ハッピーバレンタイン☆ってもはやなんか死刑宣告に聞こえますね!
バカだ。バカがいる。
いや、バカだとは常々思っていたがここまでとは思わなかった。
とりあえずディエス・ドレークは目の前に存在する光景を見なかったことにしようかと一瞬検討し、しかしまぁ、そうもいかないだろうと現実を考える。
「……つまり、俺は、というか俺たちは、完全にお前らの痴話げんかに巻き込まれたと理解していいんだな?」
もはや明白な事実であるが確認は大事だ。ひょっとして、もしかすると、万が一にでも自分の思い違いである可能性もあるかもしれない。確率はかなり低いが…。
「フッフフフフ、痴話ケンカか、良い響きだなァ、気の利いたこというじゃねェか。フッフフフただのヘタレだと思ってたが」
目の前にはふん縛られた海の王者、七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴ。昨今赤旗X・ドレークの賞金もうなぎ上りだが、それでもまだ彼のかつての懸賞金額にはかなわぬ、と言うほどの大物の心底情けない姿が晒されているが、その彼をふん縛ったのは残念ながらドレークではない。
「お黙りよこのバカ鳥!それに赤旗!言うにことかいて何を寝ぼけたことを言ってるのさ!」
ドフラミンゴを縛った縄の先を持ち、どがっと足蹴にしている暖色の髪の少女。海と同じ瑠璃の瞳の、掛け値なしの美少女と言って足りぬほどの愛らしい顔立ちをしているが、その言動はどう取っても悪魔っ子。この顔に騙され油断でもしようものなら地獄と親しく胃薬と親友になれると評判だ。
嫌な評判だな、とドレークは胸中で突っ込み、この状況を再確認してみる。
ことは一時間前のこと。唐突に表れたドフラミンゴの率いる海賊船がドレーク海賊団を襲撃し、あれよあれよという間に占拠された。圧倒的な戦力差、満足な抵抗もできぬ鮮やかな手並みの包囲網。もはやここまでかと観念する一方ドレークは「またか…」と嫌な予感を抱いてもいた。
そうして堂々とご登場されたドンキホーテ・ドフラミンゴ。勿体ぶった言い回しでドレークの弱さを詰り散々コケにしてドレーク海賊団船員の殺意と敵意を煽ってから、どっかりとドレークの前に腰を下ろし心底真面目な顔でのたまった。
『バレンタインだし、お前ちょっかいかけたらが来るんじゃねぇかと思って』
思い返してドレークは胃に穴が開く思いがした。ぐっ、と歯を食いしばったところで逃れられる痛みではない。しかし苦悶の表情を浮かべようと顧みる可愛げも良心の持ち合わせもないだろうドフラミンゴと、ドレークが呻こうがなんだろうが完全放置でぎゃあぎゃあと言い合っている。
もはや説明するのもばからしいが、まぁ、つまりはそういうことだ。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ。目的のためなら手段を選ばぬ外道の海賊と名高い男。油断ならぬ男。あのアーサー・バスカヴィルすら「私が10年若かったら出し抜けたでしょうな」と言わしめた男。粗野な笑いとチンピラの親玉のような言動で、しかしにじみ出る圧倒的な強者の気配。
その男が、という幼女一人に会うためだけに態々億越えの自分の船を襲撃している。
は自分のことを玩具か何かと考えているようで、ドフラミンゴがちょっかいかける度に目くじらを立てて現れる。それであるからドフラミンゴはドレークの船を襲うのだ。しかし…。
(これで何度目だ!!!をおびき寄せる為に自分の船がドフラミンゴに襲われるのは……!!)
