「だから何度も言ってんだろ!!俺は男だ野郎だお前らと同じモン付いてんだよ!!!!」

大声で怒鳴りながら、メイド服の美少女こと、海軍本部一般食堂コックの「マリアちゃん」は尻を触ろうとしてきた海賊の手を叩き落とした。

クリスマス行事の買出しにと乗った海列車、海賊も利用するとい造船島であるからひょっとしたらうっかり「赤旗」が立ち寄ってはいないかとそんな淡い希望も抱きつつ水の都に向かっていたというのに、何をどう血迷ったのか海列車強奪だか立てこもりだかよくわからぬことを考えた海賊連中と遭遇。マリアの馴染みの海兵三人はあっという間にやられたらしく、眠っていたマリアが気付けば三人の海兵は血だらけで縛られていた。己も同じ道を辿るのかと恐怖を抱き数秒後、マリアは海賊の一人に「よう、ねーちゃん。いいケツしてんじゃねぇか」とセクハラされたのである。

「ははは、おいおい、嘘ついたってバレバレだぜ」
「そうそう。こんな可愛い顔の男がいるわけないだろ」
「だいだいそんな格好してて説得力ねぇぞ」

顔を真っ赤にして叫ぶマリアの訴えなんぞ無力、まるで取り合ってはもらえない。海賊は五人。一人がローダー、というか船長格。手配書で見た顔だ。マリア、これでも海軍本部勤務であるので一般人よりは腕に覚えもあるけれど、同行者であった海兵ら(一般兵とはいえど海軍本部に召集されている海兵だ)が敵わなかった相手である。怒鳴る気概はあっても挑もうという気は起きぬ。

この海賊ら、己を「女」とそう扱う。どうもどうやら現在この列車内で立てこもり、水の都に何ぞ要求を出しているらしい。海列車は貴重なもの、これ一つしかない。いまのところ新たに作り出すこともできぬからと、政府でも重々に扱われているもの。これを質にしているのは中々に頭が切れる。しかし、水の都が果たして要求を呑むのかという疑問点もあった。

その「待ち」の時間。暇なのでマリアにちょっかいを出している、というこの状況。マリアは己の顔が整っていることを自覚しているし、誤解されるとわかっていてこんな格好もしている。だから自業自得といえばそれまでだが、この野太い声を聞いてまだ「ハスキーだな」といえるこいつらに、いい加減苛立つ。

「じゃあ脱がせろ!お前らが喜ぶどころか萎えるモン見せてやるよ!!!」
「ねーぇ。マリアちゃんマリアちゃん?お嫁さんに行く前なんだからそんな破廉恥なことしちゃダメだと思うよ?」

ぐいっと自分のメイド服に手をかけてマリアが叫べば、のほほーんとした声が背後からかかる。

「!?…!?お前なんで、」
「おいお前!どうやって抜け出した!」

聞きなれた声に振り返れば、いらっしゃいます悪魔っ子、ではなかった。マリアにとって腐れ縁とも言える海軍本部の「事情のある子」こと。相変わらず悪魔のように愛らしい顔に悪夢のように美しく青い瞳をキラキラと輝かせ、あどけない顔をしている。

しかしその首から流れて床に滴っているのは紛れもない彼女自身の血である。白い毛のコートが染まるさまを確認し、マリアはの登場以上に驚いた。

「ふふ、縛られてるだけなら逃げ出すなんて簡単だしー。っていうか見張りの一人くらい立ってると思ってたけどないんだね。手抜き?それともぼく、見縊られてるの?」

驚くマリアはぐいっと、素早く海賊の一人に腕を捕まれ後方に投げ飛ばされた。痛いと呻き顔を上げれば、海賊らがをぐるりと囲んでいる。マリアが巻きこまれぬようにというよりは邪魔にならぬようにということか。

「船長!だから吊るして置こうって言ったじゃないですか!相手はガレーラカンパニーの人間ですよ!こんなガキったって、ガレーラの職人たちみてぇにデタラメに強ぇってこともあるって!」
「馬鹿言え!女子供にそんな乱暴なマネできるか!」

海賊風情が以外に紳士的である。

おや、と思ったのはマリアだけではないようで、も「おやまぁ」とコロコロ喉を鳴らしている。それだけであれば機嫌いい様子と判断できるが、その際にの口元がにんまり、と釣り上がっている。

