魔女の舞踏会






「一応、聞いておくけどねぇ。ペルル、カッサンドラが二人したってこのぼくをどうこうできると思いこめているのかい。せめてベレンガリアがいればまだ多少はどうにかなったのにねぇ」


きっと今頃は水の都で事の成り行きを見守っているだろう黒髪の魔女を思い浮かべながら、 は傲慢に言い放った。


出来るかどうか、の最後のところは自分の意思であることは魔女にとって当然のことであった。 は自分がこの世で魔女と言われる、あるいはその資格のある全員を相手にしたって今ならまるで負ける気はないのだけれど、しかし、カッサンドラ、白ヒゲのところの狂い咲姫はともかくとして、賢いペルルの魔女がこの無謀をしているとは思えなかった。


弓を片手に、対峙した魔女二人をうろんな目で眺める。こちらに殺気と憎悪とあらん限りの敵意を向けてくるのはカッサンドラ、まぁ、面倒くさいので狂い咲姫と呼んだ方が早いのか、いや、どのみち面倒くさいので は不本意ながらあの少女の名「キキョウ」とそのままを呼んでやることに決めた。…あれ、あんまし面倒くささが変わらない。



そうなれば、ペルルの方も名で呼ばねばならなくなる。

シェイク・S・ピア。数年前まで、ボルサリーノのところにいた娘だ。幼いころ、母から引き離されて、ボルサリーノが中将だったころ、そこもとに引き取られた。何か思惑があったわけではない。

母が海賊にうつつを抜かして子を孕んだからだ。その母はボルサリーノの妹だった。

容赦のない性格は当時から、たとえ肉親だろうと容赦なく、ボルサリーノは胎の子ごと己の妹を葬った。けれど、すでに数年前に父は死別していたピアは、何とか命を奪われずに済み、ことの真相なども全てきちんと説明された。まだ、たしか5つか6つの幼子。それでも、成長してから下手に真相を知られて敵対されるよりは、と、そういう判断。ピアは幼いながらもよくよく受け取った事実を噛み締め、己の母を殺したのが伯父であるときちんと理解している頭で、心からボルサリーノを父のように慕って育った。



その頃のことは、 も覚えている。海賊相手の容赦ない、それこそ鬼のような黄猿からは想像もできぬほど、優しい、本当にやさしい顔をしていたのだ。ボルサリーノは全身全霊でピアを愛し、護り、育てていた。季節になれば美しい花畑に連れて行き、年頃の娘が海軍本部にいるわけもないから、 も誘われて遊んだ。そう、あのころは、ボルサリーノは悪魔の飢餓があって、 を今のように憎
んではいなかった。


『サカズキさーん、幼女ってどうしたらかわいーく育てられるんですかねぇ〜。ご飯の量ってどれくらい?嫌いなものの食べさせ方とか教えてくださいよぉ〜』

『一度確認させろ……ボルサリーノ。…なぜそれを私に聞く……?』


あのころ、妙なお茶会が行われたものだ。ピアの育児を本気で楽しんで行っているらしいボルサリーノが、同じ中将のサカズキにあれこれ聞きに来たものである。

子供の喜びそうなもの、をボルサリーノが選んでピアに与えても、なんかこう、いろいろポイントがずれているものばかりで、あの頃はとても泣き虫だったピアはよくサカズキに泣きついていた。

その度に、結構本気でボルサリーノがサカズキに嫉妬していたのは の目には面白かった。

それで冗談めかして、ピアに恋人が出来た日にはどうなるのか、と話したこともある。


ちなみに、その時のボルサリーノの回答と表情はその場にいた全員を慄かせた。

あの (当時性格最悪)でさえ、顔を引きつらせ咄嗟にサカズキの背後に隠れたものである。
そして誰もが思ったのだ。生きてピアを嫁に迎えることができるのは同じようにボルサリーノの気に入りの戦桃丸くらいだろうと。ついでに言えば、そういうフラグは立っていない。