2,3度目までは数えていたが、もう最近は数えていない。
その上、たちの悪いことに毎度毎度本気の殺意をぶつけてくるのだからドレークとしては死にもの狂いで応戦するしかない。うっかり死人が出ようものなら…はっきり言って目も当てられぬ。ドフラミンゴからすればドレークの仲間の命などどうでもいいのだろうが…こんな理由で失いたくないというのがドレークの正直なところ。
海兵らと争って志半ばに死ぬより嫌な死に方である。
「何度言っても学習しないこのおバカ!ディエスで遊んでいいのはこのぼくだけといい加減に覚えなよね!」
げしっ、とは靴の踵をしっかり使用して足蹴にしているが(本当、こういう体罰は得意だよな、と常々ドレークは感心してしまう)ドフラミンゴの方は構われるのがうれしいのかにやにやと笑うだけである。その度にが「イラッとするその笑い方!」ともっともなことを言うのだが、まるで逆効果だと思う。
ドレークは長い長い、そして深い深い溜息を吐いて、怒りヒートアップするの頭をぽん、と叩いた。
「とりあえず助かった。いつもすまないな」
「べ、別にディエスを助けたわけじゃないし!きみで遊ぶのはぼくだけなんだから他がちょっかいかけるのなんてダメに決まってるし!」
「、それ思いっきりツンデレのセリフじゃねェのか、いわゆるお前を倒すのは俺だけだ的な…」
「お黙り!」
再度の足技がドフラミンゴの背中を蹴り飛ばした。
その耳はほんの少し赤いことをドレークは指摘しないほうがいいと悟っている。こほん、と咳払い一つしてから、再度二人をみやった。
「それで、今日のこのバカ騒ぎは、バレンタインデーというおおよそ海賊に似つかわしくない行事ごとにうつつを抜かした七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴがからチョコレートをもらうことは早々に諦めて、自分から何か贈りたいがために、それも当日贈りたいがために態々俺の船を襲撃したと、そういうことでいいんだな」
「フッフフフ、念を押さなくてもその通りに決まってんだろ」
自信満々に肯定しないでほしい。
もで毎回しっかり反応してしまうのはいかがなものか。いや、百歩譲って自分を心配してくれているのかもしれないが(その可能性の低さをドレークはあえて考えないようにしている)それにしたって、が毎回毎回きちんと出張ってくるからドフラミンゴは続けるのである。
いや、違うか。
そこでドレークはやや自嘲じみたため息を吐いた。内心また「やられた」と思わなくもない。というよりも、なぜこれまで気付かなかったのかと自分で自分が情けなくなる。
(おれは人質か)
ドフラミンゴがドレークにちょっかいをかける、が出てくる。が出てくるからドフラミンゴはドレークにちょっかいをかける。
そういう図式。けれど違う。そうではない。そうでは、ない。
が出てこなければ、その途端ドフラミンゴは「もう利用価値がねぇ」とそのままドレークをあっさり、ありとあっさり、海に沈めるに違いない。生かして利用する道がなくなれば、ドフラミンゴは次に殺して利用する道を取る。
ドレークを殺した男、と、そうに自分を憎ませそのむき出しの感情をその身に受けようとする。から向けられる感情なら何であっても心地よいと、いつだったか半分酒に酔ったような顔で、けれどどこまでも真面目な顔でドフラミンゴが話していた。
ぎゅっと、ドレークは手袋越しに手のひらを握りしめる。
「あ、そっか。今日ってバレンタインだったんだねぇ。どうりで朝からぼく宛にものが届くはずだよ」
そういうドレークの葛藤やら何やら、気づいているのか気づいていないのか、ドフラミンゴへの虐待に飽きたらしいがきょとん、と顔を幼くさせて首を傾げる。
「フフッフフフフ、誰だよ、この俺を差し置いてお前に貢いでんのは」
「貢ぐのに一々お前の許可がいるのか……?」
「基本的にそのままサカズキに燃やされるだけなのにねぇ」
「あの外道…!」
薄々感づいていただろうが本人の口から聞かされる事実にほんのちょっぴり、ドフラミンゴは涙声になった。
バレンタイン、一応世間一般では女性が男性にチョコレートを贈るという日だが、基本「貢ぎなよ」とのたまうにとってバレンタイン=ぼくに貢げる貴重な日だろう?と上目線に構えるだけ。ドフラミンゴもから何かもらおうなんぞとは思っておらず、自分が贈るというためだけに今回の騒動を起こしているのだ。(いや、本当くだらない)
確かドレークがのお守をしていた海兵時代…毎年よくもまぁ飽きもせずと感心したくなるほど、この時期には様々なものが宛に送られてきていた。
ロブ・ルッチから「あなたの髪の色と同じ薔薇を探し出しました」とか妙なメッセージカード付きで薔薇の花一輪とか(意外にには好評だったが赤犬が燃やした)鷹の目からちょうど立ち寄った島で手に入れたらしい工芸品の髪飾りとか(には好評だったが赤犬が、以下略)インペルダウンから「君から貰った苗がこんなに成長したんだ」と何とも微笑ましいメッセージの付けられた写真とか(赤犬が、以下略)そういうものが毎年贈られるのだが、が愛でる時間なんぞほぼない。
