三時間後には何もかもが終わるのだと、そう囁き合う声を聞きながらはのんびりと回廊を歩いた。七武海には先ほど面してこれから彼らがどうするつもりなのかを聞いた。
全員揃って、ではどうせ誰も本心など言わないとわかっていたので、は一人で直接彼らを訪ねた。熊は相変わらず。蝙蝠は名誉挽回と、ドフラミンゴの考えていることなどにわかり切っているし、鷹に至っては、まずを困らせるようなことなどせぬ。彼らのことは全く興味がない。しかし、ハンコック、あの蛇姫さまの動向は少々、気に掛った。
あの娘、これまでの目にはただの少女に見えていた。だが先日から(その女帝としての才覚は欠けてはおらぬが)女の顔をするようになった。いや、もともとあの女帝どのが処女であったなどという妄想はにはない。彼女の経歴を知る限り、そんなままではいられなかっただろう。だが、あの娘の心は処女であった。誰にも犯されることのない最後の領域があり、それが彼女を必死に保っているようにには見えた。なぜそう分かったのかと言えば、そんなことは容易い。己も「そう」であったからだ。
はふと立ち止まり、磨き上げられたガラスに映る己の首をちらり、と見る。これまでアミュレットのついたチョーカーで隠されていた首元は今はすがすがしく露出され、そこに20年間あった赤いバラはない。代わりのように毒々しく刻みつけられているのは、昨日あのバカ鳥がやけに念入りにつけていた紅い所有の印のみである。
首筋に一つだけだが、服に隠れた四肢には至るところにある。散々と奪われた。あの男、これほどまでにが欲しいのかとさめざめ思うほど、執拗なまでにを求めた。犯されることは、慣れている。恐怖はなかった。散々と酷い有様になったことなど、この千年間で何度あるのか。思いだしては柳眉を顰めた。何も、恐ろしいことなどなかった。犯されることには、だ。
しかし、ドフラミンゴはを犯しはしなかった。あの男、そうなのだ。あの、世間には外道やら鬼畜やら曲者、食わせ者と恐れられている、どう考えたって非道の男。よりにもよって、この己を「抱いた」のだ。力強くはあった。荒々しさもあった。嵐のようであった。だが、けしてを苦しめはしなかったのだ。どこまでも、どこまでも、ドフラミンゴはを労り、思いやり、快楽に溺れさせた。あのように抱かれたことは、はなかった。ただの一度も、をそのように扱う男はいなかった。
(汚された)
ぎりっと、は奥歯を噛み締めて触れた窓ガラスに力を込める。予想外だった。あんな風に扱われ、の心は犯された。守ってきた、心の処女を奪われたようだった。
誰に犯されても、誰に憎まれても、何をされても、己は何とも思わなかった。辛いことなど何もないと、そう、体が信じていれば、何もかもが、どうということもなかった。だが、ドフラミンゴはその、最後の最後の、の心を抱こうとした。は目を伏せて、首を振る。
もしも、己がインペルダウンへ行く前のであったなら、おそらくはドフラミンゴそのその、労りは大きな影響を与えただろう。
ハンコックのことを考える。彼女、どうやらルフィに恋をしたらしい。彼女の心は晴れやかで、弱々しくもありも、しかし強くなる乙女のもの。しかし女は蛇にも蝶にも蛾にもなる。長い、ハンコックの繭が破かれるその時に、現れるのはどんな生き物なのか。
そして、己は。
ぎゅっとは手のひらを握りしめた。なぜ、はドフラミンゴを愛さなかったのだろう。これまで、誰も踏み込めなかったこの己の心に(たとえ、この状況ゆえとはいえ)あの男は入り込んだ。そしてズカズカ踏み荒らすこともせず、ただを労わった。だが、はドフラミンゴを愛することがなかったのだ。己が抱かれたのは、そうすればあの男は余計に、結局は自分を裏切らぬと確信があったからだ。それ以上の心は、ない。
さぁよく見ているがいい、私が私でなくなる様を
「七武海は最前列に構える。お前はどうする、」