マリアは経験上知っていた。

がこういう顔をするときはロクなことがない。

「…っつーか、なんでお前いんの?」
「マリアちゃん無事かい?それはぼくの台詞だけどね。なぁに、その三人のうちの誰かとイヴのデート?」
「いや、俺はドレーク少将一筋って、何言わせんだ!!」
「ぼくの所為?自分で勝手に言ったのにー…まぁとにかく、元気そうで何よりだよ」

言っては自分を囲む海賊らをぐるりと眺める。今すぐ海賊連中はを捕らえたいようだが、幼いはずの彼女から醸し出される只ならぬ気配。手配書に乗るだけあって海賊船長は経験を積んでいるのか「見縊ったらやばい」と本能的に感じ取った様子。沈黙し、誰も言葉を発することのない間が続き、ふとが口を開いた。

「ねぇ、その海兵たち、死んでしまったの?」
「殺しちゃいねぇ。お前は水の都に対して使えるが、こっちは海軍の人質に使えるからな」
「ふぅん」

この海賊たちはが海軍本部の人間であると知らぬのか?マリアは首を捻った。

そしてマリアはハタリ、と気付く。

がこの場にいる驚きが勝って即座に考え及ばなかったが、いや、この状況。かなりまずいんじゃないのか…?

が列車ジャックの場に遭遇。
人質として扱われている。

そのうえ現在負傷中。

素早く立ち上がり、マリアは力の限り叫んだ。

「お前らの死亡フラグにおれを巻き込むんじゃねぇ!!」






 



真っ赤な服着たオッサンがやってきた!え、サンタじゃないよ?!【中編】


 







「万が一ちゃんが血の一滴でも流すようなことになってみろって、間違いなくサカズキがブチ切れちゃうからね」

一番近いエニエスロビーに到着し、クザンは仰々しく出迎えたスパンダムを軽くあしらいながらCP9のメンバーに告げた。メンバーと言ってもロブ・ルッチ他3人は現在水の都への潜入任務によりこの場にはいない。バカのルッチである。ある意味この場にいなくてよかったと前向きに考えることにして、クザンは残っていた狼の能力者、ジャブラを見下ろす。口の軽いフクロウや仰々しいクマドリは今回のことには向いていない。と言って海の上のこと、ジャブラが適任であるともクザンは思っていなかった。しかしエニエスから出た列車でのことだ。話しておく必要はあると判断してのこと。

「それで、あの、大将赤犬は?」

形式ばった口調が苦手らしいジャブラは聊か居心地の悪い様子、けれどことがことなだけに顔つきは真剣だ。そういえば肉食系の能力者は魔女の飢餓がある。この男もに懸想しているのだろうかとクザンは頭の隅で思い、いや、ロブ・ルッチがいるのだからそんな展開になっていることはないだろうと切り捨てた。

「サカズキね。あー、うん、サカズキ。そりゃァもう殺る気満々で軍艦一隻出そうとしてたからセンゴクさんからストップかかったわ。まァ、海列車は貴重な財産だからねェ」
「……はぁ」

知らぬとはいえ「魔女」を人質にしたのだ。海軍大将が動かずにいられるわけがない。しかし、場所は海上海列車。今回センゴク、いや、その指示の元はもっと上、五人のご老体は「魔女の身柄確保を優先しろ。だが、海列車に走行不可能なほどの損傷は与えるな」とのお達し。サカズキなら有無を言わさず軍艦で海列車を撃破し、だけ救出するに決まっている。

能力的に考えてもマグマのサカズキ、光線のボルサリーノの能力では、どう考えても海列車に優しくない。それで「まぁ、まだマシ?」と思われるクザンの氷の能力が「適当」だとされ、こうして出張るよう命じられたのである。

ちなみにセンゴクにそう命じられた瞬間、クザンはサカズキが「うっかり溶かしちまいました。こりゃ任務は無理じゃのう。責任を取ってわしが出る」と白々とこちらに攻撃を仕掛けてこないか、とっても心配だった。

幸い察したおつるさんが素早く「良い子だからまっておいで」と言い聞かせてくれたので、無事クザンはエニエスロビーに到着できたのである。

しかし、だからといってサカズキが納得したとは欠片も思えない。
絶対に何かする。というか、しないわけないとクザンは自信を持って言い切れた。

「とにかく。有給とか使って「個人的な判断だ」とかほざきながらサカズキが乗り込んでくる前に、海列車氷漬けにしてこないとねー」
「えぇ、もちろん全力でご協力しますよ!青キジ!」
「……長官」

