「………蛆のように沸きやがる、海の屑が」
くっきりとサカズキの眉間に深い皺が寄るのを目の当たりにしてしまい、クザンは顔を引き攣らせた。海軍本部奥にある円卓会議上。現在海軍本部が誇る最高戦力、3大将が揃い、さらには元帥、大参謀という面子。壁に控える中将らは数十名と重々しい雰囲気がよくわかるもの。
円卓上座中央にてモモンガ中将が此度の経緯説明し終えた、その直後の台詞である。
怒りの矛先は己らではないとはいえ、一瞬海兵らの間には緊張が走った。
よりにもよってこんな日に起きなくてもいいでしょうが、というのがクザンの素直な感想。どうなるかは知らないが、面倒くさい展開になることだけは間違いないと顔をしかめ、ため息を吐いた。
「よりにもよってクリスマスイブにちゃん誘拐なんて、何?その海賊、バカなの?」
真っ赤な服着たオッサンがやってきた!え、サンタじゃないよ?!【前編】
真っ暗な部屋の中で目を覚まして、はきょとん、と目を瞬かせた。完全な暗闇ではない。の足元には薄っすらと燃えるろうそくが一つ置かれているため、暗い部屋の中恐怖に怯え覚える心がないということには即座に安心した。ほっと息を吐くと同時にあたりを見渡す。
「……」
おや、と呟こうとして自分の口が布で縛られていると気付く。体も縄で縛り上げられ身動きが取れない。座り込んだ体勢で、ご丁寧に腕、足と二重に縛られてしまっていては、芋虫のように動くくらいしか出来ぬだろうが、下手に動けばろうそくにあたり炎が消える。消えれば暗闇だ。それは心細く恐ろしいので、そういう選択肢はにはできない。
どういうわけで自分はふん縛られているのだろうかと、は思い返す。
(そうそう、確か今日はクリスマスだから、ガレーラではパーティがあって、その後パウリーくんと一緒に過ごそうと思って、そうそう、ぼく、海列車に乗っていたんだっけ)
パウリーに現物を贈っても質屋流れになるに決まっているので毎年は料理を作ることにしている。保存も効くので年末までは食いつなげるだろうという親心もあり、それなりに楽しみにしているけれど、今年は普段顔を出さぬガレーラのパーティにも顔を出すため、例年より早めに海列車に乗った。エニエスから出る海列車なら危険もないし、水の都には現在ロブ・ルッチなどCP9もいる。そのため一人での外出だったのだが、しかし、何だこの状況は。
軽く揺れる感覚から、これは海上であると知れる。しかし動いてはいない。見渡せば、海列車の貨物室のようだ。自分は車両の一室に放り困れているという状況らしい。
海列車の一室で自分が縄でふん縛られている。さて、どういうことだ。
「目ェ覚めたかい」
首を捻っていると、どこかから声がした。聞き覚えのある声である。はきょとん、と顔を幼くして、もがもが、と布越しに声を出してみたが、中々に阿呆な音になるのみである。
「あぁ、無理して喋るんじゃないよ。、怪我はしてないだろうね?」
ココロちゃん、と言おうとして、やはり声は出ない。しかし知り合いの声には安心した。ここが海列車で自分が誰かに何ぞされているのなら、ほかの乗客にも何事かあるに違いないし、それはどうでもいいとしても、車掌でありの長年の知人であるココロに何かあったのではないかと、そういう恐れはあった。
もがもがと声を出していると、ココロが苦笑する声がする。
「何言ってるかわかんないけどね、アタシは無事さ。怪我もない。今日はチムニーたちをバンバン爺の所に預けててよかった。海列車で立てこもりなんて、バカなことを考える連中がいたもんだよ」
なるほど、さすがココロさん、とても分かりやすい説明をしてくれた。しかし彼女、どこにいるのだろう。声はすれど姿はない。蝋燭の明りで見えぬだけだとは思うが、姿が見えぬと不安がある。顔をしかめるとそういう雰囲気がわかったのか、ごろごろと何ぞ音がした。
「アタシはこっちだよ。」
