涼しいね!秋ですから!ハイ!今日は楽しい運動会!
ディエス・ドレークは今日もがっつり胃が痛かった。
ポンポン、と海軍本部要塞内の大運動場では妙な音が響き渡る。この独特の音はピストルの銃声と表記して差し支えないのだろうか。まぁ、何となく雰囲気で察してほしい。
普段一般解放もされている運動場、本日は海兵の家族らがトラックの周りにそれぞれレジャーシートを敷き朝早い時間というのに集っている。幼い子供は動きやすい格好で、母親・恋人らしい女性らは軽装でしっかり日除け対策をしているという、その光景。運動場にはトラックの回りに内には入らぬようにと杭が打たれ、紐で線引きされている。トラック内は白線、が引かれ、パイプ製の朝礼台付近には職員テントやら救護テントと描かれたものが設置されている。
つまりは、学び舎などでよくある運動会の光景が現在海軍本部の運動場にて広がっているということだ。
数年に一度、海軍本部は「大運動会」というのを開催する。基本的にマリンフォードの住人、つまりは海兵の家族との交流会を目的としているのだが、ここ最近は支部の海兵+家族まで参加してかなりの規模になっている。まぁ、それはどうでもいい。
「絶ぇー対ッ!負けないんだからね!ディエス!きみが死んでも構わないから死ぬ気でやろうね!!」
とりあえず現時点での問題は、ドレークの目の前、真っ白い厚手のTシャツに、一体どこから入手してきたのかすっかり絶滅したとばかり思っていた紺色のブルマーを着用したが、それはもうやる気満々にぴょんぴょん飛び跳ねていることである。
毎度おなじみの悪魔っ子発言は、なんというかもう気にするだけ時間の無駄なのだろう。というか、本当誰が用意したんだそのブルマーは、とドレークはツッコミを入れたかった。
夏の暑さも収まって、秋の気配が近づくここ最近はの体調もかなり良い。夏場にだれていた姿が嘘のように元気よく額に白いハチマキを締め、ふふん、と鼻を鳴らす姿は、普段彼女の体調が気になって仕方ないドレークからすれば喜ぶべきことだろうが、張り切っているネタがネタだけに素直に喜べない。
「……、その、見学しているだけでいいんじゃないか」
「ふふ、何をなまぬるいことを言っているのさ!運動会だよ!運動会!ぼくが出れる競技は少ないけど……この時期に遊ばないでいつ遊ぶのさ!!」
年がら年中誰よりも遊んでいるやつが何を言っているのだろうか。
言いたいことは山ほどあるが、やはり説得は不可能だと早々に理解した。が言って聞くような素直さを持っているのなら自分はそもそも、胃薬と親しくなんぞならなかっただろう。
諦めてため息をつくドレークに、は本日のプログラムと書かれた用紙を押し付ける。
「……お前、見事に真面目に走る気がないんだな」
「だって疲れるじゃないか!」
「……やはり見学してたほうがいいんじゃないのか」
プログラムは午前と午後に分かれており、が出るのは午前に一つ、午後に二つだ。
さすが海軍本部だけあってあれこれと普通の運動会にはない競技もあったり、また雑用らが出場する「雑巾がけレース」「バケツ運び」やら見習いコックが参加する「おたまレース」「どっちの料理ショー」など中々面白いものもある。
確かが懇意にしている一般食堂の見習いコックも出るのではなかったか。そんなことを思い出し、ドレークも顔見知り程度には交流もあるため応援にいこうかと考える。
しかしやはり数が多いのは徒競走。単純に速さだけを競うその全てをは尽く避けていることから、なるほど、うん、走る気皆無ということがよくわかる。
ちなみに午前中に参加する種目は球入れである。
「怪我をする心配は少なくて済むと前向きに考えるべきなのか…」
「きみはぼくの父親か何かか?全く、心配性!運動会っていえば怪我したりバトン落としたりアクシデントがつきものなんだよ!」
