揺れ動く大地、その振動には目を細めた。白ヒゲ、エドワード・ニューゲート、その力のもっとも恐ろしいものは、発動後だ。さて、あの御仁がその力を授かった、あるいは取りつかれたのは十分な天分を持ってのことととこれまでは気にもしなかったけれど、しかし。

(世界が滅んでも、かまわないのかな)

地震が一か所に続けば、それは、どうなるのか。今頃あちこちの島で動物たちが「予感」を持って逃げだそうとしているだろう。

「どうした?」
「なんでもないよ。それよりも、キキョウが君を殺そうとするかもしれないから、気を付けて」
「キキョウ?あぁ、あの白ヒゲんトコの」

ちらりとは周囲の気配を探った。ピアと、キキョウがまた一緒にいるのがわかる。ピアは、堂々と口でボルサリーノの味方だとはいいつつも、その心が随分と深く海のようであることをは知っていた。でなければ詩人になどなれるはずもない。本心を当たり前のように隠し、建前を真実とできる。文士というのはそれだから厄介だ。何が本当で何が嘘なのか、まるで意味を持っていない。

ピアがキキョウと本当に組んでしまって、エース救出云々ではなくて、本当に、ただ、自分を害するためだけに挑んできたら、さてどうなるのか。

はぎゅっと弓を握り、ドフラミンゴの隣に立つ。

「おれの傍から離れるなよ。
「君はとてもひどいことを平気でするだろうね。それをこのぼくに間近で見ろって?」
「おれのすることを、酷いことだなんて本気で思っちゃいねぇだろ」

おや、とは面白そうに笑った。ズン、と地響きがする。どうやら巨人部隊が動いたようだ。

「狙いはリトル・オーズだろうな」

海軍本部が誇る戦力の一つ。巨人部隊はなかなか面白いとドフラミンゴが考えているのは明らかだった。ドフラミンゴとて規格外の体格ではあるけれど、巨人、ではない。そのでかい人間が、それ以上に大きなオーズに挑みかかる。

「フッフフフ、どう見る?
「いい標的だなぁって。ぼくもアレに打ち込んでみようかな」
「フフッフフフフ!あんなデカイだけの的なんざつまらねぇだろ」

も本気で言ったわけではないので肩をすくめ、船を腕に抱えあっさりと木端微塵にするオーズJrを眺める。の知る随分前のオーズと違い、少しは小柄だがそれでも巨人族よりは随分と大きい。先ほど巨人部隊のラクロウ中将らが見上げて驚いていたが、巨人が人を見上げることなど珍しいのだろう。

「ラクロウ中将、死ぬかな」

オーズがついに湾内への突破口を開いた。そこから一気に海賊たちが攻め込んでくるのだろう。前線で戦っていた中将らが湾内の護りを固めるために下がる。良い判断だ。湾内に入られてしまえば、そこから処刑台のある広場までは目と鼻の先である。たとえその間近に七武海が控えているにしても、海兵ら、とくに中将らは必要以上に七武海を戦力、と数えはしない。

はひょいっと、ドフラミンゴの肩までよじ登って、その戦いを眺める。

「目の前で大切なひとが惨殺されていく、ねぇ、それ、どういう気持ちだと思う?ドフラミンゴ」




 

 

 

あの子が泣いている

 

 

 

 




生まれたときから、化け物だった。

父親の顔を見たことはない。自分を生んだ母よりも大きくなって、顔はどう見ても恐ろしい。醜い化け物だなんだと石を投げられたことが何度もある。それで、グランドラインには自分のような大きな人間がいるのだと聞いて海に出た。

けれど出会った“巨人”は皆、自分よりも随分と小さかったし、それに、牙も、角もなかった。鬼だと、化け物だと、なんだのと、そう思う心が強くなった。これでも人間なんだと、みんなと何一つ違いはしないのだと、そう、言っても、自分自身が一番「違う」とわかっていることだった。

