ぱちり、と眼を覚ましてリノハ、数時間の眠りとはいえ結構回復するものだとさめざめ新発見なんぞしながら軽く欠伸をする。どうも眠くてしようがない。やっぱりインペルダウンでクロコダイルに砂時計をもらってくればよかったと少しの後悔をしながら伸びをした。
ふさり、と、耳の横で流れる髪。
「うん?」
何か違和感。続いて少し動きにくい。おや?とリノハは自分の体を見降ろして、顔を引きつらせた。
何も変わらないで、ずっとこのままでいて
「このハデ鳥バカ鳥アホウ鳥ぃいいいい!!!!!!」
バタンばたばたとの騒音。隣の部屋で「ん~」なんてのんびりその音を聞いていたドフラミンゴは読んでいた報告書から顔をあげ、片手のグラスをテーブルに戻す。カツン、と氷が良く鳴る音がしたのと、隣の部屋とこちらの部屋との扉を開けてリノハが息をきらしてやってきた。
白ヒゲ戦開始まであと24時間程度。インペルダウンから戻ったばかりのリノハに先ほど睡眠を取らせてから二時間しか経っていないが、まぁ本来睡眠を必要としない部分の多い彼女のこと、二時間で丁度いいのかもしれない。
「フッフフフフフフフ、似合うじゃねぇか。フフッフフフフ」
「やっぱりテメェの仕業かぁあああぁああ!!!」
ぎゃあぁああと叫んで、顔を真っ赤にして怒るリノハ。ドフラミンゴは、なんだか心地よさを覚えた。いや、別にMっ気などないけれど、やはりリノハにはうっとりいとしい、と白々しい視線、言動を向けられるより、こうしてくれた方がいい。そんな仄暗いことを考えながら、どうやらお気に召さなかったらしいリノハを一度ゆっくり眺める。
基本色はピンク。といっても春の桜のような淡い色ではない。(どう考えても、ドのつくピンク。ドフラミンゴカラーの、ドピンクである。ここ大事)そのド派手な色のフリルのついたスカートに、黒のシックなデザインのシャツ。きちんと紫と赤の縞の靴下まで穿かせてやった全身ドフラミンゴコーディネート。満足そうにドフラミンゴは笑みを浮かべて、くいっと、指を動かした。海の魔女にもしっかり利用できる能力者、リノハの体がドフラミンゴの方へ引き寄せられて、不満そうな顔をそのまま抱え込む。
「これまでの服はみんなあの野郎が容易したんだろう?フッフフフフ、テメェの一切おれの物なんだ。別にいいじゃねぇか」
ちゃんとコートも用意してやったんだぜ、と手際のよさを自慢すれば、リノハの顔が心底厭そうに歪んだ。
「まさかあのカサカサゴキ○リみたいな音のなるコートじゃ……」
「フフッフフフフ、それでもよかったんだがな。おれはファッションにゃうるさいんだ。本人に一番似合う服を着せるに決まってんだろう」
さすがにリノハにあのコートは似合わないという認識はしているドフラミンゴ、言えばリノハがほっと安心したように息を吐いたのが聞こえた。ちょっとへこむ。え、そんなに嫌なのか、あのコートとそういう顔をすればにっこり、赤い羽○募金の羽根集めた方がマシだと言われた。
がっくり肩を落として、ドフラミンゴ、リノハの項を撫でる。
「さっきと態度が違くねぇか?」
嘘とは言え、先ほどはしおらしい言動、ドフラミンゴを好きだなんだと囁いてくれた、あのリノハはどこへ行ったのか。いや、別にあっちがいいなどとは間違っても言わないが、え、一応自分はリノハに(明らかに不名誉な役割だろうが)選ばれて、一応は前の赤犬のポジションになったんだよね、とそういう状況のはずなのに、リノハのドSというか容赦のない言動が戻って来ている。
言えばリノハ、きょとん、と顔を幼くした。
「さっきみたいのが良かったらそっちにするけど?」
「それだと服の感想は?」
「うわぁ、ありがとうドフラミンゴ。大事に着るね。ふふ、似合ってる…かなぁ?」
倖せそうに微笑んで愛しいと言わんばかりの瞳、ドフラミンゴに向けてそっと頬を赤らめる。
「フ、フフッフフフフ……おれが悪かった。いつものお前で頼む……フッフフフフ」
