562話 49号04話 「大渦蜘蛛スクアード」
「全ての映像が切れた時点で包囲壁を作動、その後すぐにエースの処刑と共に敵を一網打尽にする!!!」
湾内で攻撃を繰り広げるパシフィスタたちを眺め、その性能と勢いを確認してからセンゴクは指示を飛ばした。目下では、いつのまにかが二人の魔女を退け優位に戻っているのがわかる。あの悪魔のような生き物がそうやすやすと足蹴にされる状況を続けているわけがないとは思っていたが、センゴクは内心共倒れすればいいと思っていた。
がピアやキキョウに向けて何事か宣言していたが、それは爆音にかき消され、そして舞い上がった粉塵により口元を読むこともできなかった。しかし何となくセンゴクは、聞こえなくてよかった!!!と心の底から思う。まさかまで開き直ったんじゃないだろうな、と頭に浮かび、冷や汗が出る。幸いなことに、赤犬は処刑台から離れて移動中だった。そのことにセンゴクはほっと息を吐く。
なんでこの戦場に来てまであのバカップルどものことを気にしなければならないのか。
「通信は切れたのか?!」
とりあえず、もあぁなったのなら、あとは自分のことは自分でやるだろう。こちらに手を出されることほどあの魔女が気に入らぬことはない。センゴクはとりあえずのことは放っておくことにして、気を取り直し、通信兵に問いかける。聊か乱暴な口調にはなったが、この戦場ではそのくらいの勢いは必要だった。
「いえ!!まだ、もう少しお待ちを!!」
てっきり肯定の言葉が返ってくるとばかり思っていたが、通信兵の恐縮した声がかかる。何を、とセンゴクは眉を跳ねさせた。こちらがシステムを扱っているのだ、映像などすぐに切れるはず。それがなぜ。
「おい、どうなっている!?」
センゴクは声を上げ、映像用の電伝虫が受信した電波を映す三つのモニターをにらみつけた。二つはしっかり途切れている。だがしかし、中央のメイン画面が未だ稼動しているようだ。
『あー!!あそこに見えるのは!!』
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「お代はあなたの命で結構ですよ」
穏やかに言い放つ、ピアの声には警戒した。今現在のお互いの力を競えば、魔女としての力は当然ピアが上、しかしこちらには剣があり、剣を扱うことにかけては今の自分は誰にも引けを取らぬ自負があった。それをわからぬピアではなかろうに、こうあっさりとこちらの命を頂く、という。
「……」
は遠い記憶の中で「荒野の魔女」の能力を思い出そうとしたが、しかし、がこれまで生きた長い時間の中で、荒野の魔女というのはたった一人だけだ。が知る、ピア以外のその魔女は食べた三日後に発狂して死んだ。能力を見ることはなかったのだ。だがしかし、本来魔女の実には能力がある。元々はリリスとが持っていた力を実に込めた、という原点。それではも心当たりがありそうなものなのだけれど、生憎そのあたりの記憶が定かではない。
ボケた?
ぼくも更年期かねぇ、などと内心呟きつつ、はじっと、ピアから眼を離さない。
能力がなんであれ、ピアは詩篇を使う。まだかろうじて、弾くだけの力はあるがそれもないよりはマシ、という程度でしかない。
「そんなに警戒しないでくださいよ、大丈夫ですって、わたし、この能力を使うのは5年ぶりなんですから。腐って発酵してないか心配なんですよね」
後半はかなり真面目そうにいい、ピアは腰にさした短剣を握る。刺した相手を傷口から呪う典型的なものかとは一瞬考え、しかし、そくざに違う、と気付いた。
ピアはその小さな剣で自分の首、頚動脈を?き切った。
先ほどが自分の腕を切り、中から剣を取り出した光景に似ているが、それよりももっと凄惨だった。真っ白い細首に凶器が埋まり、ぐいっと、遠慮なく真横に倒される。勢いよく噴射した血があたりにちらばり、はその血が自分の身体に付着せぬようその場を離れた。
「自殺、なんて無駄なことをするキミじゃあないね。なんのマネだい?」
溢れ出した血溜りに立つピアは喉を押さえ、刀を腰に戻した。口からも血があふれ出し、喉から胃に血が流れればあまりよろしくない状態になることが一目でわかる。は剣を握り治し、何をするのか知らないが、発動する前に首を落とす、とピア目掛けて地を蹴った。
「…っ、と……!!!!?」
しかし、の剣がピアに届くその前に、はすんでのところで止まり、時間を巻き戻したかのように、全く同じ速度で元の位置に戻った。
一瞬戻るのが遅ければ引き裂かれていただろう。
何に?
