わりとお似合いなんです、実は
「そんなの絶対つまんないよ!?どういうチョイス!!?もっとマシなもの持ってきなよね!」
サカズキの執務室の隣、本来なら大将付きの秘書団が秘書室として使用するための部屋であるのだが、秘書官を持たぬ赤犬はそのスペースを魔女の控え室として使用させている。作りは白を統一させたものだが、内装リフォームを手がけたコーディネーターが「大将閣下のお嬢さんのお部屋」だと勘違いしたために妙に子供部屋じみた印象を受ける。
さて、その部屋の中からの癇癪寸前の声が聞こえてきて、サカズキの留守中にこっそりちょっかいをかけにきたクザンはおや、と首を傾げた。
「何してんの?」
「青雉…!」
「クザンくん!いいところに!!」
ひょいっと顔を覗き込ませれば部屋の中にいる人物二人が揃って声を上げた。言葉は違えど双方己の名前であるのでクザンはぽりぽりと頬をかき、とりあえず大将としてモモンガ中将を優先すべきかと一瞬迷いつつ、そんな気は実際1ミリ程もないのでに目線を合わせた。
「なになに?サカズキ帰ってくるまでいい子でお留守番してるんじゃなかったの?ちゃん」
本日、大将赤犬は海軍本部から離れている。用向きは、まぁ、細かいところは省くが革命軍とのにらみ合いのためどこそこへ赴いた、ということ。さすがにを同席させるわけにもいかぬのでと本日はお留守番。サカズキが出る間際に「大人しゅうしちょれ」とそう言い含めているに違いないのに、何があったのだろうか。
「クザンくんってぼくのことなんだとなんだとおもってるのさ!お留守番とか、子供じゃないんだよ!」
「いや、ちゃんはどう見ても子供…」
「ぼくはきみよりずぅっとおばあちゃんだよ!」
何かヤなことあった?とぽん、と頭の上に手を置けばが不満そうに眉を寄せる。実際のところはウン百年以上生きているとクザンも知ってはいるが、外見年齢はどう見たって幼女だし、その上普段からの言動も幼いのだから仕方ない。しかしあまり子ども扱いしてさらに機嫌を損ねるのはまずいだろう。そう判断して謝るように両手を挙げ、クザンは「で」と話を戻す。に話しかけたことに後悔はないが、話が進まない。やっぱり事情を知るにはモモンガ中将だろう。顔を向ければ、聊か疲労感の滲んだ海軍本部中将がため息混じりに答えた。
「……留守中、ただ待つだけでは退屈されると思い気晴らしを用意したのですが」
まぁ、なるほど、とクザンは頷く。
基本的にはじっとしていることを苦痛とは思わないが、ふと思い立って何かとんでもないことをやらかすことがある。
モモンガ中将は気遣いというわけではなく、意訳すると「が退屈したら確実にこちらに被害が来るので、そうならないために暇つぶし道具を用意して挑んだ」であるが、まぁそれはいい。
「よかったねー、ちゃん。最近面白い玩具ないかって探してたでしょ」
「どこの世界に気晴らし=写経をして楽しむ女の子がいるっていうんだい」
「うっわー、モモンガ中将渋すぎるわ、それ」
さて何を持って来たのかとクザンは楽しみに思ったが、すぐにがいやそうな顔で教えてくれた。
ちなみに写経、仏教の経典などを写し書きすることである。別段モモンガ中将は熱心な宗教家、というわけではなく精神を落ち着かせる一環として取り入れているのだろう(事実剣士には多い)けれども、それをに勧めるとは…。
「モモンガ中将って、独身だっけ?」
「それが何か?大将青雉」
「いや……うん、なんでもないわ」
当人が否定していてもの趣向は女子供、というところがある。これがディエス・ドレークならが退屈せぬあれこれを的確に用意できただろうが、生粋の海兵。生真面目な男。趣味は剣術訓練だ、などと真顔で答えるだろう男。
……そもそもそういう男が幼女の世話なんぞできるわけがない。