ついでに言えばドフラミンゴは毎年毎年船いっぱいの薔薇を用意してきて、その度船ごと赤犬が焼き尽くしている。
「だからぼくいつのまにかバレンタイン=キャンプファイヤーの日だと思えてきてしまっているよ」
のほほーんとは語る。
ちなみにの中に自分が誰かに贈る、という選択肢は皆無だ。つい数年前はほんの気まぐれで食堂でアルバイトをしバレンタイン資金を稼いでいたが、あまり良い目には合わなかったらしくその次の年からは例年通り「ぼくに貢ぎなよ」という日に戻っていた。
まぁ金目のものはそのまま政府の懐に入っているようだし、七武海の金の流れ方としては正しいのかもしれないとドレークは前向きに考えるようにしている。
「フッフフフフ!だから今年の俺は一味違う……!贈っても燃やされちまうなら直接、それも赤犬がいねぇところで渡せばいいってことに気付いちまったのさ!!」
「もっと早く気付くんじゃないのか?普通は」
「あのね、ディエス、鳥って頭脳派気取りだけど結局ただのバカなんだよ。残念なことにね。このバカに少しは脳みそあったらさっさと自分のみっともなさを自覚して首でも吊ってくれているに違いないのに」
心底残念そうにが呟く。だが言っていることは悪魔っ子だ。
「っつーわけで!俺からの愛を受け取れ!!」
ドフラミンゴの耳は都合よくの暴言は入らないらしい。まるでめげずにさっ、と差し出された(このときすでにドフラミンゴの縄は解けている。が解いたのではない)のは小さな箱。真っ白い小さな箱は、まぁ、確実に、どう見ても「プロポーズ用です!」という指輪の箱だ。差し出した途端かぱっ、と蓋が開き中にはの指にぴったり合いそうな小さな指輪。
「フッフフフフ、無駄にでけぇ宝石は品がねェだろう?お前の可愛い指に合うようにデザインさせた」
「うわ…どうしようディエス、このバカ本気だよ!」
はドフラミンゴの完全決めポーズで囁かれた言葉も拒絶反応しか出ないらしい。
ぞわりとが鳥肌を立ててドレークの隣に避難する。思わずぎゅっとドレークのマントを掴むのは昔の癖か、どうも本気で嫌がっている姿に、さてドレークもどう反応したものかと悩んでしまう。
差し出された小さな指輪、当人の言葉通り大振りのダイヤがはめ込まれている、という単純なものではない。造りはプラチナ、一見して小さな輪というシンプルなデザインだがよく見れば指輪の輪の切り口になっている部分にびっしりと小粒のダイヤモンドがあしらわれている。金の縁取りのされた、見る者が見ればしっかりと金と手間暇かけられているとわかる一品だ。
「似合うんじゃないのか?貰うだけ貰っておけばいいだろう」
「え、なに言い出すのさ!?」
しかし無碍にするのもどうかと思う。動機はさておきドフラミンゴがに向ける感情は、ドレークから見ても好ましく思えることがある。(あくまで赤犬と比べればを幸せにできるんじゃないかという保護者的な考えもあるが)指輪を受け取ったからどうこうと答えを急ぐ男でもなさそうだし、受け取るくらいはいいのではないかと、そう提案してみたが、は珍しく顔を引き攣らせた。
「ディエスの裏切者……!またぼくの心にトラウマ作る気だね!?」
「え、なに、俺の味方すんの?ルーキー如きが?」
「悪いがそういうつもりは欠片もない。お前らは忘れてるかもしれないが、毎度毎度被害に合うこちらの身にもなれ」
ドレーク海賊団、クルーは全員元海兵という変わった海賊団のため、またの悪戯行為にも慣れた連中。毎度毎度のこのバカ騒ぎにも目くじら立てることはないが、船長のドレークとしては毎度船を破壊され死人こそ出ないが(このあたりドフラミンゴの有能さを知る)けが人も出ているもの、思うことがある。これで漫才、何の結果も出さぬような展開が続けば、さすがのドレークも「いい加減にしろ」と怒鳴りたくなるものだ。
指輪くらい受け取ってやれ。というか受け取ってもらって、ドフラミンゴは満足してもう二度とうちにちょっかいかけるな、とそう言いたいのだ。
「ほら!バカ鳥がディエス虐めるからディエスが海賊みたいにいじわる言うようになっちゃったじゃないか!」
「いや…、俺は海賊なんだが…」
「フッフ、俺の所為かよ」
「そうだよ!ディエスはね…!人にコキ使われても理不尽に扱われても面と向かっては嫌味の一つも言えず影でこっそり泣いてるようなそんな素敵なヘタレだったのに……!」
「……前から思ってたんだがよ、お前の男のシュミってどうなんだ……?」
ぼそりとドフラミンゴが突っ込みがはスルーである。そして不機嫌極まりない顔で、ばっとドフラミンゴの手から指輪を奪うとそのまま「とぉっ」と掛け声をかけて指輪の箱を海に投げ捨てる。
「鳥がこんなガチな物用意するから悪いんだよ!こんなものノアにお供えしてやるんだから!」
ノアというのはが現在使用している体の持ち主らしいが、当人そんなもの備えられても困るんじゃないだろうか。もっともな突っ込みをドレークはしつつ、を止める様子のないドフラミンゴに顔を向けた。
