あれこれ会話をしていて結局時間が経ってしまったらしい、トカゲとイナズマがルフィのいる場所に着いたころには、先ほどまでのてんやわんやがおさまり、辺りの連中シーンとひたすら、何事かをうかがっているらしい。

「うん?どうしたんだ」
「解らないが……ルフィ君はどうなったのだろう」

イナズマとトカゲは顔を見合わせ首を傾げる。そうしていると、大声。

「治ったぁああああああぁぁぁぁぁあああ!!!」

地に響くような、少年の声。思わずトカゲは笑ってしまった。

 

 

 




今はいない子供のための子守唄

 

 

 



どういう生き物ならそんな復活が遂げられるのか、いやはやこれだからルフィは面白いと、どこか上目線で思い眺めながらトカゲ、てんやわんやと胴上げされるルフィを眺めた。

毒の消化を数時間で終え、そして食したものを物の数分(いや、数秒?)で血肉にするなどどういう芸当か。悪魔の能力、などではない。たかがパラミシアにそういうオプションなどはないとトカゲ、太鼓判を押せるほど。

「すごいなぁ、ふ、ふふふ、これが奇跡というヤツか?」

ひょっこりトカゲはイワンコフの隣に立って、ニヤニヤとからかうような眼を向ける。嫌味以上の意味はない。しかしイワンコフ、トカゲのからかいなど気付かぬように茫然とルフィを眺めていた。

「奇跡……?奇跡の度を超えてるわ……!」
「あの子供は、奇跡とは縁遠いからな」

ぼそりと呟く。が、それは周囲の騒ぎにかき消されて聞こえなかった。イワンコフが顔を向け何か問おうという様子を見せたが、その前に、ボン・クレーがどさり、と倒れる音。

「ボンちゃん!!?おい……!!大丈夫か!?しっかりしろ!!」

慌ててルフィがボン・クレーに駆け寄る。白目を向いて倒れてしまった男。先ほどまで大声を出してルフィを応援していた様子はトカゲの耳にもしっかりと入ってきている。

「過度な疲労よ。ケガの所為じゃないわ」
「あ、イワちゃん!!」

そのルフィたちの前に立ったイワンコフ、見上げてルフィの、随分と親しそうな呼び方にキャンディーたちがざわめくが、それはそれ。トカゲはひょこひょことボン・クレーを見下ろして、その呼吸を確かめる。いろいろあちこちから鼻水うんぬん出ているけれど、まぁ命に別条はなさそうである。

それで再びルフィとイワンコフに目を向けると、ルフィ、それはもうまっすぐな笑顔をイワンコフに向けた。

「生きられた!おれ達のこと、助けてくれてありがとう!!」

まるで大空のような曇りのない笑顔、はっきりとした言葉、である。朦朧とした意識でも己が誰に助けられ、どうなっていたのかをしっかり把握しているらしい。トカゲは好ましい、と眼を細め帽子を深くかぶった。

(生きられた、か)

トカゲのこれまでの人生で、そんな言葉を聞いたのは初めてだ。

生きる、生きた、生きられた、など、そういう概念のある生き物、はトカゲのまわりにはあまりいない。どんないきものでも、トカゲの知るもの達は死に向かう。死することを美徳とでもいうのか。死んで花実が咲くものかと、そういう心のある者は稀有だ。が、それでもいないわけではない。だがしかし、今のこの、ルフィのような言葉を芯から吐けるものはなかなかいない。

(生きることを諦めない、いや、違うか。ルフィは、死ぬことは構わないだろう。そうじゃ、ない。今は死ねないと、そう思っているからだ)

海賊王になると志す少年。いや、人間。そのために死ぬのなら悔いはないのだろう。だが、しかし、今はそうではない。今は、死ねないと、そう決めているのだ。

(何故か。容易い。エースを、助けるためだ。そのために、生きることを諦めない)

そういう心は、あまり持っている生き物はいない。

ひとつの目的があるから、ほかの一切を切り捨てる。こうするためにこれは、諦める。それが普通だ。

「礼を言うならそのMr2、ボン・クレーボーイに言うんだね」

と、そうこうトカゲがなんだか面倒なことを考えている間に話がさくっと進んでくれればいいものの、人の思考はそれほど長い時間はかからぬもの。顔を上げればイワンコフが腕を組み、ボン・クレーを見下ろしていた。

