50号563話02「心臓一つ、人間一人」












スクアードは我が眼を疑った。

これは、どういうことだ?

目の前で繰り広げられる惨劇、いや、惨劇が起こることなどわかっていたではないか。これは戦争だ。

しかし、いや、違うのだ。これは、惨劇、の中でも殺戮と分類するに相応しいこと。


後方傘下の海賊たちは火の海に包まれ、地獄の中で冗談のようにあっけなく死んでいく。


海軍の秘密兵器、パシフィスタの存在は耳に挟んだことがあった。バーソロミューくまの肉体を持ったサイボーグ、その戦闘能力は億超えの海賊一人の実力に匹敵する、と、そう聞いたことがある。それ一体だけでその力、そんなものがずらり、と後方に立ち並び、そしてこちらに向かって挑んできた、その事実。そしてよく見ればわかる。

あの連中が攻撃しているのは、どう見たって、白ひげ海賊団の船員ではなく、その傘下にあるという、海賊たちではないか。


「……ウソだ」


ぽつり、と呟き、スクアードは眼を閉じる。首を振って、耳を押さえ、仲間の悲鳴を聞こえないようにした。その腕を乱暴に取ったのは、未だ立ち去らぬ大将赤犬だ。

スクアードはなりふり構わぬ力で耳を抑えていたというのに、赤犬はまるで抵抗を感じていないようにその腕を取る。


「ウッ…!!!」

「本望か?仲間のために死ねるんじゃァ。売られた事実があるにせよ、死ぬ結果は同じじゃろうがィ」

「黙れ…!!!黙れ!!!」


こんなのはウソだ。
信じてたまるか。

オヤジがおれたちを、息子と言ってくれた、あのひとが自分たちを海軍に売ったなど、そんなことあるわけがない。


だが、これはどう説明すればいい?

なぜ海軍は白ひげ海賊団には手を出さないんだ。

今この目の前にある光景は、どう説明すればいい。


スクアードは唇をかみ締めて、掌を血が滲むほど握った。信じたくなどない。
こんな光景、あるわけがない。だが、どうすれば説明がつく。


(エースはロジャーの息子だった。オヤジはそれを知っていて、エースを自分の後継者に、自分の夢を

託すために、船に乗せたんじゃないか…!!)


「選ぶのは貴様じゃけ、好きにしろ。ここでむざむざ殺されるか、あるいは、わしに協力して利用された

仲間だけでも救うか」

「……」


相変わらず腕を組んだまま、赤犬は淡々と問うてくる。その間にもスクアードの耳には仲間の悲鳴が、断末魔が聞こえてきた。


また、仲間を失う。また、一人ぼっちになるのか。


ぶるっと、スクアードの身体が震えた。一人に、なる。また目の前で大事な仲間が死んでいく。


以前はロジャーの所為で死んだ。今度はその、息子の所為で死ぬのか?


「……なら」


ゆっくりと、スクアードは赤犬を見上げた。表情こそ見えないが、こちらの決意を感じ取っているのだろう。帽子の影になった眼が細くなったようなそんな気がした。

一瞬、スクアードは「これは罠か」とひらめくものがあった。

海軍の口車ではないのか?これは。


「なら、魔女の首も約束しろ」


真偽を図るそのために、スクアードはそう、提案する。


「おれはロジャーを憎むそれと同じくらいに、お前たちの魔女を憎んでる。おれがオヤジを刺したら、テメ

ェは魔女の首を刎ねろ」


忘れもしない。あの青い眼の魔女のこと。


海を行く破滅の女。ひとをひとと思わぬ扱い。あのバケモノのこと。ロジャーの傍らにいたとき、そのおぞましさにスクアードは吐き気さえした。あの魔女、今は海軍にいるのだ。


その首を貰う、とそうスクアードは言った。憎みはしているが、今特別所望しているわけではない。今はオヤジと、そしてエースのことが重要だった。だがしかし、それを出したのは、ひとえに、それが本当かどうか、というのを確かめるためだ。


大将赤犬が「嘆きの魔女」を養護していることは新世界の海賊であれば誰もが知っていることだった。彼女に苦しみを与えるものは赤犬が一切容赦なく殺しつくすと、そう知られている。