「いいのか?」
「フッフフフフ、一瞬でも受け取った!その結果だけで島一つ分の価値はあるだろ!」
あぁ、既に末期か。
実際島一つ分の価値があの指輪にあるかはさておいて、目的のためなら手段を選ばぬ男、というドフラミンゴ、いい言葉なんだが使いどころが間違っている気がする。
ぽちゃんと小気味いい音をさせて落下していく箱を眺め、ドレークは額を抑えた。
「とりあえず気は済んだな?」
「うん?なぁに?」
一度感情を爆発させればあとは引きずらぬ正直なところのある。ぶつくさと不平を言わせぬために放置したという自覚もあるドレークは予想通りがすっきりとした顔をしているのに苦笑し、そして振り返ったその頭をぽん、と叩く。
「それじゃあさっさと準備をするぞ」
++++
目の前にあるのは銀一色の調理器具。並べられた原材料は板チョコレート。お湯がしゅうしゅうと音を立てて湧き上がり、色とりどりのアルミカップがランプの明かりを受けてキラキラと輝いている。見ているだけで楽しいのだが、はなんとなく嫌な予感がしてならない。
「なぁに?この状況」
きょとん、と顔を幼くさせはドレークを見上げた。いつの間に用意したのか、ドレークはと揃いのエプロン着用。長い髪が入らぬようきちんとほっかむりをしている姿。妙に似合っているのだからには面白く思う。しかし何がどうしてこの状況なのか。
説明を求めれば渋るドフラミンゴの頭にもほっかむりをさせていたドレークが振り返りやたらと生真面目な顔をしてくる。
「な、なぁに、ディエス」
「こうして俺のところに来た以上、手ぶらで帰れば怪我をするんじゃないのか」
「どうして?」
「あー……なるほどな。フッフッフ、噂通りの保護者っぷりじゃねぇか」
「お黙りよ、鳥。ディエス、どういうこと?」
どこまでもあどけない顔を今はすっかりおとなしくさせ、抜け目ない魔女の顔。それを向けドレークの真意を問うてくる。さてどう答えるべきかとドレークは思案した。
理由は2つあるが、1つは言ってしまえばとても単純なことだ。
が海軍本部から飛び出せば赤犬が気づく。互いに繋がる薔薇の刻印によりがどこにいるのかある程度は感じられるという大将殿。がドレークと接触し、さらにはドフラミンゴもいたのだろうと予想するのはたやすかろう。それで今日の日付を考えればドフラミンゴがに何かした、そしてその場に自分がいないため海賊風情に好き放題させたという苛立ちを募らせ、ノコノコ帰宅したに全ての鬱憤がぶつけられるに違いない。
その苛立ちの根底が赤犬がへの恋慕ゆえだと盲信はできぬドレーク。海兵時代は確かに、確かに赤犬がに聊か過激な暴力を振るうのは嫉妬故と思うていたが、しかし海賊になって見てわかること。赤犬は本気でを嫌悪している部分があるのだ。それを、当人気付かぬ無意識の「嫉妬」とそう、見えるようにしている。その無意識さ。けれどもその根底にある憎悪と敵意を、ドレークは恐れていた。いつかサカズキがそうと気付くのではないか。今はほんのりとへの思慕を無意識に抱いている、ように思い込む脳、だがそのもっと深い場所では欺き続ける本心がある。それを気づき、へぶつけられる、それをドレークは恐れていた。
それであるから今は、こうしてがチョコレートの菓子を作り「土産」にすれば、良くて受け取られ、悪くても「罪人風情の作ったもんなんぞいるか」と燃やされが2,3殴られるだけ。できれば殴られぬ道をドレークは見つけたいが不可能であると諦めてもいる。
もはやドレークは海軍本部にてを庇うことはできない。できることはこうして少しでも怒りの種類を変えること。
バレンタインってこんな殺伐としていただろうかと思わなくもないが、まぁそのあたりは仕方ない。
さてにどう説明するべきか、そう答えを探していると、察したらしいドフラミンゴが例の奇妙な笑い声を響かせた。
「フッフフフフ、んなモン決まってんじゃねぇか…!女どもが今日この日に菓子を配るなんて目的は一つだろ…!」
「なぁに?愛とか寒い事をお言いでないよ」
「フッフッフッフ、決まってる。女どもが「これ手作りなの☆」とか妙なセリフとともによこしてくんのは、3月の倍返しを期待しての種まきじゃねぇか!!」
「鳥ってモテそうだけど結構悲惨な人生送ってるんだねぇ」
打算的にしか動かないからそうなるんだ。ドレークは容赦なく突っ込みを入れて、とりあえずが納得したことにほっとする。
「なるほどね、最近義理チョコとか友チョコとかあるって聞いたけど…小さいチョコ一つで恩を売るんだね!エビ鯛だね!」
「ふふ、ふふふ、そうか、それは中々楽しそうじゃァないか。是非ともこのおれもまぜてくれよ?」
機嫌よく手を握りしめるを微笑ましく見て、さてでは準備に取り掛かろうとした途端、聞こえてきた声にドレークはピタリ、と体を硬直させた。
「うん?おや、まぁ。どうしてきみがここにいるんだかね」
