※コミック未収録分のネタバレがチロっとあります。ご注意ください。






 

 

 

 

 

 




「なぁ、ちゃんに恋人できたって話、知ってっか?サカズキ」

べきっと、サカズキの羽ペンがそれは見事に折られ、そして次の瞬間灰になった。

うげ、と、クザンは顔を引き攣らせる。いや、偶然そんな話を耳に挟んで、まさかあの、年中脳内春状態で「ぼくは髪の毛一本だって全部サカズキのだよ」と全面に出していろんな男の心にトラウマを作っているに限ってそんなことはなかろうと、クザンは即座に思い直した。所詮世間話、噂に過ぎぬ阿呆なこと、と一蹴してしまおうとサカズキに言ったのだが、しかし、何だこの反応。

クザンはやっぱり出直そうかと真剣に考えたが、しかし、ちょっと気にもなる。

聞いた話によれば(出所は世界一口が堅いと自称の戦桃丸くん)、が最近編み物をしているとそういう話。ここでクザンは「それサカズキにあげるクリスマスプレゼントじゃね?」ともっともらしいことを考えたのだが、目撃証言によれば、幅とサイズはごく普通。

とても楽しそうに、時々相手のことでも考えるのか笑顔を浮かべながら編む様子は可愛らしくて仕方ないのだけれども、え、ごめん、誰に贈るの?と、周囲を困惑させている。

大将に贈るのならもう2,3、周りは大きくなければならぬ、とのこと。そして何よりも色が白だという。サカズキへの贈り物なら赤か黒だ。

それで、にサカズキ以外の「誰か」ができたんじゃなかろうかと、そういう噂。

「大方、水の都の市長じゃろ」
「それは別途手配してるっておつるさんが教えてくれたけど」
「ではそこの船大工か」
「パウリーくんだっけ?ちゃんのお気に入りの。あの子には手編みよりも手料理ご馳走するんでしょ、確か。いいよなー。マヂで。でもどっちかってと、ロブ・ルッチが闇討ちしないか心配なんだけど」

一応クザンも一瞬は疑ってしまったのであれこれ調査はしているのだ。言うたびにサカズキの眉間の皺が深くなるが、しかし最初の羽ペン蒸発以外は平然としているように見える。

「クザン、わしにどうしろっちゅうんじゃァ」
「いや、嫉妬とかしないのかなぁって」

てっきり無言で部屋から出て行くくらいするかと思った、と言えばサカズキが笑った。

鼻で笑い飛ばすとか、そういうのではない。

こう、見たものを恐怖のどん底に突き落とすような、そんな、物凄くおっかない赤犬の笑顔である。

げ、とクザンが顔を引きつらせたときにはもう遅い。

仕事する手をいったん止めて、サカズキは椅子にゆっくりと眼を細めた。

「今すぐにあれを組み敷いて泣くまで犯してやりたいほどはらわたは煮えくり返えっちょるが?」
「平然と言うな、マヂで怖ぇよ」








降り続く白い雪は心のよう








「頼むから死人が出る前に大将赤犬に何らかの弁解をしてくれ、
「っていうか何がどうなってぼくに恋人疑惑?」

面倒くさいことになる前にと恥じも何もおっ捨ててドレークは素直に床にごりごりと頭を押し付けに頼み込む。基本的にこちらの願いなんぞ足蹴にするのが常である外道の魔女であるけれど、どういう価値観か「男の人が簡単に頭を下げるんじゃないよ」と嫌そうにして、顔を顰める。

土下座は効くのか、とドレークは頭の隅で覚えておくことにして、の座るソファの向かいに腰掛ける。

「一応話自体は聞いているのか」

ドレークは現在海軍本部の“奥”でひっそり流れている「え、あの魔女に恋人!?赤犬が許したのか!?」という話を思い出す。誰が流したのか、いや、流したというか、そう推測されすぎたと言う方が正しい。何となく怖いのでいまだドレークは大将赤犬の執務室には近寄っていないのだけれど、そんな「噂」が流れた時点で、多分誰か怪我人が出るんじゃなかろうかという思いはあった。

が知っているのならなぜいち早くその疑惑を払拭してくれないのか。

「まぁね。誤解してるのはクザンくんだけじゃないし、鳥なんて泣きながら電話してきたよ。ふふ、うっとうしいったらありゃしない。次ぼくに取り次いだら承知しないって交換手を脅しておいたんだけど効果はあるかな?っていうかぼくがマフラー編んでるだけで恋人疑惑とか、何か本当、皆単純?」
「確認させてくれ。まさか確信犯じゃないよな」