懐かしい、と が目を細めれば、考えていることがわかったのだろう、ピアが目を伏せた。



「わたしは、あの日わたしにかけて誓いました。この世に散らばる全ての詩篇、すべての鬼物を封じ回収すると」

「そうだね。うん、そうだよ。君はキミ自身の手前勝手な願いを叶える代償に魔女になり、そして、詩人になった」



この世界には、かつて魔女の使った縁の品がいくつか散らばっている。それらには詩篇が刻まれ、この世に災い、あるいは幸いを齎す呪いの品。

ドレークの持っている懐中時計もその一つだ。

最初に、一番はじめに、 がドレークと出会った、あの回廊での一件で、 がドレークをサカズキから庇った理由、そしてそのあと、妙に心惹かれるようになった理由、すべてはドレークの持つ、かつては魔女の使っていた懐中時計の所為である。



ピアは。ペルルの魔女、詩人は、その魔女の品、鬼物を回収する役目を持っていた。

そうしなければならない。そうするために、魔女の力を得る。

詩篇は、当然リリスの日記の詩篇である。扱う者が扱えば、砲弾だってはじき返せるし、島一つを沈めることもできる。

だからこそ、扱えるものには、役目がある。詩篇を扱い、リリスの日記に封じる詩人。シェイク・S・ピアは力の代償にその運命を受け入れた。



「等の本人は、君が魔女になったこと、随分と恨んでいるみたいだよ?君が、その一生をかけて救ったのにねぇ」

「感謝して欲しくて、そうしたわけではありませんよ。悪意の魔女。憎まれても構わないと、あの時言ったでしょう?」



は肩をすくめて見せた。よく、覚えている。ある日突然、 の部屋にピアが泣きながらやってきた。

サカズキは執務中。ボルサリーノは、医務室。涙で顔をぐしゃぐしゃにしたピアが、 のところへやってきた。たった一人で がいたのと、そこへ来るまで、ピアが誰にも見とがめられなかったこと、それは偶然にしては出来過ぎていると、 はあのあとそう気づいたが、しかし、当時は も、ピアも、そしてボルサリーノも、気づかなかった。



『おじさまが……おじさまが…死んでしまうの……!!おねがい、たすけてぇ…!! ちゃんなら、たすけられるでしょう……!!!?』



結論から言えば、 はボルサリーノを助けられなかった。



ボルサリーノは、鬼物の悪意に触れて、その身を苛まれていたのだ。ただでさえ、光の悪魔は序列の上位にいて、常に魔女への飢餓に精神をむしばまれている、その上に、鬼物の禍を受けた。


それはもう厄介なもの。

だって、サカズキの冬薔薇に蝕まれている身だ。どうこうできるわけがない。

それで、しかし、泣きじゃくってしようのないピアを無下に追い返すことも、できなかった。

その時の会話を、 は覚えているようで、しかし、どこか夢の中のような心持。あの時、 はピアが、そうせざるえないことを解っていた。解った上で、そう、提案したのだ。



『魔女になれば、たった一人だけ、大事なひとを救えるよ』



悪意のあっての囁きではない。それは、本当だ。けれど善意ではなかった。そういう手段があるのだと、教えただけだ。そう、 はただ選択肢を増やしただけ。このままボルサリーノが死ぬのを待ち、そのあとどうするか、しか選択肢のなかったピアに、どうにかできる、方法を教
えただけだ。



「君が魔女になって、それで、リリスの日記の一冊を盗んて逃亡。今じゃ、君も立派なお尋ね者、手配書を作ることになったその日、ぼくはボルサリーノくんに殺されかけたよ」

「貴方が、そうなることもわからなかったとは思いこめませんよ」

「悪魔の飢餓、魔女の悪意から能力者を救う方法はたった一つ、魔女の恩赦を与えること。君が魔女である限り、ボルサリーノくんはどこまでも自由でいられているね」



最愛の少女をその手から失い、それで絶対の盾を手にいれられたとて、何の意味があるものかと、 は散々誹られたものだ。ピアが、あの純粋で無垢な少女がそんな大それたことを思いつくはずがないと、誰がピアをそそのかしたのかと、ボルサリーノはすぐに察知した。