声は背後から聞こえている。先に気付いたが振り返ったのが気配でわかったが、なぜだろう。ドレークは振り返りたくなかった。声の主に心当たりはない。だが本能が振り返ることを拒絶している。その間も低く響く笑い声に、カツカツと鳴るヒールの音。その度にぴりぴりと神経が泡立つ。
「ふふふ、ふふふ、ふふ、そう素直な反応をするんじゃァないよ。剥いで犯してやりたくなるぞ?」
出来れば一生動くな体と、そう真剣に願いたくて数秒、だがしかし、ぐいっと遠慮なく肩を掴まれ、そのままドレークは視界と、それに唇を塞がれた。
「…っ!!!!?!」
「おーおー、すげぇなァ、おい。あのお堅いドレーク元少将のラブシーンか?」
「うわぁお、すっごいね、あれ、ディエス窒息するんじゃないの?」
何やら外野が騒がしいがドレークはそれどころではない。けして強くはないが有無を言わせぬ力で、唇とそれに顎、後頭部をしっかりと抑え込まれている。身動きとれず、ただ目の前に現れた人物の勢いに翻弄された。容赦なく舌を絡めてくるその遠慮のなさ、たまらず力を込めて相手の体を押せば、離れる勢いを利用して腕を引っ張られた。
「っ、」
「ふふふ、ふ、なんだ、このおれを押し倒すほどの過激さはないようだな」
ぐいっと、その人物に引っ張られそのまま当人の体重で落下しかける。膝を崩すことはせず、そのまま相手を引っ張れば不満そうな声が上がった。
「な、何者だ…」
いくらの問答無用な不思議体験で大抵のことは慣れているとはいえ、初対面の人間に突然濃厚な口づけを食らって平然としていられるほどドレークは人間できていない。やや顔を赤くし、唇を拭いながら腕を掴む人物を睨みつけた。
動いたためずれていた黒いテンガロンハットを直し、その人物が顔を上げる。
最初に目についたのは帽子から零れる紅蓮の髪。の髪も赤いが、この人物はそれよりも色鮮やかな赤、しなやかな肢体を窮屈な軍服に押し込めてにやにやと笑う、その貌。
「ふふふ、ふふ、やはり駄目だな。全然ダメだ。まるでときめかんぞ?」
「………ではないな…?」
「ふふ、まぁ、そういう反応だよなァ」
視界に入る貌。世にこれほど嫌味に思える顔はないという見本のような貌。卑しく歪んだ口元、その唇は赤く赤く、こちらを小馬鹿にしきって細められた瞳は透明度の高い海に似ている。両目のうちの片方は無骨な眼帯でおおわれているものの、それさえ彼女の美貌を損なえることはなく、寧ろ傷物である故の退廃的な美しさを取り込んでいる、そういう装飾品扱いだ。
だがその各パーツ、ドレークにとって見慣れたのものと酷似していた。
嫌味というのは、何も整い過ぎた貌ゆえの表現ではない。ドレークにとって、いや、を知るものにとっては「を大人にしたような」と思えるその姿であるからこその嫌味だ。
「何者だ。その装いは海兵か……ベガパンクが何かしたのか?」
「ぼくは一度だってあの坊やに肌を許したことはないよ。この実験動物扱いなんて身の程知らずにもほどがあるじゃないか」
とりあえず考えられる可能性を口に出してみればフン、とが鼻を鳴らす。
「引っ張るのもなんだしきちんと紹介してあげるよ」
「あぁ頼む。おれはレディだからな、紹介も受けずに殿方と口を利くなんて気恥ずかしいだろ?」
「フッフフ、今思いっきり破廉恥極まりねぇことしたヤツが何言ってやがる」
どうやら状況が変わらぬのは自分だけらしい。ドフラミンゴも唐突に表れた似の女海兵の存在に戸惑う素振りを見せない。困惑するドレークを放っておいて繰り広げられる会話に、なんだか胃の痛い思いはしたが、紹介する、というの言葉を信じて待ってみた。
「彼女はトカゲ。海兵だけど、こっちに来る前はぼくと同じく魔女なんてやってたんだよ。ぼくの親戚みたいなものだから気にしないでよ」
「そういうわけだ。ふふふ、ふ、ふふ、よろしく頼むよ、こちらの赤旗。ふ、ふふふ」
今の説明でそうすれば気にせずにいられるのだろうか…?
そして「こちらの」とはどういう意味だ?
わからぬことは多くあるが、その言動までどこかに似ている女海兵。何となくドレークはお近づきにならない方がいいんじゃないかと、それはもう本能レベルで察した。
「ところでトカゲ、何しに来たの?っていうかきみは力が使えないはずなんだけどねぇ?ふふ、ついに自分の設定もシカトかい?」
「おれをどこぞの礼儀知らずのように言うんじゃァないよ。何、ちょっとな、シェイク・S・ピアが来ていたからちょいと卿の所まで連れてきて貰ったのさ」
「ふふ、それでぼくの「何しに来たの?」っていう質問の答えはなかったことにするんだね」
にこりとが微笑む。青い瞳をきらきらと輝かせる、こういう時はろくなことをせぬとドレークは長年の付き合いで知っていたが、対するトカゲという女海兵はさして気にした様子もない。ふん、と鼻を鳴らしてキッチンに腰かける。
「決まりきってることを態々答える必要があったのか?」
「うっわー、腹立つ。あとそこ乗っちゃダメなんだよ!ディエスが怒るよ!」
あのがからかい倒されているという珍しい光景をドレークは呆然と眺めてしまったが、の言葉にはっと我に返り、トカゲを軽く睨む。
