「バギー、どうしよう、ぼく」

が何か言いかけた瞬間、目の前でバギーの体が吹き飛んだ。同時に起こる砂嵐に、うわ、とは顔を引きつらせ、一歩後ろに下がる。

まぁこの能力者だらけの戦場で、安全な場所などないのだけれど、いや、それでも巻き込まれるってどういうことだと突っ込みを入れたかった。バギーはどうやら、クロコダイルの起こした砂嵐に巻き込まれたよう。おや、まぁ、とは呟き、眉を寄せる。本当に、あの子は退屈させないで面白いもの、と、そう和んでしまっていた己を叱責する。それで、さてこのままバギーを見捨ててさくっと、どこかへ行こう、かとも思う。けれど、バギーがここにいれば死ぬことは確実だ。周りにはインペルダウン産のバギー親衛隊がいるようだけれど、バギーの盾にはちょっと、足りないように思われる。

はぐいっと、手ごろな男の襟首を掴んだ。

「ねぇ」
「な、なんだガネ!!!?」
「おや、キミは確かリトル・ガーデンで出会った……3」
「ミスター3だガネ!!!全く、魔女というからどんな生き物かと思っていれば…!!」

適当に声をかけた男には見覚えがあった。まだがルフィたちと旅をしていたとき、あの面白い島で巨人の決闘にチャチャを入れた無粋な男だ。思い出して海に突き落としてやろうかとも思ったけれど、バギーと一緒にいたのだし、そして能力者だ。何か役にも立つだろうと、完全に上目線。ふぅん、と値踏みするように上下を眺めて目を細める。

「な、何だガネ」
「別に。ただ、バギーの友達かい?きみは」
「と、友達…!!?」
「当たり前だ!!スリーにーさんはな!インペルダウンからキャプテンバギーと連れ沿った相棒なんだ!おれらとは格の違うお人だ!!」

だから何だこのバギー教は、とは喉を震わせて笑う。言いよどむ3の変わりに周囲の囚人たちがあれこれと答えてくるのが面白い。その状況、がは興味深かった。ひとが己を魔女、というたびに、は魔女になっていく。それに似ている。人が他人を「こうなんだ」と一方的ではあっても決め付けそのように扱えば、人は自然とそのようになっていく。無意識の暗示だ。それならバギーはそれだけの器に作り変えられるのだろうかと、そんなことを考え、は首を振る。いや、そんなことはない。そんな展開にならないから、バギーなのだ。ロジャーの船、怪物製作所のようなところで育ったはずなのに、それでもバギーはバギーだったではないか。それこそが愛しいところ、と当人が知ればやはり怒り出しそうなことを考え、は3に微笑みかける。

「まぁ、それはどうでもいいんだけどね。バギーがちょっと心配なんだよ。一緒に来るかい?」

ひょいっと腕を振ってデッキブラシを取り出そうとする、しかし、腕を振ってもいつもの感触が落ちてこなかった。

「……おや?」

はもう一度腕を振る。省略せずにきちんと、作法を則っても見た。しかし、デッキブラシが表れない。

「どうしたのカネ?」
「……あれ?あ、れ?」

パンと手を叩く。それで何事か起こるはずだ。それでも何も起こらない。は眉を寄せた。つい先ほどまではなんともなかったのに。なぜだ?呆然とする、いや、まだ冷静だ。冷静に、は自分の掌を眺めた。

「……魔女の力が、消えた」

次の瞬間、の腕が切り落とされた。


++


「あんな強ェのと戦ってる場合じゃねぇ!!おれはエースを助けに来たんだ!!」

目の前に立ちはだかるミホークにルフィは顔を顰めた。それをじっと鷹の目は見つめる。己と戦って、どうなるのか考えつかぬ者ではない。挑んでいる場合ではないと、即座に判じている。今は何が大事なのかを思う。エース、エースを助けることであると、己を理解していた。

足をバネにして飛び上がる。瞬時にその場から離れて、人の多い混戦している遠くの方まで移動したようだが、ミホークの目は逃さない。剣を振り、静かに呟く。

「射程範囲だ」

身を崩し瓦礫に突っ込む、その体をそのまま串刺しにしようと上から突き刺す。何とかそれを避け、体勢を整えようとするのを一瞬ミホークは待った。本気でやればすぐにこの子供は死ぬ。だから、戦おう、とするその姿勢を邪魔することはない。