はそれ以来、ボルサリーノとは犬猿の仲だが、それはまぁ、別にどうだってよかった。


魔女の恩赦。その生涯、魔女がたった一人にだけ与えることのできる、悪意からの免罪符。 はかつてノーランドに与え、その死後はロジャーに与えた。ロジャーの死後は、サカズキではない別の人間を選んだのだが、それは、今思い出すことでもないだろう。

魔女の恩赦を得た人間は、能力者であれば悪魔の飢餓から一切救われて、そして魔女の悪意を受けずに済む。だからこそ、 はボルサリーノと喧嘩をしても、直接手をかけることはしなかった。

そしてボルサリーノも、ピアが与えた恩赦によって を葬ることを、自ら禁じていた。意地なのだ。そんなものがなくとも、自分は何も困らないと、そうピアに証明してやりたいのだと、そう は考えている。



「くだらないおしゃべりはそこまでよ。お前は私が殺すの。ピア、さっさとそこをどきなさい」



ビュン、と釜井達。 が一歩後ろに下がって頭を下げなければ、首がきれいに落とされていた。ハートの女王様の鎌とてこれほどの切れ味はなかろうと感心しつつ、 はピアの隣にいるキキョウを眺める。



「次は君の思い出話かい?」

「そんな暇さえ与えない。お前を殺す、そのためだけに、今日まで私は生きてきたの。お前も、お前の姉も、赤犬も、私がこの手で殺してやる」



銀色の髪、頭を振って死神の女王さながらの危機迫る様子。 はひらり、と身を返し繰り出される鎌から逃れた。狂い咲姫キキョウ。白ヒゲのところの戦闘員。思い出話に花を咲かせる気はないらしいので、 も簡単に思い出すだけにした。



「ぼくを恨むのは筋違いだよ。君が赤子の時に海に捧げられたのは、島の風習。ぼくが強制したわけじゃあない」

「黙れ!!!黙れ!!!!お前が400年前に住んでいたのが悪いんだ!!!おまえが、あの男とあの島を出て行きさえしなければ!!あんな風習は残らなかった!!!」

「ぼくの所為じゃない。面倒臭いことをいつまでも続けたのは、人間の心の弱さとくだらなさでしょうに」



呆れたよ、と が白々しく溜息を吐けば、ぎりっと、キキョウが奥歯を噛み締める音がした。

それで、 が避けた先に、繰り出される鎌。



「……ッ…!!!」



サクッと豆腐でも切るようにあっさりと、 の左腕が半分ほど切れた。咄嗟に弓を当てなければ切断されていた。



「……おや、その目、その力は使わないんじゃあなかったのか?カッサンドラ」



先ほどまで目を覆っていた赤い血まみれの目隠しを取り払ったキキョウを見つめ、 は額に脂汗をかく。ちょっとばかし、油断をした。カッサンドラ、真眼の魔女のその力。数秒先の未来を見るのだ。と言って、その目を使っている最中、元の時間の映像を見れるわけではない。眼球だけが数秒先の未来のものになる。つまり、何が起きているのか記憶せねば体の動かし方を間違えるということだ。



目の前では斧が振り下ろされているのに、実際にそれが訪れるのは数秒後。その数秒後には別の未来がまた見えているのだから、目の見えぬ状況のようなものだ。



「手段を選ぶと?私は海賊ですよ。何バカなことを言ってるんですか」



それでもキキョウのタイミングは完璧だ。それも当然、キキョウは普段からその目を布で覆い、暗闇の中で生活している。何の苦があろうか。



「おや、まぁ。それじゃあ仲良くやっておくれよ。カッサンドラ。その目、とても便利だろう。絶望に染まれば染まるほど、長い先の未来が見える。カッサンドラ、なぜその名がついたのか、君はもうわかっているだろうしねぇ」



キッ、とキキョウの禍々しい目が を睨み付けた。憎悪と敵意に満ちた目。カッサンドラの能力を得た女は、みなこういう目を に向けてきた。それも当然。魔女の能力ので中、最も優れているだろうはずの、先見の力。だが、それは口に出しても、人の耳には入らないのだ。