「そいつは何時間も何時間も、何時間も。喉が裂けて血が吹いてもずっとここで、苦しむヴァナタと共に苦しみ、がんばれ、と、生きろと叫び続けていた」

奇跡とよぶのなら、その事態こそがそうなのだろうと、目を伏して言うオカマ王。ルフィが命を取り留めたことに、この男の行動が影響を与えたことは確かである。

じぃっとルフィ、ボン・クレーを見つめてそのまま、頭を下げた。

「ありがとう、ボンちゃん……!恩にきる!!」

両手をついて、男があっさり頭を地につける。トカゲはひょいっと腕を振って、ルフィの麦わら帽子とチョッキを取り出した。

「よぉ、麦わらの」
「!おめぇ、確か上で会った……パン粉!」

間違ってはいない。間違っては、いないのだが。瞬間シィーン、とあたりが沈黙した。イナズマは額から背を流し、イワンコフですら顔を引きつらせている。
先ほどからトカゲの傍若無人っぷりを承知の連中は完全に言葉を失っていた。

そんな凍りついた時間の中、先に口を開いたのはトカゲだった。

「ふふふ、このおれを堂々と呼び捨てか」

発音とかはまぁ、細かくとがめるトカゲではない。

しかし腹が立つことにかわりはないので、そのゴムの子供の頬をぐぃーっと乱暴に引っ張る。

「ふ、ふふっふふふふふふふ。よくのびるなぁ」
「いででででっ、いで!!ぁにすんらよ!!(何すんだよ!)」
「おれはパン子さんでトカゲだ」
「ぁんらよふぇすひまふぃらっれれぇらねぇふぁひょ(何だよ、別に間違ってねぇじゃねぇかよ)」
「初対面の女性を呼び捨てにするな、ということにしておけ」

乱暴にばっしん、と伸びきった頬から手を放し、トカゲはフン、と腕を組む。まぁ別に本気で怒ったわけでもない。それはルフィもわかるようで、「で、お前誰だ?」と再度首を傾げてくる。

に良く似てるんだけど、何か違うよーな……」
「細かいことを気にするな。で、どうする、ルフィ。一応これで卿は命を取り留めた。けれどまぁ、普通に考えればあと数日は体を休めるべきだろう。どうする、少年?」

ひょいっと、イナズマが説明しようとしていたセリフを奪い取り、あたかもルフィを気遣うように言ってみる。ニヤニヤとしたトカゲの様子に、ルフィが首を振った。

「そんな時間ねぇよ!だいぶ時間食った!」

今すぐにでもエースのもとへ!と、そういうルフィ、とりあえずはボン・クレーの身を案じ無事を頼んでから歩こうとした足、がたん、と倒れる。

「ふふふ、いかに卿でもな。疲労はまだ取れていない。あまりむちゃをすればエースの救出どころじゃあないんだがな」
「そんなこと関係あるか!紙はまだ下を向いてんだ!エースはまだ下に……そういえばここどこだ?」
「細かいことを気にするな」

いや、説明しろよ、という周囲の突っ込みなど知らぬ。きっぱりルフィの疑問を退けて、ルフィの手のビブルカードを眺める。

「なるほど、それでエースの危機を察したか?ふふ、アラバスタでエースが何か紙を渡していたとが言っていたが、ビブルカードだったとは。おれはてっきり焙りだしで何か書いてある紙かと」

完全な軽口である。ぼそりと呟くトカゲは構わず、イワンコフが腕を組んでルフィを見下ろした。

「まぁ、ヴァナタのこと、復活したからには何が何でも兄の救出に向かうんでしょうね。ま、ヴァナタの命、勝手にすればいいけど」

それで、ヴァナタはどうするの?とイワンコフの目がトカゲを見た。心得たもの、トカゲ、どっかりと、ルフィの肩に腕を乗せて、これ以上ないという位に、面白そうに笑む。

「決まり切っている。おれはルフィと一緒に行くよ」
「え?なんでお前もくんだ?」
「嫌か?」
「嫌、別に。っていうかお前いったい何なんだよ」
「まぁ細かいことを気にするな。ふ、ふふふ、おれも、まぁエースに死なれては困る」

脳裏に浮かぶ、の姿。己との成り立ちは、王国からという己とずいぶん異なるようだったけれど、しかし、炎の悪魔の能力者の生死は、王国の生き残りの魔術師に大きな影響を与える、といい点に違いはないだろう。