それほど大事な魔女と、白ひげの命のどちらを選ぶのか、とそうスクアードは計る。


次の瞬間、スクアードは息が出来なくなった。


「調子に乗るなよ、蛆以下の海賊が」


ゴギッ、と、窒息させることが目的などという生易しいものではない。直接首の骨を折るというその力にスクアードは顔を顰める。酸素が吸えず、足掻く手足をものともせず、赤犬は地を這うような、聞くだけで相手の臓腑をズタズタに切り裂くほどの、殺意の篭った声で続けた。


「貴様の仲間の命を助けちゃるっちゅうんがわしの交換条件じゃろうに、それに追加であれの首を貰い

受けようなんぞ、身の程も弁えんのか?」


殺される。


死など恐ろしくはないとスクアードは思っているが、しかし、今この、赤犬の敵意には恐怖を覚えた。この男は、本気で自分を殺そうとしている。

魔女の話をしているときの赤犬の殺意は本物だった。

考えられるありとあらゆる残虐な方法で、この海兵は、魔女の首を欲した自分を殺すだろう。


その確信は、同時に先ほどの話の信憑性を強くした。

罠やウソの類であれば、ここでスクアードに魔女の首も約束するだろう。だが赤犬はそうはしなかった。そして、そんなことを望むスクアードを殺すことになんの躊躇もない。これがもしも海軍の正式な作戦なら、自分を殺せば影響が出るはずだ。

赤犬ほどの海兵が、私情を挟みそんな暴挙に出るわけがない。


スクアードは赤犬の背後に広がる戦場に視線を飛ばし、そして、ぐっと、眼を閉じた。


それが肯定であるとわかったらしい、赤犬の手がゆっくりとスクアードの首から離れた。












ドS亭主は仕事はします、トカゲさんは仕事をしません









腹部を貫かれるなどどれくらいぶりか。眼を見開きながら、白ひげは頭の隅ではそんなことを考えた。己の身体も随分とかわいらしいものになったとも、思う。そうしてそれは、お前の所為じゃないさ、と、そう、白ひげは言ってやりたかった。誰に?決まっている。今自分の腹を刺した剣の持ち主に、だ。


避けることはできなかったが、しかし、その途端の、息子の顔くらいはわかった。刃を食いしばり、眼を伏せて、一心不乱に、ただ力だけで刺してきた。必死、必死、どうしようもないことを、どうにかしようとして、それでも、本当は、どうすることもできないんだ、と、そう、泣いているような顔をしている。


そんな顔をするんじゃねぇよ。


白ひげは痛かった。

いや、身体のことなんぞどうだっていい。そんなことではない。ただ、その、息子のその顔、スクアードの、もう自分ではどうしようもなくなった感情を必死に必死に、それでも抑えようと、なんとかしようとしている、その、顔が、とても痛々しく思えた。


「……っ」


ずるっと、スクアードが剣を引く。途端血があふれ出して甲板を濡らした。戦闘による己の流血など見るのはどれくらいぶりだろうか。

戦場が静まり返る。

こちらを唖然と見つめるいくつもの視線を感じたが、しかし、白ひげはスクアードの震える身体を、ただ黙ってじっと見つめた。

全身を恐怖に慄かせているではないか。荒く息を吐き、一度眼を閉じる。白ひげは息子の裏切り、などとは欠片も考えなかった。

だからただ、どうした、と、そう、聞くつもりだった。

真夜中に新入りが眠れずにひょっこり起きて来たときに声をかけるような、いつもどおりの言葉を出すつもりだった。


「スクアード!!!!!!!!!!」


だが口を開くその前に、ボッと湧き上がった青い炎がそのままスクアードの頭を床に押し付ける。冷静さを欠かぬマルコの怒声、仲間があいて手加減しようとしているが、それでも加減できなかった力が溢れ、スクアードの服を軽く焼いた。


「なぜ…!!!お前、こんなこと!!!!」

「うるせぇ!!!!こうさせたのはお前らじゃねェか!!!!!!!」


マルコの勢いに負けぬようにとしているのか、スクアードも声を上げる。ブンッと自分の頭を押さえつけるマルコに剣を振り、叫び続けた。


「こんな茶番劇やめちまえよ!!!“白ひげ”!!!!もう海軍と話はついてんだろ!!!!!?」


白ひげはマルコを手で制しなが、スクアードのその言葉に小さく、眉の端を動かした。その動作を動揺と捕らえたらしい、スクアード、奥歯をかみ締め、はんば自棄のようになって、地団駄を踏み頭を振る。