この悪魔っ子なら他人に思わせぶりなことをするのもありえることだ。だが対象が赤犬という恐ろしすぎることをするだろうか。

「ぼくまだ死にたくない。あと五百年は生きる」
「……そうだな」

問えばが真顔で答える。ぶるっと身を震わせたのはうっかり赤犬に仕置かれる場面でも想像してしまったのだろう。

頬に軽い冷や汗を流しつつ、は膝の上に置いた網掛けのマフラーに視線を落とした。

これが事の発端である。世話係りなんてやっているドレークであるけれど、このマフラーが誰に贈られるものか聞いていない。てっきり赤犬へのものだとおもっていたので作り始めたとき聞かずにいたら、この状況になってしまったのだ。

「もうあとは整えるだけで完成なんだよ。いまサカズキのところに行ったりしたら折角作ったこれが燃やされるに決まってるじゃないか」

言動は常に悪魔っ子だが「一生懸命編んだのに!」と頬を膨らませる様子は愛らしい。(親ばか)意地を張るのはいつものことだけれど、赤犬が問題になっているのにが我を通すのは珍しいことだ。できればドレークは応援してやりたいのだが、結果的に自分だけではなくも酷い目に合うとわかっているので、さてどうするのが一番いいのかと考える。

平たく言えば現在赤犬が嫉妬しまくっているというのが問題だ。に関して心の狭すぎる大将閣下。基本的に目が合ったら浮気認定するオレ様何様サカズキ様。

誰も怪我をしないで済む解決策なんてものは存在しないが(もう嫉妬させた時点でアウトである)が会いに言ってことの説明でもするのが一番だろう。しかし、それでは確実に原因となったマフラーが燃やされるとは嫌がる。

ドレークとしてもがここ数日とても楽しそうに、一生懸命編んでいた姿を見ているのだ。

日の当たる暖かい場所で赤味の濃い髪に光を反射させ、穏やかな表情でせっせを編むの姿を思い出し、ドレークは表情を揺るませた。

外道、傲慢尊大に自分勝手極まりないだが、やはりその根底には優しさや思いやりがあるのではないかと、そんなことを思えた時間だった。

「しかし、それで結局それは誰にやるつもりなんだ?」
「あれ?ぼく言ってなかったっけ?」
「聞いていないから聞いているんだ」
「そうそうおれも超気になってんの。ねぇ白っておれにも似合う色だとおもうんだけどその辺どう思う?ちゃん」

どこから沸いたんだこの大将は。

当然のように聞こえた声にドレークが振り返れば、部屋の入り口に立っている最高戦力のお一方。師走に入ったというのにいまだに軽装でいられるのは能力者ゆえだろうが「見ていて寒い」とに不評。それで最近はシャツの上にベストを着るようになったらしい青雉クザン。

ひょいっと部屋にはいり、そのままの隣に腰掛けようとするが、それをが手で制する。

「ぼくね、夏場はいいけど冬場にクザンくんに近づいて欲しくない」
「ねぇちゃんおれ今まじで泣きそうなんだけど……!?」

真面目な顔でが言えば青キジが本気で目を赤くする。あんまりにも自分勝手な意見にドレークも顔を引き攣らせてしまうが、しかしまぁ、の我侭は今に限ったことではない。

「……ドレーク少将」

黙って眺めていると、何かを決意したような青キジがこちらに顔を向けてくる。

はっきり言って相手をしたくないが、縦社会でそういうわけにもいかないだろう。ドレークは「…なんですか」となるべく感情を表に出さぬように注意をし、返事をする。

「ちょっと海楼石の手錠持ってきて」
「そこまでなさるんですか……!?」
「だってヒエヒエしてたらちゃん逃げんだろ!?制御できてるつもりだけどやっぱ無意識に温度低くなっちゃうときあるし…!!!じゃあもう手錠するよおれは!」

必死に訴えられ、ドレークはちょっと引いた。

確かに冬場のの青キジへの避けっぷりは、まぁ、見ていて気の毒だ。そのかわり夏場は重宝されてるからいいじゃないかとドフラミンゴ辺りは言っているのだが、そんなこと青キジには関係ない。

