556話「正義は勝つ」04話




サカズキから離れ走り出しただったが、ドフラミンゴのもとへ戻る前に、その足がもつれ、倒れこんだ。広場の喧噪からは少々遠ざかっている。赤犬からも無事に離れることはできたけれど、この自分が、今の戦争に参加していないことは、よくない。早く戻らなければならぬのに、と焦る心。地面に伏して、はぎりっと歯を噛んだ。

ほんの少し会話をしただけで、この心が波立たされたことをは悔しく思う。手のひらを握りしめ、うつ伏せになりながら胸を抑える。今のこの心は、“”のものだ。完全に別使することが、どうしてもできない。いや、むしろ背の傷によって今も容赦なく溢れ出す見えぬ血がリリスの力を奪い、不完全なとしての存在率を上げている。冬薔薇を回収すれば多少は、あの男に対する心も薄れるかと思ったが、そんなことは、なかったようだ。

いや、わかっていたはずだ。しかし、それでも揺るがぬ自信が己にはあったのではないか。だというのに、あの男に触れられて、心があっさりと、揺れ動いた。

(……ぼくは、夏の庭の番人。この世がどうなろうと知ったことはなく、姉さんを助ける。そのためだけに動けばいい)

目的は、パンドラの死。人は死ななければならぬ。自分たちの、千年前の過ちを精算する。それがいまの自分の望みだ。目的だ。そう言い聞かせているのに、どうしても、はっきりと飲み込めないのはどういうことだ。

(あの男の腕にすがって、震えていたいだなんて、このぼくの自尊心が許さないよ)

ぐっと、は腕に力を入れて立ち上がる。しかし、震える体はなかなか思うように動いてくれない。朦朧とかすみゆく意識をなんとか堪えようと手のひらに爪を食い込ませて痛みを与えるが、それでも、強い眠気と相まってなかなかうまくはいかない。

さん!!!」
「おい、止めろってコビー!!こいつに関わんねぇ方が…」

あと少しだけでいいのに、と悔しさを覚えていたところ、耳に覚えのある声がかかった。は体を揺さぶられ、目を開ける。
薄い色の髪にバンダナを巻いた海兵と、メガネなんですか何なんですか、と突っ込みを入れたくなるものをかけた、海兵だ。

「……コビーくんたち」
「大丈夫ですか!?さん!!どこか怪我を?!」

この二人、戦場を抜け出していたように思えたが、サカズキには見つからずに済んだのだろうか。ほっとするのと同時には体を抱き起こされて呼吸を整えた。

「へいき。二人とも、何してるの?戦わないんなら、早くお逃げ。ぼくといたら、将校に見つかる可能性が高くなるよ」
「お前、さっき大将赤犬と、その、いたよな……?何者なんだ?」

恐る恐る、というようにヘルメッポが問うてきた。やはり先ほどのやりとりは見られていたのだろうか。いや、声は聞こえていなかったはずだが…その、やはり、見えてしまっていたのだろう。

は顔を赤くした。

「み、見たの?」
「あ!!い、いや!!別に、お前が大将に抱きついてるところなんて見てねぇぞ!!?なぁコビー!!」
「そ、そ、そそそ、そうですよ!!!ちょっとびっくりしましたけど、僕らは何にも見てません!!」

ばっちり見てるじゃないか。
いや、最初のキスシーンを見られていないだけマシか。抱きついていた、というか、冬薔薇を回収していただけなのだが、傍目にはどう見えるか、その自覚はある。

は額を抑えた。あまり見られたいものではないし、第一、自分に見せる趣味はない。サカズキにはありそうだ、と考えてとても嫌な気持ちになったが、それはまぁ、今はいい。は紅潮した頬を手の甲で押さえて隠し、自分を抱き起こしているコビーと、不安そうに見下ろすヘルメッポを交互に見つめた。ヘルメッポは少々こちらを警戒するようだったが、素直に感情を表に出したに疑念が瓦解されたらしい。子供を見るような眼を向けられて、は目を細める。

「君たち二人には、ぼくはルフィくんたちと一緒にいた、ただのだと思って欲しかったなぁ」
さんは…海賊じゃなかったんですか?」
「そうと明言したことはないよ」
「おれァ、てっきりお前はウォーターセブンの人間かと」