ここでモモンガ中将にお嫁さんか娘さんでもいれば経験からチョイスできただろうし、助言を受けることもできただろうが…。まぁ、中年の独身の限界か。などと何気に失礼なことを思いながらクザンはふてくされているの頭をポン、と叩いた。こういうときは起こらないもので、は「ディエスならこんなことないのに!」と不満を露にしている。
「コラコラ、ちゃん。そういうこと言うと悔しくなったモモンガ中将があとでドレークに八つ当たりしちゃうかもよ?」
「男の嫉妬ってやつだね!ますますつまらないよモモンガ中将!」
「いや、するわけないでしょう。そんなこと」
即座にツッコミが入るが、聞くではない。クザンの腕にひょいっと抱き上げられそのまま当然のように肩に乗って、は頬を膨らませた。
「こんなときにディエスもサリューもいないなんて」
赤犬とは別にドレークと副官のサリューは一ヶ月前から遠征に出ている。帰還するのはまだまだ先だとクザンも思い出し、そういう時ははひょっこりと水の都やらどこぞをたずねると思っていたのだがと首をかしげる。
「水の都に遊びに行かねぇの?」
「サカズキにデッキブラシ折られたんだよ」
さすがドS亭主(無自覚)しっかり軟禁状態を作って出て行ったのか。ぬかりない。クザンは呆れながら頬をかき、それじゃあ、と一つ提案をしてみる。
「ちゃんおれとデー、」
「前にクザンくんと出かけたら知らない女の人にほっぺた引っ叩かれた」
「……その節はマジでごめん」
半年前にクザンがをマリンフォードの小洒落たカフェに誘うことができたのだけれども、あの時うっかり遭遇したクザンの恋人未満肉体関係あります、な女性がクザンが離席している間ににビンタを喰らわせた。
「ふふ、ぼく女の人に殴られるなんてあんまりないのにー」
「いやごめん、マジでごめん」
確かその時その女性が叫んだ言葉が「この、泥棒猫!」である。そしてクザンには「変態!」だ。
は唖然とし、クザンは血の気が失せた、今思うと懐かしい記憶である。
何故そんなことになったかといえば、まぁ、話は簡単だ。クザンが付き合う女性は皆共通点がある。赤毛であるか青い目であるか、ということ。顔や体つきは全く違う女性と付き合っていたとしても、聡い女性は気付くだろう。そしてではクザンが求めるのは誰か、と、まぁ、考えるもの。
そして偶然ばったりと、カフェで幸せオーラ全開のクザンを見て女性は全ての謎が解けるわけである。
「もうあんなことないからさ!」
「なんかそれって浮気して言い訳するヘタレ男みたいー」
「ちょ、ちゃん!?ヘタレ男なんて俗な言葉どこで覚えてきたの!?」
基本的にの言葉遣いは子供っぽいが、使う単語に乱れはない。若い女子の男性批評に出てくるような単語を聞き思わずぎょっとすると、が楽しそうな顔をする。
「この前キキョウくんとピアくんの三人でお茶したときにキキョウくんが「マルコ隊長と親父殿以外は皆ヘタレ男なんですよ、カス野郎なんですよ」ってー」
あの子か!うちの子に変なこと吹き込んだのは!とクザンは額を押さえる。白ひげ海賊団に所属するカッサンドラの魔女キキョウ。と仲が悪いんだから良いんだがよくわからぬところはあるが、確実に悪い影響は与え合っていると思う。
「ヘタレってのはドレークみたいなやつを言うんであって、おれは違うからね?」
「皆自分は違うんだって言うらしいんだ」
どんなこと教えたんだ、キキョウ。
あれか?魔女三人が集まってキャッキャとガールズトーク。でも言ってる内容のドきつさはハンパなかったのだろう。というかいつのまにそんなお茶会あったんだとクザンは突っ込みたい。しかし今はそういう話ではないのでとりあえずこほん、と咳払いをしてクザンは再度提案をしてみる。
「じゃあデートはなしで、人助けなんてどうよ?」
「このぼくに何言ってんの?」
きょとん、とが首をかしげる。肩に乗ったまま小さな仕草、いや、言ってることは悪魔的だが、本当かわいいんだけどこの子、とクザンは「このままさらっちゃダメかなー、ダメだろうなー。俺死ぬよなー」と思いつつ、言葉を続ける。