「っていうか、ぼくの話がズレてない?このマフラー誰にあげるのかって話なんだけど」

慌てるドレークと青キジを面白そうに眺めていただったが、自分が話題の中心にいないことに寂しさでも覚えたか、足をぶらぶららせていたかと思うと、ぽつり、と手を上げて二人に注目させる。

「あ、そうそう。それ聞きにきたのよ、おれも。これでうっかりやっぱりサカズキのでしたーならめでたしめでたしなんだけどね?」
「クザンくんもだけど、サカズキにマフラーって必要ないよね」
「何言ってんのちゃん。手編みのマフラーなんて男のロマンよ?永遠の憧れよ?」

一応逃げられないようにと注意しているのか一定の距離を保ったまま青キジが力説する。はふんふんと興味深そうに聞いてからきょとん、と首をかしげた。

「でもぼく、手編みのマフラーは「重い」って聞いた」
「どっから仕入れたのその知識」
「かわいいかわいいキキョウくんさ。数年前にマルコくんにあげたら喜んでくれたけど、ちょっと重たそうにしてたって」

ドレークは白ひげ海賊団にいるというカッサンドラの魔女、キキョウとの面識はないが、の常々の口ぶりからその娘が不死鳥マルコに片思いをしているということは察している。しかし歪んだ性格のが「キキョウくんってちょっと屈折した愛情表現するからねぇ」と話していたのだから、相当、ちょっとばかり通常とは違う「片思い」の仕方をしているのだろうと推測している。

「へぇー、あのカッサンドラの魔女さんがねぇ。マフラー編んだの?」
「うん。おまじないで自分の髪の毛編みこんでね。毛糸は血で染めたって言ってたねぇ」
「あらま。本格的じゃないの。ちゃんはそういうのしないの?」
「ふふふ、ぼく、そんなに素直な愛情表現はしないよー」

……魔女というのは人にトラウマを植え付けるのが常備能力なんだろうか。

というか不死鳥もよくそういう製作過程を承知で受け取ったと、ドレークは素直に尊敬してしまった。基本的にドレークも人の好意を無碍にするような男ではないけれど、実際自分が女性から「これ、一生懸命編んだんです」と、見るからに何かのろいがかかっていそうなものを貰ったら、果たして笑顔を続けられるだろうか。

青キジは普通に会話をしているけれど、ドレークは「ちょっとまて」とツッコミを入れさせて欲しかった。というか、青キジは疑問に感じないのだろうか。(後日聞いたところ「魔女だから」とあっさり返された)

そんなドレークの葛藤はさておいて、は顔を幼くし青キジを見上げる。

「クザンくんは手編みのマフラーとか欲しいの?寒くないんだから必要なくない?」
「あのねちゃん。男ってのはバカだから好きな子の手作りに弱いのよ。手作り弁当とか、手編みのマフラーとか」

だからそんな力説しないでくださいと、ドレークはツッコミを入れたかった。

ぐっと、幼女の両手を掴み真顔で言い放つ青キジは、本当に最高戦力なのかと疑問に思う姿である。

「でもさ、重くない?そういうの」
ちゃんが一生懸命こしらえてくれたものを「重い」なんていうヤツはそもそもちゃんを好きになる資格なんてないのよ」

青キジ、いつのまにか話の対象が「好きな子からプレゼントに手作りを貰う」ではなく「から貰う」になってないか。

「ふぅん?じゃあ相手がぼくのこと好きじゃなかったら、やっぱり重いってこと?」
「そんなこと思うやつがいたらおれが凍らせてくるわ」
「だってさ、ディエス。ふふ、それならありがたく貰わないとこの場で氷漬けになるみたいだよ」

いつどのタイミングでツッコミを入れるべきかと検討していたドレーク、唐突に話を降られ一瞬反応に遅れた。

「……は?」

思わず間の抜けた声を出してを見れば、機嫌よさそうな顔のままが、いつのまにか仕上げたらしいマフラーをこちらに差し出しているではないか。

「クリスマスには早いけど。出来上がったら渡そうって決めてたしいいよね?」
「…………は?」
「なぁに?ディエスってば嫌なの?」

受け取らぬこちらにぴくんと眉を跳ねさせて問う様子。

「え、何?ちゃんのあげる相手ってドレーク少将?」

困惑するドレークを睨みつけつつ、声ばかりは明るい調子で青キジが説明を求める。はそちらを振り返ってから「ほかに誰いるのさ?」と至極当然そうな顔。

失礼だが、ドレークはあれこれ考えた。

これは時間をかけた盛大な嫌がらせか?
いつもののいびりの延長で、自分の死亡フラグを立ててくれたのか?とか、大変失礼だが、そもそもがただの好意を自分にかけるわけがない。その裏はなんだと、長年の付き合いで真剣に考え込んでしまうのも仕方ない。