「エースを知ってんのか?パン子」
「ふ、ふふふ、もう一度抓られたいのか卿」
「いででででで!!」

確認する前につねっている。

トカゲはわざとらしく溜息を吐いて一言。

「あれだけの色男、そう易々と死んでしまうのは惜しいだろう」
「?何言ってんだおめぇ」
「細かいことを気にするな」

再三の言葉。ルフィは素直に「おう、わかった!」と頷く。とてもまっすぐでよろしい、とトカゲは頷き、イワンコフを見上げる。

「それで卿はどうする?」
「ン〜フッフフフ、ヴァナタが何をするのか、それは興味あるけどね。もう少しここにいるわ」
「いいのか?おれは海軍にここの場所をきれいさっぱり地図付きで御報告するぞ」

ぴしり、と、空気の亀裂。イナズマは鋏を構え、キャンディたちにも緊張が走った。トカゲとイワンコフのにらみ合い、が、しかし、ここで叫ぶ、空気読まない男が一人。

「えー!?イワちゃんは脱獄しねぇのか!?ボンちゃんはおめぇを助けたくてフロアを降りてきたんだぞ?」

誰かルフィに空気の読み方を教えてやってくれ、と、トカゲは面白可笑しく思った。まぁ、しかし、それで己の敵意も薄れた。こちらが引っ込めれば追うイワンコフではない。ルフィの言葉に含み笑いさえ浮かべて、首を振った。

「ボンボーイがヴァターシを助けに、ねぇ。ン〜フッフフフ、そうだったの。カワイイとこあるじゃない」
「まぁ現実を知らないって残酷だよな」

あこがれていたオカマ王がこんな人外、いや生物外だったなんて、と白々しく続けるトカゲに誰もが「お前に言われたくない!!」と突っ込んだが、それはそれ。

「でもまぁ、気持ちだけもらっておくわ。まだ脱獄するときじゃなッシブル」

この牢獄にいてもイワンコフ、世の中の情勢は常に把握しているらしい。ポジティブに考えれば、イワンコフがここにいることで捕えられた革命家たちは力をそがれることなく、いずれの戦力と数えられる、とそういうことだろう。トカゲには心底気に入らないことだが、まぁ、そういう利用の仕方も、戦争にはある。

ふぅん、と気に入らぬという態度で壁に背を預け、イワンコフとルフィのやりとりを聞いた。

「海軍と白ヒゲ海賊団を中心に世界は大きく動こうとしているわね。そう、魔術師の復活さえもあり得るこの事態、それでもまだあの男は動かない」
「あの男?」
「世界中の革命家たちの黒幕、ヴァターシの同朋……革命家・ドラゴンよ」

首を傾げるルフィに答え、誰もが知るその大犯罪者の名を口にする。意識せず、トカゲの小指がぴくり、と動いたが、それはそれ。

自分の知る人間の名に、ルフィがぽん、と手を叩いた。

「あぁ、おれの父ちゃんか」
「そう。ヴァナタの父ちゃんが軍を率いて動き出すとき、ヴァターシは再びシャバへ飛びだし、世界の流れに身を投じる。今むやみに脱獄を試みてもシャバで大きく手配されるだけ」

いや、むしろここでトカゲが革命家たちの息を止めてやってもいいのだが、と挙手しかけた手は、さすがに引っ込めた。それにしても、さすがはドラゴンと近しいイワンコフ、詳細不明のドラゴンの息子も知っているのかとトカゲは感心しかけた、ところ、大声。

「父ちゃん!!!!!?」

大音量、鼓膜をぶち破りそうなほど。トカゲは顔をしかめて耳をふさぎ、盛大に驚いてくれる、自分とルフィ以外を煩わしそうに一瞥した。

「なんだ、卿、知らなかったのか?」
「ヴ、ヴ、ヴヴァカおっしゃい!!!ドラゴンの息子!?息子がいたの!!!?」

たいそう驚いてくれる。大きな顔がこれ以上ないというほどの圧迫感。しかしルフィは周囲の驚きなど誹らぬように首を傾げる。

「おれもよく知らねぇんだよ。実は顔も知らねぇしな」

そういえば水の都でガープがころっと言ってしまったことらしいが、しかし、そういう秘密をあまり話すものではない。
知らぬ、ということが尚更信憑性を増すようで、まじまじとイワンコフがルフィを眺めた。

嘘をつける男にはとうてい見えぬ、そして海賊界でも異色を放つ超新星の一角。その上先ほどの脅威の生命力はまぁ、普通ではないからして、ドラゴンを間近で見て知っているイワンコフがその言葉を飲み込むのにそう時間はかからなかった。