「そうそう、人助け。ちゃん、おれがコーヒー好きって知ってるよな?」
「うん、クザンくんって結構コーヒーの匂いするからね」
はい、おれ、そういう発言に一々喜ぶな。
が自分の趣向を覚えていてくれて、しかも匂い、というやや親密な印象のあるネタを出してきてくれたことにクザンは少しテンションが上がった。しかしそんなことで喜ぶな、志を高く持て、と自分に言い聞かせる。そこまでしないと喜びまくってしまうという時点ですでに手遅れだ。
「で、マリンフォードのおれのいきつけの店が新しい豆を仕入れたって話なのよ」
三日ほど前のことである。珍しい南の海にある熱い島でとれたコーヒー豆が船で輸入された。なじみの店主はすぐに知らせてくれたのだけれども、仕事をサボってぶらぶらはできても、中々外に出ることの出来ない大将閣下。いけずに悔しい思いをしていたのだ。
と、そういう説明をにすればは不思議そうな顔をする。
「持ってきてもらえばいいのに」
うん、さすが「自分が一番!」のである。
「…いや、別におれのために仕入れてもらったわけじゃないしね、貴重なものだし、ほかの人も楽しみにしてるんだよ」
店は腰の曲がった店主一人でやっているし、私用のため海兵をおつかいに頼むわけにもいかない。
「で、まぁ、数に限るもあるしなぁ、ちゃんが一緒にお散歩付き合ってくれるならちょっとくれぇ出てもいいだろうし、どうよ?」
「つまりひとだすけって、クザンくんがお茶にいく口実になれってこと?」
可愛らしくいうと前者だが、まぁ、の言うとおりである。
「あとおれの好きなお店にちゃん連れて行けるといいなーって、結構ロマンチストなこと考えてるわけよ」
「ぼく、クザンくんのそういう身の程を弁えないところは好きだよ」
いや、照れるね、とクザンが嬉しそうにすると沈黙しているモモンガが「褒め言葉じゃない…」と小さく呟いていた。
「で、どうする?付き合ってくれる?」
「今日は読みたい本もないし、暑くも寒くもないからいいよ」
あれか、が自分と出かけるには本やら気温やらが優先されるのか。
堂々と言い放つに、しかしまぁOKはもらえたのだから!と素直に喜ぶことにしてクザンはそのまま部屋を出ようした。が、それをが止める。
「ちょっと待ってクザンくん!」
「ん?どしたの?」
「外に出るなら帽子被らないと!それにコートも!」
本日、気温は先ほどのの言うとおり暑くも寒くもない。秋口の、丁度いい天気・気温では白いワンピースにカーディガンだが外に出ても問題ないはずだ。まだ日も高い。しかし着替える、というもので、クザンはとりあえずを下ろした。
「別にそのままでもいいと思うよ?」
「外に出るのに帽子も被らないなんて、ぼくの美学が許さないよ」
そういえば、妙なこだわりを持っている。
確か、一昔の貴族女性は外出時には必ず帽子を被るのがマナーだったとか、そういうことを思い出す。の思考はちょっとばかり時代錯誤なところがあるので、これもその一つだろうか。
「クザンくんは何色が好き?」
「ん?」
じゃあ待ってるから取っておいで、という姿勢を見せるとがそんなことを問うてくる。
「唐突に、何?」
「何って、クザンくんとお出かけするんだからクザンくんが好きな色にするに決まってるし?」
「……」
「あ、青雉…!!?何を…!!!!」
「って、クザンくん何してんの……!?」
とりあえずガンッ、と壁に思いっきり頭を打ちつけたクザンにモモンガとが驚いて声を上げる。能力ゆえにガラガラと氷になってくだけただけだが、クザンは呆然としつつ、自身に問いかけてみた。
「何この展開…!?何!?あれか!?夢オチか!!?何かさっきから何の邪魔も入らねぇなとか思ってたよ!!!!何この優遇…!!!どうしたおれ!!!!?」
二人の驚き完全置き去りで、クザンはあれこれと叫んでみる。が、あのが…!サカズキとバカッポー、ドレークとオママゴトをする以外全く隙の無かったが…!何ゆえ自分を省みてくれているのか……!
