落下しながらは腕を振って弓を出し、なんとかバランスを整えようとするが、その前に、ビシッと大気が震えた。白ひげが大気にヒビを入れて、何ぞ攻撃でも繰り出しているのだろう。しかし、まったくもってタイミングが悪すぎる。

は派手に態勢を崩して、そのまま海へ落下、

「このぼくが海になんぞ落ちてたまるか!!!!」

しない、という強い意志で、そのままは腕をふるい、袖口から夏の薔薇の蔦を出して、近くのマストに括り付けた。手に茨を握れば普通に血が流れるが、海に落下するよりましである。ぐいっと、強く握りしめ、はそのままどん、と、人ごみのなかに落ちた。

「い、った……い。……おや?」
「痛ぇなコラァッなんだお前いきなり……って、お、おい!!?」
「おや、まぁ。赤っぱなのバギーじゃあないか。なぁに、君までここにいたのかい?」

きょとん、とは顔を幼くさせて自分の首を掴んで睨みつけてきた、極悪面、には見えぬ、道化の面相そのものの、懐かしい顔を見上げた。

運よくが掴んだのは白ひげ海賊団の船の一つだったらしい。それで、その付近に落下、したら、どうやらバギーのところ。トカゲがこれを狙ったかどうかは知らないが、しかし、このタイミングでバギーに会うというのは、なかなか、心が折れそうになるものだ。

道化のバギー。インペルダウンに捕えられていた。それではバギーに会いに行こうかなぁと気安く思い、それでいろいろあって今に至るのだけれど、久しぶりに、本当に久しぶりに見る顔に、思わず頬がゆるむ。

「懐かしいねぇ、バギー。君はやっぱりなぁんにも変わっちゃいない。どうして君みたいな弱くてみっともない子がこんな戦場にいるんだい?ここは君が来るには過ぎた場所だよ?」

ひょいっとはバギーの手を逃れて足場の安定した地面に着地すると、そのままうろんな目をバギーに向けた。

「インペルダウンにお戻りよ。君は今のところ、あそこにいれば一番安全だったのに。どうして出てきたんだい」
「バカかお前!!さっきから何ハデにふざけたことぬかしてんだぁああ!!!!ちっともかわってねぇのはお前だろ!!相変わらずひとのことバカにしやがってからにこらぁああ!!」
「バギーの分際でこのぼくをバカとお云いでないよ」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ様子の懐かしい。バギー、暫くインペルダウンにいたはずだがやせ衰えた様子もない。それがにはほっとするし、見たところ目立った怪我もなさそうだ。バギーがインペルダウンから出てこれて、それはまぁ、もうれしい。しかしこの戦場に、この子がいて無事でいられるわけがないだろうと呆れもした。

「す、すげぇ、さすがはキャプテン・バギー!!嘆きの魔女と対等だ!!」
「さすが伝説の住人!!!魔女を相手に一歩も怯まないなんて!!なんてすげぇんだ!!!」

とバギーがそんな馬鹿漫才じみたことをしていると、その後ろで何やら感心したような声がした。はて?とが改めて辺りを見渡せば、どうも、どうやら見えるのは囚人服を着た、凶悪そうな海賊ばかり、ではないか。

手配書などで覚えもある。どいつもこいつも、名をはせた海賊だ。インペルダウンに捕まっていたはずだが、なるほど一緒に脱獄してきたのか。

「このよわっちいバギーが伝説の住人ってどういうこと?」

一緒に育ったシャンクスならいざ知らず、の知る限りバギーとはどうしようもなく弱くて小物の卑怯者、の生き物だ。この場所で一番弱いんじゃないか、という疑いだってかけて当然なほど。しかしどうも、おかしなことに、名を馳せた海賊ら、先ほどからバギーのことを、何やら敬意のこもった目で見ているではないか。

何この冗談、とは眉を寄せる。

「だーっははは!!聞いて驚くなよ!!おれは今日、世界を取るんだ!!」
「寝言は寝てから言うんだよ」

バギーは自信満々に言うのだがその自信がどこから来るのかにはさっぱりわからない。言っておくがバギーが世界を取れるなら、キキョウがマルコと結婚するような展開だって世にはあり得るということになるだろう。それはない。さすがにない、絶対にない、とはきっぱり断言し、小首を傾げた。