……とても心臓に悪い。
ごろごろと何かが転がってくる音がしたと思えば、と同じようにふん縛られたふくよかな中年女性がうっすら明りの元にやってきた。
(なんだかお中元に貰うハムみたいー)
素直にはもごもごと感想を口にする。相手には何を言っているかわからぬはずだが、ココロは「いま何って言った?」と妙に真面目な声で問う。人間悪口のようなものに対しては勘が鋭いものである。
ココロは見たところ怪我をしてはいないよう。そのことには安心する。しかし、状況は変わらない。声が出せないというのは厄介だ。少し考え、は、それはもう見っとも無いとわかりつつ、顔や唇、舌を動かし、なんとか布をはずせぬものかともがいてみる。
通常布を噛ませられた状態であれば外すのは困難だが、幸いなことに口の中に綿を詰められ、その上から布を当てて縛られた、という状態だ。舌で布を押し出し、その盛り上がった部分を利用して顎のしたにずらせば、結びの十分とは言えぬ布が解けた。
「うん、喋れる。ココロちゃん、大丈夫?あといまぼくが顔芸したのは封印してね」
「んががが、見られて困る顔をするんじゃないよ。人の心配した後にそれかい。相変わらずだねぇ、」
独特の笑い声を響かせた後、ココロは眼を細める。こちらにとっては重要問題だったのにぞんざいに扱われは不満そうに頬を膨らませたものの、そういうことを言っている場合ではないと真顔に戻る。
「それで、ねぇ、ココロちゃん。何があったの?ぼく、海列車で快適無敵海の旅!を楽しんでいたと思うんだけどね?なんで気付いたらこんな寒いところで縛られてるの?」
「覚えてないのかい?」
「ないから聞いてるんだよねぇ」
のんびりと答え、は燃える蝋燭を眺める。長さがどれほどあったのか窺い知れる蝋の量から見て、火が灯されたのは15分前くらいか。暖房設備の無い貨物室は寒い。海のうえということもあり尚更だ。グランドラインの天候を考えればいつ荒れるかわからない。それなのに海列車は動く気配がないのだ。
ココロは人魚だ。海列車が転覆するようなことがあっても問題はない。しかし己には海は生涯の敵である。今は体調的に弱っているわけではないので、入ってすぐに溶けるということもないだろうが、心が弱れば途端、あの連中は侵食しノアの体を取り戻そうとしてくる。
そういう展開はまだ早い、とは目を伏せた。
「今日はイブだからね。海列車の利用客も多いが、エニエスから水の都に行くって客は少ない。この便はアンタを含めて乗ってきたのは5人。そのうちの3人は海兵で、1人は海兵のメイド服の給仕姿だったけど、恋人かねぇ」
「で、この船を襲っているのは誰?どこから乗ってきたの?」
その4人が犯人、ということをは考えない。エニエスに勤務する海兵だ。海列車で立てこもり、なんてことを考えるほどブレたものはいないはず。
では別のところから乗ってきた人間だとは思う。ココロはゆっくりと頷いて、再度口を開いた。
「んががが、まぁ、奇妙だとは思っていたんよ。ウォーターセブンからの乗船者だ。エニエスへ行く便に乗って、エニエスについて折り返しても降りない。行き先を間違えたのか、あるいはただ海列車からエニエスを見てみたかったのか、そんなことをアタシは考えたよ」
「どんな連中?」
「一目でわかる。海賊さね」
「ココロちゃん!だからあれほど海賊を乗せないようにって言ってるのに!」
一目でわかる人相なら尚更!とは声を上げた。人を差別するのはよくないが、ココロは一般人であるし普段は幼いチムニーもいる。海賊なんてロクでもない連中の方が多いのだから、厄介ごとを避けるために海賊の乗船は遠慮して頂ければいいのだ。
ウォーターセブン。造船島というだけあって、海賊が多い。ガレーラの職人たちのいるエリアや、暴れて船を作って貰えなければ困るのは海賊たちであるというので騒ぎも起きぬ、治安の良さを誇っているが、しかし海賊は海賊だ。いつだって油断してはいけない。それをはよく知っている。