黙っているといい加減痺れを切らしたか、が頬を膨らませて腕を伸ばしながらドレークのネクタイを引っ張る。ぐいっと、容赦なく引き寄せられ、ドレークが文句を言うより先には素早くその首にマフラーを巻き付けた。

「ほら!ぴったりじゃないか。身長より少し短いくらいがいいんだってものの本にあったけど本当だね」

くるりと一周させてネクタイから手を離す。少し咽て、ドレークは顔を顰めた。

こちらがマフラーを巻いた姿になったことでの青い目が満足そうに輝く。

これが自分用にあつらえられたものである、ということはこの際疑わない。そしてじっくり考え、嫌がらせ以外に思い当たることがあった。

「………クリスマスまでの点数稼ぎか」
「何?どゆこと?」
「そんな打算的なわけじゃないしー、ぼくの純粋な好意だしー」

恐ろしいことに全く感情の読めない顔をした青キジが首を捻る仕草、その隣で機嫌のよいが笑っているのが、とても違和感がある。

ドレークはため息を一つ吐いてから青キジの疑問に答えるべく口を開いた。

「サンタ・クロース氏は良い子にしか贈り物を置いていかないといいます。もう時期クリスマスイブですから、そのための点数稼ぎかと」
「失礼だよディエス!ぼくはいつだって世界で一番良い子だからそんな心配ないのに!」

どの口が言っているのだろうかと、の悪戯の被害者であるドレークは心底疑問に思う。

クリスマス最大のイベント!とが言って憚らぬ、真夜中にやってくる不審者、ではなかったサンタクロース。この魔女っ子がサンタの存在を信じているというのが少々違和感があるやもしれぬが、のサンタクロースへの認識は「良い子・悪い子と差別しまくりながら子供に貢ぐおっさん」だそうだ。

去年は「サンタさん捕獲大作戦!袋の中身は全部ぼくのもの!」を実行しようとし、赤犬に蹴り飛ばされていた。

毎年欠かさずの枕元にプレゼントを置いていくという「何者か」の正体はドレークも知らない。赤犬じゃないのかと何年か前に疑ったが違うらしく、もしや本当にサンタクロースはいるのではないかと、そんなことをドレークは考えるようになってしまった。

…まぁ、魔女なんてものが存在しているのだ。サンタクロースがいたっておかしくない。

「で、今年は何を企んでるんだ」
「企んでないしー。今年は去年みたいに捕まえようとか思ってないしー。ただ、ラクロウ中将に靴下借りてきて、それいっぱいのプレゼント期待!とは思ってるよ!」
「お前は何をしているんだ……今すぐ中将に返して来い」

元々にそれほど物欲があるわけではない。何か本気でほしいものがあるのなら、極端な話人に頼めば良い。ドレークはのある程度の我侭をかなえてやるつもりでいるし、考えたくないが七武海の数人もが望めば貢ぐ。だがそうはせぬところを見ると、おそらくにとって「プレゼント強奪」というのは一つのイベントのようなものなのだ。実際山ほどのの贈り物をされたとて嬉しくともなんともないはず。

ただこういうやりとりを楽しんでいる。それが判ってはいるものの、ドレークはため息を吐かずにはいられない。

「ねぇディエス」
「……なんだ」

今度はどんな悪魔っ子発言だ、と身構えていると、が青い目をこちらに向けて首をかしげる。

「それ、嬉しくなかった?」

隣で青キジが凍らせる準備万端というのは、気付かない方がいいのだろう。

ドレークはまだに礼を言っていなかった自分に気付き、眉を寄せる。普段に「人に何か貰ったら礼を言え」と言い聞かせている自分がこうでは手本にならぬではないかと思い、ほこん、と咳払いをした。

改めて首にまかれたマフラーを手にとって見る。肌触りもよく、色は白だが白一色というより濃いクリーム色と交互に編まれている。ドレークは手芸の知識はないが一目一目が丁寧に縦向きに編まれたもので、見た目も申し分ない仕上がりだ。

