コツン、とヒールを鳴らしてトカゲは顔を傾けた。

「よぉ、赤犬、じゃなかった。組長」

口を開いた瞬間、容赦なく蹴り飛ばされた。能力で溶かされなかっただけマシと、前向きに考えることにしよう。トカゲは咳払いをして、燃えた自分のスカートの裾を払い、立ち上がって目を細めた。ルフィと白ひげは、まぁ放っておいても問題はなかろう。それよりもに会う、とそのために離れた。戦場、戦火は慄かせられるほどで、どうしようもないけれど、しかし、それでも足は動くのだ。

そうしてたどり着いた、赤犬のもと。がどこにいるのかまるで見当はつかないが、それでもトカゲはパンドラ・、そしての名をもつ生き物だ。サカズキがどこにいるかの見当は、つく。

「インペルダウンで騒動を起こしおってからに、貴様、殺されたくて来たと取るが構わんじゃろうなァ」

向かい合う、図体のでかい男。憎々しげにこちらを見下ろす、帽子に、ヤクザにしか見えぬ格好の大将殿。トカゲはころころと喉を震わせて目を細める。

「ふざけるな、おれの死因は赤旗への焦がれ死にと決めている。雑談はいい、おい、サカズキ、はどこだ」

トカゲ、確かにインペルダウンではあっさりルフィの側に回って看守たちをなぎ倒しはしたけれど、それを赤犬に責められるいわれはない。この男、自分が何者かをこの世界では、の次によく知っている人物だ。この己が、海兵になどなれるという妄信、ハナっからないだろう。それでも赤犬は、トカゲを海兵にした。の傍らから遠ざけることは多々したが、しかし、海兵にしたのだ。その意味を、今になって忘れました、という男でもないだろう。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴの隣にでもおるじゃろう」
「あのバカ鳥の?どういう展開だ、それは。趣味が悪いにもほどがあるぞ」

出された名前は意外すぎる。それで素直に顔を引きつらせると、サカズキが吐き捨てるように「知るか」と答えた。いい具合に嫉妬しているのかこの男、とトカゲはにやにや笑い、目を細める。

「卿、気付いているか。卿がそうであるように、は今でもまだ、卿を愛しているんだよ」

言えばサカズキが顔を顰める。何か言おうと口を開きかけ、しかし、何も言わず、ただ眉を寄せられた。これはこれで、珍しいことである。おや、とトカゲは首を傾げ、思い当ってドン引きした。

「……卿、まさかと思うが、躊躇ってるとか、なんかこう、自信を失ってるとか、そういう気色悪い展開に陥ってないだろうな」
「貴様、気色が悪いとはなんじゃァ、失礼な」
「いや…まさか、あの、とことん性格悪い時代復活?のような今のの状態にちょっとひるんで、しかもドフラミンゴとなんか良い雰囲気になっているから凹んでるとか、そういう状況か?今」

今のところ、インペルダウンで別れたが何をしたのか、はっきりわかっているトカゲではないけれど、まぁ、ドフラミンゴの傍にいて、今一緒にいる状況、になっているのならその過程で赤犬になんぞ告げていないわけもない。

トカゲは、まさか、まさかと思うが、この、ドSで鬼畜で外道で、に対しての独占欲がお前のステータスか?と突っ込みを待ちのような男が、まさか、なんかちょっと、に対しての執着心をあきらめざる負えない状況になっているのではないか、とちらりとでも思っているのか。

素直に、トカゲは顔を引き攣らせ、一歩後退りした。

「バ、バカか……卿、頭でも打ったのか…?に対する勢いのない卿など、ただの外道だぞ…?というか、ルフィが主人公の物語だったら、ただのヤなおっさん、憎まれキャラだぞ……?うさんくさいナイスミドルだぞ……?」

とりあえず思いつく限りのことをつらつらと言えば、次の瞬間、頭を押さえつけられて壁にそのまま投げ飛ばされた。

……結構本気で投げられた。

シュウシュウとトカゲは体を治しつつ、額を抑える。

「ふ、ふふ、なぁ、おい、組長にしか見えない正義の海兵。嫉妬できる心があるうちに、掴める手があるうちに、告白くらいしてこいよ」
「何のためにじゃァ。何の意味がある」
「もう愛の告白したのか?」
「わしがあれを愛することなど、ない」