人間はけして未来を知ってはいけない。それは、世の道理だ。キキョウが、たとえば仲間の死を見たところで、それを告げても、けして回避はできない。キキョウがその死因から守ろうとしても、死ぬはずの人間をどうこうできるのは、その本人でなければならぬ。それゆえに、どれほどの絶望と、失望を身に抱くのか、想像することもできぬ。



だから はその力を持っていなかった。パンドラもそうだ。カッサンドラの能力は、元々二人が少しずつ持っていた力をひとつにして、そう実らせた。 とパンドラには不要のものだったからだ。


そんな力は不幸になるだけだ。


もはや言葉は不要だと、キキョウが鎌を振りかざす。どうせ逃げても場所はバレているのだし、と はその鎌を受け止め、そして、そのまま指を突き出してキキョウの目を抉った。



「……ぅ、あ…ぁああ!!!」

「まぁ、今のは見えなかっただろうね。どうしてか、それは教えないけど。ふ、ふふふ、腕のお返しだよ、さぞ痛いだどろうさ」



ぐいっと指の関節を曲げて はキキョウの左目の眼球を抉りだす。ブジブジと切れる音。そしてぬめっとした、どろっとした液が溢れていく。はっきり言って、食事前にはごめんだろう光景だが、あいにく は食事をしないのだから構わない。



「ほら、これで一つ」



抉りだした眼球にチュっと口付けて は目を細める。唇がキキョウの血で赤くなったが、今更な色である。唇は血のように、肌は雪のような白さ、頬は薔薇のよう。古いフレーズを口ずさみ、えぐられた場所を押えるキキョウを見つめた。



「腕も、目も、もう片方づつしかないんだねぇ。それじゃあ次は脚かな」

「そうはいきませんよ、わたしがいます。忘れないでくれます?泣きますよ、さびしくて」



ぐるん、と、 の体に黒く発行する文列が巡った。ビリッと の体に電撃が走る。 は苦しげに眉をよせ、地に倒れた。



「一応、キキョウ殿の復讐、の手前少しは放置してみましたけど。ほら、やっぱり一人じゃ無理だって言ったじゃないですか」

「煩い、この魔女はわたしが殺る。お前は手を出すな…!!」

「とはいいましてもねぇ。貴女がここであっさり首を落とされて死んだら、わたし一人になるんです。そういうの、面倒くさいと思いませんか」



相変わらずやる気があるのかないのかさっぱりわからぬ言動。土に顔をつけながら、 は唇に付着した血がいい具合に土をつけてきて、不愉快だった。


身動きとれぬ の背をキキョウが踏みつける。



「首を落とせばいくらお前だって死ぬだろう」



というか、今のこの体は普通に刺されても死ぬ。先ほど切られかけた腕だってちっとも直っていやしない。だから は弓が撃てなかったのだが、それをわざわざ説明してやる気はなかった。



キキョウの鎌が の首に充てられた。躊躇うこともとどめを刺せることに恍惚状態になることもせず(いやぁ、的確ですネ)鎌を持つ隻腕に力が込められた。



「……ッ、やっぱり遅かった!!」



しかし、そのとたん。 の周囲の温度が上がる。というよりも、あれ、これ、何かよく知り過ぎている攻撃じゃないか、と思うような振動というか、音が辺りに響く。体が軽くなったのでどうしたものかとみれば、足で をいい具合に踏みつけていたキキョウはおらず、ピアも避難している。



の周囲は火の海だった。



正確には、火山弾がひっきりなしに降り注いでいるのである。白ヒゲ本船周囲に向かい。それはもう容赦なく。うわぁと が顔を引きつらせながら起き上れば、もう見るのも真っ青なほどの、惨状。一隻船が炎に包まれて沈んでいく。



ぶるっと、 は身を震わせた。



がピアやキキョウたちとガールズトーク(違う)を繰り広げている最中も、当然だが戦争は続いていた。ボルサリーノとマルコは戦闘開始のようだったし、あちこちで殺し合い、殺し合いがひっきりなしだった。



その中で、三番隊のジョズがかなり巨大な氷塊を処刑台の方にでも投げつけたのだろう。巨人族でも受けきれぬようなもの。いや、よく掘り起こせたよねと は感心したい。そして、さてどうなるかと誰もが肝を冷やしている中、まぁ……ついに重い腰を上げたのだろう。



(その瞬間見逃した!!!)