酷いことを、たくさんした。ひどい、ひどい、ひどいことをしてきた。酷いことをしていれば、自分が、鬼であることが当然のように思えた。鬼は、化け物は、酷いことをする。それが当たり前のことで、そうなれば、自分は、何一つおかしくはないように思えて、安心できた。ひどいことをして、強いのだとわかればついてきてくれる者も出来た。自分がどれだけ大きくても、小さい者も、仲間になってくれた。一人ではなくなった。海賊という連中は、どうしてか化け物をより好むように思えた。

オーズは、リトル・オーズJrは、そうして気付けば海賊になっていた。海賊団の船長になっていた。最初に手を差し伸べてくれたのは、白ヒゲのオヤジさんだった。

『化け物?鬼の子?バカを言うんじゃねぇ。そんな、ガキみてぇなお前が、そんなすげぇもののわけがねぇだろ』

豪快に笑って、それで、手を差し伸べてくれた。

「ゥオオオォオオォオオ!!エーズくんは死な゛ぜねぇ゛!!」

白ヒゲ海賊団の傘下に入ってから、オーズは、妙な気持ちになった。仲間はこれまでもいたが、何か、違うように思えた。オーズを心配してくれる人が、できた。これまでは、船長だったから、誰よりも強く、大きかったから、自分のことを心配してくれる者はいなかった。

けれど、白ヒゲ海賊団の傘下になってから、自分の船の仲間も、どこか変わったように思えた。オーズよりも、より化け物だと思えるオヤジがいるからなのか、それはわからないが、けれど、仲間が、オーズを、これまでのように、化け物という目では見なくなったように、思えた。自分と同じ格好をするようになった。オーズのように、牙のついた格好を、皆するようになった。

オーズは、家族というものをよくわからなかったが、けれど、白ヒゲ海賊団と出会ってからは、なぜか、どういうわけか、家族というものが、どういうものか、少しわかったような気がしてきた。

「オーズ!!死にたがりと勇者は違うぞ!!」
「おやっざん!!止めねぇで欲じい!!オイダ!助けてぇんだ!!一刻も早くエース君助げてぇんだよ!!」

前方に突出するオーズを白ヒゲがたしなめる。オーズ自身、自分がどう無謀をしているのか少なからずわかってはいた。だが、はやる、はやる、気持ちがはやるのだ。それに、自分は大きい。そうだ、とても大きいのだ。みんなが一歩進む以上に、その一歩で前に進める。みんなは、まだエースには届かない。けれど、自分なら、ほんの少し走れば、あっと言う間に、手を伸ばすことができるのではないか。

自分は化け物だ。とても、とても、大きいのだ。みんなよりも、大きい。みんなより、ずっと、ずっと、大きい。進める。小さな人間を踏みつぶして、前に、前に、進めばいい。

挑んできた巨人の一人をひねりつぶし、足下を打つ砲弾をすべて受けても、まだ怯まなかった。痛くないわけではない。誰かが言っていたように、体が大きい、少し丈夫だというだけだ。オーズは、人間だ。だが、我慢できなくはない。

(ここで、オイダが我慢しなかったら、エースぐんは、死んじまうんだ!!!)

痛みなど、どうだというのか。エースを救えない方が痛いに決まっている。オーズは、大事な人を失ったことが、今のところはなかった。大事な人が、いなかったからだ。親父さんは強いし、船員たちは自分が守った。だから、初めて、生まれて初めて、自分の大事な、人が死んでしまうかもしれない。それを考えただけで、オーズは息が苦しくなった。目の前が真っ暗になって、がたがたと体が震えてしまう。自分に笑いかけてくれる、太陽のような笑顔がもう消えてしまう。遠くに行ってしまって帰ってこないのとは違う。もう、同じ世界に存在しないのだ。その、恐怖、考えただけでこうなのだから、本当にそうなったら、オーズはどうなるのか。どれだけの恐怖が自分の身に来るのか、わからなかった。