目の前にいる、ピアの血の固まった獣に、だ。
は眼を細め、体勢を低くした。ピアの飛び散った血液は、いつのまにか集まり、どす黒い塊に変化していた。それらはがピアを攻撃しようとしたその途端、一つの生物の形になり、するどい爪が容赦なくに向けて振り下ろされたのだ。
「うわ、闇の獣の召還、だなんて、魔女の能力てほとんど厨二病まがいなものばっかりだけど…これはその中でもダントツだね!」
「あなたの存在ほどじゃないですよ」
さらりと言い返されては言葉に詰まる。
これもファンタジーたっぷりな魔法の類、などではない。元からマイクロマシンを体内に入れ込み、こうして流血させることで外部での活動をさせているだけに過ぎないだろう。姉、が過冷却水に含ませて水の悪意を作り上げたものが原型である。独立した意思を持ち、それは生き物のように相手を襲う。獣の形をとらせている辺り、なんだかなぁ、とは指を刺して笑いたいが、ピアの切り替えしが何となく嫌なのでそれ以上は突っ込まなかった。
ピアの血は今は止まっているようで、緑の服は見事に真っ赤に染まっているが、死相は生憎見当たらなかった。その手に持った鞭をピシャン、としならせれば、現れた、妙な形の獣が咆哮を上げる。
こちらに向かい敵意露に牙を向く、当然力はあるのだろうが、警戒するその前には確認したいことがあった。
「それワンコ?」
犬とも狼とも似つかぬ、妙なその獣はなんだろうかとは小首を傾げる。四速歩行、それに牙と爪がある。やっぱりこういうときは狼とかが格好いいんじゃなかろうかとが提案すれば、ピアがいやそうに首を振る。
「大将閣下とキャラ被りなんて遠慮しますよ。猿なら考えましたが、絵的に間抜けそうでしょう」
言われては、何かこう、素材だけは赤黒くダークなカンジがするのに、お尻を書いているお猿を想像してしまい、噴出した。
「うん、そうだね。猿はないね、お猿はシリアスぶち壊すね」
なんて言うか、それはビーストマスターというより、猿回しだろう。
さすがに荒野の魔女の力で操っているのがお猿、というのは、なんと言うか、笑える。それはそれで笑い話にはなるが、とは真剣に頷き、そして眼を細めて剣を構える。
「それじゃあそれは、何か犬っぽい妙なもの、でいいね。見たところ耳は大きすぎるし、鬣もあるし、ってそれライオンじゃないの?」
「猫科ですか。それでいきましょう。お行きなさい、ミケ!!」
ピシャン、とピアが使い魔に命じれば、一瞬そのライオンっぽいものは「え」というようにピアを振り返った。
さすがにミケ、という名前はアレだったのかもしれない。
基本的に全体が赤黒い血の塊で出来ているので表情などはわかるはずがないのだが、その雰囲気が「それはちょっと」と訴えている。
「なんです?ミケ。いいじゃないですか、ミケ」
「そうだね、いいじゃないか、ミケ。かわいらしいよ、ミケ」
ピアが淡々と言うもので、もそれに便乗して言ってみる。フルフルとミケの尻尾が震えた。何かこう、いろんなものに耐えているようである。がんばれミケ!とは形ばかりは応援し、そして次の瞬間、後に吹き飛ばされた。
「いっ……力持ちだねぇ、ミケ」
瓦礫に身体を突っ込ませ、何とか勢いをそいだは背中をしたたかに打ちながらも何とか体勢を整えて立ち上がりたかったが、しかし、自分に飛び掛ってきたミケはそのまま容赦なくの肩に噛み付いた。
「ッ!!!!!!!」
剣で斬られるのとも、殴られるとも違う痛みが脳天を突きつける。は歯を食いしばり、ミケの脇腹に剣を付きたてた。しかし血の塊で出来ているだけのミケにそんな攻撃が聞くわけがない。ゴリッ、と骨を砕くほどの咬噛力だ、迷っている時間はない。少しまえの身体なら千切って逃げるという荒業もあったが、今のこの状態でやれば普通に死ねる。いくら幻肢痛と思い込み効果によってある状態っぽくはできるが、本当にあるわけではない。肩から神経を奪われれば、さすがにそこまで再生させるなど不可能である。
「ぼ、くに…!!ぼくに覆いかぶさっていいのはサカズキだけだよ!!!」
「聞きたくありませんよ、そんなこと」