拠点は線路で繋がるこのエニエス、とそれで構えられクザンの到着。と言ってクザンとしては自分がチャリで行けばそれで済むと思っているというのに、なぜでてくるのだろうか、このパンダの長官は。

クザンがスルーしていたというのにまるでめげず、飛び出してきたのは紫の髪に矯正マスクの男。

「いや、別に協力とかいらねぇんだけど」
「ご多忙な青キジのお手を煩わせるまでもありません!何より、魔女というだけではなくは私にとっても大切な友人、危機を見過ごすわけにはいきませんので!」

元気よく言ってるが、言葉そのままありがたく頂戴できるわものかどうか。一応エニエス・ロビーの長官スパンダムどの。の古馴染みとそのように吹聴しているが、さて実際のところどういうものか知らぬクザンでもない。

「ふーん。で?」

司法の塔の主。あの「魔女」のが盲目的に愛してやまぬ水の都に闇の正義の使者などというおっかない連中を派遣した張本人。そして何より、当人は口に出さぬが、かつてサカズキに捕らえられて間も無いが唯一つのよりどころとした水の都の「造船会社」を台無しにした人物である。

普段どおりのやる気のない目を向けながら、クザンはスパンダムの「話」に耳を傾けてはみる。

「うかつに近づいて魔女の御身を危険に曝すわけにはいきません。闇に紛れて目立たぬよう列車に近づき、まずは魔女の身柄を確保。その後海賊たちを一網打尽にいたします」
「言うは安いけどねぇ。そんな上手くいくもんかね。それに、それじゃあ真夜中までまつってことでしょうが。長引かせるだけサカズキ召還フラグ立つのよ?」
「夜まで待つつもりはありません。なにより、無事に魔女を保護できれば青キジもご満足されるのでしょう?もちろん赤犬も」

にやりとスパンダムが笑った。笑うと卑しさがよくわかる男である。

さて、とクザンは首を捻った。この男のこの自信たっぷりな態度はどこから来るのか。スパンダムが普段自信に溢れているのは知っている。司法の塔の主であること、歴代CP9最強のロブ・ルッチを「使える」ということなどから出てくる自信。しかし今はそんなことは関係ない。だというのに、この自信はどうだろうか。

「水中より列車に接近します」
「あー、そりゃ盲点だ」

たっぷりと間をおいてから、もったいぶった口調でスパンダムが答えた。なるほど、と即座にクザンは頷く。闇は何も夜の闇ばかりではない。海の暗闇。盲点だ。そこからひっそり忍び寄り列車に侵入できればこちらのもの。

グランドラインの荒波、海王類の泳ぐ海で潜水するなんてバカなこと誰がするものかと思うもの。しかし海列車のレールには連中の嫌がる要素が詰めこまれている。それに海軍/政府の技術を使えば襲われにくい潜水艇やらなにやらを発明するのも、そう難しいことではないだろう。この権力主義の男が何かに使えぬかと投資していてもおかしくない。なるほどなるほど、とクザンは頷き、そしてうろんな目を向けた。

「で?」

話、作戦の続きを促す意味ではない。それ以上の説明は不要、そしてスパンダムもそれをよくわかっている。協力する、その代償に何をよこせというのか。(クザン一人でも解決することは十分できる。だがと海列車双方を無事に確保できるという保証はなく、その自信があるスパンダムはそれを前に出して利を求める)始終見せる滑稽な権力嗜好の様子ではなく、ニヤリと笑う、その狡猾役人に相応しい顔を見せ眼を細める。

「先ほども申し上げたでしょう。私はを助けたいんですよ」

白々と言い放つ。
だが見返りなど求めない、とは云わぬのだ。

そういえば近々、大貴族のアーサー卿が開く夜会があったか。親しい者のみしか招かれぬ貴重なもの。それに招かれればハクがつき、さらには世界に散らばる有力者と顔見知りになるチャンスにもなる。スパンダムがエニエスの管理人となったのは何も親の七光りというばかりではない。その狡猾さ、頭のキレる様は父親であるスパンダインを凌ぐという。