ココロに何かあったらどうする、と案じて言えば、縛られてアルコールが摂取できぬはずなのに、それでもどこか酒臭い人魚。ろれつの回った話し方をせぬが、酒臭いってどういうことだ。もう体臭なのだろうか。んがががと独特の笑い声を上げてから、軽く首を降る。
「誰だって乗せてやるさ。乗りたい、海を越えたいっていうならね。海列車は誰も拒みやしない。ドンと構えているんだよ。そういう男が作った船だ」
「そういう言い方、卑怯」
名前を出さずとも誰のことを言いたいのかわかる。は顔を顰め、ココロから顔を逸らした。全く、巷じゃ「悪意の魔女」なんてよばれて、人から「悪魔か貴様」と罵られるこの己が、ココロたち「トムズ・ワーカーズ」の面々の前ではただの人である。
そう、そうだ。確かにトムはそういうだろう。誰だって乗せる。海賊も、一般人も海兵も関係ない。そういう人だった。
はトムのことを片時も忘れない。彼の言葉はいつだってにはキラキラしていた。海賊船の作り方はなく、船は掲げた帆によってその顔を変えるだけ、という彼の話が好きだった。そのトムなら、確かにそういうだろう。
「でも、でも、危ないんだよ。ココロちゃんは戦えないのだもの。今日みたいなことがあったら、こうして捕らえられて、いつ殺されるかわからないんだよ」
「んがががが、大丈夫だよ。心配性だねぇ、」
その自信はどこから来るのか。どうしてわかってくれないんだとは歯がゆい思いがした。いや、確かにココロのマーメイドキック!は中々の攻撃力があると思うが…。
「……それで、その、海賊。何でこんなことしてるの?」
「さぁね。ただ、エニエスと水の都の丁度半分まで着たときに、何だか客室が騒がしくなって、それで様子を見に行こうとしたら後ろからガツンとやられた」
「怪我ないって言ったのに!」
「んががが、たいしたことなかったからね。それで気絶するわけでもなかった。まぁ、連中は驚いてたけど」
石頭なのか?
は素早くココロの頭部に目を向けたが、確かに無傷だ。人魚の頭は固いんだろうかと、そういうことで納得することしにて話の続きを促す。
「それで、連中は列車を止めさせた。もちろんアタシは抵抗したけどね、乗客の安全確認もあった。とりあえず止めて、それで連中に後ろからどつかれながら客室まで歩いて、海兵が2人倒れてた。大怪我をしていたから、少し心配だね。一人は起きてたけど、やっぱり酷い怪我だった。その近くでメイド服の女の子も倒れてたけど、そちらの怪我はなさそうだったね」
「少し思い出した。そうだ。ぼく、海を眺めてたら、何か眠くなっちゃったんだよね。到着まで時間もあるからって、素直に目を閉じたんだ」
「催眠煙でも使ったんだろうね。少し煙たかった」
なるほど、と頷く。海兵は訓練で毒物や薬品の耐性を持っているし、急な眠気を警戒したのだろう。それですっかり眠ったと思いやってきた海賊と応戦した、ということだろうか。
「いまこの列車って、それじゃあ孤立無援?」
立て篭もるのは構わないが、このまま海に漂うだけなのは危険だ。それにジャックしたならどこぞに脅迫の連絡を入れているべきだろう。でないと何のためにしたのかわからない。
「いんや。通信室で水の都に連絡を入れさせられた」
電伝虫は使えるだろうが、水の都の連絡先はココロしか知らないため、そのように脅されたのだろう。ココロとしてもこの非常事態を知らせられるので拒みはしなかったというが、正しい判断だとも思う。
「ふぅん。要求は?」
「んがががが、たいしたことじゃない」
「なぁに?」
「ガレオン船を一隻タダでよこせってことだよ」
「小さいよ!!!そんなことのために海列車ジャック!?」
海列車が運行不能となればどれだけ水の都にとって痛手になるか!