すかさず入ったピアの突っ込みはスルーして、は魚人の力でミケを蹴り飛ばす。先ほどからミケ、と表記しているためシリアスムードが微妙に伝わりにくいが、一応珍しくは必死である。ミケは小さく吼えて空中で見事に体勢を整えると、くるん、とそのまま、まだ起き上がることも出来ないに向けて落下してきた。
は剣を握り、真横に転がると、そのまま剣をスライドさせて落下してきたミケの足を四本とも切り落とす。それが致命的になるとは思っていないが、しかし、それで勢いはそがれた。再生するまでのその時間を利用しては立ち上がり、ミケの首を跳ね飛ばす。
ごろん、と転がる頭部にはわき目も振らず、は大きく息を吐き、残った胴体をそのまま切り捨てた。眼に見れば一直線、ではあるが、素早く、何百にも細切れにしている。
「酷いことしますね。かわいそうじゃないですか、動物虐待は犯罪ですよ」
「正当防衛だよ!動物に戦わせてる君の方が虐待じゃないの!?」
そもそもこれは動物ではないのだが、その辺は考えないようにしよう。
の突っ込みにピアは心底困ったように眉を寄せた。
「あなたに接近戦を挑むなんて命知らずはキキョウだけですよ?嫌ですよ、わたし、斬られたら痛いじゃないですか」
いや、あんたさっき自分で自分の頚動脈斬ってなかったか。
突っ込んではいけない。突っ込みは不可である、はいろいろ我慢することにして、それで気を取り直す。そうこうしているうちに復活し、背後から襲いかかってきたミケの腹を突き刺して、そのまま一本背負いのように投げ飛ばず。
「ぼくは猫より犬派なんだよね。手加減して欲しかったら可愛い犬にしなよ」
ギャン、とミケが瓦礫に埋もれてなんか妙な声を上げた。シーンとそのまま動かぬ様子にピアが「あ」と小さく声を漏らす。
「魔女さん、後ろ」
そうして指を刺す、その先。今度は反対側の肩を噛み付かれた。
「ッ!!」
当然生物ではないのだから気配などない。気付かなかった、というのは自分の慢心ゆえのことであり、は二匹目を潜ませていたピアを卑怯、とは思わなかった。しかし、まさか二匹も作っていたとは、予想外だった。その媒体になっているのが血液ならば、そう多く血を流せるわけもなく、あのミケの大きさならあれ以上は出せぬはずだ。そう頭の隅で判じていたが、しかし、シェイク・S・ピア、人の予想通りに動いたためしがない。
「ぐっ…」
肩から重く圧し掛かる獣に、は膝を突く。振り払いたくとも、先ほどの痛みも含めて腕が上手く動かない。今噛まれていない方の腕はしょせん思い込み効果で「あるんじゃね?」と少しだけ存在率を上げているだけのもの。剣を握って強く払うほどの力はない。
は唇をかみ締め、ぎゅっと眼を閉じた。
獣がうめき声を上げる。それは悲鳴に似ていた。が眼を閉じたその途端、獣の口の中にあったはずの肉が形を変えた、それだけのことだ。
「……十分、バケモノですね」
一目散にから離れた獣を血に戻して体内に入れたピアは、何があったのかを察し、不快そうに眉を寄せた。はゆっくりと立ち上がりながら、身体がギシン、ガチャリ、と軋む音を聞く。
「ぼくも、ノアは一本だけ隠した、なんて言った覚えはないよ」
「悪魔ですか、あなた」
嫌悪するように、ピアははき捨てた。は自分の傷口に眼を落とす。皮一枚の内側には、びっしりと無数の刃がひしめき合って、人の形をしていた。本来肉と血、それに骨があるべき体内である。
「もともと短命だったからね、ノアは。自殺するその一時間前まで、体内の血液を、剣が変化したものに入れ換えたんだよ。いくらあの子でも、時々はコントロールが出来なくて、体内からよく串刺しにされてたみたいだけどね」
「言い換えます、悪魔ですね、あなた」
確定する、という言い回しには肩を竦めて見せた。別に無理強いしたわけではない。ただ、あの子がそうすると選んだだけだ。悪意の剣をその身に受ける。苛まれようがなんだろうが、そんなことは気にしなかった。一本でも多くの武器を持っていれば、パンドラを守れると信じて。
「ちょっと痛いけどね、ぼくを刺したら、牙が折れるよ」
言ってはピアに向けて突進した。素早く回避しようとするその逃げ道に傷口から引き抜いたナイフを飛ばして塞ぎ、そのまま首をはねるために剣を振り上げる。