そう言えばコビーたちとはただ「水の都でルフィたちと別れる」としか言っていないのだったか。それにコビーもヘルメッポもルフィたちと昔の話をしているのに夢中で、それほどに、ただの少女に気を懸けることをしていなかった。それにあのときは、もガレーラの復興作業に忙しく、あまり海兵らに時間を割いている暇もなかったから、仕方がないかもしれない。

「ということは…さんも海兵?でもまさか、こんな小さな子なのに」
「失礼だよ!ちゃんと背だって伸びてるのに」
「それでも俺らより小せぇだろ」

きっぱり言われては頬を膨らませた。リリスの記憶を取り戻してこの体は成長しているけれど、それでも、確かに150センチが160センチになったに過ぎぬ。もう少し時間があればリリスのときと同じくらいの身長にはなっただろうが、背に傷をつけてこれ以上の成長を止めた今となっては、まぁ、しようもないことか。

「ぼくは海兵じゃないよ。でも海賊じゃない」
「じゃあなんでここにいるんだ?」

というよりも、どうしてこの戦争に参加しているのかと、あどけない声。純粋な問い。はきょとん、と顔を幼くさせた。そんなに気づかずヘルメッポは続ける。

「海賊でも海兵でもねぇんだろ?お前みたいなただのガキが、なんだってここにいるんだ?大将の知り合いなら、家族か何かなら、今頃シャボンディに避難してるはずだろ?」
「何かしたいことがあるんですか?でも、ここはさんのような女の子には危険ですよ!」
「いや…ぼくもう女の子って歳でもないんだけどね…?」

ぼそり、と突っ込みを入れてみるが、ハテ、とそういえば改めては首を傾げた。

(エースくんの落ち込む顔も見れて心もすっきりしたしねぇ。これ以上ここにいても、ぼくは正直、サカズキに強制的に嫁扱いされて散々だろうし……)

目的はパンドラ・をこの手で殺すこと。そのための力や、秘密をエースから探るつもりだったが、ロジャーの子である以上自分は手出しをしたくない。それでも時代の流れで彼が殺されるのは構わないし、この戦争も、いい具合に酷い展開になるのだろうから、もう自分がここにいる意味は、あるようで、ないようにも思える。

戦争は嫌いだ。怖い、恐ろしい。チェスの駒、陣取り合戦のように、前へ、前へ、前へただ進む。阻むために殺し尽くしていく。その勢いがにはたまらなく恐ろしい。

「……あ」

はっと、は顔をあげる。

「ん?どうした?」

ぽん、と手をたたいた。二人の視線が同時に向けられたが、それは無視して、ふと頭にひらめいた一計を吟味する。

パンドラを、今のこの自分の力だけでは殺せぬ。そう気付いた時に、は保険を掛けることにした。それがこの背の傷と、いずれドフラミンゴがするだろう所業。しかし、今のこの自分でも、確実にパンドラを殺すことのできる方法が、たったひとつだけあった。

ぎゅっと、は手を握る。

「……ねぇ、コビーくん、ヘルメッポくん。お願いがあるの」

一度目を伏せて、ゆっくりと自分の呼吸を確かめた。なぜ忘れていたのだろう。400年前に姉に使った「眠り姫」と同じ、童話の力。この自分が覚えていなはずがなかったのに、いや、これだけは、使いたくなかったから、思いつきたくはなかったのだろうか。どこまでも己の保身をする心に嫌気がさしながら、は二人を見つめる。

「この戦争が終わったら、サカズキに、伝えて」






ねぇ、今も、覚えてますか?