「そこは座るところではない」
「なんだ、赤旗の分際でこのおれに指図するのか?」
「君が何者かよくわからないが…成人したものなら幼子の手本になるよう振る舞うべきだ」
今のところがテーブルの上に乗る行為を「いけないことだよ!」と咎めたことに軽く感動しているドレークだったが、そう注意して改めぬ相手をに任せるのではなくそういう時に自分ような大人が出て行くべきだと、そう考えている。
言えばトカゲの目がすぅっと細くなった。の瞳とは違うと、その時はっきりと思う。の瞳はどこか暗さを帯びている。だが目の前のこの長身の女には絶望がない。それゆえ恵まれている、と盲信はせぬが、だからこそ決定的に違うのだと、その瞳の輝きでドレークは判断した。
トカゲは値踏みするようにドレークを見下ろし、そしてふんと鼻を鳴らした。どうやら小馬鹿にしていると、いうより彼女の癖のようだ。
「だ、そうだぞ?ドフラミンゴ、礼儀正しく振る舞ったらどうだ?」
「俺!?空気扱いされるかと思ったらそれかよ!」
実は一人板チョコレートを均等に包丁で砕いていたドフラミンゴはと話を振られて叫ぶ。そのやりとりが面白かったのかがころころと喉を鳴らして笑った。
「え、なに、、今そこ笑うとこ?」
「ふふ、うるさいよ鳥。ところでそれ何してるの?」
「何って決まってんだろ。湯煎にすんだよ」
「うん、それは知ってるんだけどね?外道の海賊のきみがチョコレートの作り方知ってたなんてぼくは意外過ぎて違う目的があるのかと思ったんだよ」
確かに料理の上では常識的なことだが、あのドフラミンゴが知っていた、というのがドレークにも信じられない。というか料理できるのか、とそう疑問がわくとも同じだったのか「え、鳥って料理するの?」と問うていた。
「あぁ、あれじゃないのか?ほら、が料理のできる男に惚れるとかそういう噂あっただろ」
それにドフラミンゴが答える前に、相変わらずキッチンに腰かけたままのトカゲが口を開く。
「え、ぼくそんなステータスに惹かれることはないと思うけど、っていうか味覚ないし」
当人は否定しているが、確かにドレークにも聞き覚えのある噂だ。なんでこの女海兵が知っているのかはやはり疑問だが。赤犬の隠れた趣味が料理、それゆえは「料理のできる男の人は格好いよね」などといつぞや呟いたことがある。それが、まぁ、尾ひれを付けてそういう話になったのだろう。
……というか、その噂を信じて料理始めたのか…七武海…。
「な、なんだよ!こっち見んじゃねぇよ!」
思わずドレークが無言でドフラミンゴを見るとヘラを投げつけられた。
「……まぁ、とにかく。それじゃあ基本は問題ないな。、そういうわけで簡単なものを作って持って帰れ。大将たちに配ればある程度の機嫌も取れるだろう」
「べつにサカズキのご機嫌伺いするつもりはないよ?」
「いいんじゃないか?あの堅物にチョコレートなんぞという甘ったるい菓子をやる女もいないだろ。嫌がらせになって面白いと思うぞ」
ドレークの言い回しが悪かったかと、そう後悔した一瞬、長い爪を弄りながらトカゲがさりげなく言葉を付けたす。
助け舟を出してくれているのだろうか?女海兵の意図がわからずドレークは探るように見つめるが、トカゲは赤い唇を愉快げに歪めるだけである。
は少し考えているのか沈黙し、そして首を傾げた。
「ま、お世話になってるし?たまにはいいかもね」
うん、と頷くその仕草一つ。は鼻歌交じりにボールを手に取ったのだった。
++++
きゃっきゃと楽しそうにアルミ箔に注がれ固まったチョコレートにデコレーションを施していくの姿。隣には巨体のドフラミンゴがいてなんやかんやとちょっかいをかけながらの手伝いをしている。意外なほどあっさりとチョコレート作りは終了しそうだ。あとはラッピングをしてしまえばいい。ドフラミンゴものチョコをいくつか貰う気だったらしいが、が「一つたりとも無駄にはしない!ぼくの大事なお歳暮!」と妙な言葉をのたまってドフラミンゴの手を弾いていた。まぁ、ドフラミンゴとしては「一緒にクッキング☆」なんてありえない経験をできただけよしとするだろう。
その光景を微笑ましいと思ってしまう自分はどうなのか、あぁみえてあの二人は他人を不幸にするスペシャリスト。だがこうして見れば無駄に歳を取っただけの少年少女にしか見えない。ドレークは苦笑したちがさんざん散らかした流しを片づけてしまおうと手を伸ばす。
「卿、どういう風の吹き回しだ?」
蛇口に手をかけたドレークの腕を掴んだのはトカゲだ。細い女の指先がドレークの太い腕に絡みつく。ぞわりと、やはり本能的な嫌悪感が湧き上がったがそれを表に出す無礼はせず、ドレークはトカゲに顔を向ける。
「どうとはどういう意味だ?」
「赤犬への防衛のためというのはさておいて、あれは料理といいものにそれほど良い感情を持ってないだろう。なのにさせた。卿が言えば嫌な料理事にも手をつけると、優越感か?」