「これからおれに何が起きんの!?あれか!サカズキが帰ってきて殴り飛ばされんのか!?でもそんなのどうでもいいくらいこの展開はおいしすぎるんだけど……!!!」
冷静になれ自分、どうせ夢オチだから!と頭を打ちつけ続けていると壁が凹んできた。しっかり痛みはあるのだが、痛くとも夢!という展開はないわけではない。
油断するな自分…!!などと心底真面目に言い聞かせ、クザンは額を拭う。
「よし、じゃあこれ夢オチでもいいから是非ここはおれの趣味全力でメイド服希望とか、」
「やっぱ行くのやめにするー」
「嘘です。ごめん、夢とか言わないんで取り消さないでください」
ナース服でも可!といおうとしたところの天使のように愛らしい笑顔。マジ切れカウント3、とわかりクザンは即座に謝罪する。ころころとが面白そうに笑った。笑うと猫のようである。
しかし、まぁ、夢というのはないだろうがとクザンはとりあえずは判断してこの珍しすぎる状況に対する不信感をさてどうあつかったものか、とも思ってみる。
「クザンくん…ぼくね、すっごく嫌いなことがあるんだよ…」
そういうクザンの心境が伝わったのか、ふいに視線を逸らしがぽつり、と呟く。
「え、何?この急なシリアス展開」
とりあえず気温もちょっとばかし下がったんじゃなかろうか、と思うのだが、それは先ほどクザンの氷が飛び散ったせいである。
はどこか遠い目をしながら言葉を続けた。
「切花とかさ、チョコレートとか、ぼくはわりと嫌いなもの多いんだけど、何が嫌いかって、うん、そう。ぼく、字を書くのがすごく嫌いでね…」
「……いや、書かなきゃいいじゃん」
あれか?出かける理由はモモンガ中将が写経の道具を持って来たからか?
しかしそんなもの無視すればいいだろう。というか、なぜ書くのが嫌なのか。
「だって道具あったら興味本位で書いちゃうかもしれないじゃん!!ぼくの好奇心甘くみないでよね!」
「え、ここで怒るところ?」
何かポイントちがくない?と突っ込むだけ無駄だろうがとりあえず突っ込んでみる、するとやはりはクザンの言葉をスルーして大げさなため息を吐く。
「何が嫌かって!自分で自分の書いた字を見ることだよ!何でちぃっとも上手くならないかな!これなら三歳児の方がまだマシだし!」
「いや、別にちゃんの字、汚くないでしょ」
の字はクザンも何度か目にしたことがある。細く流れるような筆跡だ。言動は子供子供しているのに書く文字は女流作家のように妙に艶があると感心したのを覚えている。
それの何がいやなのかとそう首をかしげると、が「なんでわかんないかな!」と苛立った。
「汚いよ!クザンくんサカズキの字見たことないの!?」
「おれちゃんがあんな力強い筆跡してたら泣くわ、マジで」
比べる対象おかしくね?
サカズキの筆跡、は、まぁ、達筆は達筆だ。毎年正月に執務室に掲げる自身らの正義の信念を書くのが大将の最初の仕事であるのだけれど、その中で一番印象に残るのがサカズキの書く文字である。
めちゃくちゃ上手い。いや、まぁ、上手い、は上手い。の言うとおり「憧れの対象」にはなる、かもしれないが、しかし、サカズキの文字は、なんというか逞しすぎる。
字は人柄を表すというが、まさにその通り。
ぶっとく堂々と力強く書かれる文字をが会得しようものなら、クザンはちょっとばかり泣く。
しかし、人の好みは、まぁ十人十色だ。ちょっとばかし感覚のズレているなら、まぁ仕方ないかとそう前向きに考えてもいい。そしてまぁ、その妙な感覚のお陰で今回一緒にデートじみたことが出来るというのなら、大歓迎するところでもあるだろう。
うんうん、と自分を頷かせて、クザンはとりあえず当初の予定通りの支度を促した。結局何色がすき、ということは答えなかったが、が自分のことを考えて服を選んでくるかもしれない、とそういうことを考えるだけで……マジで嬉しい。
とてとてと奥の部屋に行くの後ろ姿を見送ると、モモンガが咳払いをした。
「……そんな顔をされては、が外出すると赤犬に連絡することができなくなります」
「え、何?おれどんな顔してる?いつもどおり男前じゃないの?」
言われてクザンは部屋の窓ガラスに顔を向けてみる。
そこにはまるで好きな子とデートに行く前の少年のような顔をしたオッサンが映っていた。
あ、なるほど、そこういう顔しるからちょっかいかけた女性たちにすぐバレたのか。
(っつかおれどんだけテンションあがってんの!!!)
Fin
ショートショート目指しました…よ!?……6700文字程度…!これSSサイズか…?
(2010/11/11 20:28)
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