二人と別れて再度走り出したは、妙に晴れやかな心持ちだった。悩んでいた心や、苦しみが一気になくなっているのを感じる。

(……それしか、ないよね)

決意が固まる。何もかも、もうどうすることもできぬのだと、突きつけられていた。しかし、最後の一つだけは、あったではないか。

どうしてもやりたい、とは思えないけれど、それでも、この方法なら。
走りながら、近くを通り、こちらに振り下ろされる海賊の刃を弓で受けた。

「貴様は海の魔女…!!オヤジの首を取りに来たのか!!?」
「なぁにその勘違い。どのみち死ぬ生き物にぼくは興味なんてないよ」

この自分に挑み来る。命がいらぬのか、と口を開きは受けた弓を引くと、海賊の頭を吹き飛ばした。戦場に、足を踏み入れたのだ。広場、処刑台の真下、ではないけれど、中心部よりはそちらに寄っている割合の高い場所。

は足で海賊の首なし死体を蹴り、自分の存在に気づいた何人かの海兵、海賊をぐるり、と眺める。

「魔女どの!!!ここは危険です!!!大将の元へお戻りください!!」
!!!オヤジと懇意にしてたお前が!!エースの処刑に手を貸すのか!!!」

口々にいう連中、はどちらがどちら、という争いには興味がない。誰が正義で誰が悪なのかと、そんな区別になんの意味がある。いや、そもそも、敵や味方、など最初に言い出したのは誰だ。そんなこと、死すべき者になんの価値があるというのか。

それでもは弓を構え、自分の視界に入るだけの海賊たちに矢を放った。避ける事も叶わぬ速度と正確さで、海賊たちの頭が、面白いくらいにパァン、と破裂する。血だまりが出来上がり、自分を唖然と見る海兵たちに視線を向けた。

「ぼくに構うんじゃあないよ。今は一人でも多くの海賊を殺すんだろう?」

返り血など浴びぬように注意を払いつつ、倒れこんだ死体を押し返す。先ほど別れたコビーたちによれば、海軍はエースの処刑を早めに行うそうだ。もともととしても疑問、さっさとエースの首を落としてしまえばいいのに、律儀に時間を守るその意味がわからぬ。一般兵らの通信機にまでその指示が入ったのなら、ただそうするわけでもないだろう。さて、センゴクは何を企んでいるのか。は目を細めて、はるか先の処刑台を見上げた。

エースの顔は、気配は、相変わらず絶望に染まっている。あの位置からなら、この戦場の惨状がありありとわかるはずだ。突きつけられる、自分の所為でなったこの事態。それならいつ、彼は気が狂うだろうか。人は簡単に心を壊すもの。

「湾頭が破られたようだね」
「おつるちゃん」

考え込みながらも弓を引き絞り続けるの耳に、聞きなれた声がかかった。おや、とが振り返り、顔をひきつらせた。

「今日は洗濯日和じゃないと思うけど」
「しゃらくさいことをお言いでないよ。、どういうつもりだい?」

見れば、海賊らがそれはもう見事に、洗われて干されている様子。仮にも海軍本部中将であるおつるが弱い、などとは思わない、その理由を突き付けられては苦笑する。悪魔の能力、自然系や動物系というのはあっさりとわかりきったものばかりだが、超人系は本当に面白い。

おつるは抜け目なくを眺め、そのやや成長した体、髪に溜息を吐く。

「その弓が今こちらに向けられていない、ということは、お前が海軍の側につく、そう見えるのはあたしの気のせいかい?」
「ぼくは、どっちがどっち、なんていうのにはこれっぽっちも興味ないんだけどね。でも、ねぇ、おつるちゃん、ぼくのバカ鳥を見なかった?」
「ドフラミンゴならこの先で遊んでいるよ。本気を出してくれればこっちも助かるんだけどねぇ」

問いに答えぬを別段咎めることもせず、おつるは素直に教えてくれた。は指さされた先に目を凝らし、何やら大暴れしている大きな体、海賊を見つける。あれは確か、白ひげ海賊団のところの13番隊の隊長どのだ。はあぁいう腕力の強い輩は好きではないからそれほどの関わりもない。

ドフラミンゴはあの男を操って遊んでいるようだ。仲間意識の強いあの連中は、操られているとはいえ仲間であるアトモスに攻撃はできないだろう。全く外道な男である、と思うのに妙に面白いのは、ドフラミンゴは玩具の兵隊で遊んでいるだけ、という様子にしか見えぬからだ。

「おつるちゃんが、一生懸命戦えって言ったらドフラミンゴもやるんじゃないの?」
「それで気張るんならなんだって言うけどね。あの子は結局は自分のためにしか生きないよ」