部屋に戻れば、身支度を整えたドフラミンゴが迎えた。先ほどまであれこれせわしなく支持を出していたが、もう何もかもが終わったのだろう。そして始まる。
「そうだね、君の傍にいるつもりだけど」
ちらり、とは壁に掛った服を見た。
「あれは?」
嫌味ではなかったが、はやや眦を上げて呟いた。ドフラミンゴはあれこれとに自分好みの格好をさせることを喜んでいた。だから、これからの戦争もドフラミンゴが「これがいい」と思った格好をさせられると思っていた。
だがしかし、今の面前、壁にかかっているのは真っ黒い、アフタヌーンドレスだ。
丈は膝上。漆黒の闇のような、一目で上等とわかる生地で、一流の仕立て屋があつらっただろう一着。腰元には赤い薔薇のコサージュに、肩は白いレースであしらわれている。そろえられた靴は赤。
「色々考えた」
服を眺めたまま何も言わぬに、ドフラミンゴが卑屈にならぬ、だが、感じのよくはない、諦めたような、何か、そんな、奇妙な笑いを向ける。
「お前は、この格好が一番似合う。黒いドレスに赤い靴。これじゃ死に装束には、ならねぇだろう」
は、ドフラミンゴを振り返った。見えるのは、サングラスをかけた、海の王者の一人。傲慢で、尊大で、何もかも己の思い通りになると信じている目をしているはずの男、は、うろたえた。ぎゅっと、ドフラミンゴに気づかれぬようにそっと、上唇を噛み、背を向ける。
この男は、優しすぎる。
◇
用意した服にが袖を通していく。その様子をベッドの上で胡坐をかきながら眺めて、ドフラミンゴは目を細めた。あと三時間で何もかもが終わる、そう連中が囁く。だがドフラミンゴはそんな盲信はしていなかった。あと三時間で、何もかもが始まるのだろう。そして、あと三時間で、は死ぬ。その予感があった。こういうときのドフラミンゴの癇は当たる。
この少女が自分に何をさせようとしているのか、それはまだドフラミンゴにはわからなかった。もしかすると、最後の最後でも、わからないのかもしれない。
海軍本部のある島、マリンフォード。普段は海兵らの家族が住まう賑やかな町が、今はひっそりと静まり返っている。人っ子一人見あたらぬ。数日前に、彼らは全員避難させられた。場所がシャボンディというのはどうも因果な話ではないかとドフラミンゴは思う。例の麦わらの海賊が暴れまわったおかげでシャボンディにはこれまでなかったほどの掃除がされた。海賊、犯罪者はきっちりと確保され、常であれば多少なりとも存在する犯罪者が、今はきれいさっぱり、見当たらなくなっているそうだ。
先日まではとても危険でしょうがなかかった場所が、今はもっとも安全な場所になっている。ドフラミンゴは自分の手下が先日持ってきた情報を頭の隅で思い出した。
その、住民たちの避難リストにの名前もあった。赤犬が、あの大将が手配していたのだ。だからは赤犬に会うことを避けていた。会えば「逃げていろ」と言われることが分かっていたからだろう。
あの頃のは赤犬には逆らえなかった。逆らわなかった、と言ったほうが正しいか。
「着替えたよ。もう行く?」
きちんと身支度を整えたが、ドフラミンゴの膝を軽くたたいた。見つめれば真っ青な目。長く腰まで伸びた髪がさらりと揺れる。いつのまにか、の髪が随分と伸びた。出会ったころから一切かわらなかったのに、今はもう、随分と長い。
「よく見せろ」
ドフラミンゴはを立たせて、くるりと回転させた。赤犬のところにいたときと似通ったデザインの服だが、しかし所かしこにドフラミンゴの拘りもある。それらをが完璧に着こなしていることに満足感を覚えて、だが、何かまだ足りぬことに気づく。あぁ、そうだ。薔薇がない。
「髪飾りは必要ないんだよ」
そんなドフラミンゴの心中を悟ったらしい。がゆるやかに首を振る。
「お前にゃ薔薇がよく似合う」
お願いだから、諦めてよ、と困ったように眉を寄せて見つめられた。
「必要ないの」