その偏った情報はどこから仕入れたんだとドレークが聞けば、はあっさりと「って、クザンくんが」と答える。
やはりの教育上、青キジとの接触はよくないんじゃなかろうか。
夏の終わりにも感じたことを再度考えつつ、ドレークはぽん、との頭を叩く。
なにはともあれ普段とことん引きこもり、自分の足で歩くことすら面倒くさがるが運動会などという体育会系の祭典のようなものに自分から参加するのはよい傾向ではないか。
とかなんとかほだされているので毎度毎度苦労をすると、いい加減学習してもいいものを、それでもやっぱり、砂糖の山に黒蜜をかけたよりも甘く気合の入った親ばかのディエス・ドレーク。どうせ今日もロクな目にあわぬのだろうと受け入れながら、とりあえずいつまでものお守りをしているわけにもいかぬのだと思い出す。
「、頼むから出場種目の準備になるまで、大人しくしていてくれ」
一応ドレークは海軍の上から数えた方が早い地位にいるのだが、こういった行事は元帥・大将・中将らが指揮をするわけではないので、中間管理職と言うかなんというか、そういう立ち居地の将官らがあれこれ裏方に回り、海兵たちに指示を出す。言うなれば運動会管理委員のようなもの。
とりあえずを移動させようと試みる。大将らはトラックの前方にあるテントに陣取っているのだが、赤犬の椅子の隣にちょこん、と小さくの椅子も置かれているはずだ。そう言ってをひょいっと抱き上げようとしたのだが(既に条件反射である)その途端、背後からぬっと腕が伸びた。
「ちょ…ちゃん!!?何その格好!運動会なんて面倒くせぇと思ってたけど、おれ今めっちゃテンション上がったわー、っつーかそのブルマ誰が用意したの?サカズキ、なわけねぇか。いや、サカズキだったらそれはそれで普段からの「実は変態疑惑」がさらに濃くなんだけどね?」
ドレークが抱き上げようとしたを掻っ攫うように奪い、その腕に抱き上げながら一気に青キジがのたまった。はどうも慣れたもので「あ、クザンくん。おはよう」と挨拶をしている。天然というよりは肝が据わっているのである。
「……青キジではなかったのですか」
「え?何、おれが用意したかもって疑惑あんの?そりゃ、いつかちゃんにしてほしい格好ベスト10にがっつり入ってるけどさー」
「ねぇ、ぼくコスプレする趣味はないよ?」
「ナース服のちゃんに一回でいいから膝枕されてぇんだよ、俺」
こういう流れだといつのまにか表れた赤犬が青キジを殴りを連れて行く、という展開になるので、きょろきょろと青キジは周囲を警戒している。だが大将らの控えるはずのテントの中にもトラック内にも赤犬の姿は見当たらない。あの身長なら見失うこともないだろうからこの場にはいないということだ。
とりあえずドレークは青キジからさりげなくを離して自分の背に庇う。そういう体勢を許していれば、青キジが赤犬に蹴られたり殴られたりする。青キジだけなら構わないのだが、確実にそのままにまで被害が来るだろう。
最近の保護者の自覚がちょっとばかり出てきただけにドレークは素早く行動し、もちろん奪われた青キジは一度ぴくん、と眉を跳ねさせる。
少将風情が何してんの、といわれればそれまでであるのだが、その分厚めの唇が開く前に、くいっと青キジのジャージ(本日はスーツではなく青ジャージ。多分大将カラー)の裾をが引っ張った。
「ねーぇ、クザンくんも何か競技出る?」
「え、ちゃん何か出んの?」
「うん、午前中は球入れ。デッキブラシ使ったら反則なんだって、酷いよねぇ」
がため息を吐けばクザンが「だよねぇ」と笑いながら頷く。庇われたのだとドレークは感じ、眉を寄せた。
こういうことが時々、ある。
青キジだけではない。の「お守り」になったドレークは時折階級の壁を飛び越えて様々な有力者たちと対面することになった。たとえばインペルダウンの看守長や、司法の塔の主、そういう人間相手からを「守る」とそう決意するドレーク、しかし、時折こうして、何かが起きるその前にがさりげなくドレークを庇うことがある。