「どいてろ麦わら!!!おれ達が止めてやる!!!」

体勢を持ち直す麦わらお子供の真横から、剣を持った二人がこちらに向かってきた。奇抜すぎる格好に一瞬ミホークも「…」と微妙な感情を抱くが、しかし、剣を持って向かってくれば、敵である。

「鷹の目!!おれたちを覚えているか!!?おめぇに昔挑んだ男だ!!しかし今やパワーアップした新人類!!!」
「虫けらの顔など一々覚えちゃいない」

見てくれは変質者極まりないが、まぁ、挑んできたので斬っておいた。そのまま麦わらがこちらに向かい腕を伸ばそうとしてくる。斬られたいのかと判じて刀を構えれば、察したかそのまま腕を引っ込めた。

「手ェ出したら、斬られてた…!」
「意外に冷静じゃないか」

この子供の言動からすれば、とりあえず考える前に戦う、と思っていたがと鷹の目は素直に賞賛する。そして刀を大きく振った。麦わらは避けたが、斬撃が消えることはない。はるか遠方にある氷山がそれを受けドン、と音を立てて崩れた。氷塊が付近の人間や船を襲うのを眺め、ミホークはの身を案じる。

彼女がよりにもよってドフラミンゴを共犯者とした事実、驚きはしたものの、しかし適任者であるといえば、そうだった。あの鳥は、妙なところで諦めることも出来るし、また、冷静だ。戦うことを楽しむようで、全く楽しまぬところがある。それなら、のこの世で二人目の共犯者にふさわしかろう。

だがしかし、今は一人きりでいるのをミホークは確認している。なにやらさまざまなことが起きているのだろう。それくらいはわかった。ミホークは、自分が何をすればいいのか、それはわからなかった。の時間が少なくなっていることなどわかっている。諦めていた。どの道に、終焉を迎えるのなら、彼女の好きにさせてやろうと、そう、インペルダウンに送りもした。

けれど、今、やはりこの戦場でミホークはを案じるのだ。

「さぁ、どうする、兄から遠のく一方だぞ」

避け続ける麦わらを叱責し、ミホークは剣を突きつける。能力の相性、というのは当然わかっている。あの子供のゴムの能力は、斬り傷に弱い。しかしそんな泣き言を言っていける世界ではない。どうにかするのかと、さて、それではここで死ぬのかと、そう眺める。

「JET身代わり!!!」
「…?!」

剣を振れば、手ごたえがあった。しかし、あっさりとしたものだ。妙な手ごたえ、これには若干の覚えがある。空から何か降ってきた。大方先ほどどこぞで暴れていたクロコダイルが起こした砂嵐に巻き込まれた者だろうと気にもかけなかったが、しかしその一人、腕を伸ばして麦わらが盾とした。

「ギャァアアアア!!」

響き渡る絶叫、しかし血は流れぬに、ミホークは眉を寄せた。

道化のような顔の男だ。考えたくない事実だが、あの赤髪と昔よくいた、海賊の一人である。

「って、何しろんじゃあクラァ!!!麦わら!!!」
「なんだよ、切ったのあいつだぞ?」

盾にされて麦わらに詰め寄る道化の男。無理からぬ怒りなのだが、切られてもさしたる様子がない。そういう能力だとミホークは思い出す。そしてこの男、つい先ほどまでと居たはずだ。確か、に対して破廉恥極まりない言葉を投げつけていた。魔女になれ、などと、そのようなことを平然と投げつける神経が信じられない。鷹の目は剣を振り、そのたびに麦わらが盾にする。

「貴様!鷹の目だなァ!!!?」

切り続けられることがうれしいわけでもないらしい。道化の男がこちらに向かい挑んでくる。顔をあわせるのも嫌だったので(子供じみている自覚なし)ミホークは無視をした。虫ケラの顔は一々覚えていないが、しかし、この男の顔は、出来る限り覚えたくもない。

