詳しく知れば、きっと己は二度とここを使いたくなくなるだろうというぼんやりとした予感があった。何しろ世の人々が「魔法」と呼んでそれ以上の理解を諦めるの力(サカズキやベカパンクは科学とそう呼ぶが)全ての事象にある因果律やらなにやらを独自のロジックを持って道理としているに過ぎぬ。で、あれば、本来ありえぬ「道」を繋いだ手段、どれほどの犠牲があったのか。
考えるだけで、身震いもする。どこぞの国には巨大な砲を作り出すために燃え盛る釜の中に幼子どもを投げ込み贄とする。それで鉄が上手く結びつく、という、よくよく考えればそれ、他愛無い物質で代用出来るものだ。今だってそう、別にこの井戸を使わずとも、船なりデッキブラシなりに乗っていけばいい。だというに己はそれをせぬのだ。決まっている、それでは、人の眼に直ぐに触れてしまうから、己の保身の為に今、己は“赤い道”を使っているのである。
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