「第一世界を取るなんていうけどねぇ。何をして、って思っているんだい?かけだし海賊、ですらない晩秋の年齢のきみが」
「おうおう!!さっきから聞いてれば!!魔女!!!このキャプテンバギーはな!!今日!!白ひげの首を取っちまおうってそういうお方なのさ!!」

爆音の激しい中で、は自分が聞き間違えたのだとそう思いたかったが、しかし、どうも、どうやらこの周囲の連中。それを本気で思っているらしい。やいのやいの、とはしゃぐ海賊たちに、は「うわぁ」と素直に顔を引きつらせた。

ドフラミンゴやクロコダイルが「白ひげの首を取る」といってもは「無理だね」と即座に言うのだけれど、バギーが、と聞けば、それはまぁ、なんというか。

「身の程知らずだよ?」

心底気の毒そうに眉を寄せて、はぽん、とバギーの肩を叩いた。

「じゃかあぁしいわぁあ!!!!おれはやる時はやる男なんだぜ!!」

嘘つけ、と即座に突っ込みを入れたかったが、しかしその前に、バギーとの背に聞きなれた声がかかる。

「おい赤っ鼻ァ!!!」
「誰が赤っ鼻じゃァクラァアア!!!…ん!!?」

反射的にバギーが言い返し、顔を盛大に引きつらせた。

「おや、エドワードくんじゃあないか」

周囲が「白ひげ!!」と大声で慄く中、はおや、おや、と目を細めて懐かしい顔に小首を傾げ、腕を振って弓を構える。

「やぁ、エドワードくん。今日は死ぬにはもってこいの日だねぇ。きみと同じ日に死ねるなんて光栄だ。遺影の準備はしてきたかい?」
「しゃらくせぇ。死ぬのはお前だけだ。さっさとテメェの墓穴でも掘ってきやがれ」

ころころとは喉を震わせて笑い、弓を引き絞って矢を放った。白ひげはそれを鉾で払い落し、ジロリ、とを睨みつける。

「テメェ、さっきはよくもおれの娘に手ェ出しやがったな」
「いやだよ、エドワードくん。キキョウくんは魔女なんだよ?このぼくに挑んだ魔女がどういう末路になるかなんて、太陽が昇るように当たり前のことじゃあないか」

キキョウ、とエドワードが花かなにかのように慈しんで出した名前をは小馬鹿にしたように呼び、蔑む。あの魔女については、感じているのは侮蔑だけだった。魔女の実を口にしていながら魔女にはなりきれぬ哀れな小娘だ。兄のように慕っていたマルコが、よりにもよって悪意の魔女に、脳裏に焼き付けてやまぬほどの感情を抱いていると、知った時のキキョウの狼狽っぷりが、には本当に懐かしい。

「あの愚かな子はこのぼくがきちんと切り刻んで殺してあげるから安心おしよ」
「お前に手を出せば呪われる。17年前にお前がはっきりと実演してみせたが、そんな程度でこのおれが怯むと思ってんのか?アァ!!?」

ぶんっ、と白ひげが鉾を払い、の足元を薙ぎ切った。はひょいっとバギーを掴んで弓で飛び上がると、そのまま船に足をかけて、バギーを彼を崇拝する海賊らの中に投げ入れた。トン、と白ひげのすぐ近くにまで近づき、腕を振って弓をしまいこむ。

「なんのつもりだ」
「決まり切ってる。ぼくはきみが好きなんだよ。ロジャーと同じ時代の生き物だからね。シキの大バカ者も、嫌いじゃなかった。あのころの海を知ってる海賊は好きさ。だから、ぼくはきみとやりあわないよ?」
「おれはお前を殺してやりてぇんだがな」
「バカかい?きみがぼくを殺してしまえる日はこないよ」

目を細めて微笑めば、白ひげの眉間に皺が寄った。は、キキョウを殺したとしても白ひげが自分を直接殺せるはずがないことをきちんとわかっていた。この男は愚か者ではない。たとえば、がキキョウを殺したら、守れなかった自分の責任だとそう判断する。を憎みはしないのだ。そういうところが、この男にはあった。この男は、ある意味、愛が深すぎるのだ。誰も、憎むことができやしない。だから仁義なんてものを貫き通せるのだ。どんなことがあったって、誰も憎まない。きっと、今、エースを殺そうとしているセンゴクにさえこの男は憎悪を抱いていない。