「お前ら“白ひげ海賊団”とエースの命は必ず助かると確約されてんだろ!!!!?」


周囲がどよめく音が白ひげの耳に聞こえた。悲痛なスクアードの叫び、信じていない、というわけではなさそうだ。すっかり信じ込んで、どうすればいいのかわからぬながら、なんとかこれと決めて、それでも、まだ、迷う、戸惑うその心、それをなぎ払うために叫んでいるように白ひげには思えた。


「おれたちは罠にかけられたんだよ!!!」


困惑する傘下の海賊たちに応えるように、スクアードはくるりと身を返して叫び、そしてまた白ひげを、睨みつけてきた。スクアードのこんな眼が自分に向けられたのは、出会った当初以来である。


「おれァ…知らなかった!!!エースがあのゴールド・ロジャーの息子だったなんて、知らなかっ

た!!!」








+++








「え、おれも知らなかったんだけど」


手ごろな海賊を蹴り飛ばして頭を打ちぬいたトカゲ、なにやら持ち上がる舞台上、いえいえ、モビーディック号そちらにて現在いろいろ修羅場真っ只中のほうに顔を向けてぽつり、と呟く。


さすがにこの事態に戦場は動揺を広げ、海軍は勢いを増し、そして海賊たちは己の信じる旗に、染みがついているかもしれないと、そんなことに慄く。


ちらり、とトカゲは自分の近くにいるクロコダイルを伺った。白ひげが刺されてから、あの男の攻撃の手は止まっている。唖然と、そして、何か口惜しい光景でも見るように、ギギッと歯を食いしばってモビーディック号の方を睨んでいる。


そんな素敵クロ子さんの情報はさておいて、と、トカゲは気を取り直して、自分の真横に現れた海賊を張り飛ばし、足蹴にしてから腹を撃つ。この外道、ともっともな評価が聞こえたが、しかし、外道というな、正当防衛だ、とトカゲは心底開き直っていた。


「それにしても、エースが、え、何だ?あのロジャーの息子だったのか?」


何そのドッキリネタ、とトカゲは一人情報に取り残されたことに不満を覚え、八つ当たりのようにその辺を撃った。運悪くあちこち当たったが、それは気にしない方向でいきたい。


ロジャー、ロジャー、あの、ロジャーの息子。

いたのか?

そして、それがエース、と、そのことがトカゲには驚きだ。

てっきり、あの血は耐えたものと、そして、え、エースとルフィは実の兄弟ではなかったのか、という両方の驚き。

いや、ロジャーの子にしろ、ドラゴンの子にしろ、面倒くさい親で気の毒に!という点に変わりはない。


モビーディックの上では、ロンゲなのかハゲなのか判断につかぬような頭をした、スクアードという海賊が必死に何かを叫んでいた。トカゲの耳にはっきりと聞こえる言葉は途切れ途切れだが、しかし、どうも、どうやら、白ひげは海軍と密約をしてエースと自分の仲間(白ひげ海賊団)の命を保証する引き換えに、傘下の海賊たちの身を売ったと、そういう話だ。


なるほど、とトカゲは納得したように手を叩いた。


確かに、あぁ、確かに今現在、くまもどき、じゃなかったパシフィスタの攻撃はどういうわけか、白ひげ参加の海賊たちに向けられているだけではないか。


「ふ、ふふふ、ばからしい。どんな奇跡だよ?エドワード・ニューゲートが仲間を売る、なんて展開はお

れが赤旗に振られるくらいありえない」


ぴしゃり、と言い放ち、トカゲは銃を構えて海兵を売った。


「!!!!?トカゲ中佐!!!!?」


肩を打ちぬかれた海兵が驚愕に眼を見開き、膝を付く。

唖然としてトカゲの階級を呼び、それに気付いた周囲の海兵たちが、そろってトカゲに武器を向けた。流れ弾、と判断せず即座に裏切りと処理するあたり、このあたりの海兵は赤犬の指揮下か?とトカゲはにやにや笑いを浮かべる。


「どちらがどちら、なんてこのおれにはどうでもいいことなんだがなァ、おい、生きていればセンゴクに伝

えろよ?ふ、ふふ、おれはな、こういう姦計が大嫌いなんだよ」


銃声は一発のみだったが、しかし、倒れたのは七人だった。

トカゲはフッと銃口に息を吹き「おれって早打ちキッド?」と冗談めかしながらも、その青い眼を次に来る海兵に向け、射程範囲に入った途端、狙いを悟られぬよう己の視界を帽子で隠し、引き金を引いた。