武力を誇る男ではない。人脈・情報こそを利用しのし上がってきた男。

そういうスパンダム。枢機顧問たるアーサー・ヴァスカビル卿との面識はまだない。接点を持てるようあれこれ手を尽くしているようだが、アーサー卿は歯牙にもかけぬ。

そこで「大将青雉」から「紹介」しろ、とそういうことだ。

クザンはこういうやり取り、サカズキやボルサリーノであれば一蹴にしただろうと頭の隅で思った。サカズキは、こういうことを毛嫌いする。真っ直ぐ、真っ直ぐな男だ。ボルサリーノは多少なりとも融通というか社交を心得ているところがあるが、元来あの性格である。のんびりと間のびした声で納得したように頷きながら、センゴク元帥至上、正義・海兵の枠をけして出ぬのだ。

そういう意味ではスパンダムにとって今回来たのが己である、というから「チャンスだ」とそう取られたのだろうか。

「別に無理して協力してくれなくていいのよ?」
「ガレーラカンパニーには優秀な船大工がいるみたいですね」
「なに、唐突に」
「誰だったか、名前はなんだったか、そう、職長の、金髪で、やたらと金遣いの荒い青年。今回の件を耳に入れたようで、自分がを助けるんだと息巻いて飛び出したとか。うちのカクから連絡がありましたよ。いくら腕に覚えがあるとはいえ、一庶民がね。我々政府に任せておけばいいものを、余計な手間をかけさせるだけだとわからないんですかね」

矯正マスクの奥の瞳を細めてスパンダムがじぃっとこちらを見上げてくる。名前を記憶していないはずがないのにもったいぶって話す口調。いっそ「魔女の養い子」だと素直に言えばいいものを、とクザンは思いうんざりとした。

なるほどあのパウリーとかいう職人、の危機に飛び出したのか。血気盛んな職人らしい。海賊相手に何があるかわからぬもの。そのうえ魔女保護のために政府がどう動くのかも知らぬのに、余計なことは謹んでほしいというのが正直あった。

は水の都の人間が海軍本部の海兵と関わるのを極端に嫌がっていた。水の都の、彼女が愛しむ人々には己の暗い部分を見せたくないのだと、そう真剣な目で言われたこともある。たとえ普段は親しいクザンでも、パウリーとかいう職人と接触しようものなら、その顔は引き攣るだろう。

それにもし万一、その職人の身に何ぞあればがどれほど悲しむか。

クザンは自分が出張ってすぐに解決できる自信はあっても、たとえばその職人が勝手な行動をしていたら己の氷の攻撃にまきこまないでいられるという十分な自信はなかった。

「能力者は魔女の嘆きが身に堪えるのでしょう」

己ならその職人を傷つけることなくうまくやれると、そう囁き、ニヤニヤとスパンダムのしたり笑い。クザンの背後でジャブラが何ぞ言いたそうな顔をした。能力者の男。魔女に対して悪い感情を抱くのは難しく、それはただの呪いではない。いつだったかディエス・ドレークはそれを「絆」であるとそう呼んだ。

スパンダムはそれを笑う。嗤って、せせら笑って、見下すようである。

不快になるかと思いきや、クザンはそうはならなかった。スパンダムはあからさまに、魔女に焦がれるこの身を「無様」とそう見ているし、そういう己はスパンダムの「誘い」を断れぬだろうと、そう知られている。

しかしクザンはそれに対して屈辱は感じないのだ。

ふぅん、と気の無い相槌を打ち、普段とまるで変わらぬのんびりとした目をこちらの反応をまっている政府役人に向ける。

そして何か言う前に、プルルルルと軽快な音が響く。

「んァ?あぁ、なんだ。こんな時に」

スパンダムの電伝虫が鳴っているようだ。いいところだったのに、と呟きながらスパンダムが一度背を向け乱暴に受話器を持ち上げ「誰だ!」と怒鳴る。

これでサカズキだったら面白いんだけどな、などと物騒極まりないことを考えるクザンの耳に入ってきたのは、久しぶりに聞く男の声である。

『こちらロブ・ルッチ』
「はァ!?ルッチ!?てめぇなんでかけてきてんだよ!定期報告にゃ早いだろ!必要なとき以外連絡しねぇのは諜報員の基本だろうが!」
『任務とパンドラのどちらが重要かなどわかりきた問答をするつもりはありません。長官、パンドラ救出の件で進んでいることを今すぐ全て包み欠かさず報告願います』