「君は、ぼくを憎まなければ息もできないようなキキョウくんの気持ちがわからないんだろうね」
「わかってるさ。理解はできねぇが、知ってはいる。それでも、魔女になんぞ手を出そうとしてるかわいい娘を放っておけるか?」
「親の気持ちはぼくにはわからないさ。ぼくの親は、ぼくと姉さんを殺して井戸に投げ捨てたんだからね」

は吐き捨てて、それで船の下を眺めた。

いい具合に、海賊の船が湾内に集められているがこれは何か作戦のうちなのだろうか?は今回のこの戦争、何がどうなるかなどひとつも聞いていない。ドフラミンゴに聞いておけばよかっただろうか。しかし、何がどう起ころうと興味がないといえば、ないのだが。

「で?そっちの赤っ鼻はそんなに囚人を引きつれておれの首でも取りに来たのか?」
「おや、バギー。まだ逃げていなかったのかい?きみは本当にバカな子だねぇ」

ひょいっと白ひげとは船の下を眺め、囚人たちになにやら讃えられているバギーを見下ろした。今のこの自分とエドワードのやりとり中に逃げればいいものを、とはつくづく呆れるしかない。もしもバギーがこの戦場で死ぬようなことがあったら、まったく、自分がどれほど傷つくのか相変わらずあのバカな子はわかっていないのだ。

「お、おう!!そうだ!!久しぶりだな覚悟しやがれ!!!」

は、ここで白ひげがバギーに手を出すようなことをしたら、どうどつきまわそうかと真剣に考えつつことの成行きを見守ることにした。すると白ひげ、ため息をひとつ吐いて、気安くバギーに話しかける。

「おれの首を取るのはかまわねぇが、おめぇ……その後海軍をどうする?あの数は手に負えねぇぞ」

ちらりと白ひげが今も海賊を襲う海軍の軍艦を眺めた。

「実はおれもそうだ。手を焼いてる。どうだひとつ、ここは海賊同志手を組んで海軍を潰さねぇか?おれの首はその後にしろ」

言った途端、きょとん、と顔を幼くするバギーが、には本当にかわいらしくて仕方ない。思わずばんばん、と床を手で叩く。バギーを後ろの囚人たちがやんやと褒め称えていた。もそれにならってはしゃぎたい。

「お、おう、まァおれが本気を出せばな!」
「マヂっすかー!!鳥肌鳥肌!!」
「海軍も潰しちまうな。おれとあいつが組んだら」
「ギャー!もう止めて!貧血貧血!!」
「いいぜ白ひげ!手を組んでやる!!!」
「えー何さま!?そう!!我らがキャプテン・バギー!!」

何やらぐっと、自信満々になって言ってくる、もうその様子が、身の程知らずにもほどがあっては本当に、悶絶してしまった。

「何あのバギーのかわいさ…!!昔っから犯罪級だとは思ってたけど…!!あの子のあのバカさ加減って本当……かわいくて仕方ないよね…!!」

の呟く姿を白ひげは冷たく見下ろして、額を手で押さえる。何か突っ込みを入れようとは思ったらしいが、あまりに、アレなので止めておこうということだろう。

「……呆れるほどチョロイ男だよぃ……」
「おや、マル子くん」

ぶわっと青い炎が見えたと思ったら、すぐに炎を消してマルコがと白ひげの隣に立った。マルコは一度を見、何か言いたそうな顔をしたが、すぐに表情を消して白ひげを見上げる。

「いいのかぃ、オヤジ」
「あぁ。赤っ鼻はともかく後ろの囚人たちは結構なタマだ。敵に回すと面倒くせェ」

まぁ、そうだろうとは復活してバギーたちを見下ろす。あの子はわかってやっているのかいないのか、自覚があったらそれはそれで小賢しくて、本当にバギーらしくて面白く、無自覚なら、それもそれで、もう本当この子ってバカ!!と愛しくてしょうがない。どちらにしても、バギー、この戦場で1、2を争う弱虫のくせに、己、そうとさせずに堂々と立とうとしているその姿。もうがお逃げ、といったところで引く子でもないだろう。