ダン、と倒れる死体、死体、死体。


裏切り者だなんだと叫ぶ声は聞こえるが、そんなものに気を取られいちいち罪悪感、羞恥心なんぞ持っていれば魔女なんてやっていられない。トカゲは帽子を被りなおし、ブーツのかかとを合わせるため、カツン、と蹴ってから、警戒しこちらを囲む海兵たちをぐるりと見渡す。背筋を伸ばし、フン、と胸を張ってふんぞり返りながら、トカゲは目を細める。


「おれに正義や道徳、信念なんて求めるんじゃあないよ。気に入るか、気に入らないかで生きてる女だ

ぞ?」


言い切れば周囲の海兵が「うわ」とドン引く声が上がった。将校らしい海兵はそんな兵士を叱責し、剣を抜いてこちらに挑んでくる。


「ふ、ふふふ、おれは接近戦が苦手でな。特に殿方がお相手だと。どう考えても恐ろしい」


こちらに斬りかかってきた海兵が、ずさり、とその場に沈み込んだ。

少将!!!と兵士たちが声を上げるが、今トカゲがどう、将校を沈めたのかわかっているため、各々顔を真っ白にして、一歩後ずさっている。


「な?」


そんな周囲に、トカゲはいっそ気色悪いほど穏やかな笑顔を向ける。先ほど、少将の股間を蹴り上げた体制のまま。


「生きて男でいたいのならおれに喧嘩を売るんじゃァないよ」

「ト、トカゲ中佐!!!!」


とりあえず白ひげの味方をする気はないが、海軍の味方をしているのが気に入らなくなったトカゲ、気が済むまで海兵フルボッコ、と決意している、その物騒彼女の目の前に、立ちはだかる海兵。


「ぅん?」


身長が自分よりも小さい男の股間を蹴るのは面倒だ、とそんなことを思いながらトカゲがその海兵に顔を向けると、こちらに睨まれてガタガタと身体を震わせている、薄紫色の髪の青年。


「おや、確かガープのところのコビメッポ」

「コ、コビーです!!!」

「そうそう、それ」


ぽん、と、手を叩いてトカゲは面識があるようでないような、けれど皆無、ではない青年海兵を見下ろし、頷く。

お笑いコンビ・コビメッポの突っ込み担当、ではなくて、ガープがイーストブルーから拾ってきた志の高い青年だ。

見ればヘルメッポの姿もある。コビーのように堂々とこちらに出ては来ていないが、周囲の根性のない海兵たちよりは近くにいる。確かこの二人の面倒をボガートという将校が見させられているはずだが、さすがにこの戦場でまでお守り、はしていないのか見当たらなかった。


「なんだ?卿は童貞だろう?早まるなよ?」

「そ、そういう話を女性がするのはどうかと思いますが…!!!って、違います!!トカゲ中佐!!裏

切るんですか!!!?」


なんだか微笑ましい前振りはさておいて、言われた後半にトカゲはおや、と眉を跳ねさせる。


「だったらなんだ?卿がこのおれを倒すのか?」

「そんな力僕にはありません!!説得して、一緒に戦って頂きます!!!あなたほどの方が海軍の味

方なら心強いんです!!!」


周囲の海兵が必死に「トカゲが仲間になる=爆破時間未定の爆弾を抱えるものだ!!」と訴えているが、必死なコビーの眼には映らない。


善意、だけで言っているというわけでもなかろうとトカゲは察する。何か怯えているような、そんな色が真っ直ぐな瞳の中に入っていた。

己の知っている者が失われることへの恐怖。戦死に、ではないだろう。裏切り者として始末される、そのことを怯えていると、トカゲは気付いた。何かいやなものでも見たのか。そうとはわかるが、しかし、それでこちらが顧みる理由もない。


トカゲはぽん、と、コビーの頭を叩き、その顎を指で掴んで引き寄せる。


「卿、に伝言を頼まれていなかったか?」


周囲に言葉を聞かれぬように、トカゲはそっと耳元でささやく。顔を真っ赤にさせながら、コビーは眼を見開き、トカゲを見つめる。


「な、どうして、」

「このおれの素敵冴え渡る女の勘」


気の毒なことに、この若い海兵は「トカゲの言動8割が戯言」という、将校であれば常識となっている言葉を知らなかった。その為感心したように「そうなんですか!」と頷く。その素直さ。うんうん、からかいがいが逆にない、とトカゲは身勝手な感想を抱く。