聞こえてきたのはバカ、ではなかった、エニエスが誇る優秀な諜報員ロブ・ルッチの、なんとも残念な会話内容。言葉遣いこそ丁寧だが脅すような声音である。

一瞬気圧されたものの、スパンダム、一度ちらりとクザンに視線をやってから再び電伝虫へと視線を戻し、にやりと口の端を吊り上げる。

「あァ、万事上手くこの俺様が解決させる」
『………長官が?』
「今まさに大将青キジから直々に任命されたところだ。おい、ルッチ、丁度よかった。今ウォーターセブンだな?そっちにいるのガキを見張っておけよ。巻き込んで怪我でもされてあの魔女が喚けば俺様の出世に関わるからなァ」
『………わかりました。ではこれより職長のパウリーとパンドラ救出に向かいます』
「いや、人の話聞けよ!!?」

ガッチャンと一方的に通信は切られた。なんでそうなるんだ!などとすかさずスパンダムが悲鳴のような突っ込みを入れたが、元々非公式な通信である。かけなおそうにもスパンダム自身はどこにかけるべきか知らぬ。

「あらららら」

むなしく吼えるスパンダムを眺めながら、ぶっはと噴出しそうになるのを押さえ、クザンは眼を細めて笑った。

なるほどやはり聞きつけたかロブ・ルッチ。

あの子が「魔女の養い子」の傍にいてくれるのなら安心だとも思う。世にに懸想する男は多いが、あそこまで至上なのも珍しいといわれるロブ・ルッチ。例の船大工と一緒に救出作戦、とはまぁ仲良くなったんじゃないのとからかってみたくもなるけれど。一緒にいるのなら、パウリーが怪我をすることもなかろう。それならが癇癪を起こす心配もない。

そうなれば当初の通り魔女救出と、列車奪回を考えるべき。そしてそれをスパンダムが自信をもってやるというのなら、それをまず見てみるのも一つ、ではあった。

「じゃ、ま、急ぎなさいよ。ロブ・ルッチが王子さまみたいに颯爽とちゃん救出したなんてサカズキが知ったら、それはそれで面倒なことになるんだしね」






+++






「っつーわけで俺たちはフランキー一家にバラされて、船もなく一文無しになっちまったってわけさ」

皆で仲良く床に座り、上座に位置する船長が長ったらしい身の上話を終えると「ふんふん」と相槌を打って聞いていたが首を傾げた。

「そんな悲劇話はどこにでもあるよ?」
「おまっ、容赦なくね?」

聞きました、この海賊らの動機というか身の上話。

どうもどうやらくだらないと言えば、これほどくだらないこともない、というのがの素直な見解だ。

正直感想を漏らせば隣のマリアが若干引いた目を向けてくるのだけれど、そんなことを気にするではない。幼い顔をさらに幼くさせて、船長、それに海賊連中をぐるりと眺める。

「ふふ、だってぇ。仲間がほかの海賊に捕まって?どうもどうやらこの先のシャボンディ諸島の人買いに売られたって?ふふ、それで助けに行きたいから何としてでも早くに船が欲しい。だからこんなバカなことをしている、迷惑をかけてすまない、なんて謝られても、ふふ、バカかい君たちは」

ころころと笑いながら最後は侮蔑を含んだ目でしめる。

座り込んでいなければ問答無用で船長の頭を地面に転がし踏みつけていたほどだ。はフン、と鼻を鳴らして眼を細めた。

そんな話はこの海ではゴロゴロしている。別段「かわいそうに!」と思うほどでもない。ここで逆上されてマリアやココロの身が危険になるのが嫌なので続きを言いはしなかったけれど、そうして「大事な仲間」を助けに行くのに列車強盗、人質を取ってガレーラを強請る、というのがには気に入らない。

そういう道外れた手段しか選択しに入れぬからそういう目に合うんだと、言ってやりたかった。

ほかにも手段はあるだろう。けれど「海賊」は力づくと、そういう手段しか選ばない。それがには気に入らぬ。

しかし言って聞くようなら海賊なんてやらぬだろう。怒りをぶつけるのもどうかと思い、はちらり、と窓の外に目をやって顔を引き攣らせた。

「ん?どした、

の反応に気付いたらしいマリアが同じように窓の外を見て、そして同じような反応を見せた。





+++





「やっぱり海軍に任せるのは間違いじゃねぇか!」

目立たぬよう小船で何とか海の半ばまで来たパウリーは目の前に広がる光景に思わず声を上げた。ガレーラを飛び出して少し、ヤガラに引っ張ってもらえば小なりとも早く進めるだろうと、そういう単純な発想で海に出たパウリー。大きな船で出て警戒されぬようにと、彼なりの配慮をしたのだが、しかし。