の髪に、いつも薔薇を飾っていたのはあの大将の趣味らしかった。には薔薇が似合う。赤いバラが本当によく似合っていた。ドフラミンゴは、赤犬が嫌いだったし、あの男が自分の所有の証としてに薔薇の刻印を刻みこんでいたことも気にいらなかった。だが、の暖色の髪に真赤なバラが添えられているのは、好きだった。
の髪は、今は夕日と同じ色になっている。色褪せている。ドフラミンゴはそれがたまらなかった。何もかもがごっそりと、彼女を彼女でなくなくしてしまうよう。の背が随分と伸びた。の顔立ちが、随分と大人びた。そして髪が伸びた。だが、それでもまだ、少女のころの面影は残していたし、あのころと同じ格好をさせれば、多少、その、崩壊が止められるような気がした。
「聞きてぇんだが」
お前は、誰なんだ。
そう喉まで言葉が出てくる。今目の前にいる少女は、いや、女は何者なのだろうか。聞けば答えるような気はしたが、聞けば、何もかもが取り返しのつかないことになるような気がした。ドフラミンゴは緩やかに首を振ってテーブルに飾ってあった真っ赤なバラを手に取る。少々乱暴に茎を取るとそのままの髪にさした。びくり、との体がおびえ、拒絶したいのに必死にこらえているような表情を浮かべる。
「ドフラミンゴ。これは、必要ない」
小さな手がドフラミンゴのシャツを弱々しく掴み、懇願するように首を振った。だがドフラミンゴはその額に口づけを落とし、サングラスの奥の目を細める。
から赤犬を奪うべきではない。生死、ではなくて、その心から、だ。
この女は今、自分を「選んだ」という変化によって何事かを捨てようとしている。その事実が、を置き去りにして、何か別のものへと変わろうとしているように思えた。だから、何もかもを変えてはならなかった。この女が赤犬を「赤犬」と呼ぶようになり、一定の距離を置こうとしていても、だが、ドフラミンゴは彼女の心から赤犬を消すべきではないと判じた。
たとえドフラミンゴの存在がなくてもは何も変わりはしないだろうが、しかし、赤犬がの心から消えてしまえば、なかったことになれば、何かが、起きるのだろう。
(……なんで、俺じゃねぇ)
ぎりっと、ドフラミンゴは奥歯を噛み締める。気に入らない。本当に、吐き気がするほど、気に入らない。は覚えていないだろうが、抱いている最中、快楽に溺れたはうわ言で、あの男に謝罪の言葉を吐いていた。すすり泣いたこともあった。本人は、覚えていないだろうが。いや、あの瞬間の目は、ドフラミンゴが愛してやまぬの、あどけない少女の目だった。あの一瞬だけ、ほんのわずかに、が取り戻せた。その事実を突きつけられて、ドフラミンゴが感じたのは、焼けつくような嫉妬。なぜ、俺は選ばれないのかと絶望すらあった。これから先、を死なせないために、己はどんなことでもする。を裏切ってでも、そうする。だがはけして、ドフラミンゴを選ぶことがないのだ。
「…いっそ」 「うん?」
ぽつり、とドフラミンゴが呟けばが首を傾げる。ドフラミンゴの言葉にきちんと耳を傾けてくれる。薔薇だって、嫌だとはいいながらも自分で取って足で踏みつけることはしない。手を伸ばせば触れてくる。口付けをすれば答える。恋人以上に信頼されているような、様子がある。だが、ドフラミンゴにはもうわかっていた。この生き物は、ではない。そうではないものに変わってしまった。あるいは、変わろうとしているのだ。
「世界なんぞ滅んじまえばいい」
あどけなく見上げてくるを力いっぱい腕に抱きしめ、その体から香る薔薇のにおいを鼻に吸い込みながらドフラミンゴは目を伏せた。
海軍から出される監視船は出港の度に撃沈され、白ヒゲの目撃情報は皆無。世界ではいったい何がどう怒るのか誰も想像できなかった。マリフォードの緊張は高まるばかり。世界各地により招集された名のある海兵たち。総勢約10万人の精鋭がにじり寄る決戦の時を待っていた。
三日月型の湾等及び島全体を50隻の軍艦が取り囲み、湾岸には負数の重砲が立ち並ぶ。港から見える軍隊のその最前列に構えるのは、戦局の鍵を握る五人の曲者たち、海賊“王下七武海”である。 立ち並んだ海の強者、その傍らには今なお沈黙を守る一人の少女。