きっぱりと言い切る。その心がトカゲにはわからない。どこからどう見たって、この男がを溺愛しまくってしょうがないのは事実だ。わかりきっている。否定する理由こそ、もうないだろう。

「ドフラミンゴに取られたいのか?」
「そんなことになったら、あれが寿命を迎える前にわしがこの手で葬ってやる」
「だから、好きなんだろ、卿」

なんでわからないのか、認めないのか、本当に疲れる。ぽりぽりとほほをかいて、トカゲはルフィたちに視線を向けた。

「あの子供、麦わらのルフィ、知ってるか?」
「英雄ガープの孫じゃろう。そして、ドラゴンの息子じゃァ。あれも確実に、消しておかねばならんのぅ」

ハイ、なんか物騒なことを言っているのはスルーすることにした。トカゲは構わず続ける。

「それでは、あの子が、の、魔女の恩赦を得ていると、それは知っているか」

ぴくり、と、赤犬の眉が跳ねる。目を細めトカゲを振り返る目は、先ほどとは様子が違っていた。しかし、といって大将の、という目でもない。トカゲはからかうことを止め、立ち上がって、自分もルフィから視線を外し、サカズキを見上げる。

魔女の恩赦。その相手の生涯を全て見守るという魔女の心。捧げる相手。たいていは最愛の、という前提だが、しかし、にとって最愛の相手はサカズキだ。それはトカゲにはよくわかっている。しかし、それでもはルフィに己の恩赦を与えた。ノリで、という類で与えられるものでもない。あの、賢い魔女のことだ。何かを思い、何かを、企んで与えているのだろう。

「インペルダウンに、パンドラが来た。あの女も、ルフィがから魔女の恩赦をいただいていることに気付いただろう。そして、あの女は棺を狙っていると、そうマゼランが話していたが、意味はわかるか」
「水の都へ行け。そこの市長に今と同じことを告げろ」

トカゲは眉をしかめた。問うたのに答えも返さぬ、というのはある程度予想はできた。しかし、なぜここでアイスバーグが出てくるのか、それがわからない。第一、パンドラが目覚めているというこの状況、本来であれば直ちに、どうにかするべきことではないのか。

ほろんだ王国の生き残り。なぜ滅ぼされねばならなかったのかの、証明書。政府が、連合軍が正しかったのだと、突きつけ続けるための、証人。その魔術師の目覚めを、承知していて、それよりも、優先すべきことがある、という今のこの状況がトカゲにはわからなかった。

「ドラゴンの息子は殺す。それでしまいじゃァ」

短く言い、サカズキがそのまま歩きだした。残されトカゲは一度デッキブラシを出そうとするが、しかし、それよりもまずは、に会うことが先であると思い出す。わしゃわしゃと自分の髪をかき交ぜて、面倒くさそうに息を吐いた。

「いいから、さっさとくっつけばいいんだよ、なんだこの、すれ違いっぷり」





+++




奪った電伝虫から流れる情報にキキョウは眉を跳ねさせる。すぐに傍らのピアが気づき、ひょいっと通信機を取った。

「返せ、わたしのだ」
「元の持ち主は死んでいますから、それも道理でしょうけれど。――火拳さんの処刑時刻が早くなると、そういうお話ですか」
「海賊相手に律義に時間を守ることもないってことだろ」

礼儀も仁義も何もあったものではない。吐き捨てればピアが薄く微笑んだ。目に見えずともわかるもの。キキョウはいらだつ。この女の、この笑みがキキョウは何よりも嫌いだった。の笑み、にも似ている。何もかもあきらめていて、しかし、本当に自分の大事なものは、絶対にあきらめていない、嫌な執着心のあらわれた笑顔だ。

「何かの準備ができてから、とあったようですね。準備?なんの準備でしょう」
「わたしが知るわけないだろ」

に抉られてしばらく、最初はきちんと使えていた予知の力が、今はすっかりなりを潜めてしまっている。今見えるのは、今の情景だけだ。だから身動きする分には困らぬけれど、しかし、なぜだろうか。