いまだ海列車は一つしかない。これが使えなければ水の都はまだ、トムがいた頃のような悲惨な島に戻ってしまうかもしれない。
それほど大事だというのに、その目的が船一隻のためだとは!
海兵やココロを巻き込むようなネタではないだろう、とは憤慨した。しかしココロの見解は違うようで、憤るを眺め、眼を細める。
「ガレーラの職長にケンカを売っても返り討ちにされるのがオチだ。ならこっちの方が可能性はあるって思ったんだろうよ」
「どうして!海兵を人質にとっても水の都にはあんまり関係ないよ?」
ココロは海列車を操縦できる唯一の人物だ。彼女に手は出さぬだろう。それなら「人質」として有効利用できるのはほかの乗客、つまりは海兵とその恋人になるが、水の都には縁のある人間ではない。それなら海軍が動くことで、ガレーラが要求を呑む理由にはならぬはずだ。
「んががが、アンタがいるだよ。」
「ぼく?」
「連中の目当ては最初っからアンタだったんだよ。そうでなきゃ、海兵の一人も乗ってない時間を狙う。海賊がいくら腕に覚えがあるからって、海兵とやりあいたくはないはずだ。アンタはアイスバーグと親しいし、職長たちにも慕われてる。水の都じゃアイスバーグと同じくらいアンタを知らない人間はいない。んががが、良いことだけどね。非力な子供のアンタを人質にするのはわけないって、そう思うだろ」
自分が目的、といわれて瞬時には魔女のこと、革命軍のことなどが頭に浮かんだが、どうやらそうではないらしい。
なるほど、言われて見ればそうだった、と、これまで一度も考えもしなかったことを思う。
ガレーラの職人たちに追い出された海賊たち、普通はそこで尻尾をまいて逃げるかけなげにバイトでもして船の代金を貯めるかする。けれど中には逆恨みして何とか一泡吹かせたいと復讐を誓う者もいるだろう。海賊なんてそういうバカばかりだと改めて思うが、そういう連中にとって、ふらふらと歩き回り、無防備に見える幼い外見の己はどれほど都合の良い標的になるか。
、あまり考えたことがなかった。
水の都にいる時は常にパウリーかアイスバーグ、それか頼んでもいないのに着いてくるロブ・ルッチがいたため、海賊に絡まれることなど殆どなく、あっても即座に沈められている。
ふむ、とは考えこむようにして(手は動かないが)から、首を傾げた。
「ふふ、なぁに、それ。それじゃあ、ぼくがガレーラの足を引っ張りかねない状況ってこと?」
「アンタと引き換えってなら船一隻くらいアイスバーグは出し惜しみしないさ」
「そういうの嫌。アイスバーグくんはいつだってたくさん悩んでいるのに、ぼくなどで問題を増やしちゃダメなんだよ」
眉を寄せて、は一度目を伏せる。魔女関係や革命軍、己を「悪意の魔女」と知っての行動であれば、ここまで不快には思わない。けれど、己は「アイスバーグの知人でるから」という理由で利用しようという、その腹が心底気に入らぬ。
体を縛る縄はきつい。暴れたくらいでは解くことなどできない。関節を外す、ということはさすがに出来ぬが、こういうときなら覚えておけばよかったと後悔する。
「……ココロちゃん。ちょっと、目を閉じててくれる?」
目の前にある蝋燭。まだ少しだけ炎がついていると確認し、はぽつり、と呟く。今頃ガレーラや水の都では騒動になっているのだろう。折角のイブだというのに、アイスバーグの開くパーティが台無しになってしまう。それだけでも十分、には気に入らなかった。今日と言う日をどれほど待ち焦がれたか。が世界で一番愛する島。年終わりの近い今日、クリスマスイブは家族で過ごす大切な日。それに泥を塗ろうという、その身の程知らずを許す理由など、には見当たらない。
静かな声で呟けば、ココロが一瞬顔を顰めた。長い付き合い、が何者かは知らずとも、ただの性格の悪い子供ではないと判っている。沈黙し、それでゆっくり息を吐いてから、ココロは目を閉じた。