冗談めかして、 は笑ってみる。サカズキが、その能力で蒸発させたのだろう。それだけでは飽き足らず、白ヒゲの方にも被害がきちんと出るようにと抜かりない火山弾。 は、サカズキが自分を助けてくれた、などという妄想はしない。ただの偶然だ。

偶然、サカズキの火山弾が、こちらにまで飛んできた。だから は、キキョウに首を落とされずに済んだ。それだけだ。



炎に囲まれながら、 は震える肩を押える。



(大丈夫、大丈夫、へいき、へいき、だって、この炎はサカズキのだよ)



火は、嫌いだ。炎は、大嫌い。あの日、炎に包まれてこの身を焼かれた。生きたまま焼かれることが、どれだけの苦痛かわかるだろうか。薬を飲まされたので意識は失えない。煙を吸っても、ずっと、目を覚ましたまま、自分の体が、肉が焼ける匂いを嗅がされた。



「へいき、へいき、へいき」



ぶつぶつと、 は呟き続ける。まるぜこの世の終わりでも見るような有様。

空から火の玉が降ってきて、なにもかもを焼きつくす。ぶるぶると、 の肩の震えが、次第に落ち着いてきた。



(大丈夫、サカズキの炎なら、怖くない。へいき)



掌を握りしめ、切られた腕に布を巻く。どう考えてもこれで治るわけはないのだが、どうせあと少しでこの体は灰になる。構うものかと開き直り。え、それでいいのかと突っ込みを入れるものも、 を案じているものも、そばにはいない。



ザンッ、と は上空から振り下ろされた銀色の鎌を弓で受け、そのままふわり、と流れてきたキキョウの銀髪を掴んだ。頭皮をはがしかねない勢いで引っ張り、地面に叩きつける。そのすぐあとに、こちらに向かって放たれた詩篇を、キキョウの腕を食わせることで回避した。 はキキョウの髪を引き叩きつける動作を利用して、その鎌の派で腕を切り落としていた。



「う、ぁああぁああ!!!!」

「それくらいで喚くなよ。鬱陶しい子だねぇ。腕、二本ともにないけれど、大丈夫大丈夫。どうせ死ぬ身に必要あるかい?」



は口元に穏やかな笑みさえ浮かべて、呻くキキョウの耳元に囁く。ピアは少し離れたところだ。詩人の攻撃は、接近戦は不利である。だからこそキキョウときちんと組めばいいコンビだっただろうに。 が圧倒的に有利だと判じると、ピアはリリスの日記を閉じた。

まさか諦めるようなくだらぬことをするような子ではない。さてどうするかと判じる前に、油断ならぬ、キキョウが口に刃を加えて の喉を狙ってきた。



これで刺されたら、とても痛いだろう。

嫌なので、トン、と は首の裏を弓で力いっぱい殴る。キキョウの口からぽろりと刃が落ちた。なりふり構わぬ、というところ。これほど強い憎悪なら、リリスとなる前の くらいなら殺せたかもと は同情してしまう。かなり上目線の同情だが。



「キキョウ!!」



ぶわぁっ、と青い炎が、とどめを刺そうとした とキキョウの間に立ちはだかった。



「おや、まぁ。マル子くん。相変わらずアヒルみたいな不死鳥だねぇ」

「キキョウ……。 、てめぇうちの娘になんてことしてくれんだい」



この世にある悪魔の実の中でも、マジョマジョの実と同じくらい希少価値のある幻獣種。

その中の不死鳥の力を得た男が、ゆらり、と青い炎を身にまとい、 を睨みつけてきた。別段、この二人恋人でもなんでもない。ただ、キキョウが島の風習によって生贄にされて海に流されたところを、白ヒゲが救い、それで、あれこれ世話をしたのがマルコだった。兄妹のようなものなのだ。

最も、マルコ自身はキキョウを妹としてしか見れず、キキョウはそうではなかった。それが、キキョウが に憎悪を向ける原因の一つともなったのだが、詳しいことはどうでもいい。