『守られているのは、どちらだ』
以前、そう赤犬に言われたことがある。
があまりにもドレークに懐くもので、気に入らぬからとはき捨てられたのならよかった。だが、その時同席していた青キジが『お前それ嫉妬!?』と茶化していたのを聞きながらドレークはその言葉で胸を抉られたようだった。
ドレークはが可愛い。
性格はひん曲がっているし傲慢・尊大で人のことなんぞ踏みつける安全マットくらいにも思っていないような悪魔っ子だが、ドレークにはどうしたって幼い子供にしか見えない。
気を強く持って、その身に降りかかる脅威や強者との化かしあいに挑んでいるのだと、その姿が憐れだとすら思っている。
しかし、そう思っているのは所詮己の勝手なエゴなのではないか。
を守っているつもりが、実のところは守られているのではないか、そんなことを最近思う。
「大将青雉」
「うん?」
「仕事があるので失礼させていただきます。のこと、お願いしてもよろしいでしょうか」
あれこれと出場種目について話すクザンとに声をかけて、ドレークは背筋を伸ばした。青キジは珍しいものでも見るように首をかしげてからぽん、との頭を叩く。
「ドレーク少将は忙しいっていうし、じゃ、俺と行こうか、ちゃん」
「それってなんだか人攫いの発言に似てるよね?」
「いやいや、そういう時はあれだから。あれ。おじさんと楽しいところ行こうね、とかだから」
……やっぱり青キジに任せるのはやめたほうがいいだろうか。
少し距離を置いたほうがいいのか、とそう思いかけてそう頼んだのだが、やっぱりちょっとばかり不安がある。ドレークは何か言おうとしたが、しかし、言うが早く再度青キジがをひょいっと抱き上げてしまった。まるでそうするのが当然、という仕草、そしても当然だと受け入れている。いや、の場合は人を「使う」のが当たり前だと思っているのでまた違うのだろうが…なんというか、そういう光景、ドレークには少しだけ妙な疎外感のようなものを覚えてしまう。
去ろう、として踵を返した途端、ぐいっと、翻ったコートをつかまれた。
「ところで、ねーぇ、ディエス、ディエス。ぼく、運動会のお昼はやっぱりから揚げとおにぎりだと思っているんだよ?」
つんのめりかけ、振り向けば大きな青い目をこちらに向けて小首を傾げるの顔。
「…作れと?」
「え、作らないの?」
当然のとうにきょとん、とする。その顔は愛らしいといえばこれほど愛らしい顔もないのだが…誰だ、こいつをこんな悪魔っ子にしたのは。
ドレークはため息を吐き、不可能だとは思うがもしも自分がの両親に会うようなことがあれば、ぜひとも一体どういう教育をしたらこんな性格になるのかと聞いてみたいと思った。
「三角じゃなくてまぁるいのにしねて、ホークで刺せるのがいいな。のりたまと、鮭と、のりでね。卵焼きは砂糖とほうれん草を入れないとダメだよ」
あれこれとはお昼のお弁当のリクエストを出す。呆れながらもそれを頭の中で覚えていってしまう自分を情けなく思いつつ、ドレークは頷き、そしてコートを掴むの手を取り、ぽん、と頭を撫でた。
「わかったわかった。作ってきてやるから、大人しくしていてくれ」
「それとこれとはまた話が違うよねー」
離れられないと、そう覚悟しドレークは苦笑したのだが、続くの悪魔っ子発言に、やっぱり胃のことを考えたら辞表でも書くべきなのだろうかと、そんなことを思うのだった。
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海軍本部一般食堂見習いのマリアにとって、運動会なんぞというものは一年で最も「いらねぇんだよ!」と叫びたくなる行事だった。
というか誰が発案したんだ?元帥か?