「魔女どの、ここは危険です。建物の中に避難してください」
一人小さな椅子を持ってきてちょこん、と腰掛けている少女に困ったように声をかける海兵。猟筒を背に負い、眉をしかめて慌てた様子。それをゆっくりと眺めて、少女がゆるやかな笑みを浮かべた。
「この僕に指図するんじゃあないよ」
艶然とした笑み。海兵はぞくっと背筋に何か走るものを感じた。言葉を失くしていると、その少女、海軍本部“海の魔女”はちらり、と背後に顔を向ける。
この場所から肉眼で確認することはまず不可能。だが、魔女の目にはありありとわかる。はるか後方に聳え立つ処刑台。事件の中心人物、白ヒゲ海賊団、二番隊隊長ポートガス・D・エースその人が己の運命を静かに待っていた。
魔女の目が細められる。褐色の狂気が垣間見えたよう。海兵はごくり、と唾をのみ込み、魔女から離れた。
◇
エースを眺めながら、は今頃インペルダウンにいるであろう、パンドラ・のことを考えた。彼女の狂気はもう己には止められぬ。そしてあの、黒達磨がしようとしていること、それは今のにはもうどうだってよかった。
自分が考えるべきなのは、もう、誰の命、平和、平静、ではない。ただパンドラ・を殺すこと。あの女を殺し己も消えうせる。世界の平和のためなどではない。そうするべきだという流れ、道理ゆえのことである。己も、彼女も、とうに終わっているはずだった。それが、彼女のたった一つの願いのために、このようなことになっている。
もしも、パンドラ・があの時、井戸の中で願わなければ?
そうすれば、は存在しなかったし、夏の庭で血が流れ世に悪が放たれることもなかった。王国に流れ着いた哀れな魔女が魔術師に拾われて、ご立派な魔術師になることもなかったし、王国の滅亡後、たった一人生き残り、この世界の正義の証明書のようになることもなかっただろう。
パンドラ・がいなくなれば、どうなるのか。それを考えるのは自分の仕事ではなかった。五老星、あの老人どもはどうするつもりなのだろう。彼らにとって、パンドラ・は、世界の敵は、存在し続けなければならぬ罪人だ。それが、消えてしまう。
(そうしたら、また別の悪を作り出すのだろう)
そう思えば、の心が軽やかになるのが感じられた。本当は、大したことはなかったのかもしれない。世界の敵であること、世の敵意の矛先であること、この800年間パンドラを縛り続けた鎖、そしてと赤犬を繋いだ糸は、本当は、大した価値がなかったのかもしれない。
パンドラも、もいなくとも世界は周る。
だが、これまではいたから、だから、重要だと言われただけだ。いなくなってしまったら、いなくなったで、どうにでもなるのだろう。
はエースの身の内より感じられる、炎の悪魔の気配に身を任せた。
己に狂気に染まったパンドラを殺すことはできない。ただでさえ、己とパンドラ、どちらが上かと言われれば、それは、生まれながらにパンドラの方が強かった。そしていま、この体はノアのもの。あの娘に剣士としての才はあったが、魔女の素養は今一つだった。だから、この体で己がパンドラを殺すことは不可能。
だから己は、エースの処刑に立ち会うことに決めた。
エースが死ねば、炎の悪魔が宿り主を失って、芽吹く。炎の悪魔。炎はが最も嫌いなものだった。当然、の、いや、正しくは、リリスという、夏の庭の魔女の死因は焼死。火刑にされて、リリスは死んだ。今でも覚えている。涙で滲んだ視界にいた姉の顔。その隣にいた男の顔。己を取り囲み、手に持った松明を投げつける村人たちの憎悪。ははっきりと、思い出した。肺いっぱいに煙を吸い込んで、足下の皮膚からちりちりと燃やされていった。皮膚が焼け、肉が焦げ付き、痛みという言葉では足りないほどだった。リリスは気を失えず、そして火刑のその時は雨季だった。あと少しで全身が燃え落ちるというその時に降り注いだ大雨、天の恵みと人のいうそれをリリスは憎んだ。そしてそれは魔女の呪となり、千年経った今でもあの場所には雨が降らぬという。それはどうでもいい。