氷の道を越えて、ついに湾内から広場へ足を踏み入れた、そのとたん、ドン、と、オーズの身に衝撃がぶつかった。巨大な、巨大な、空気の振動。薄く開いた眼で、聖書をその手に持った、七武海が見えた。バーソロミュー・くまだ。

本当に、あと少しだ。もう、少し。エースの姿が、ちらりと見えた。

かすむ意識の中で、エースが自分を呼んでいる声が聞こえた。オーズはがっくりと、膝をつく。口から、あちこちから血が溢れて出てきた。今の攻撃で内臓がやられたらしい。息をするたびに、血があふれ出た。頭からぼたぼたと、血が滴る。

「止めろ!!オーズ!!!ここへは来れねぇ!!!!」

(エースぐん、エースぐん。待っでろ、今、助ずげるがら……!!!)

ぼんやりとした視界に、バサリ、と傘が落ちるのが見えた。そうだ、この、笠。エースに貰った。ワノ国のそういう伝統技術で作ったらしい。人に手伝わせないで、エースが一人で、作ってくれたらしい。自分は炎の体なのに、藁を編んで何度か失敗して燃えたと聞く。気の長い性格ではないはずなのに、こんなに、大きな物を作ってくれた。

ぐっと足に力を入れて立ち上がる。その頭に砲弾が浴びせられ、体がぐらついた。このままでは立ち上がれなくなる。

「……一人…せめて、七武海、一人でも……!!」

巻き添えにして、倒さなければ。自分の体は大きい、そのまま狙いを定めてただ、倒れるだけでも、一人道連れに出来る。そう考えてオーズは湾内の、防波堤の上に立っている、ハデな色をした男に狙いを定めた。その肩に小さな少女が見えた気もしたが、はっきりと確認している余裕はない。

「ウォオオオオ!!!」

狙いを外さぬよう、腕を振り上げて、叩きつけた。ドッゴォン!と、爆音のような、大きな音が響く。まるで豆腐のようにあっさりと、ただの腕のひと振りで、強固な防波堤が崩される。だが、手ごたえがない。はっとしてオーズは顔を上げる。確かに、ここにいたはずだ。逃げる隙など、あったはずがない。だが、手で潰せた感覚はなかった。

「フッフッフフ!!!フフフッフッフッフッフ!!!」

どこへ、消えたのか。

空を見上げるオーズは、その頭上、はるか上空に、バサバサと、浮かぶハデな色のコートの男を、見た。が、すぐに、視界が下がる。がっくん、と、膝が落ちた。どうして、なんだ、と、理解するのに時間がかかる。

(なぁ、なぁ、エースぐん、オイダ、これで涼しくなった。これで、雨にも濡れなくなっだ。雪がオイダに積もらなくなっだ)

友達だと、言ってくれた。友達から、何かを貰ったのは初めてだった。自分のことを、大事にしてくれているのだと、言葉にされずに感じたのも、初めてだった。

(オイダ、うれしがったんだ。エースぐん、エースぐん)

意識の向こうで、エースの叫び声が聞こえた。呼んでいる、自分を、呼んで、いる。

全身がガクガクと震えた。血が、足りない。どっと、どこからか、流れだしているようだ。先ほどの七武海の男の、笑い声が響く。何がそんなにおかしいのか、面白いのか、オーズにはわからない。

(エースぐん、エースぐん、エース、ぐん)

走ろうにも、足がない。それは、わかった。だけれど、まだ、片足はある。両腕も、ある。膝があれば、前に進める。ぐっと、力を込めた。腕と、体の力で前に進む。何かを、たくさんの人間をつぶしたような気がした。ひょっとすると、酷いのかもしれない、けれど、かまわなかった。

「もう…すごし……」

エースの声が、近くなる。もう、目が見えないからその声だけが頼りだ。強く、強く、呼んでくれ。でないと、また、寂しくなる。前に、前に、進めなくなる。まっすぐに、まっすぐに、呼んでくれ。

今、助けるから。



 

 

 


Fin