バケモノぞろいの海軍本部でトップやってる元帥が考えたのか?だとしたら正気疑う。
などとらしからぬ乱暴なことを考えつつ、マリアは一般食堂料理人たちの集まるスペースで一人ぶつぶつと不平を漏らす。
「大体俺は理系なんだよッ!海軍本部にいるからって基準より身体能力があるとかそういう偏見持ってんじゃねぇ…!!」
一般人が観に来ているため過激なことはしないが、しかし普段の訓練を行かせるようなプログラムになっている。綱渡りや、徒競走、マリアたち料理人ももちろん参加させられるのだ。
「何が悲しくて恥を曝さなきゃならねぇんだ……!」
今日が土砂降りになってくれたらと一ヶ月前から星に願い続けた。
てるてる坊主も山のように作って食堂に(勝手に)吊るした。
「雨が降るといわれる行為は全部試してみて、なんだこの晴天!!」
お約束といえばお約束であるが、しかし、マリアは叫びたかった。
「呪われちまえ…!クソ運動会……!!」
「物騒なことを言っているが、どうかしたのか?」
「……っ!!!?ドレーク少将…!!」
死ねクソ運動会!と叫びかけたマリアの背後から、ひょいっと、声がかかった。振り返って誰かを確認する前にマリアは顔を真っ赤にして椅子から転げ落ちる。
「……大丈夫か?」
派手に転がったマリアに眉を寄せながら、表れたドレーク少将は手を差し伸べてきてくれた。普段食堂に来る海兵たちを怒鳴り散らしたり、を構いに来る青キジ相手にも「暇なんですか」と冷静な態度を取るマリアだが、ドレークを前にすると普段の自分の強気さがまるで出てこない。
真っ赤になって口をぱくぱくさせながら、しかししっかりとドレークの手を握り締める。
(俺絶対手ぇ洗わねぇぞ…!!!)
などと、まぁ現実的に考えて実際には洗うだろうがそんな乙女思考を展開してしまう。
食堂のマリアちゃん、などと呼ばれ普段メイド服で給仕をしている顔立ちの美しいこの少年。本名はきちんとあるのだが、もうマリアで浸透しているからいいだろ。そのマリアちゃん、別に同性愛とかそういうケはないはずなのだが、どうもどうやら、ディエス・ドレーク少将に岡惚れしているらしかった。
それで手をぎゅっと握り締め、体温が上がる。手を握っただけで心臓の音がバレることはないだろうが、しかし静まれ俺!と念じずにはいられない。
「あ、あの!!ありがとうございます!!」
「いや、私の方こそ急に声をかけてすまなかった」
「いえ!いいえ!ドレーク少将にお声をかけていただけるのなら深夜だろうとおれ、じゃなかった、僕は嬉しいですから!」
いや、誰だお前。本編二部でシリアス腹黒キャラを披露したマリアとは思えないほどの別人っぷり。これで演技ではなく素というのだから、どんだけ惚れているのだと突っ込みたいのだが、この場にそういうスキルを持った者はいない。
ドレークは「そ、そうか」と聊か勢いに押されつつ、いまだに握られたままの手に視線を落とした。
「あ…!す、すいません…」
慌ててマリアは手を放し、真っ赤になった顔を見られぬように俯いた。
「そ、その…め、珍しいですね…!ドレーク少将がを連れずにいるなんて」
海軍本部をあげての大運動会。ドレーク少将に会える可能性もないわけではないと思っていたが、しかしマリアは「どうせが独占してるんだろ!」と諦めていた。
詳しいことは知らないが、ドレーク少将はの「お守り」をしているらしい。マリアが聞いた話では保護者のような役割であれこれ世話を焼いているよう。が食堂にアルバイトに来るときも迎えや時折様子を見にやってくる。
その気のかけっぷりと過保護っぷりにマリアは時折本気で嫉妬してと口げんかをするのだが、いくらに「ドレーク少将で遊ぶな!」と言ったところで「ディエスはぼくの玩具だし!」と返されるだけである。
こういう行事であるならドレーク少将はの傍を離れないだろうと、そう思って会える可能性については諦めていた。
そのうえ嫌いな運動、恥を曝すということが重なって不機嫌になっていたのだが、しかし、ここで思いもかけず会えた。
「私は大将が不在のときに彼女の護衛をしているに過ぎない。今日は一日中誰かしらの大将殿の傍にいるだろう。私も普通の仕事をしているときがあるんだぞ?」
「そ、そうですよね…!失礼しました…!なんか、いっつもいっつもといるイメージが…」
「まぁ、君と会う時は殆ど彼女といるな…あぁ、その通りだ…」
なにやら思い出して胃でも痛んだのか、顔を顰めるドレーク少将。
しかしマリアは小躍りしたい気分だった。
(グッジョブ運動会…!!!)