何より、サンタへの点数稼ぎという裏があるにせよ、から「日ごろのお礼」と言って貰えたことが嬉しい。

気分はあれだ。
娘に初めて手作りのものを貰った父親の心境、と、ディエス・ドレーク少将、未だに独身であるが、新婚の喜びとかそういうのをカッ飛ばしてしみじみ感じている。

「まさかこういったものを自分が贈られるとは想像もしていなかった」
「嬉しい?」
「あぁ」

短く頷いてぽん、との頭を撫でれば、赤い髪をくしゃくしゃとさせながらが機嫌よく眼を細めて喉を鳴らした。笑うと猫のようである。上機嫌というのを前面に出し、はにんまりと唇を上げる。

「ふふ、感謝するといいよ!恋人疑惑とか面倒なことになってまでこのぼくが編んだんだからね!」

そうだ、その問題が残っていた。

すっかり話題がズレていたのでドレークは忘れていたが、こうして改めて思い出せば、状況はちっともよくなっていないのではないか。

「ま、つまりこういうことだよな?ちゃんがせっせと編んでた心の篭ったマフラーの贈り先はドレーク少将ってことで、このあとおれとサカズキの二人の前で言い訳すんだよな?ドレーク少将」
「……そうなりますか」

沈黙していた青キジが口を開いたかと思えばロクなことを言わない。さも当然という態度に、ドレークは、赤犬だけではなく青キジも同様関係に関しては心が狭すぎるのではないかと胸中で呟く。

折角が贈ってくれたというのに、その感動の余韻に浸るヒマもないらしい。

しかし自分が二人の相手をすることでへ矛先が観念して頷こうとしたが、そのマフラーの先をぐいぐいっとが引っ張る。

「違うし。この後ディエスはぼくと一緒にお買い物に行くんだよ!マフラーのお礼にディエスはぼくに帽子を買ってくれるんだから!」

いつそういう話になったのだろうか。ぐいぐいと、こちらも当然のように言い放つ。というか好意で贈ったものに堂々と見返りを求めるあたり、それもう好意じゃないだろ、とか、色々思うことはあるのだが、多分言っても無駄だ。

「帽子ほしいの?ちゃん」
「この前ね、マリンフォードのショッピングモールで真っ白いコートを見てたんだけど、それとセットの帽子が可愛かったんだよね。ぼくに似合うと思うんだよ」

それならドレークも一緒に見ていたので覚えている。白い毛のベレー帽で、ふわふわとして柔らかそうだった。防寒面でも申し分ないし、確かにに似合うだろう。

思い出し頷いていると、ぐいっと再度がマフラーを引っ張る。

……なんだかリード扱いされるような気がしてきたが、考えない方がいいだろうか。

「ふーん。じゃあおれも行こうかな」
「おどれは仕事をしろ」

ちゃっかり便乗し仕事をサボろうという青キジに呆れるより先に、聞こえてきた低い声に、ドレークは思わずの腕を掴んで一気に壁際まで逃げてしまった。

「……なんじゃァ、ドレーク。その反応は」
「……い、いえ。何でもありません」
「わしが何の前触れもなく蹴り飛ばすとでも思うたか」

ふん、と鼻を鳴らし、登場した大将赤犬は眼を細める。「はい、思いました」などとうっかり頷いたら折角避けた意味がなくなる。咄嗟にを連れてきてしまったが、あまり接触しているとそのネタで焼かれそうな気がしたので、ドレークはさりげなくから手を離し、上官への礼を取る。

その形式ばった挨拶をちらりと一瞥してから、赤犬は青キジへと視線を移す。

「おどれクザン、何を堂々とサボっちょる」
「いや、だって。ちゃんの恋人疑惑☆が気になっちゃって仕事に手ぇつかなかったのよ」

そんな理由なくとも仕事してないでしょう。

ドレークは心の中だけで突っ込み、この状況をどうしようかと、真剣に悩んだ。

どう考えてもロクなオチにならない。赤犬は態度こそ普段どおりに見えるが、先ほどこちらを一瞥したときに、その首に巻き付いたマフラーを見てぴくりと眉を動かしたのだ。

よくて大火傷、悪ければ…考えたくもない。

「ディエスのマフラーね、ぼくが編んだの。上手いでしょ?」

話題を出来る限り仕事や何かにして注意を逸らしたかったのに、ドレークが口く前にが自慢げに報告した。

頼むから空気を読んでくれ!と必死に念じたところでもう遅い。再び赤犬はドレークに視線を向け、眼を細めた。

……生きた心地がしないというのはこういうことか。

ドレークはかつて無いほどの恐怖を体感し、明日からどこの支部に飛ばされるんだろうかと、そういう覚悟をした。しかし赤犬、数秒凝視はしたものの、特に殺気をぶつけてくるわけでもなくふいっと興味なさそうに視線を逸らし、を見下ろす。