リリスは炎が嫌いだった、だが、炎の悪魔にはバージルの記憶が宿っている。能力者たちが受け継ぐものではない。実が記憶し、その能力に影響を与えるためのメモリーだ。バージルは王国滅亡後、パンドラが愛した唯一の男の記憶。逃亡から10日後に殺されたらしいが、になった時、リリスにはその期間の記憶が受け継がれなかった。を完璧な、パンドラ・リシュフアの影法師にするため、また、思いこませるためにリリスはの記憶を引き継いだのだが、あの男、バージルとの思い出だけは、完璧には引き継げなかった。
あの10日の間に、何かがあった。そしてパンドラは、それをリリスには知られたくないらかったのだろう。そこに何があるのか、リリスは知ればパンドラを殺す手立てがあるのではないかと、そう考えた。しかしもうバージルは死んでいる。だから、彼が最初に口にした悪魔の実のメモリーが必要となったのである。
「」
思考に沈むの耳に、ハンコックの心地よい声がかかった。
「やぁ、蛇姫。相変わらず美しいね」
ちらり、とハンコックが処刑台の下に目を向けた。彼女の視力で見ているはずがない。だが、そこにいるということは七武海にも知らされている。
エースのいる処刑台は、海軍本部が誇る最高戦力が堅く守っている。
「三人の、海軍大将閣下。青雉、黄猿、赤犬、三人そろうと壮観だ」
にこり、と笑うとハンコックの眉が不機嫌そうに動いた。インペルダウンで会った時のように胸倉でも掴まれるかと覚悟したが、次の瞬間、ハンコックは、あの、女帝どのは、そっと、の手を取って、瞳を覗き込んできた。
「そなたはあの男を愛しているのであろう。なぜ、傍に行かぬ。妾は心配じゃ。妾なら、愛しいものと肩時も離れとうない。何をしているか、危険な目にあっていないか、ちゃんと食事をしているか、心配で、片時も安心できぬ」
いや、ルフィくんに限って食事をしないという心配はしなくていいよ、そんな空気を読まないことを突っ込みそうになりながら、はにへら、と笑う。そして、見ないと決めていたにもかかわらず、処刑台の真下、並ぶ三席の中央に目を向けた。遠目だが、魔女の目がしっかりと、目的の人物を捕え、の目に映る。
「……ふ、ふふ」
知らず、の唇から洩れるのは低い笑い声だ。
ハンコックが不思議そうに首を傾げる。その白い手を握りしめ、は首を振った。
頭に届いた映像は、この心には何も、届かなかった。
処刑台の下に構え、椅子に座る三人の大将殿。一人はやる気なさそうにあさっての方向を見て、一人はいつも通り、それ目を開けたまま寝てんじゃねぇのかオジキと突っ込みを入れたくなるほど不動。それはいい。彼らはどうだってよかった。だがその中央、ドン、と構える、一人の海兵。
椅子に座り、行儀悪く足を組み、腕を組んでただその時を待っていた、あの人の様子。いつも通り帽子は装着、でもフードはつけていなかった。真赤なスーツに、派手、ではないが、けして控えめではない柄のシャツ。 大きく開かれた襟首から覗くのは桜花の刺青に、そしてたくましい胸板。きっちりと手袋をはめられた手、大きな手だ。いつもを殴るか薔薇で縛るしかしなかったドSの手だが、しかし、に触れるときはいつだって、彼は手袋をつけなかった。
その意味を、なぜもっと早くは気付かなかったのだろう。
ずっしりと構え、こちらからもわかるほどのはっきりとした威圧感。それでもは、もう何も感じぬ己を分かっていた。
リリスとしての領分を取り戻した己に、赤犬、サカズキを想う心はない。
「恋なんて、そんなの一種の気の迷いなんだよ。蛇姫。たとえ本当に相手を愛していたとしても、自分立場や義務を思い出せば、真っ先に切り捨てるべきものだ。僕はね、蛇姫、愛だとか恋だとか、男だとか、女だとかで弱々しくなるのは御免だよ」
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