は白ひげが傘下の海賊たちにあれこれと指示を出しているのを見ながら、じっと、自分を見下ろすマルコの視線に気づいた。

「なぁに?マルちゃん」
「キキョウの姿が見当たらねぇ。殺したのか」
「まだだよ。ねぇ、マルちゃん。そんなに大事なら、首輪でも付けてないでおきなよ。自分の目の届くところに繋いで放さない。そうでもしなきゃ、魔女なんて捕えていられないんだからね」

マルコの目が細くなって、を睨むようになった。マルコがキキョウに抱いている思いはどこまでも「兄」のもの。あるいは、従兄や、伯父、といった方が正しい。どうしたって「男」にはならぬ。だからキキョウがあんなことになったのだ。それを、もう気付いているだろう。それでもまだ、キキョウを大事だと、そういう目をしてしまうマルコがには哀れだ。いや、この海賊団の人間はみなそうだ。家族を、家族にしか見れない。いい意味でも、また、悪い意味、でも。

「お前と、あの大将みてぇなことができるかよぃ」
「ぼくはサカズキにならがんじがらめに縛り付けられて引きずり回されたって幸せを感じられたし、愛情をもらっているんだって感謝すらできたよ?」
「なんだそのM発言は。うちのキキョウまでお前らの性癖に巻き込むんじゃねぇよぃ」
「失礼だね、過去形だよ。今のぼくにそういう性癖はないよ」

ふん、とは気分を害してマルコを睨むと、マルコの目が一瞬ほっとしたような、そんな見たくもない色をした。きっと、この子はのことが好きなのだろう。それでもマルコはキキョウを殺そうとすればを殺せる。そういうことだ。

は軍艦を襲い始める白ひげの仲間たちを眺め、眉を寄せた。

センゴクの企み事、何なのかにある程度の予想が立たないわけではない。白ひげもそうだろう。しかし、ある程度わかったから、と言って、どうこうできるような浅知恵など使わぬのがあの男。はさて、と戦場を見下ろした。

「おや、ハンコックがルフィくんを守ってしまっている。あの子って本当、可愛いねぇ」

見れば、エースに少しでも近づこうと前へ前へ進むルフィ、阻むのはローグタウンで出会ったあの煙の子のようだった。准将に上がったとクザンから聞いて、それで、も直接あいさつをした。ローグタウン、それにアラバスタではを「海賊」と見ていたスモーカーという海兵。それが、大将に連れられた「魔女」であると知った時の顔がには面白かった。その時のことを思い出しながら、は「おや」と面白そうに声を弾ませる。

「ぎゅって、抱きしめられる。幸せそうな蛇姫さま。でもそれでいいのかい?きみの肩には国がひとつかかってるんだけどねぇ」

ふふふ、と声を低くして、それでもその面白い光景を眺める。

「人が、人が死んでいくんだね。こんなひどい光景。泣いてしまいそう。トカゲは意地悪だよ。一番眺めのいいこの惨状にこのぼくを捨てるなんて。怖くて、泣いてしまいそうなのに」

はひょいっと、そのまま船の下に落下した。腕を振ってデッキブラシを出してそのまま跨る。バギーのことが少し気になったので、一度近づく。

「ねぇ、バギー」
「な、なんだよ、。まだおれのこと弱ぇとか言いにきやがったのか」
「そんな当たり前のことはもういいよ。ねぇ、バギー」

ぎゃんぎゃん吠える、バギーの頬を両手でつかみ、はぎゅっと、顔を抱き込む。

「ぼくは君の子供が見たかった。だから死ぬんじゃあないよ。君が死んだらぼくは悲しい。だから君はいつもみたいにあさましく生き残るんだよ。いいね?ぼくのかわいい道化の坊や」

囁いた途端、なんだか背後のバギー親衛隊と化してる海賊連中が「ま、魔女が『きみの子供を産みたい』って!!あの魔女にそこまで言わせるなんて!!」「なんてすげぇお人なんだ!!キャプテン・バギー!!」とかいろいろほざいているのが聞こえたが、はそれは無視した。

