あ、とトカゲは気軽い声を上げた。隣にいたクロコダイルがそれはもう見事に吹き飛ばされる。おや、と目を見開けば白髭のところの3番隊隊長ダイヤモンド・ジョズ殿の攻撃だ。ダイヤモンドはいいものだ、とトカゲは常々思う。当然、この身に受ける石はルビーではあるが、ダイヤはいい。その硬さをトカゲは気に入っていた。あれでこう、ハンマーとか作って殴り飛ばせば楽しいだろうとそんな外道、いやいや実際ジョズはやっているんだから、思う分こちらはまだマシであろう。
そんなことを考えながら、トカゲは腕を振ってデッキブラシを取り出した。砂時計を回収したので、もうクロ子さんを構ってやる必要、ないといえばない。しかし、やはりあの男がドレークと重なってしまった以上、もう少しだけ傍で果てるのでも見ていてやろうかとそんな心が沸いた。デッキブラシにまたがれば、ダズと目が合う。一瞬連れて行って欲しそうな顔をしたが、しかし黙っている。どこまでもクロコダイル一直線のその男。トカゲはにやにやと口の端をゆがめる。
「して欲しいことがあるのなら口にだしてそうと言え。おれは察して行動してやる、なんてサービスはないよ」
言って、そのままデッキブラシに腰をかける。気流を強引に裂くようにして進む。クロコダイルが飛ばされた先、は、おや、とトカゲは首を傾けた。
「フ、フッフフフフ、よく出て来れたなワニ野郎!!!血の池の湯加減はどうだった?」
おや、万年当て馬、いやいや、ドンキホーテ・ドフラミンゴではないか。トカゲは帽子の下で目を細め、ジョズを拘束し、そしてどうやら、クロコダイルに手を貸す状況になっているという、その妙な、様子を眺めた。上空に浮くトカゲに向かい時折銃弾が向けられるが、それらはそのたびにひょいっと避ける。
「余計なマネすんじゃねェよ。殺されてェのか」
「口の悪ィ奴だ…!フフ!どうだおれと手を組まねぇか」
トカゲはひょいっとデッキブラシから降りてクロコダイルと、ジョズ、それにドフラミンゴの間に立つ。
「ふ、ふふふ、にフラれた男が、そのまま浮気か?にチクるぞ。第一、このおれの愛人候補その3を堂々とナンパとは関心しない。蹴り飛ばされたいのか、ドフラミンゴ」
すとん、と降りるそのままにトカゲが目を細めて言えば、一瞬三人が何かこう、微妙そうな顔をした。その表情通訳すれば「誰かなんか突っ込めよ」「俺はいやだ」「空気読まねぇのかこの女」とそういうことだ。いい度胸である。トカゲは面白そうに笑い、ひょいっとデッキブラシを肩に担いで首を傾げる。
「で?ダイヤモンド・ジョズ。おれはダイヤの指輪なんて欲しいんだが、卿の腕でも切り落として加工すればいいのか」
「こ、この状況でテメェは何をしに出てきた……!!!?」
「いや、折角だから赤旗へのプロポーズの時に指輪でも渡そうかと」
堂々と言い放つ。そのトカゲに、インペルダウンから散々付き合われていい具合に胃にストレスがかかっているクロコダイルが何とか突っ込みを入れるが、やはりロクでもない答えしか返ってこなかった。先ほどジョズに殴り飛ばされた傷よりも胃が痛むってどういう状況だこれは、と顔を引きつらせながら、クロコダイルは鼻血を拭う。
「俺がお前を手を組む!?俺たちと同格に見るのは止めてもらおうか。手下にしてくれの間違いだろう」
「え、おれを無視してシリアス展開続行か?」
「フッフフフフフッフッフッフ、少しは更正して出てきたかと思えば」
「おい、コラ鳥。卿もか」
「だったら出てきやしねぇよ」
海の王者たちの常識である。基本、トカゲ中佐に絡むのは無駄である。おーい、と少し寂しそうにするトカゲを無視してドフラミンゴとクロコダイルが会話を続ける。二人とも、とりあえずトカゲに突っ込んだら負けとばかりに、視界にすら入れようとしない。
「第一、なんだってテメェが今ここにいる?てっきりのお守りでもしてるかと思えば、テメェじゃ役不足だってことか」
「フッフッフ、惚れた女一人守れなかったテメェなんぞに言われたくねぇ」