なるほど、やはりに似ている。その嫌味にしか聞こえぬ言い回し。ドレークはトカゲの手を気にせず蛇口をひねり水を出した。チョコレートやクリームの付いたものは湯でなければ落とせないので他に積み重ねている。そうではないものを洗おうと取り掛かりながら、トカゲを見ずに口を開いた。
「君は彼女と同じなのか」
「問いに問いでばかり返すんじゃァないよ。無礼な。赤旗の面をしていなければ足蹴にしたものを、惜しいな」
「おれは君の言葉の意味がわからんが…おそらく君はと同じか、あるいは近いものなのだろう。ならわかるはずだ」
「ふぅん?」
ジャージャーと水の音。カチャカチャと器具をシンクの中で混ぜればシャボン玉が上がった。その一つをトカゲは指で触れて爪に乗せる。そういう仕草はの幼い児戯というより、女の誘うそれに似ていた。
こちらが明確な言葉を出さねば納得せぬ、そういう態度がありありとわかり、ドレークはさらに続ける。
「は料理することを嫌悪している。だが本来、それは楽しいもののはずだ。誰かを想い、誰かのために手掛けること、俺は彼女にそういう気持ちを思い出して欲しいと、そう思う」
いつぞや立ち寄った島で行われた料理バトル、その時はもう二度と料理などしたくないと言い、そしてぼそりとその胸の内を吐きだした。あの時はなぜあんなことをさせてしまったのかとドレークは後悔したけれど、けれど。
「エゴか」
「あぁ、そうだな。おれの自分勝手な思いだろう。それはわかってる」
容赦なくトカゲは切り捨てる。別段美談を語っているわけではないドレーク、そうだな、と頷き、そして目を細める。少し離れたところではが楽しそうにラッピングを始めていた。色紙をたくさん用意していてよかった。「サカズキは赤だよね!クザンくんは青!」とそう声を弾ませて選ぶその姿を見たいと思う心がエゴであると自覚しているが、だがしかし、悪いとは思わない。
「おれが彼女にしてやれることはもうないんだ。おれは彼女を見捨てて海軍を出た。それで海賊になって、彼女の「今」をいずれ破壊するかもしれない。おれはもう何もにしてやれないが、だが、だからこそ」
「病んだあれが少しでも心を取り戻してもう何にも怯えないようになればいいと?」
ドレークの思考を引き取ってトカゲが呟いた。からかう様な色はない。ただ淡々とした声、言葉。ドレークは肯定を現し、そして泡の付いた手を水で流す。
の「嫌い」という言葉と感情は、つまりは「怖い」「恐ろしい」ということなのだ。ドレークは、長年の世話役としてそばにいて、そう気付いた。何もかもに、は憶病だ。だから自分になついた。だから自分を「玩具」と言って追い掛け回す。ドレークはを傷つけない。そう絶対的に信じている。かつてドレークがを傷つけた傷も、は「傷つけられてなんかない」とそういう顔をして今も傍にくる。
その傷を作ったことをドレークはどれほど悔やんだか。己自身の存在がそこまで彼女を傷つけられるとは思っていなかった。だらら、などと言い訳をしたってどうしようもない。
ただドレークは、今はもう、悪夢を見るの額を撫でてやることもできなくなった自分、ただに、ただ「お前が恐れていることは、お前の考え方次第では全然違って見えるんだ」と、そう言ってやりたいのだ。
それが、今回をキッチンに招いた理由の2つ目だった。
「あいつはチョコなんぞ引っさげて赤犬のところに戻っても燃やされるぞ?というか、仲よく卿等とクッキングなんぞしたと知れれば、まぁ、酷いだろうな」
「予想はしてる」
「ふふ、酷い男。さすがは海賊。ふふ、それでも卿、にその「考え方」を教えたいために暴力のある未来を選ばせたのか」
エゴだと再び言われるのか。ドレークが待っていると、低くトカゲの笑い声がした。なんだと身構える間もない。ぐいっと、再びトカゲに腕を取られ引き寄せられて、そのままドレークは唇を奪われる。
そして今度は差し入れられたのは舌だけではない。何か固い、甘ったるいものが舌の上に乗せられてドレークが受け入れるまで舌で押し込んできた。
「……な、何をする」
「決まりきってることを聞くんじゃァないよ。ふふ、聞きしに勝る過保護っぷりだな。筋金入りだ。訂正しよう、卿にうかつにもときめいてしまったぞ?あぁ、まぁ子持ち男に興味はないが」
がりっとドレークが歯でそれを噛んだのを確認してからトカゲが身を放す。ぺろりとその赤い唇を舐め上げながらのたまう完全に上目線なセリフに絶句した。
「普段通りの恰好で、覆面も付けた状態ならこれほどオイシイ状況はないんだがな?ふふ、手を縛って跪かせてやりたいよ」
反応に困っているドレークをトカゲはいっそ愛しげに眺めて長い指でその顎を取る。舌のざわりとした感触とは打って変わり、押し込まれたチョコレートの欠片の甘さと滑らかさ、見かけ通りの生き物ではないこの女をして似ていると頭の隅で思いながら、ドレークはとりあえず泡を洗い流した手でぽん、とトカゲの頭を叩いた。
「……なんだ?」
「いや、君は嫌がるかもしれないが…やはりに似ている。俺の目にはが俺をからかい倒しているようにしか見えなくてな」