。少し所用で街に出る。ついでに連れて行ってやるから着替えてこい」
「用事?なぁに?お仕事?」
「インク瓶が底をついた」
「ぼくに投げるからだよね」
「何か言うたか」
「なんでもないよ!」

慌ててが着替えをするために部屋の出口へ向かい、そして出て行く間際に一度くるり、と振り返る。何か言おうと口を開いたが、しかし何も言わず、そのまま出て行く。

不思議なことにドレークは「見捨てられた!?」とは思わなかった。こうしてが出て行くことで赤犬と青キジの二人に自分は向かい合うことになるのだが、先ほど青キジが「この後おれらと個人面談」的なことを言ったときに感じた恐怖感はない。

「えー、いいな。サカズキ、ちゃんとデート?」
「ほざけ。誰が罪人なんぞとうわついたことをするか。おどれじゃあるまいし」
「じゃあなによー」
「わしが街の様子を見回って何が悪い」

だからそれってデート、と青キジが言い掛けてやめた。

双方こちらの存在をさほど気にした風も無く会話をするので、ドレークは戸惑う。別段が二人に「ディエスをいじめないで」とでも言ったわけではない。先ほどまでは、本気で殺されかねん疑惑があったというのに、この変化。

困惑しつつ、ドレークは室内であるのと、大将の面前であることを思い出しマフラーを外そうと手をかけるが、それより部屋を出て行ったほうがいいと判断する。

このまま赤犬がの傍にいるのなら、自動的に己は通常業務へと戻される。できれば赤犬がに暴力を振るわぬように見ていたいのだけれど、そうもいかぬものがある。

確か今日はこの後、近くの島への海賊討伐があったかと思い出す。参加できる可能性は低かったので作戦指示だけ出しておいたが、ドレーク、久々の実戦である。

二人の大将に丁寧に退室の旨を告げて、出て行こうと扉を開くと、ぽつり、と赤犬が口を開いた。

「あれの作ったもんじゃァ。屑の返り血なんぞつけたら貴様ごと焼くからそのつもりでいろ」
「でもだからって使わないで保管ってのもダメだからな。折角編んでくれたんだから使わないと酷いよ?」

赤犬の言葉に絶句し反論する暇も与えず、畳み掛ける青キジに、ドレークは胃が痛くなった。





+++





メイスを振るえば、遠心力を利用して破壊力のました先端の斧が敵の骨を砕いた。鈍い振動を腕に感じながら、ドレークはマントを翻し、続けて背後から襲い来る海兵の腕を切りつける。悲鳴が上がり、ドレークに向け損ねた銃口からドン、と一発銃声がした。

「ドレーク船長!」

クルーの声に振り返れば、さらに三人の海兵がこちらに切りかかって来る。一人を足で蹴り倒し、あとの二人には左右それぞれの手の獲物で応戦した。切れ味よりも腕力を優先した戦い方になっているが、こうも戦いが長引けば仕方ない。ドレークの剣の片方は既に血でべっとりと濡れ切れ味を落としていた。恐竜化すればある程度の片付けは出来もの。しかし狭い船内ではそうもいかない。ドレークが海兵の一人を倒すと、隣り合った軍艦から退却を意味する汽笛が鳴った。

「赤旗……!X・ドレーク…!我々はけしてお前を許さんぞ!海兵でありながら、海賊に堕ちるなど…!」

海兵側の負傷者が多い。この判断は的確だ。ドレークはそんなことを頭の隅で思いながら、こちらを睨みつけ憎々しげに吐き捨てる海軍将校を見つめ返した。

「なぜ海軍を裏切った!力を持ちながら正義のために、か弱い人々のために使わず、なぜ海賊に……!あなたを誰よりも尊敬していたのに……!」

ドレークの海軍時代に見た記憶がある。一時だけ、ドレークの部下だった将校だ。ドレークが、の世話役として多忙であり身が空かなかった時、あれこれと先手を打って用意をしてくれた。