「だからおれを無視するなよ。あ、ジョズ、その体勢は辛くないか?聞いてくれよこの「失恋決定組」ときたらこのおれを完全スルーだ」
二人が構ってくれないので、トカゲは仕方なくドフラミンゴに乗っかられているという屈辱的な体勢のジョズに話しかけることにした。身動きが取れない+ドフラミンゴとクロコダイルが会話をしているため他に話しかけることが出来ないジョズ。ものすごくいやそうな顔をして、まずは聞かなかったことにする。しかしそれを許すトカゲではない。ひょいっとジョズの首に腰掛けて、ぽんぽん、と頭を叩く。
「全く、なァ、面倒くさい展開といえば、そうじゃァないか。なんだって魔女が四人もそろっているんだか。あぁ、卿のところのキキョウは愛らしい娘になったようだな。まぁ、になんぞ挑むものではないと言ったところで聞くあの娘でもないだろう」
トカゲさん、人の首に乗って完全世間話をしている。
うわ、とドフラミンゴとクロコダイルはそろって顔を引きつらせた。あれはない。さすがに、ない。何だってあの女はこの地獄のような状況で平然と空気読まない言動をし続けているのだろうか。危機感がないというか、あれだ、常識が、なさ過ぎる。
なんとなくこの状況のジョズが気の毒に思われた、とそういうことは絶対にないのだが、しかし、この、トカゲさんノリノリ☆な状態をいつまでも続けているといつ自分に火の粉がかかってくるかわからぬ。クロコダイルは砂嵐を呼び、とりあえず、その場を荒らすことにしたのだった。
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向かってくる子供をまっすぐに見詰めながら、ミホークは静かに剣を抜いた。今この瞬間まで、鷹の目はあの子供をどうこうする、という心がなかった。それよりも白髭海賊団の手誰を相手にするほうがおもしかろうとそのように思えていた。しかし、この状況。火拳の処刑、海賊王の息子というその事実、また、あの子供がドラゴンの子であるという、その事実。それらを踏まえ、そして、この、状況で本来であればまだ未熟に過ぎるあの子供がここにいる、と、その結果がミホークに一つの問いを投げかけた。
の言葉を借りるとするのなら、人には「状況」というものがあるらしい。それは運命という言葉にも置き換えられる。ミホークはどちらでもよかったが、しかし、こうして「夜」を構えながら思う。あの子供はここで死ぬ運命ではないはずだ。あの子供や、そしてあの剣士のことを考える。あれだけの器であれば、後に時代に波を起こすものだ。時代、時代、という言葉をこれまで二度、ミホークは見てきた。一つは海賊王の時代、そして、あの処刑を見た自分や赤髪、それにドフラミンゴが行った時代。時代、運命、状況と、その言葉を使うとすれば、あの子供は次世代の申し子であろう。ここで散る程度の価値ではない。それはミホークにもわかった。だが、思うのだ。
それほどの器を、この己が挑めばどうなるのか。
力の差は明らかに、こちらにあった。当然である。それを過大評価も過小評価も、ミホークはしなかった。
「悪いが赤髪、この力、慎みはせんぞ」
すらりと、立ちはだかる。駆けてくる駆けて、駆けてくる子供をまっすぐに見つめる。脳裏に赤髪の顔が浮かぶ。あの騒がしい男が気にかけていた子供だ。ここで己が命を奪えば、あだ討ちでもしてくるだろうか。いや、そんなつまらぬ男ではない。海賊であるのだ。男の戦い、その結果は受け入れる。しかし、あの男が、その片腕をかけて生かした命ではあった。あの男が、己の力を削いでまで次につないだ命ではあった。そのことが一瞬頭を掠める。かつて対等に渡り合った唯一の男のことを、その一瞬考えた。
しかし、それ以上はない。
「さて運命よ、あの次世代の申し子の命、ここまでか、あるいはこの黒刀からどう逃がす」
Fin
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