ぐっと、マリアは拳を握り、さきほどまで散々悪態をついていた運動会に感謝する。
なるほど、普段マリアの恋路の邪魔をしてしょうがないは本日はドレーク少将を独り占めしないのか!
それなら今日は三分以上会話をすることもできるかもしれない。そう期待してマリアは顔を上げる。こんなことならきちんとした格好をしてくればよかったと後悔する心もあるが、今更間に合わない。せめて好印象を残せるようにと笑顔を心がけ、マリアは口を開く。
「あの、ドレーク少将、それで、あの、僕に何かご用でしょうか?」
「いや、忙しくなる前にの昼食を作っておきたいんだが、食堂を借りられないかと料理長に相談しに来たんだ」
………やっぱり死ね、運動会。
ドレーク少将の手作りってなんだ!!
っていうかあいつ味覚ないだろ!と、マリアは表面の笑顔を崩さず心の中だけで怒鳴った。
「へ、へぇ…食事ですか…で、でも、確か今日は大将閣下たちにはお弁当が支給されますよね…?そ、それならのも出るんじゃ…?」
家族がいるものは当然家族の持参した弁当を食べるのだろうが、海軍本部には独身者も多い。しかし普段どおりの食堂利用では味気ないだろうと、それで、食堂の料理人たちが弁当を用意しているはずだ。大将たちの食事なら幕の内弁当以上の豪華さ(と、量の)ものが将官利用の食堂から出ているはず。数の多い一般食堂とは質が違う、と態々嫌味を言いにきた料理長の言葉を思い出しつつ言えば、ドレークが苦笑した。
「彼女は仰々しいものをあまり好んでいない。こういう行事だからこそ、たまには普通のものを当たり前に楽しみたいんだろうと思う。俺は料理は得手ではないのだが、それでも俺が作ったもののほうがいいと言ってくれているのだから、その気持ちを汲んでやりたいんだ」
「ドレーク少将…お優しいんですね」
内心は「死ね……!!」と叫んでいるが、ドレークの優しさに本気で感動した。
どうせのことだから普段の我侭の延長だろう。忙しくなる前に、というドレーク少将の言葉を考えれば、本日あれこれせねばならぬことがあるらしい。それでものためにと身をさいてくれている。
この人は本当に優しい人だ。改めてマリアはドレーク少将を尊敬し、大きく頷いた。
「俺、手伝います!俺がいるなら食堂も使えるし、それに早くできますよ!」
「いや、しかし…」
「出場する種目まではまだ時間があります!お願いです、手伝わせてください!」
頭を下げられれば断られることはあまりない。マリアが綺麗に腰を折ると、ドレークが慌てたのがわかった。
つまりはこれはの我侭、海兵の仕事の外のことでそれに食堂の料理人を巻き込むことを遠慮しているのだ。しかしマリアは譲らない。
作っている最中一緒にいられるし、何よりも、ドレーク少将と並んで料理が出来るならこれほど嬉しいことはない。
「任せてください!俺、まだ見習いですけど弟がいるんで、子供が好きそうな弁当をこしらえるのには自信があります!」
ちなみにマリア、本名セシル・ブラウンはブラウン家の長男坊。弟はマーカー・ブラウンと言う少年でマリアと違いブラウンの髪に美人とはいいがたい顔。この弟がどういう子なのか気になった方はバカッポー隔離部屋の海兵パロをご確認頂けるといいだろうが、今回は関係ない。
「……君が手伝ってくれれば、とても助かるが…」
「じゃあ、手伝わせてくださいよ。ドレーク少将にご迷惑はかけません」
「むしろ私が迷惑をかけているのだが…」
「俺はドレーク少将を手伝えるのならなんだって迷惑とは思いません。海賊討伐だって手伝います」
「いや、それは大丈夫だ」
真顔で言えばドレーク少将が笑った。
あまり粘って困らせては意味がないと思っていただけにマリアはほっとする。そういえば、ドレーク少将の笑った顔はいつもどこか困ったような笑顔で、それでも十分にマリアは胸がいっぱいになるのだけれど、こうして自分の言葉で笑ってくれたということが、どうしようもなく嬉しい。