「存外、その目も役に立たないんですねぇ。がっかりです」

ピアは肉厚のある唇に指先を当てて、もう片方の手で器用に本のページをめくる。黒い背表紙の分厚い本、これがリリスの日記であると、政府の人間は思っているらしい。も、そう思い込んでいるが、同じ魔女、それも同じ階位のキキョウにはわかる。この本は、リリスの日記などではない。
それでもピアは詩篇を扱えている。その謎こそがこの女の力だ。それがわかれば、シェイク・S・ピアなど恐れるに足らぬ。こうしてこのように、脅されてこの女に協力する羽目になどならぬ。

ぎりっと奥歯を噛むと、ピアが顔をあげてきた。

「どうせ、これも作戦のうちでしょう。センゴク元帥がうっかり作戦を漏らすなんてヘマ、します?いえいえ、御冗談。あの方がそんな、単純で真っ正直な方でしたら、わたし、今頃はまだボルサリーノおじさまに守られて蝶よ花よと生きてましたよ」

どちらかといえば、今は蛾と毒草になった女が、何を白々しくいうのか。キキョウはうんざりし、自分にきりかかってきた海兵を一人鎌で切り殺した。それをピアが止める、かといえばそういうこともない。ピアは、自分に挑んでくる海賊を殺すが、しかし、キキョウが殺すことを邪魔はせぬのだ。妙な協定が二人の間に結ばれた。お互い、挑まれぬ限り殺さぬ。だが、挑まれれば殺すので、邪魔はせぬ。だからキキョウは、白ひげ海賊団の仲間には、ピアには手を出すなと告げていた。

キキョウはに切り落とされた腕、二の腕に剣をくくりつけ、上手く動くことを確認する。この女になど協力はしたくないが、しかし、シェイク・S・ピアの扱える詩篇の力は、唯一魔女、あの悪意の魔女に対抗できる手段だ。この女がこちらを利用するというのなら、キキョウこそも、ピアを利用してやろうと、そう思った。




+++





目の前で次々に、知った顔が倒れていく。煙に混じって血が流れ、落ちていく。歯を食いしばり、何もかもを目に焼き付けばがら、エースは体を震わせた。

(ルフィまで、来ちまった)

の言葉を思い出す。これほどの絶望、あるものか。仲間だけではなくて、弟まで、大切な、家族まで、自分の所為で死ぬ道を進んでいる。声が枯れるほど、叫びたかった。泣きわめきたかった、だが、声が出ないのだ。恐ろしくて、ならない。自分の所為で、大事なひとが死ぬことが、恐ろしくて、ならない。

ルフィの前に、七武海のモリアーが立ちはだかった。インペルダウンで、ルフィがモリアーを倒した話しは聞いていたが、しかし、あの時とは状況がまるで違う、一度倒せたからと言って、再び勝てる、そんな道理はどこにもない。

繰り出された海兵の一撃に、ルフィが殴られた。打撃は聞かぬ、とは言え、しかし、吹き飛ばされた先には鋭利とがったがれきがある。ルフィの顔が苦痛にゆがむのが、ありありと分かった。エースは唇をかみしめる。

「……る、な……来るな!!!!!!ルフィ!!!!!!!」

なぜ声が出ない、そんな馬鹿なことはあるわけはない、とエースは気力を振り絞り、喉を震わせて叫んだ。自分でこんな大声が出るなどとは信じられぬほど。びくり、とルフィが反応して顔をあげた。途端、きりかかる海兵、それを殴り飛ばして、ルフィと、エースの目が合う。

「わかってるハズだぞ!!!!!おれも、お前も海賊だ!!!海賊なんだ…!!!思うまま、海に進んだ、違うか!!!!!?」

昔のことを思い出す。初めて、ルフィに会った時のことを思い出す。鼻をたらした、生意気そうなガキだった。頭も悪そうで、人に可愛がられて生きてきて、自分勝手で、でも、優しいガキだと、すぐに、わかってしまった。

『なぁ、エース。海はいいよな』

そういう、ルフィ。エースは時々、考えたのだ。もしもルフィがいなければ、自分は海賊になっていなかったような、そんな気がする。いや、今の自分があるのは、いろんなことの積み重ね、そうとはわかっている。けれど、あの時、あの日、あの場所で、ルフィが自分の隣にいなければ、いて、くれなければ。共に夢を、海を、将来を話す、年の近い、男兄弟がいなければ、どうなっていただろうか。