『あー!!あれは!!!!伝説の大海賊道化のバギー船長では!!!?』
切り落とす、というその瞬間、あたりに響いた、全く持って緊張感のないその声と、そして出された名前にぴたり、との身体が止まる。
『確かにそれはおれだが?』
「……はい?」
やってきましたバカなバギーのバカトーク、と、は瞬時に気付いて、そしてとりあえず、ピアが自分から離れていることに気付いた。
「あら、まぁ。あの道化の海賊さんって命いらないんですか?」
今完全に自分は隙を作ってしまっていたのだが、あっけに取られるのはピアも揃いのようで、珍しく、本当に面白そうに顔をほころばせながら、手に何やらメモを取っている。文士としても活躍している彼女は旅先で仕入れた面白い話や人物を記録しておく癖があるらしかった。
見ればミケも「何だあれ」と、ちょっと引き気味に、中央のモニターを見ている。
『おれが伝説の海賊だってのは、内緒のはずだが?』
『ちょっとキャプテン・バギー!!鼻血出てますよ!!顔拭いて顔!!もう一回、テイク2行きますよ!!!』
……あれは、何をしているんだろう。
はとりあえず剣は持っているものの、完全にこう、状況がわからずぽつーんと、佇んでしまった。いや、まぁ、たぶんこう、例のバギー親衛隊とかがなんかしているんだろうけれど、いや、うん、確かに、映像用の電伝虫を奪ってこちらが主導権を握るというのは、悪いことではないのだけれど。
は処刑台の上でセンゴクが映像を切るように怒鳴っているのが、聞こえずとも態度でわかった。まぁ、うん、そうだろう。
作戦が進まない、というか、なんかあれを流し続けるのは嫌だろう。
バギーたちがなにやらしているのは処刑台からそう離れていない場所のようだ。あそこは海兵が守っていたはずだが、忘れてはいけない、バギー親衛隊、いろいろ突っ込みどころもあるが、かつては世を騒がせた海の強者、犯罪者の集団である。まぁ、通信兵たちの守り程度あっという間に崩されるだろう。
なにやらファンデーションやら反射板やらそろえて本格的な撮影風景になっているその現場を遠目で眺めて、は掌を握り、親指を出した。
「グッジョブ、バギー」
あの子、なんだってあんなにバカなんだろうか。
あそこに居たら、狙われるだろうに。というか、完全にセンゴクの神経を逆撫でしている。テイク2らしいものを流し始めたバギー親衛隊の声に混じり、センゴクの『今すぐ奴らを吹き飛ばせ!!』という、完全に素でキレている声が上がっていた。
本当はちっぽけでどうしようもない小物であるバギーがあのセンゴクを素で怒らせるとは、なかなかたいしたものである。うんうん、とはわが子の成長でも見るかのように感動して、そして剣を振る。ギン、と隙を突いて襲う獣(ミケ)の爪がの剣に弾かれた。くるん、と宙返りをして主であるピアの傍にミケが戻る。
「もう少しバギーを観てたいんだけどね」
「それはわたしも同感ですけど、見てください。あれ」
ひょいっと、ピアが指すその先をも見る。罠ということもない。こういうときのピアは素直である。はモビーディック号のほうへ視線を向け、何がピアの興味を買ったのかわからずに首を傾げた。
「なぁに?」
見たところ、そこにいるのは白ひげだった。息子たちの戦う姿を見守り、そしてすぐに己も挑み行くというその強い姿勢の表れ、堂々としたもの。何か違和感でもあるのか、と眉を寄せる。じっと見ていれば、後方からひとが歩いて白ひげに近づいて来ているようだった。は眼を凝らす。見覚えは、あるような、ないような。だが白ひげが特に警戒していない、その上、海兵の格好ではないので海賊だろう。傘下の海賊の一人か、と思いは思い出した。そうだ、あれは大渦蜘蛛のスクアードという海賊である。新世界の海賊の一人だ。昔ロジャーの船に乗っていたときに、彼の当時の海賊団と戦って、そしてこちらが勝った記憶がある。
そうそう、スクアード、とが思い出して手を叩いた瞬間。
スクアードの抜き身の刀身が白ひげの腹を貫いた。
Fin
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