(……やばい、おれ)
ドレーク少将の言葉一つに怒って、喜んで、落ち込んで、そして今のこの、笑ってくれた顔。マリアははっと気付いて思わず手の甲で口元を隠し、俯く。
「?どうかしたのか?」
「…い、いえ、なんでもありません…!」
突然俯いたのでドレーク少将が心配するような声を出す。マリアは顔を上げられないまま首を振って、そして、先ほどよりもさらに真っ赤に、おそらくは耳や首まで真っ赤にしながら、ぎゅっと目を閉じる。
(おれ、本気でこの人がすきなんだ)
++
「…………」
「……あ、あのさ…サカズキ、お願いだから無言はやめてよね?ぼく、なんか色々いたたまれなくなってきた…」
所変わってトラック付近のテントの下。クザンに連れられて観戦席にやってきたは、現在直立した大将赤犬閣下にまっすぐ見下ろされ、居心地悪くて仕方なかった。
本日運動会、ということもありサカズキも普段の格好ではなくてジャージ姿。帽子はそのまま、着ているものが変わっても威圧感は全くなくならないのだが、には新鮮である。もう少しその姿を見ていたいのだが、先ほどからこのようにじぃっと見下ろされては俯くほかないではないか。
「わしの言いたいことはわかるか」
「……こ、心当たりがありすぎて…」
何か怒られるんだろうか。いや、本当心当たりなら普段から山のようにあるのでの体はますます縮こまる。普段傲慢尊大俺様何様様な我侭っ子であるが、サカズキ相手にそのような態度はまず取れない。冬薔薇による副作用なのか、それとももう長年の付き合いゆえなのか、それとも強者にたいする本能なのか、それは自身にもよくわからないのだけれど、サカズキに睨まれると身が竦んでしまうのだから仕方ない。
「わからんなら、わしが怒鳴ろうと意味はねぇのう」
「いや…でも教えてくれないとぼく、わかんないよ…」
「口ごたえするな」
正論だと思うのが、ぴしゃり、と返された。は黙って眉を寄せる。
何か自分がしたとはいえ、楽しい気分が一気に台無しではないか。
運動なんてする気は皆無だが、しかしは今日と言う日を楽しみにしていた。運動会。遊びの延長のようなものだが、海軍本部の立派な行事である。普段味噌っかす扱いのおのれだが、今日はきちんと参加して、サカズキやクザンと「一緒」に楽しめるのではないか。そういう思いがあって、それで朝から張り切っていたのに、サカズキはやっぱりどこでもサカズキである。
「………クザンの趣味か?」
黙って唇を噛んでいると、ぐいっとサカズキの手がの顎を取って上を向かせた。基本的に自分がいるのにの視界に己が入っていないなど許さぬ男(心狭い)である。無理やり向かせた目尻に涙が溜まっているのを見て顔を顰め、首を傾げる。
「なんじゃァ、その面は。誰に泣かされた」
いや、お前だ。
などとクザンあたりが突っ込んでくれればいいのだが、生憎青キジは席を外している。
なんでも午前中の競技に使うフィールド(規模が規模なだけに大運動場はあくまで集合場所。競技は各所で行われる。オリンピックなどを想像していただければわかりやすい)に氷を張りにいっている。その為とサカズキの痴話喧嘩(当人たち否定)に干渉できるものはいなく、周囲は「自分は見てません!聞いてません!」の姿勢を貫いている。
はぐいっと腕で拭い、首を降った。
「別になんでもないし!サカズキが気にすることじゃないし!」
「おどれを泣かせていいのはわしだけじゃろうが。言わんと仕置くぞ」
「本当になんでもないの!庇ってるわけでもないし!それより…クザンくんの趣味って、何が?」
大事になる前にが話題を変えようとする。サカズキは不満そうに鼻を鳴らすが嘘をついている様子もないのでここは引くことにしたらしい。それで問いかけられた言葉に、呆れる。