「おれにはおれの冒険が、おれにはおれの仲間がいる!!!!お前に立ち入られる筋合いはねぇ!!!!!」

ルフィが笑えば、エースは楽しかった。あの島で、育って、何が楽しいのか、わからなかった時間があったが、しかし、ルフィが来て、笑って、バカをして、ケンカをして、話して、話して、話して、エースは、楽しかったのだ。

白ひげ海賊団は、自分にとって家族だった。おやじと、マルコたちは兄弟のようなものだった。話しもするし、ばかもやる。楽しい日々がいつもある。けれど、ルフィと過ごした時、ルフィを兄弟に思う心は、また、別のものだった。きらきらとした、宝石箱なのだ。

『おやじ、見てくれ!弟なんだ!!』

ルフィの手配書が出たとき、うれしかった。海賊になった、はみ出し者、普通はしかるところだが、自分たちは海賊になると昔誓っていたから、だから、ルフィがいずれ自分のいるところに来ると思うと、うれしかった。マルコたちに、自慢できるのがうれしかった。あんまり自慢するものだから、キキョウが怒って手配書に落書きをして、本気でケンカもした。家族のことを自慢できるのがうれしかった。

「お前みてぇな弱虫が…おれを助けにくるなんて、それをおれが許すと思ってんのか!!!!?こんな屈辱はねぇ!!!!!帰れよ!!ルフィ!!!!なぜ来たんだ!!!!」

叫びながら、体が崩れる。今もひっきりなしに聞こえる悲鳴。仲間の、殺されていく音。自分を助けようと、今行くと、そう声をかけてくれる声が、次の瞬間断末魔になる。それをここで、もうどれほど聞いたか知れぬ。それに、ルフィが加わるようなことがあれば、自分は、どうすればいいのだ。

(頼むから、お前まで道ずれになるな)

これは自分の失態だ。誰も巻き込みたくない。なのに、なぜ。顔を下げ、唇を噛み締める。頼むから、誰も、もう誰も、自分を助けようとしないでくれ。そんな価値、ないのだ。自分には、ないのに。それなのに。なぜ。

「うるせぇ!!!!!!!おれは、弟だ!!!!!!!!!!!」

ルフィの拳が、振り下ろされた剣もろとも、海兵を一人殴り飛ばした。






+++




びっくり、と、目を見開く。それを目ざとく気づいてドフラミンゴが顔を寄せてくる。

「どうした?」
「……ルフィくんの大声……したから」

ちょっと驚いちゃって、と、そういう顔が妙に幼い。ドフラミンゴは眉を跳ねさせて、のまっ白い頬を掴んだ。ふにふにと、女の柔らかさ、ではない、幼い子供の柔らかさ、に戻っているような、そんな気がする。

「……?」

確かめるように名を呼べば、が困ったように笑った。




+++





ルフィは挑み来る海兵たちをなぎ倒しながら、エースを睨む。海賊のルールなど、自分の知ったことではない。なぜ、弟が助けたらいけないのか、そっちの方が知りたかった。そんな決まりがどこにあるのだ。仲間とか、家族は見捨てられるものじゃない。そう、ルフィはずっと思ってきている。今もそうだ。エースの仲間がエースを助けるから安心だ、なんてそんなことにはならない。エースは自分の兄ちゃんだから、だから、助ける、それだけだ。

昔のことを、ルフィは今でも覚えている。
エースと自分、血のつながりはない。それはわかっていることだった。だから、あの日、二人で少し割れた盃を二つ持ってきて、誓った。

『知ってるか?盃を交わすと兄弟になれるんだ』
『これでおれたちは今日から、兄弟だ!』

そう言って、重ねた盃の音、今だって忘れていない。兄弟なんだ。あの日から、今の今もずっと、エースはルフィの兄弟だ。

「ゥオォオオオオオオ!!!!!」

ルフィは声をあげて、前へ、前へ、突き進む。
海賊のルールが、兄を助けちゃならねぇってんなら、自分はそんなものはいらない。助けるのに、理由なんて、意味なんて必要ないだろう。

拳を振り上げて、阻む巨人族の海兵に向かう。巨大化した腕で殴り飛ばし、ルフィは処刑台に向かって声をあげた。

「エース!!!!好きなだけなんとでもいえ!!!!おれは死んでも、助けるぞ!!!!!」




Fin