「ありがとう、ココロちゃん」
「あけてよければそうと言ってくれるんだろうね」
「もちろん。良いというまで、閉じていてね」
何があっても。と、そう付け足して、は己が何をするのかを気付いた心臓がどくどくと脈打つ音を聞きながら、ぎゅっと一度目を閉じる。そうして開き、ゆっくりと蝋燭の炎に近づくため体を捩る。
縄は丁寧に海水に浸されていた。炎で縄を燃やす、というのは難しい。それを判っての処置だろう。の目当ては縄を燃やすことではない。露出された足に火を近づけ、そのまま皮膚を炎に当てた。
「………ッ!!!!!」
びりっ、とした体の痛みに加え、心臓が百の針に突きたてられたような衝撃が走る。叫び声を上げればココロが気付くからと唇を噛めば、力が強すぎて唇が切れた。そちらの痛みで紛らわせようとも思うのだけれど、やはり火傷のほうがこの心には響くもの。
ただ小さな火傷である。それでもはびっしょりと汗をかき、荒くなった呼吸を何とか落ち着かせようと目を閉じた。
しかし、まだ足りない。もう一度同じ箇所に火を当て、じりじりと燃える音を聞く。己の肉の焼ける臭いが鼻をつき、頭がおかしくなりそうだった。
己には炎、炎、火!真っ赤に燃える、燃やしてしまう火が恐ろしい。心は恐怖に怯え、目じりには涙が浮かぶ。しかし、それでもやる価値がある。
恐怖に支配されかけるその寸前、は口の中で詩篇を呟く。腕は縛られているが指先は動く。指を降れば、詩篇が使える。と言ってサカズキの薔薇によって支配されたいまの体では使える類も知れている。しかし、火の恐怖によっての心には生存本能がわきあがる。そうなれば冬薔薇の戒めを力技で逃れて詩篇が扱えるようになる。
ばさり、との縄が灰になる。荒く息を整え、は素早く首かあ溢れる血を先ほど縛られていた布で押さえる。
「もう少し、ここでまっていてね。ココロちゃん」
掠れる声で言い捨てて、は震える体をなんとか動かしながら海列車の扉を開けた。
+++
『今すぐバカどもを殺しに行きましょう。それがいいに決まってるッポー』
心底真面目な顔で(それでも腹話術は欠かさぬと、ある意味尊敬してしまう徹底っぷり)至極物騒なことを言い放ったロブ・ルッチに、カクは呆れた。
自他共に認めるバカのロブ・ルッチ。
水の都潜入前からのことで、さてそれでは彼女の愛する水の都で姿を隠し生活するとなればどう態度を改めるのかと思っていれば、普段どおり跪きやがって、それで全く変わらず『敬愛しております』という姿勢で通す。パウリーたちには「前にどこかで知り合ったんだろう」と前向きに取られているが、本当、こちらの心臓に悪いのでいい加減にしろと常々言いたかった。
「待て、ルッチ。ンマー、気持ちはわからんでもないが、現状、海列車の状況がまるでわからん。念のために海軍にも知らせた。うちが動くより、こういうことは海軍に任せた方が良い」
ガレーラに突如かかってきた電話。海列車の到着が遅れているとステーションで問題になっていた矢先のこと。海賊が海列車をジャックしたと、その中には「水の都の市長と親しい幼女」がいるとのこと。
アホな連中がいたもんじゃ、と素直にカクは思った。
「でも…!!アイスバーグさん!相手は海賊だ!いつ何をするかわかったもんじゃねぇ…!それに…海軍つったって、信用できるんですか!一般市民のおふくろの一人のために、動いてくれんですか…!」
いや、が一般人とかないから、と、そうカクは突っ込みたい。
一応職長5人がこの場に揃い、海列車がジャックされたと、そしてが人質になったということは知らされた。街にも列車が海賊に狙われたという話はしてあるが、が捕らえられていると知るのはこの場の人間だけである。
「船を出させてください…!おれが、おれがお袋を助ける…!」
「落ち着け、パウリー。下手に動いて連中を刺激すればそれこその身が危ねぇだろうが」