恐る恐る、イワンコフはルフィに問いかける。

「ヴァナタ、出身は?」
「東の海だ」
「……やっぱり!!!」

ばっ、とイワンコフがトカゲの首を掴んだ。突然に締め付けられて、トカゲは目を見開く。

「迂闊だった……!!想像だにしなかったわ!!!!!トカゲ中佐、いえ、悪意の魔女!!!ヴァナタは、ヴァナタたちの真意は何!!!?」

乱暴な扱いにトカゲは小さく呻き、吊るされたまま、イワンコフを見つめる。目を細め、何も言わぬ姿勢。イワンコフの大きな目が、いっそう見開かれた。

「つまり……エースボーイもドラゴンの息子!白ヒゲとドラゴンを同時に呼び寄せて政府にメリットなどないはず……!!そしてそれを、ヴァナタたち魔女はわかっていた……!!政府の、そして、ヴァナタたちの真には何!!!!?」

周囲に聞こえぬように唇だけ動かしてトカゲに問うイワンコフ。あ、すいません読唇術なんてオプションないんでと一瞬逃げようかとトカゲは思ったが、まぁ、それはそれ。

「このおれが言うと思っているのか?」
「……〜〜〜!!イナズマ!!!エースボーイの出港時刻をお調べ!!」

傲慢に、尊大に、ふん、と、こちらが不利となっている状況でも変わらずふんぞりかえって目を細め言い放つトカゲに、イワンコフが唇を噛んだ。

現在、ギリギリの時刻である。ここでトカゲが口を割るまで拷問なりなんなりする時間さえ惜しい。その上、そんなことであっさり話す生き物でもない。

「ヴァターシはこれから麦わらボーイとレベル6に向かうわよ!!」

ばっ、と、トカゲを放してルフィを振り返る。ビブルカードがまだ下を向いているから連れ出されてはいないと、そういう判断。
潰れかけた喉を押えてけほり、と、トカゲは息を吐いた。

「おい、おめぇ、大丈夫か?」
「問題ない。ふふ、よかったな、ルフィ、レベル6に案内してもらえるらしいぞ」
「5じゃねぇのか?まぁいいや、頼む!行こう!イワちゃん!!」

とにかく今は脱出の時と、それが一致した答え。トカゲは吊りあげられた時に落ちた帽子をパンパン、と払って、そういえばそろそろ着替えたいなぁ、とかそんなことを考えた。が、一刻を争う事態でそういうことは言えない。さすがに。

「ヴァターシはヴァナタの父親の仲間。革命軍の幹部よ!だからここに捕まってた。勝手ながら、ヴァナタをサポートする義理がある」

ボンクレーをキャンディたちに頼むルフィの背を叩き、とりあえずはドラゴンの関係者であることを明かし己の意思を伝えるイワンコフ。

「同胞の息子を目の前で死なせるわけにはいかないわ!」

そしてばっ、と身をひるがえし、事態を聞きつけたニューカマーランドの住人たちに指示を出す。

「これからエースボーイを救出し、その後インペルダウンからの脱獄を試みる!!!共に行きたい者は死を覚悟し、戦闘準備の上ここで待機を!!!!」

その指示、立派な革命軍幹部らしいもの、としらじらトカゲは聞きながら、ぼんやり考えるのは、ではいったいどれくらいの人間が死ぬのか、とそういうことだ。

(いっそ全員死ねばいいのになぁ)

仄暗い魔女の悪意が立ちあがる。気に入らぬ。こいつら全員犯罪者。その行いが「真の正義のため!」だとかそういうことはどうだっていい。無差別連続殺人犯と革命家、行いは違うだろうがしかし、一般人にとってはどちらもただの「犯罪者」隣にいれば全力で逃げだしたくなることに変わりはない。
もし、このインペルダウンが破られ、大量の「犯罪者」が世に解き放たれるようなことがあったら、それはどうなるのだろうか。

しかし、まぁ、そうと気に入らぬと思っていても別にトカゲはどうこうする心はない。ルフィをさっさとマゼランに突き出すことも、イワンコフの寝首をかくことも、しない。

どうこうなるのか分かっている。それが「気に入らない」というのはただの感情的なもの。いや、目の前を飛ぶ蠅が鬱陶しいんですけど!!?というほどの不快さしかないのだ。

「よーし!!待ってろよエース!!!今行くぞおぉおおお!!!!」

雄叫び上げて、今にも飛び出しそうなルフィ、眺めてトカゲは帽子を深く被った。

こうして世が荒れるのを黙って見ている、この自分も所詮は魔女なのだろう。



 

 

fin