あちこちがぼろぼろになっていた、酷い有様だったけれど、しかし、は生きるとそう言って、そしてサカズキと二人で明日を迎えるのだと、そうクザンは信じた。

ぐっと、クザンは唇を噛み、サカズキから離れる。

今ここでサカズキを殴るべきなのだろう。サカズキがを殺したことを「なんで!」とそう大声を上げて責めるべきだ。サカズキは自分で間違ったことをした、とは思っていない。そう、思えはしない。だからこそ、ここで殴るべきなのだ。

だがしかし、クザンは殴れなかった。殴ればその途端、今は頭の中で理解だけしたの死がクザンの体の中に染み渡る。それが恐ろしかった。がいない。もういない、この世に存在していない。サカズキが殺した、うんぬんよりも、ただクザンはその、喪失を恐れた。

「おれは海から海賊連中の足止めをする。お前は地下から回り込むんだろ」
「そのつもりじゃァ、ここで海賊どもは葬る。サボるなよ、クザン」

言って、サカズキは背を向ける。正義、というその二文字がクザンの目に入り、知らず自分の肩、かかったコートを押えた。今のサカズキは大将としての背中である。いや、いつもサカズキは大将、海兵としてのスタンスを崩さない。ストイックといえるほどに、徹底した男だ。だがしかし、今、クザンにはその背中がどうしても、「正義であることに固執している」ように思えた。

何か言おう、と一度口を開きかけ、しかし、クザンは結局何も言わず横たわるパンドラ・の体を抱き上げた。能力的に考えて、サカズキが連れて行くわけにはいかぬだろう。自分は海を凍らせながら、一度パンドラを海兵に預けることができる。

抱き上げたその体は豊満な女性にしては軽かったが、しかし、とは違う体重と柔らかさにクザンはなぜか心が冷えた。



 

 

Fin

(この臆病者が)