憎悪に満ち、こちらに向けられる目の根底にある感情をドレークは直視するべきか、迷った。迷う心。そんなものを己が抱くのは卑怯だと、どこかで思い、そして、やはり見つめ返す。

ドレークが戦いをやめれば、ドレーク海賊団全員が「それで終い」とし、退却する海兵たちから離れる。通常の「戦闘」ではまずありえぬ光景だったが、それをドレークたちは「当然」としていた。

バタバタと海兵たちが引き、将校一人が残される。軍艦に戻った海兵が将校の名を呼ぶが、それには答えず、ただまっすぐ、将校はドレークを睨む。

何か言ってくれと、その目が訴えているのがドレークにはわかった。言い訳を、弁解を、求めている。あるいはドレークが「落ちた」と思える外道なセリフでも言ってくれるのを願っている目だった。

だが、ドレークは何も言わぬ。何を言うべきか判っていた。引き離すのなら将校の望むべくセリフを言ってやって、「堕ちた元海軍将校、現在海賊」を振舞うべきだった。だがドレークはそうとは振舞えず、また、この将校の根底にあるように、手を差し伸べることもできない。

無言でいるドレークに、将校はギリッと奥歯を噛み締めた。なぜ、と小さく呟き、そして、軍艦から「仲間」の海兵たちが帰還を叫ぶのも構わず、ドレークに切りかかる。

「すまない」

やっと、ただ一言ドレークは言い、そして切れ味の落ちた剣で将校の腹を貫く。

ずるりと、溢れた血で将校の足が僅かに滑った。ドレークのマントを掴み、口から血が溢れる中で何事か言おうとするがごほごほと咽るばかりで声にはならぬ。軍艦から叫ぶ声が聞こえた。こちらの非道を、将校の名を叫ぶ。しかしゆっくりと二つの船は距離をあけていくのだ。

翻る旗は己の海賊旗と、白いカモメの海軍旗。一瞬視界の中では重なり合い離れていく。

「卑怯者。うぅん、いっそ臆病者って言ってほしい?」

ずるずると崩れ落ちる将校の体、それを腕に抱き黙るドレークの耳に、夜の闇と共にひっそりと忍び寄る悪意に似た声がかかる。

振り返らずとも誰かわかるが、ドレークは振り返り、将校を視線から外した。それに気付いて、表れた黒衣の幼女が眉を跳ねさせる。

「その海兵、まだ死んじゃいないんだね。自分を憎もうとして、でもやっぱり慕う心をけせない子だ。殺せないかい」
「この傷だ。ままではいずれ死ぬ」
「卑怯者」

コツン、と腰掛けたデッキブラシから降りて甲板に靴をつけたが呟く。眼を細め、その赤い唇を吊り上げる笑みの形。と言って笑んでいるわけではないのはドレークもよくわかっている。はドレークに近づくと、その瀕死となった海兵の顔を確認し顔を顰めた。ぐいっとドレークから将校を引き離すと、そのままドレークの上着の端を掴む。罵倒でもされるのかとドレークは腹に力をこめてまつ、けれどはこちらを蔑む言葉を吐くことなく、しゅるり、とその首に懐かしいものを巻き付けてきた。

「……」

先ほどの海兵の血や、返り血が己の体にはついている。が巻き付けてきたマフラーは白く、赤い血をじんわりと吸い上げていく。目を開き、どういうつもりなのかと口を開きかければ、が先に言葉を発した。

「このぼくが編んだものを、ぼくの部屋の前に置いていくなんてきみって、ずるいよね」
「これを持つ資格がおれにはない。お前の好きにしてくれと、そう言ったはずだ」

白いマフラーが血を吸っていく。酸素を得た血は黒く変色し、ドレークは顔を顰めた。を振り払おうとしても、その血のついた手がの白い顔を汚すのを躊躇う。

「ねぇ、この将校みたいに、置いてけるなんて思わないでよね。血や、泥がついたからってなぁに。そんなの洗えば落ちるじゃないか」

真っ直ぐにが言う。昔と何も変わらぬ顔で、何も変わらぬ「我侭」という声で言う。ドレークの意思などおかまいなしにして、それが通されることを当然だと思っている顔をする。