それとお前のために、と付け足されてもはうれしくもなんともなかった。とおつるを狙い挑んでくる海賊はキリがない。おつるの手を煩わせるのもどうかと思い、は容赦なく弓を引き、正確に連中の頭を潰していく。

「相変わらず良い腕だね」
「この世のどんな生き物よりも、ぼくの弓の腕は優れているよ」

おつるの賛辞、というよりは感心に肩をすくませる。頭を狙うのは手っ取り早いからだ。どんな強者であっても、パァン、と頭さえ破裂させてしまえばひとたまりもない。自然系の能力者でさえ、リリスの矢の前では意味もないこと。

海軍本部大参謀のおつると、そして悪意の魔女が二人揃っていることに、怯む海賊もいた。海兵らは勢いづき、前へ、前へと進んでいく。

「ねぇ、おつるちゃん。この戦争、勝った方が正義になるのかな?」

接近戦に持ち込むつもりか、近づき背後から切りかかってきた男の腹を弓で刺し、足で乱暴に突き飛ばしてから矢を放つ。タン、とおつると背が合わさった。背中越しに伝わる体温。そう言えば、おつるがまだずいぶんと少女の時分に、こうして二人で背を預けあったことがある。懐かしい、と思い出される、あの頃とおつるは何も変わらぬ。相変わらずまっすぐで、とても美しい。時々おつるは「皺が増えた」と嘆くけれど、いやむしろ、彼女は今こそが美しいのだとも思う。

の問いに、おつるは一瞬沈黙した。

「……さぁね。だが、今日が世の歴史に残ることは間違いないよ」
「ドフラミンゴはね。言うんだよ、今この場所は、何の決まりもない中立だって。どちらがどちら、の争いだって。どちらが正しいのか、それをはっきり決めるために、この戦争があるんだって、そう言うの」

戦争とは、本来そういうものだということはにもわかっている。二つ以上の思想がある限り起こる諍い。どちらも己の主義を曲げぬ、己の信念をあきらめぬのなら、より強い方が残るだけと、それが戦争だ。そのために争う。強いもの、力だけが生き残る。本来、人間には知恵があって、さまざまなめぐりを行うのだけれど、結局の、単純なところは暴力だ。怪物が恐れられる尤もの理由が「力」ゆえだという、単純な末路と似ている。

はこれまで何度も、正義や悪が塗り替えられる様を見てきた。革命が成功し、ただの市民が王になることも、尊ばれてきた王が罪人になって石を投げられるのも、何度も何度も何度も見てきた。

いつだって、頂点に立つ者が善悪を決める。
パンドラ・が今の正義を保障させられた、悪の定義であるように。

「お前はどう思うんだい?。この場所が中立に思えるのかい?」
「おつるちゃんは意地悪だね」
「自分の中で、もう何もかもはっきりしているからお前は今弓を握って、あたしの背を守ってる。それなのに聞くのかい?初心な小娘でもあるまいに」

おつるは肩越しにを振り返り、やわらかな声で言う。の方がおつるよりもずっと年上だ。それでも一見はこちらが一層幼いのだけれど、おつるは、を自分と同等、いや、確かに年上の存在として扱ってきた。

「そう、だね」

ダゥン、とおつるを狙う銃弾を弓ではじき落とし、は目を伏せる。

「たとえ今日、海軍がここで負けたって、サカズキはちっとも揺るがないんだろうね」
「あの子はまっすぐだよ。躊躇わないね。ここでお前が死んでも、お前を諦めたりはしないよ」
「おつるちゃん、ぼくは今そういう話をしているんじゃないよ?」
「同じことだよ」

おつるがの腕をつかんだ。一瞬それが遅れていれば、の体が、上から降ってきた氷塊に叩き潰されていただろう。こちらにそれを投げつけた、腕力のありそうな海賊を睨み、おつるとは揃って海賊に仕掛けた。

「勝った方が正義になるなんて、そんなことはないって、ぼくは知ってるよ」
「そうかい」
「ドフラミンゴはそういうけどね。勝者だけが正義だから、正義が勝つって、そういう言葉があるんだって、ね。そう言うけどね」