『…………さすがにこれは、ないッポー。ルッチも呆れているッポー』

万一にでも落ちたらシャレにならぬロブ・ルッチ。念のためにとしっかり体をロープでヤガラに結び命綱をつけた中々に間抜けな姿であるが、それでも迸るやる気は伝わるもの。そういう彼の肩でハトが呆れたように呟き、パウリーと同じように目の前に広がる光景を眺めている。

二人(+一羽)の目の前、性格に言えば海列車の線路の少し離れた距離、向こうに広がる、軍艦4隻。

(何をしているんだあの大将は)

バスターコールでも発動したのか、いや、あれは5隻か。だからギリギリ許容範囲扱いされると思ってんじゃねぇだろうな、などと内心ツッコミながらそれでも表面上は普段通りの冷静な顔をするロブ・ルッチ。

スパンダム長官は救出を自分が任されたと言っていたが、やはりそんなこと気にせず赤犬が動いたということか。

名目上は周辺の海域を移動する海賊らの「一斉検挙」だかなんだか、それらしい理由をつけるのは難しいことではない。

しっかし大砲が海列車を狙っているのはいいとしても、これで海賊が人質であるを傷つけるようなことがあったらどうするのだ。

いや、の身の怪我はすぐに治る。死ななければいいと、そういう意図で赤犬は容赦なくごと海賊、海列車を沈めるに違いない。

「急ぐぞルッチ!このままじゃおふくろが危ねぇ!」
『待て、この単細胞』

叫びここからは泳いで列車に向かおうと海に飛び込むパウリーの襟首を掴み、ルッチは顎で軍艦を指した。

「何すんだよ!」
『バカヤロウ。準備もなしに乗り込むなんぞ愚の骨頂。軍艦に意識が行っている今だからこそこのままヤガラで近づき、列車に乗り込むッポー』

泳げないから、とはいえないロブ・ルッチ。微妙な言い訳のような、説得力はあるのかないのか怪しい発言をすれば、根が素直なパウリーは「そうか!」と了承。本当、あのが半生を育てたとは思えぬほど親思いで素直、正直者である。

頷いた直後、ドン、と鈍い音が響く。

「…う、撃ちやがった!!列車に当たったらどうすんだ!」
『まだ威嚇射撃だ。当てる目的なら木っ端微塵になってるッポー』
「サラっと恐ろしいこと言うんじゃねぇよ!」

水しぶきがこちらにまでかかってくるほどの威力。ルッチの言葉通り初弾は威嚇目的だろうけれど、もし列車に掠りでもして中のが怪我をしたらとパウリーは気が気ではない。水に濡れてダメになった葉巻を吐き捨て、袖からロープを引っ張り出し、勢いよく列車に向かって投げ込む。

ロープアクション、と、パウリーが呼ぶ妙な技。通常ありえない縄の動きをするけれど、その威力は確かだ。届かぬはずのかなりの距離にロープが引っかかり、ぐいっとパウリーがその感触を確かめた。

「ぼさぼさしてらんねぇ!俺が助けなきゃ、誰がお袋を助けるんだよ!!」

一応海軍は人質、というより救出のために動いているのだけれど、そんなことパウリーは知るわけもない。突っ込みを入れようと思ったが、ルッチはそこで妙にはっとさせられた。

この広い広い海の中で、彼女を求めるゆえでもなく、魔女と扱うゆえでもなく、助ける、と、そういう風に考えることができるのはこのバカしかいないのではないかと、そんなことをふと思った。

いや、だからと言って今現在どうということではない。

今の時点でしなければならないことを思い出しルッチはパウリーに顔を向け眼を細めた。

『撃たれて沈んだらどうする。バカかお前は。少し冷静になれ』
「自分の親が危ねぇ目にあってるのに落ち着けるかよ!」

バカが、とルッチは心の底から思った。

それでパウリーが怪我をすればがどれほど心を痛めるか。ルッチには理解できないことだが、なぜかあの美しく愛らしい人はそれを恐れるのだ。このバカはそれがわかっていない。だから無茶をする。なんだかルッチは苛立って、乱暴にパウリーの背中を蹴り飛ばして海に突き落とした。




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(2010/12/29)16:41