ドフラミンゴは素直に謝った。いや、これが心底本心からされている言動であれば喜びも湧き上がろうものだが、どこをどう見ても「嘘」としか思えないのだからただひたすら悲しいだけである。リノハの言動は完璧だ。一瞬前のやりとりなどまるでなかったように完璧にドフラミンゴを「すき」だという顔をした。それがドフラミンゴには、いやぁ、本当にやるせない。
「別に僕はさっきのままでもよかったんだけどね。言ったでしょう?ふ、ふふふ、僕は君が必要なんだよドフラミンゴ。だから、なるべく君の望む態度でいるよ」
「ヤらせろっつったらヤらせんのか?」
「SM、○乗、放×、○慰、フ○×、6○、×××、一通りできるよ」
この場に鷹の目がいたら貧血起こして倒れるんじゃなかろうかというほど、あのリノハの口から卑猥な言葉。さすがにドフラミンゴもたらり、と汗が伝った。というか、やっぱりリノハ、伊達に長生きしていない。冷静に考えればウン百年も生きているのだからドフラミンゴの経験の比ではないはずだ。まさかウン百年処女だった、だなんてそんな幻想は抱いたことはないけれど(鷹の目はいざ知らず)しかしこう実際に聞くといろいろ、ショックもあるものである。
「フッフフフフ、ついでに聞くが、赤犬とはどこまでいってたんだ?」
「赤犬は僕に手出ししてないよ。そういうところ徹底してたから」
やけに他人ごとのように言う。そこでドフラミンゴ、リノハが赤犬を名で呼ばなくなったことに気づいた。リノハ、は昔から人を名前で呼ぶことがあまりない。たいていは苗字だったり通称、それか名前自体を覚える気がなかったり、がほとんど。だがそれなりに親しかったり、因縁のある相手は名で呼んでいるらしい。本部やマリージョアにいる間は親しい限られた人間しか現れないものだからそういう癖があるのをすっかり忘れていたが、しかし、リノハの中で赤犬が「外」になっていることがドフラミンゴには解せなかった。
(フフッフフフ、なるほど、嘘か)
言葉や態度の偽りだけではない。自身の感情にすら嘘をつくことを、どうやらリノハは覚えたらしい。人の成長速度は速いもの、と感心してばかりもいられないだろう。では今この、ドフラミンゴを前にして普段と変わらぬよう振る舞っている、今のこの、態度とて嘘、でないという保証がどこにあるのか。
ふわりとリノハが欠伸をした。ドフラミンゴに抱きすくめられたまま素直に体を預け、まだ眠いのかうとうとと瞼を上下させている。その喉を撫でればごろごろと猫のように気持ちよさそうに目を細めた。完全にドフラミンゴに気を許している、ように見える。
「リノハ」
「なぁに、ドフラミンゴ」
「俺のことが好きか?」
「嫌いだったらこんなことさせないよ」
「で、嘘か?」
「本当だよ?」
微笑む顔。嘘など知らぬあどけない純粋な幼子の眼。そういえばリノハにこんなに名前を呼ばれたことがあっただろうか。
「赤犬に会ったらどうすんだ?」
これ以上自分の傷口を広げる趣味はドフラミンゴにはない。話題を、まともなものに切り替えようと一度目を伏せて息を吐いてからそう問う。火拳の公開処刑まであと一日足らず。あの大将どのはてんやわんやの大忙しだろう。その上、薔薇の刻印の所有者というからにはリノハの異変にも気付いているはずだ。この流れゆく時代の中、さらにリノハの消失の可能性と、騒動が重なる。あの男はどうするのだろうか。ふとそんなことを考えた。ドフラミンゴ、自分のするべきことはもう定まっている。それまでのリノハとの時間は、できればもう少しまともなものにしたかったが、今のこのリノハの状態ではそうもいなかいのだろう。ではあの赤犬は、サカズキはどうなのだろうか。そしてリノハは、サカズキにはどんな嘘をつくのだろうか。
「別に、どうもしないと思うけど」
「お前が俺の物だって見せつけても構わねぇのか?フッフフフフ」
ふわり、とリノハがまた欠伸をする。瞼をこすり、くるりと体の位置を少し変えてドフラミンゴを見上げた。
「ドフラミンゴがそうしたいならいいよ」