『ご安心くださいアイスバーグさん。おれも行きますので、敵に気付かれることなく皆殺しにします。ッポー』
そこ、微妙に腹話術しきれてない。一人称が自分になってるじゃないか。
思い出したようにハトの語尾をつけたロブ・ルッチ。悪魔の身の能力や六式が使えずとも地獄を見せるなんぞわけないと、そういう自信たっぷりな顔。
はやり暴走しがちなパウリーを普段なだめるポジションにいる男のこの暴走っぷり。
はっきり言ってカクはこんなくだらない問題に関わりたくない。これが、カクの知る水の都の人間が人質というのなら、それは己とてあれこれ考えて協力しただろうが、今回、人質はである。
(わしらが出張らんでも、赤犬が何ぞするじゃろうに)
の正体は知らずとも、アイスバーグ、が「魔女」とよばれて赤犬の保護下にあることは承知のよう。それで、何かあったら赤犬が動くと理解してのこの判断のはず。下手にこちらが動いて、逆にを不利にはさせないと、冷静な判断だ。さすが、こちらがいかに探ってもいまだに古代兵器の設計図の存在をチラリとも出さぬ男。
知らぬパウリーが慌てるのは判るが、が赤犬と関係していると知っていてこのような態度を取るルッチには呆れる。
「アイスバーグさんもこう言っとるんじゃ。海軍に任せたほうがいいじゃろ」
『バカヤロウ。海軍になんぞ任せてみろ、海列車ごと砲撃する。あの人が怪我をしようがなんだろうが海賊を葬れるなら躊躇わないに決まってる』
まぁ確かに、とカクは頷いてしまった。
あの大将赤犬。容赦なさ、遣り過ぎ行き過ぎ過激な海兵の代表のような男だ。海列車がまきこまれようが人質が死のうが、海賊を生みに沈められるなら構わないとか、そういう思考回路をしていそう。
魔女に手を出した=海軍に喧嘩を売った。と、そう取られてもおかしくない。
なまじなら砲弾程度で死にはしないだろう。重症は負うだろうが、死ななければいいとか、そういう発想。
「そんなことさせるかよ!!!アイスバーグさん!!アンタの決まりに逆らうなんて、本意じゃありません、でも、おふくろの命がかかってんだ…!!」
カクが頷けば、そんな可能性を聞くのも嫌だとばかりにガツン、とパウリーが壁を叩いた。そしてアイスバーグが止める間もなく、社長室を飛び出していく。
「待て!パウリー!お前が動いてどうする…!」
『アイスバーグさん。今回ばかりは、あのバカに賛同させて頂きます。失礼します』
だからお前もう腹話術できてねぇよそれ。と、カクはうんざりしてため息を吐いた。そして丁寧にルッチが頭を下げて出て行った後、さて自分はどう反応するのが一番いいかと、そういうことを考えていると、プルプルルル、と電伝虫が鳴る。
カリファが取るよりこういう場合はアイスバーグが取る。一言短く名を言ってから間が空けば、電伝虫が相手の声をマネて伝えてくる。
『サカズキじゃァ、アイスバーグ、おどれは余計なことをするな。あれに手を出すような身の程知らずにゃ、わしが引導を渡してくれる』
「ンマー、そりゃ頼もしいがな。うちの職人が二人出た。何かするつもりなら急いでやってくれ」
海軍大将が一介の市長に直接電話と、それだけでも驚きだが、電話越しでも相手をビビらせるほど怒りの篭った声に対して、アイスバーグは平素のままだ。慣れているんだろうかと、カクはちょっとばかりアイスバーグを見直しつつ、これから面倒ごとになると、それだけははっきり判り、何度目かのため息を吐いた。
今夜はクリスマス・イブだというのに、なんだってこんなことになっているのか。
Next
(2010/12/24 19:46)
・長いんで続きます。
ところで「メイド服の女」ってマリアちゃんじゃないんですか、それ。
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