「くらえ!特製マギーだま!!!!消し飛ぶがいい!!!」

こちらに向かい飛ばされる小さな砲弾のようなもの、受ける義理はまるでない、カッと弾き返せば、道化の男が爆発した。

「ありがとうバギー!!おめェのこと忘れねェ!!!」
「まだまだだ」

何をしにきたのかさっぱりわからない。なぜこんなくだらぬ男がの傍にいたのか理解に苦しむもの。ミホークは眉を顰め、炎上するその場にはまるで興味をなくし、逃げる麦わらとの位置を測った。

次の斬撃と飛ばそうと柄に手を握る、その刃が真横からの力に押し留められた。

「……白髭海賊団、5番隊隊長“花剣のビスタ”」

己に挑んできた男、押し返そうとする力の主を確認してミホークは僅かに目を見開いた。剣を交えるのは初めてである。だが顔は知っていた。名を呟けば、鍛え上げられた体、二本の腕と二刀にて黒刀を抑えている男が小さく笑う。

「お初に、鷹の目のミホーク。おれを知ってんのかい」
「知らんほうがおかしかろう」

虫ケラには用はないが、しかし、強者には興味がある。白髭海賊団でも、剣を扱い、それを全てとするものは珍しい。名を何度か耳にしていた。戦いたい、とそう強く思ったことはないが、知っている。

麦わらが遠のくのを気配で感じた。この自分が、抜かれたとその事実だけが残る。ミホークは冷静に、この状況を判じた。

(能力や技、などではない。その場に居る者たちを次々に自分の味方につける。あの男はこの海において最も恐るべき能力を持っている)

その事実をミホークは認めた。カリスマを持ち合わせている人間というのは、それほど珍しくはない。しかし、ここまでの、引力を持つものはいない。

ミホークはのことを考えた。とは、正反対だ。彼女もある意味、次々に自分の味方を作るところがある、いや、違うのだ。彼女は、誰とも敵対しないというそれだけだ。敵や味方の区別を、は作らなかった。どんな状況でも、「どらがどちら」という扱いをせぬ者であった。それゆえに彼女には敵もいないが、、味方もいない。のことを、ミホークは考える。もしも、この状況であの麦わらがと出会えば、どうなるのだろうか。

そんなことを考える、しかし、だからといって彼女の流れ行く時がとめられるとは到底、思えなかった。


+++


刻々と迫る処刑時刻を前に、次々と明らかになる衝撃的な事実。鉄壁の大監獄「インペルダウン」でまさかの200人を越える大脱走劇、戦場へなだれ込むその名だたる凶悪な囚人たち。目の前に映し出されるのはまるでこの世とは思えぬ光景、世界の歴史を塗り替える程の、まさに頂上決戦。

世界中の人々はただ息を飲み、ここに託された揺れ動く未来を見守ることしか出来ない。

「元帥殿!準備が整いました!」
「湾岸の作動準備もか」
「はい、全て!」

処刑台の上、報告に上がる海兵を見返してセンゴクはゆっくりと目を閉じた。これから何もかもが始まる。直ちに映像電伝虫の通信を切るようにと指示を出した。これから起こること、起こすこと、世間には少々刺激が強すぎる。我々に対して、世界が不信感を持つようなことは、あってはならぬ。そうなればどうなるのか、その隙をついてくるものをセンゴクは知っている。

これから起こる惨劇を、世界に伝える必要などない。

「数時間後、世界に伝わる情報は我々の「勝利」その二文字だけでいい」

目を開き、はっきりと言葉に出す。勝利、それだけでいいのだ。何があろうと、誰が倒れようと、どんなことをしようと、我々が勝てば、明日に繋がる。それで、いい。

開戦より約一時間半の死闘を経て、海軍が大きく仕掛ける。

湾頭より後方に立ち並ぶ影を眺めてセンゴクは掌を握り締めた。これから何が起きるか、何を起こすのかを自分は知っている。わかっている。その何もかもを、背負う覚悟など、とうの昔にしている。

戦争は急速に流れを変えて、最終局面へと一気になだれ込むだろう。

「何があろうと、勝つのは我々だ」








Fin