人で遊ぶんじゃないと、こう、つい頭を撫でたくなったと正直に言ってみればトカゲが微妙そうな顔をする。
「このヘタレ……このおれが迫ってやっているのにこのおれを、この素敵極まりないこのおれをガキ扱い……?」
ぶつぶつと何か言っているが、とりあえず頭を撫でたのでドレークとしては言うことはない。先ほどから、確かにトカゲという「女」を見てきたが、やはり自分には、この配色を見て頭の中に浮かぶのはなわけで、それで連想するなと言う方が難しい。
やはり自分はまだまだのお守役を返上できそうにないと、そんなことを思いつつ、ドレークは湯を出して残ったボールを片づけてしまおうと蛇口を捻るのだった。
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「ご覧よ鳥!褒め称えなよ!ぼくのこの迸るラッピングの才能を!!」
上機嫌で鼻歌交じり、これほど楽しそうな様子は滅多にお目にかかれぬというにドフラミンゴは口の端を釣り上げて、差し出された小さな包みを手に取った。
「フッフフフフ、奇抜だな」
「もっとうまく褒めなよね!」
「強制かよ」
笑いながら眺めるそれは、まぁ、お世辞を言えば「うまくできている」と言えるものだが、店に出して商品価値があるかと言われればそうではない。ドフラミンゴは基本愛ではあるけれど、そういう目は公平に働く。
まぁ自分ならの包んだというだけでこれに金10枚は出しても惜しくはないが。
「それにしても、よくやったよなァ」
「なぁに?」
「いや、だってお前、こういうの嫌いじゃねぇの?」
ドフラミンゴは余ったチョコレートの欠片をつまみ口に入れながらに問う。ドフラミンゴの知る限りは料理、何かを作る、というその作業を嫌っている。何等かのトラウマがあるのだろうとは予測しているが、ドフラミンゴはその辺には興味がない。のトラウマを知るよりも、自分はいかにを喜ばせるか、それに尽きる。
だからから、毎年何かをもらうことを期待するよりは送りつける。甘やかして贅沢させて、窒息するくらいに埋もれさせれば、もう何も怖いものもないだろうと、そう考える海の王者。
だからこそ、いかに懐いているとはいえドレークが「やったらどうだ?」と提案しただけであっさりと、こうして「手作りチョコ」(まぁ溶かして流し込んだだけだが)に興じたを意外に思う。
「だって、ふふ、ディエスはぼくを子ども扱いしたがるからね」
よほど入れ込んでるのかと、そう思って答えを待っていたのに、返されたのは魔女の低い笑い声。
「あん?」
「昔っからそう。ディエスはね、何度も何度も言ったって納得しやしない。ぼくは魔女なのに、ぼくは随分と長生きしているのにね、ディエスはぼくを子供だという。子供らしくすると、ディエスは安心するんだよねぇ」
先ほどまで機嫌よく笑っていた顔が、途端に魔女の貌になる。こういうの表情こそをドフラミンゴは愛していた。他人を足蹴にし君臨する女王のような気質。人の過ちをただ黙って見ている。その魔女の悪意の貌。
は離れた場所で洗い物をしているドレークの背を目を細めてじぃっと眺めてからドフラミンゴに視線を戻した。
「ぼくはディエスに頭を撫でてもらいたい。だからオママゴトにも付き合うんだよ?」
どこまでも愛らしい顔で告げるその言葉。ぞくり、とドフラミンゴは背筋に走るものがあり、そしてそれを心地よいと感じた。
一見しては、ドレークの長年の「教育」が効いて素直に、あどけなくなった様。
だが、ドフラミンゴはドレークよりも長くを知っている。
どれほどドレークが染めようとしていても、もはや何にも染まることのない純白を保ち続けた。結局彼女の狂気と歪みは続くばかり、この絶望的なまでの孤独はドレーク如きに癒せるものではない。
ドフラミンゴは時折ドレークにちょっかいをかける。それをが止めに来る。「人質取ってまで気を引きたいのか」とかなんだと青キジに嫌味を言われたこともあるが、そうではない。そんな、くだらないマネをする己ではない。
ただの再確認だ。
「フッフフフッフフフ、惚れ直しちまうぜ?いい女だよ、お前は」
ついっと指を動かしを傍に寄せる。嫌そうな顔をされたがそういう顔は己には逆効果だとそろそろ気づいてもいいだろう。いや、気づいているのか。それはさておき、その愛らしく残酷な顔にさてトカゲを見習って口づけでもしてやろうかと、そう思っておとがいに手をかければ。
「ぼくへの無礼はサカズキだけが許されるんだよ?」
まぁ、当然のように上からバケツが降ってくるという悲劇で中断された。
そうして目の前にいらっしゃる、青い目をにんまりとさせた愛しい少女。ドフラミンゴはいつかその純白の狂気に処女の血を流させてやりたいと、そう渇望しながら、とりあえずはバケツの中に入っていた水がずっしりと体を濡らしたので、シャワーに入りたいと思った。
Fin
(2011/02/14 20:13)
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