の弓を避け、海賊がおつるの肩をつかんだ。そのまま握力で肩を砕きかねぬ勢いにおつるが顔をしかめ、能力を発動させようとする、が、うまくいかない様子。が体勢を整えて再度弓を絞る前に、反対から現れた海賊がおつるを激しく殴打した。

「おつるちゃん!!!」
「っ……!!」

これは効いたらしい。ぐわぁん、と揺れる頭を押さえて、おつるが膝をついた。駆け寄ろうとするが、の背後からも海賊が切りかかってくる。一度は弓で足を薙ぎ払い、しかし前方と左右から挟み込まれては唇を噛む。それでも甘んじて受けるつもりなどはなく、落ちていた剣を拾い前方の男は刺し殺した。ひるむ様子もない左右はどうしようかと判じる前に、ぴたり、と二人の動きが止まった。

「フッフフフフ!!!人の女に手ぇ出すんじゃねぇよ!!!フッフフッフフフ!!!」
「このタイミングで出てくる!!?王子様キャラは似合わないよ!!鳥!!」

そして聞こえる慣れた声には眉をよせて突っ込み、、すかさず二人の男の頸動脈をかき切ってからおつるの元へ向かう。

頭を押さえたものの、ダメージは少ないようで、瞬きをしてからおつるが立ち上がった。

「油断したね。歳を取ったものだよ」
「君がちゃんと結婚して子供を産むまで、死ぬのは許さないよ!」
「馬鹿をお言いでないよ、。あたしが今更子供なんて産めるわけはないだろう」
「いや、おつるさんならいけるって。なんなら俺が孕ませてやろうか?フッフフフ」
「鳥、それは本気で怒るよ」

この男ならやりかねないと、妙な信頼もある。が顔をひきつらせると、おつるはため息を吐いてそれを無視することに決めたようだ。

現れたドフラミンゴは面白そうにとおつるのコンビを眺めると、首を傾げた。

「赤犬のところにいなくていいのか?折角飛ばしてやったのに」

はっと、は先ほどのことを思い出してドフラミンゴに詰め寄る。ドフラミンゴが自分を放り投げさえしなければあんなことにはならなかったのではないか!

「そうだよ!!さっきはよくも赤犬のところに投げ飛ばしてくれたね!!!おかげで赤犬に嫁認定されるし好き放題されるしで……!!!このバカ鳥!!!」

言いながら、は先ほど赤犬にされたことを思い出して顔を赤くする。と、ドフラミンゴの口元が引き攣った。

「おまっ……」

何か言いたそうにしたが、おつるがぼそっと「男の嫉妬なんて見苦しいだけだよ」などと呟いたので、ぐっと堪えている。なんだか転んだのを我慢して泣き顔を押しとめた子供のように思えたのは気のせいだろうか。

「まぁ…とにかく。おつるさん、いいのか?湾等が二か所突破されちまってるぜ?」
「あぁ、氷の魔女の仕業だね」
「ベイくんか。あの子はぼくらとは違うけれど、魔女って呼ばれてるんだっけね?」

見れば砕氷船が、クザンの凍らせた海を砕いて進んでいる。北の海の出身である魔女の出現には興味深そうに目を細める。氷の魔女とそう呼ばれるホワイティ・ベイ。海賊団の船長をする女傑。美しい容貌を男勝りさで一層輝かせる様子がには好ましかった。魔女と呼ばれてはいるものの、やピアたちとはまるで違う。ただの人間、と言えばそれまでだが、しかし、それでも魔女と呼ばれている生き物である。

「いいの?おつるちゃん、このままだと海賊たちが湾内に大きく攻め込んでくるよ?」
「問題ないよ」

これでは戦況が変わるのではないかとが案じると、おつるはきっぱりと言った。その言葉にドフラミンゴは何か悟ったようで、面白そうに口元を歪める。

『おつるさん、作戦に移るぞ』
「おや、頃合いだね」

自分だけわからぬことにが眉を寄せていると、おつるの持つ小型電伝虫からセンゴクの通信が入った。

作戦?そう言えばサカズキも何か作戦があるとか、そんなことを言っていた。それが何なのかは聞いていないし、どちらの味方をするかはっきりとはしていなかった自分に教えることもないだろう。エースの処刑の時刻が早まるのとどう関係するのだろう。