「……?お前…」

抱き込まれたバギーがもぞっと、体を動かして、逆に、の首を抱き返す。おや、と目を細めてが笑うと、バギーが、やけに真剣な目をした。

「……何、言ってんだ?お前みたいなやつが、おれの死ごときで悲しむわけがねぇだろ」

眉を寄せ、困惑したような、真剣な顔。はゆるやかに首を振る。

「とても悲しいよ。わかっているだろう?バカな子。ぼくは君やシャンクスがとても大事なんだ。それは今でもかわらない。きみを守ることはもうぼくにはできないから、だから、死ぬんじゃないよって、それしかぼくは言えないんだよ」
「バカ言うなよ。お前は、すっげぇ魔女なんだ。おれなんかのことを、一々考えるようなやつじゃねぇ。そうだろう!?お前は船長の、魔女なんだ!!」

肩を大きく揺さぶられ、は眩暈がした。一瞬、ほんの一瞬だけれど、22年の時が経たず、相変わらず幼いバギーと、ロジャーの魔女でいられた己が戻ってきたような錯覚。バギーは、シャンクスのように自分を想いはしなかったが、しかし、ロジャーの魔女だったを、海賊王とまで呼ばれるほどの海賊のロジャーの、傍らにいたという老婆の装いをした魔女に、憧れをもっていた。

「バカ言ってんじゃねぇよ。なんなんだその、死亡フラグみてぇな発言はよ…!まるで、お前が、死なねぇはずのお前が、こんなおれより先に死んじまうみてぇじゃねぇか!!!」
「そのつもりだからね」
「バカかお前!!ハデにバカか!!!!」

どん、と、バギーがを船の残骸、壁に押し付けた。必死に、真っ赤は鼻に負けないように顔を真っ赤にさせて叫ぶ。

「お前は魔女なんだろ!!?船長の、ゴール・D・ロジャー船長の魔女なんだ!!!こんな戦場なんぞで死ぬタマかァ!!?あ!!?お前が死んじまったら、」
「ぼくが死んだらどうなるの?世界はなんにも変わらないよ?」

はバギーの言葉をさえぎって、静かに囁いた。

「そうでしょう?かわいいバギー。必死に叫んでくれる、きみが本当に愛しい。でもね、きみは知ってる。どれほどの強者がいても、死んだらそれで終わりだ。どれほどの伝説の人物が死んでも、ね、変わらず世界は明日になるんだよ?」

ロジャーが死んだ日のことを思い出す。トムが死んだ日のことを思い出す。ノーランドが死んだ日のことを思い出す。どれほど、自分にとって「太陽」のように思えた人が死んだとしても、それでも、世界は何も変わらない。たとえば人の状勢がほんの少し変化があったとしても、この、星そのものは何も変わらない。変わらず、朝が来て、一日が始まって、世界のどこかでは犯罪が起きて、平和があって、ジャングルでは動物が動物を襲う。仕事をしなければ領収証が払えない。借金も返済できない。

「人が死んでも、世界は変わらないんだよ。バギー」
「じゃあ、じゃあなんで!!!おめぇはおれに「死ぬな」って言った!!!」

ばぎっ、と、バギーの拳がの顔を見事に殴った。サカズキに殴られる方がよほど痛いはずだが、今の体ではどちらであっても、鼻血が出るほどに痛い。

「……っ」

ぼたぼたと流れる血を抑えてはバギーを見上げる。

「どうして泣いてるの?」
「てめぇがバカだからだよ!!この、ド阿呆!!!ハデバカ野郎!!!お前は俺が死んだら悲しいって言ったじゃねぇか!!おれが死んだって、そりゃ世界は変わらねぇだろうさ!!お前が死ぬよりなんともねぇだろうよ!!でも、お前が死んだら、この、大バカ野郎!!!おれが、赤髪が泣かねぇとでも思ってやがってんのか!!!!!?」

戦争中の騒音の中でも負けぬ、バギーの大声。大砲がゴォン、と鳴る音の中でもはっきりとした声。普段おっかなびっくりで夜を歩くような、バギーの大声。バカなことしか言わぬバギーの大声、に、はびっくりと、目を開いた。

「どうして、ぼくがきみたちの気持ちを考えないといけないの?」
「別に考えろなんて言ってねぇよ!!考えなくても構わねぇよ!!!じゃあおれだって、お前の気持ちなんざ考えなくてもいいだろ!!ここでおれが死んだって、そりゃ、お前には関係ねぇことだよな!!?違うか!!!?」