血まみれになり、目も、腕も奪われたキキョウをその身に抱きしめてマルコの強い覇気が向けられた。 は首を傾げる。



「挑んできたのはキキョウくんじゃあないのかい?このぼくを殺すと息巻いて、敵いもせぬとわかっているのにやってきた。それとも何かい、マル子くんはこの戦争で、自分の仲間が誰ひとり死なないとか思っているのかい?そんなの、信じないよ、一番隊の隊長ともあろうお人がね」

「てめぇがおれを語るんじゃねぇよい。死ぬつもりで戦ってる奴なんざ一人もいねぇよい。全員で生き残って、エースを助ける。おれたちの仲間を傷つけた奴らに、どうなるかしっかり叩きこんでなァ」



ぶわっ、と炎が立ちこめた。青い炎だ。白ヒゲ海賊団では、この炎は守り手として皆から好かれていた。だが、 は、抑えた震えが再発した。

どっと、全身から汗をかき、ガタガタと歯が鳴る。だが、それをマルコやピアに気づかれてはどうなるのか、わからぬわけでもない。

平静を装い、汗は炎の所為であるような顔をする。そして、意識の朦朧としているはずのキキョウが、二の腕しか残らぬくせに、何かを掴もうと、腕を不格好に動かしていることに気づいた。

マルコも気づいたらしい。眉をよせ、キキョウが何か言いたいことがあるのだと唇に耳を近づけた。

にも、その言葉は聞こえる。かなり、断片的だ。もうキキョウは言葉さえも、失うだろう。



「……エース……処…早く、………―――空……オーズ……ドフラ……近づけ…」



断片的な言葉。とぎれとぎれで、意味をなさぬ。しかし、それでも長年の付き合いからか、マルコはわかったのだろうか。ぐっと、安心させるようにキキョウを抱きしめた。



「あぁ、わかってるよい、エースは早く助ける。空から救うか、オーズと攻め込むか、いや、オーズじゃ格好の的になっちまうだろうよい。お前は安心しろ、キキョウ」



……いや、たぶん違うと思う、と は突っ込みを入れたかったが黙っておいた。


別に、 も何がどうなるのかわかっているわけではないが、ハイ、そこすいません。
あのキキョウが、仲間を案じるとでも思っているのですか。

あの、キキョウですよ。気に入らない時は白ヒゲにも真っ向からは向かうキキョウさんですよー、と は突っ込みを入れたかった。



しかし、まぁ、この状況、弱った中でエースの身を案じているのだと、仁義に熱い白ヒゲのところならではの推察である。



キキョウの目が未来を見ている、というのは魔女以外は知らない。先ほどの言葉がマルコの耳に届けられたのは断片的だったからだ。そして、意味が理解されないことが前提。 はぽりぽり、と頬をかいた。



(ドンマイ!)



キキョウが を嫌うわけであるが、それはそれ。

そしてふわり、とマルコがキキョウを連れて のそばから離れた。おそらくは、白ヒゲ本船の医療部隊にでも預けに行くのだろう。

それか、マルコ本人が知っているかどうかはしらないが、不死鳥の血、魔女の肉なら蘇る。そう思って、ついでに言えば は今ひょいっと、抜け目なくマルコから一滴血を採取していた。小さな小さな、本当に細い針だったので気付かれてはいないだろう。

あるいは、気づけていたとて、今はキキョウの身が第一。本当に、それだけ大事に思っているのに、妹にしか見られていないというのはどんなに苦痛か。そのトマトのヘタにしか見えない髪を全部剃って悟りを開けと、 はいつか言ってやりたくなった。まぁ、そんな日はもう来ないだろうが。



「お〜ぉ〜、逃がしちゃったのかい〜? くん」



トン、と軽い音がして、 は素直に嫌な顔をした。マルコと先ほどまでやりあっていたはずのボルサリーノが、まぁ、追いかけてきたのだろう、 と、そしてピアの前に現れた。ピアの顔にはいささかの変化もなく、そしてボルサリーノも、同じだ。