黙るドレークの手を掴み、その手から武器を払い落としながらが眉を潜めた。

「きみ自身がけして染まりはしないのに、誰かを染めることができるなんてなぁに、思い上がってるの?」

血で汚れたマフラーのはじを持ち、の吐息が白くなる。海域は雪のエリアに入ったようで、はらはらと白い雪が舞い落ちてきた。

「ここが地面だったらよかったのにね。そうしたら雪が全部覆い隠してくれたのにね。血とか死体とかさ」
「……赤犬のもとへ帰れ」

降り落ちる雪を掌で受け止めながらあどけない笑顔でが言う。その笑顔を一瞥で遮って、ドレークは短く告げる。しかしそれでが納得するわけがないことは、判っている。

決定的なことを言えぬ己を「卑怯者」と「臆病者」というの赤い唇。確かにそうだ。己は、そうだ。己を慕う海兵を切り話せず、受け入れることも出来ない。ただあの時、造反したあのときに「捨てた」という事実のみに縋って、それ以降の「決定打」を打とうとせぬのだ。

それをは口で表面的に蔑みながら、それでもその己の根底を「白い」と、そのように言う。

だが、彼女が己の何を知っているだろう。

ドレークは目を伏せた。己がの全てを知るわけではないように、とてドレークを知っているわけではない。己がなぜ海軍を辞したか、海賊になったのか、は知らぬ。いや、聞こうともしない。海兵たちは「なぜ」とそういう目を、言葉を向けるが、はしない。

「臆病者は、どちらだ」

沈黙の後に、ドレークははっきりとした声で問う。ぴくりとの形のよい眉が揺れた。己は、確かに臆病者で卑怯者だろう。完全に人を切り捨てることができない。だが、には、決定的な言葉を使えると、そう、今気付いた。

「お前といたとき、海軍本部のあの場所で過ごした日々は楽しかった。お前の身を案じ、お前が何をすれば笑うのか考えるのは、楽しかった。だが。そんな日はもう二度と来ないんだ。お前が前と変わらぬようにおれに接したとしても、もう、取り戻せない。海軍本部のあの場所は、まだお前の世界が残っているのだろうが、、もうそこにおれは戻らないんだ」
「ドレーク船長?ドレーク船長!」

はっとして、ドレークは我に返った。目の前に広がる、銀世界。白く、白い、雪の積もりきった銀世界。新世界のとある冬島。両手に武器を携えたまま、白昼夢を見るなどどうかしている。何の夢だったか、思い出そうとしたがすぐには思い出せない。いや、今はそんな場合ではないはずだ。何を、考えている。

ドレークは自身を叱責しながら、目の前の「敵」を見上げる。

見上げるほどの巨体。左右に数字を刻み、こちらを見下ろすその様子。

「ここは四皇カイドウのお気に入りの島でね。おれはこの島の守護を任されてる」

ドレークの背後には船員らが、同じように男を見上げている。寒々しい冬島であるが、元々北国出身のドレークにしてみればさほどの脅威ではない。

「で、どうしろと?」
「どうしろというわけじゃねェが…警告したのさ。あの人を怒らせないほうがいいぜ、ルーキー」

こちらが問えば、男は暫し考えるようにしてこちらを見下ろす。唐突に表れた己らを不審がりながら警戒はしていない。

「つまり、もしもお前の首でも取ればカイドウが黙っていないと」
「あァ、そういうことだ。わかったらささっさと、」

パチン、と手袋を外す音でドレークはその言葉を遮った。

「だったら話は、早い」

ゆっくりと体を恐竜化させながらドレークは低く、低く唸る。その首に巻き付けた白いマフラーを、そういえば、己はいつからつけていたのか。腹を出しても気にならぬほど、冬への耐性はある己が、首など暖めようとしている、そのことが滑稽だと頭の隅で思いながら、ゴキゴキと、口に含んだものを噛み砕く。

戦いながら、ドレークは夢の内容を思い出した。

(あれは何だ)

あれは、途中までは過去だった。けれどあのとき、ドレークはにあんなことを言うことはなかった。雪が降ってきたから、風邪をひかぬようにと、昔のように案じてしまい、そしてと「昔通り」に接してしまったのではないか。夢の中のように、彼女を引きはなせはしなかった。

首にまいたマフラーが揺れ動く。白く、白く、どれほど汚れても洗えば昔の通り白くなるそれを、ドレークは眺め、そして、目を伏せた。

(後悔など今更するな。もう、彼女はどこにもいないのだから)





Fin



(2010/12/17 19:12)