バギーは、自分で自分が何を言っているのかちゃんとわかっているのだろうか。はきょとん、と目を丸くして首をかしげる。

「きみが死んだらぼくは悲しいんだから、ダメだよ?」
「バッカ!!バッカか本当…なんでわからねぇんだよ!!この、バカ!!!」
「バカはきみだよ。ぼくが死ぬのはどうしようもないことなんだけど、きみはちょっと頑張れば明日を迎えられるんだから、ぼくとは違うでしょ?」

魔女のことも何一つわかっていないんだから、これはしょうがないのかとは思うことにして、丁寧に説明してやれば、がっくり、とバギーが肩を落とした。

何か呆れられるようなことを言った覚えはない。なんだその反応、とが眉を寄せると、ぐっと、バギーがの両肩を掴んで見つめてきた。

「よし、、おれの魔女になれ!!!!」

次の瞬間、は顔を真っ赤にし、そしてバギーの居た場所が突如として巨大なマグマが落下してきて火の海になった。



+++



解説は必要なんだろうか、と、トカゲはその光景を面白そうに眺めながらも、火の海と化した場所、顔を引きつらせた。

「うわ……さすがにやりすぎだろ?あれは、嫉妬とかそういうかわいらしいレベルか?」

おいおい、と呆れ半分、とっさにがバギーの首をひっつかんで退避しなければどうなっていたか知れぬ。

「……ありゃ、なんだ」
「よぉ、クロコダイル。見ろよ、あのステキ光景」

トカゲはいつのまにか隣に立っていたクロコダイルを一瞥し、にやにやとその方向を顎で指す。

「……解説が必要じゃねぇか?」
「だな。簡単に言えば、のような生き物にとって『おれの魔女になれ』なんて言葉は、それこそプロポーズの言葉みたいなものなんだよ。あのバギー坊やは知らないだろうし、そういうつもりではないだろうがな。かつて海賊王がそんなことを言ったのを聞いていたから、同じように言った、とそいうだけだろうよ」

ころころとトカゲは喉を震わせる。オブラードに包んではみたが、実際はもっと、ハレンチな意味だ。ロジャーはそういう意味では使わなかったが、本来「おれの魔女になれ」というのは、その身も心も何もかもをささげて自分の所有物になれ、と究極の言葉だ。頷けばその場で犯されたところで文句を言う権利などないし、奴隷扱いされたって構わない、というほどの服従の意味にもなる。

赤犬とてさすがに使わなかった言葉である。あの男は、今でもまだその言葉を使う気はないのだろう。当然、あの男、を「妻」にする気満々なのだ。魔女として仕えさせる気はない。

「……生きてんのか?あの辺の連中は」

完全に「嫉妬の惨状☆」レベルを超えている光景だが、まぁ、しょうがない。大将と魔女の痴話げんかの延長戦なのだから規模も違うだろう。トカゲはそういうあきらめがあるが、クロコダイルは素直にドン引きしているらしい。

トカゲはにやにやと笑いながらクロコダイルのスカーフを引っ張って自分に引き寄せると、そのまま乱暴に噛みつくように口づけた。当然、次の瞬間殴られる。

「ふ、ふふふ、女の顔を殴るなよ、それもグーで」
「黙れ。何度目だてめぇ」
「数なんか数えるか。面倒くさい。あぁ、おれは赤旗と口付けした回数と情交に及んだ回数はしっかりはっきり記憶しているからな。愛の差だと落ち込め」
「落ち込むどころか今の自分の境遇に感謝したくてたまらねぇ」

ふるふると体を震わせて言うのがリアリティがありすぎて、なんだかなぁ、とトカゲは思う。背後ではきっちりとクロコダイルにつき従っているミスター1ことダズが、顔を赤くしていた。なんだこのウブな男は、とからかいたくなるが、クロ子さんファンクラブ名誉会員だろうこの男にちょっかいをかけたところで、なんの面白みもないことは分かっている。

トカゲは目を細めて、赤犬の見事な嫉妬で火の海と化したモビーディック号の周囲を眺め、肩をすくませた。

「だからお前ら、さっさと結婚でもなんでもしてしまえばいいんだ」






Fin