「全艦全兵に通信を!……、ドフラミンゴ、少しの間でいいから、この場を頼むよ」

そう言って颯爽と踵を返しどこかへゆくおつる。はその背を見送り、追おうとする海賊を射殺した。

「ふ、ふふふ、何がなんだかさっぱりわからないけどね。まぁ、おつるちゃんのお願いなら、聞いてあげたくならないかい?ドフラミンゴ」

本気で言っているわけではなかったろうが、おつるは自分がそう言えば、多少はそうするだろう、ととドフラミンゴを信じているようだ。信じられてしまったら裏切るのは難しい。はドフラミンゴを見上げ、首を傾けた。

ドフラミンゴはに向かってきた海賊を操り、自分で自分の首をかき切らせると、どさりと倒れる音を心地よく聞きながらひょいっと、を抱き上げる。

「お前がそうしたいって言うんなら、そうしてやってもいいぜ?」
「ちょっとね、考えてることがあるんだ。ところで、ドフラ、ぼくが死んだらすぐにぼくの首を落とせる?」
「……今、おつるさんの話してたよな?なんでそうなるんだ」

ちょっと待て、と顔をしかめるのがには面白い。ころころと喉を猫のように震わせて、は肩を竦めた。

「冗談だよ。言ってみただけ」
「怖ぇこと言うんじゃねぇよ。おれが、そんなことできると思ってんのか?」

少々機嫌の悪くなった声でぼそり、とつぶやく。ドフラミンゴはを抱き上げて、自分の肩に乗せた。それでは「ごめん」と本気ではないけれど一応の謝罪の言葉を口にして、ドフラミンゴのサングラスを奪う。

「君からも回収しておきたいんだけどね」
「ン?」
「薔薇の刻印だよ。サカズキのはさっき回収してきたから、昔払った対価も返した。君からもらった視力を返してあげたいんだけど」

数年前、ドフラミンゴはの心を占める赤犬と対等になるために魔女の庭への侵入を試みて、そして対価に視力を奪われた。それでも薔薇を得ることはできなくて、ただ視力が下がっただけだ。生活や戦闘に困るわけではないらしいけれど、ずっとはそのことを悔いていた。

だから、今日この日に何もかも清算できるのならそうしたい。

そう告げると、ドフラミンゴはからひょいっとサングラスを受け取って、口元を歪めた。

「おれはお前にくれてやったんだ。今更返してほしいなんて思ってねぇよ」
「でも、」
「黙れよ、。俺が自分で決めてそうしたことだ。いくらお前でも口出しするんじゃねぇ」

これまで、このことについては何度もドフラミンゴと言い合いをした。その度にドフラミンゴはの言葉を退ける。今この状況でもそれは変わらぬらしい。は顔をしかめて、ぎゅっと、首に抱きついた。

「君はバカだ。君は、サカズキにはなれないんだよ?」
「フッフフフ、あの大将になりたかったわけじゃねぇ。お前の一番になりたかった。それだけだ」

今もひっきりなしに周囲から上がる悲鳴、悲鳴、断末魔。それらを耳に聞きながら、はドフラミンゴの肩に乗り、ぎゅっと手のひらを握りしめる。何か言おうと口を開きかけ、「おい」とドフラミンゴが顔を引きつらせた。

「……ありゃ何だ?」
「うん?」

あれ、とドフラミンゴが上空を顎で指す。マルコでも飛行しているのなら撃ち落とすだけだが、とは思案して自分も顔を上げ、ひくっと、同じように顔をひきつらせた。

「な、なぁに、あれ」

なんだか妙な叫び声をあげて、戦艦と、米粒くらいの大きさに見える、人がこちらに降ってきているようだった。

中に見慣れた声や気配を感じて、はがっくりと肩を落とした。

「ル、ルフィくんまで来ちゃったら…ぼく本当、シリアスムード続けられる自信がないよ」


 



Fin