「その妙なナリに決まっちょるじゃろう」
妙な、というのは、まぁブルマ姿である。
ここでサカズキさんの心理描写に切り替えたとたん裏行きになる上、に向ける態度は平常仏頂面というのに「内心なに考えてんだこの変態!」と突っ込みたくなるに決まっているのでここは押さえるのだが、しかし、まぁ、のブルマ姿。いろいろ思うことがあるようなサカズキさん。
自分以外の一体誰の差し金でそんな格好をしているのだと、不服らしい。(本当に心の狭い男である)
言われてはきょとん、と顔を幼くする。
「クザンくんはナース服がいいんだって。でもこういうのもアリだとは言ってたよ」
サカズキは後でクザンを蹴り飛ばすことに決めた。
「これはぼくの趣味。だって運動会はこういう格好するんだよ」
当然のようには言い切る。
なるほど、時折あるの、間違ってはいないのだがなんかズレている知識である。
呆れたように息を吐き、サカズキはごそごそと自分のジャージの上を脱いでの肩にかける。体格差がはんぱないため、にとっては袖の長すぎるレインコートのようなものだ。
「サカズキ?」
「その格好は体を冷やす。機動性はあるじゃろうが、転べばすぐに膝を擦り剥くじゃろ」
「ぼく子供じゃないんだから転んだりしないよ!」
「どの口がほざく」
ジャージ姿も新鮮だったが、Tシャツ姿などそれこそ滅多に見られぬもの。の反論をおかしそうに喉の奥で笑う姿は、何と言うか反則ではないか。子供扱いされて憤慨しつつ、は顔を赤くしてしまった。
「なんじゃァ、熱かったか?」
「べ、別に…!サカズキは何着てもかっこいいんだなって思っただけ!」
自分が着ていたためジャージの温度がおかしかったのかと問うてこられ、は慌てて口に出した。失言をした、という自覚はないし、事実なのだから構わないと思っている。しかしサカズキは沈黙し、考え込むようにこめかみに手を当てて、そのままどっかりと椅子に腰掛けた。
「わしはおどれの羞恥心っちゅうんがようわからん」
「え?何?なんで?どうしてそういう話になるの?ぼく本当のこと言っただけだよ?」
「もう黙れ。直に開会式じゃァ」
疑問を並べるの腕を掴んで引き寄せ隣に座らせ、サカズキは足を崩して肘掛に頬杖をついた。
大運動会。別に海賊を減らせるわけでもないが、家族らと交流できる親睦会として重要な意味を持っている。大将として無事終了するまで気を抜けるものではないと思い、しっかりと全力で挑む気である。
そういうサカズキを横目でちらり、と見て顔を赤くし、そして逸らし、また見て、とそういうことを繰り返しつつ、はで忙しい。それでもふと、思いついたことがあるのか恐る恐るというように声をかけてみた。
「ね、ねぇ、サカズキ」
「なんじゃァ」
「ぼ、ぼくね、球入れと騎馬戦と、障害物競走に出るの。その、応援してくれる?」
「誰がおどれのような魔女の応援をするか。足を引っ張らんようにしろ」
きっぱり返され落ち込むのだが、まぁそれでこそサカズキである。は「だよね」と苦笑して椅子ノ上で足両足を抱える。
がしゅん、とうな垂れるのを眺めながらサカズキは後で手を回しておいてが怪我をすることなどないように図らねばと、そういうことを考えていた。
あと危険の伴う+に誰かが触れることになる騎馬戦は参加させないとも決意する。
本当にこころの狭い男である。
さて、そうしてそうこうしている内に、準備が整い時間になったのか、海軍本部をあげての大運動会は始まりの合図が鳴り響き始めるのだった。
Fin
午前終了。
長くなったんで区切りました。内容を忘れてなかったら次も書きます。予定は未定。
(2010/11/19 19:30)
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