「カッサンドラの魔女は、もうだめだろうよ。どうしようもないね。それで、あとはペルルだけなんだ」

「お〜お〜、そうかい。なるほどねぇ〜」



にこにことしたボルサリーノの目、サングラスの奥までもにっこりと笑みの形。口元はいつも通りだ。



「やぁ、ピアくん。何年ぶりかなぁ」

「6年ぶり、でしょうね。黄猿さん」

「昔みたいにゃ、呼んでもらえないのかねぇ〜。悲しいねぇ〜」



そう言いながら、ボルサリーノの腕が光った。レーザービームである。ドゴォン、と激しい音。

は鼓膜が破れぬようにするので精いっぱいだ。 が巻き込まれても、まぁ構うボルサリーノではないだろうが。それにしても、容赦ないもの。いや、他の海兵の手にかかるくらいなら自分が、とでもいうのだろう。



はボルサリーノが嫌いだった。

光の悪魔。神々しい、優しい、慈悲の能力。誰もを包み込む温かさがあり、その本人もいつもにこにこと笑顔を浮かべている。


それなのに、ボルサリーノは、きっと誰も愛しはしないのだ。

慈悲深い顔をしてながら、その心は凍てついている。温かな光を出すせせに、誰よりも恐ろしい。誰も彼もを愛しているという顔をしていて、誰も愛しはしないのだ。それが がボルサリーノを嫌いな理由だった。



そしていま、かつては宝のようにしていた、目に入れても痛くないほどに、溺愛していたピアにさえ、容赦ない。



パラパラと、石が落ちていく。

石の詩。岩壁の巨兵。まぁ、巨人族ほどの大きさはないが、とっさにそれで身を守ったらしい。手もとのリリスの日記は閉じられている。おや、と は眉を上げた。



「で?ピア。君は一人でぼくらに挑むかい?」



何か妙だ。

その違和感、それで は口を開いた。

魔女は、魔女が殺すものだ。

ボルサリーノの手伝い、というのは本当に嫌だが、どちらかといえば、ボルサリーノが の相手にちょっかいを掛けているのが悪い。そう判じて、この口出しは正統であると自分に言い聞かせる。ボルサリーノは何も言わなかった。ただ、いつもと同じニコニコとした顔。けれど、ピアを一撃で殺せなかったことに対する、何かしらの感情くらいは、あるだろう。全くもってわからないが!



の問いかけに、ピアが微笑む。



「もちろん、と言いたいところですけど、一応あなたと戦いましたし。これで白ヒゲさんの船に乗せて頂いた約束、『キキョウの手助け』は果たせたと思いませんか。もう再起不能でしょうしね」



……あれ?何か外道なことを言っている人がいる。



見捨てた、というほどではないが、確かにピアはキキョウのサポートが、本当に申し訳程度だったように見えた。キキョウがピアの介入を嫌がっていたから、と言えばそうだが、しかし、リリスの日記の最初の閲覧者である は(断っておくが、リリスの日記を書いたのは 、リリスではない)その詩篇の力がどれほどのものかわかっている。



ピアはその一割程度しか、使わなかった。



「……何を考えている?シェイク・S・ピア」



不死鳥の血を体内に入れて、切られた腕を修復しながら は警戒するような声でピアと距離を取った。ボルサリーノは動かない。だが、僅かに、驚いたように、目を見開いているように には思えた。二人の感情の揺れ動きなど誹らぬ顔で、シェイク・S・ピアは、どこまでもどこまでも、美しく微笑む。

「決まり切っているじゃないですか。わたしは、詩人。詩篇の回収者。でも、どこまでも、どこまでも、ボルサリーノおじさまの味方ですよ」



そう、薄い色の唇が告げた瞬間、ピアの足元から銀色の文字が一斉に広がり、周囲の白ヒゲ海賊団を食い始めた。






 

Fin

 

*わずか一回でキキョウさん戦闘離脱。その上ピアさんあっさり裏切り。白ヒゲさん、やっぱり自分の欲に忠実主義、正直周囲関係ねぇ!な魔女さんたちに戦争参加は無理かと……!!!