「で、何を頼まれた?」

「た、ただ、一言だけです」


まぁ、そうだろう、とトカゲは頷き、生きろとか?愛しているとかそういうなんか少女マンガ的なくっだらない言葉だったら鼻で笑い飛ばしてやると心に決め、コビーに続きを促した。


「い、言えません」

「処刑台より高く蹴り飛ばすぞ」

「絶対、言えません!!」


脅しても必死に頭を振る。隠されると尚更気になるのは人の常というか野次馬根性というもの。しかし、バカッポー発言とかだったら嫌だなぁ、とも思う。あれか?「サカズキはかっこいいよね☆」とか?そんなのコビーは伝言とはいえ言いたくないだろう。


だがしかし、トカゲとてただの興味本位で聞こうとしているわけでもない。

なにやらピアたちの集団リンチでの様子、というか、気配がすっかりきっかり変わっているが、しかし、一度覚悟した死について、がどうするつもりなのか、それを知っておきたかったのだ。


こちらにはクロ子ダイルが持って来た砂時計があるとはいえ、何がどう、という情報は欲しいもの。


トカゲは少し本気の威嚇をコビーにしてみた。元来は気の弱いところのある青年、すぐに目じりに涙が浮かび、しかし、首を振る。


「い、言いません!!絶対!!そういう大事なことは自分の口から言うべきだって、さんにも言ったんで

すから!!!!」


だから絶対に自分は言わない、と、そう強く言うコビーに、トカゲは毒気を抜かれて、どさり、とその身体を離してやった。


トカゲ、気に入らないことはとことん容赦なく、自分の我侭、気を押し通す。今まで容赦をしたことはほとんどないのだが、しかし、今、本当に(周囲には「奇跡!!?」と慄かれているくらい)珍しく、コビーのこの言い分を、聞いた。


あと、何となくそのの伝言とやらにバカッポーの匂いを感じ取ったからでもある。やっぱいいや、聞きたくない、と神経の拒絶反応。お前らここ戦場だってわかっているのか、とそのうち突っ込まなければならないような事態になるのかと、トカゲはすごく嫌な気分になった。たぶん違うと期待したい。


落下したコビーは尻持ちをつき、慌てて助けに入ったヘルメッポにずるずると引きずられていく。だらん、と腕を下げたトカゲを好機と奇特な発想をしたのか、銃弾やら何やらがこちらに向かってやってくるが、トカゲはひょいっとデッキブラシを取り出して上空に浮かび上がると、そのまま乱暴にダンダンダン、と威嚇射撃程度の意味でその辺を撃ってみた。海兵だけではなく海賊にも当たっているが、海賊の味方をしているわけでもないので構わないだろう。


ふと、トカゲは自分がこんな漫才じみたことをしている間に、モビーティック号はどうなっているのか、と改めて思い出す。


白ひげの裏切り疑惑で動揺した傘下の海賊たちは、パシフィスタに追い詰められていっているようだった。オヤジ!!オヤジ!!と叫ぶ声が爆音に消えていく。


刺された部分を押さえ、息を荒くしながら、白ひげがゆっくりと口を開いた。



『青キジ!!!!』



白ひげの声を掻き消すように、センゴクの叫ぶ声が鋭く響く、と、その途端、トカゲの背後、処刑台から冷気が飛び出した。





+++






咄嗟に誰かに突き飛ばされて、バギーは壁に激突した。何を、と怒気を露に振り返れば、先ほどまでてんやわんやとしていた、インペルダウン囚人たちの姿はない。いや、姿かたち、はある。皆恐怖に慄く姿で氷のオブジェと化していた。

これは誰の仕業だ、それに、自分を突き飛ばしたのは誰だ、とバギーは思う。その答えはすぐにわかった。


「コラコラ、ダメでしょ、、大将の仕事の邪魔しちゃ」

「おや、ぼくの我侭な振る舞いには慣れてるだろ?クザンくん」


ギン、ギン、と、金属がぶつかり合う音が目の前で響く。


…!!?」


正義のコートを半分凍り付かせ、手には凍りの鋭いサーベルを持った大将、青キジ、それに対しているのは赤い髪の燃えるような、だ。バギーは呆然と彼女の名を呼び、そして目の前で起きている、目に追うこともできない攻防に腰を抜かした。


「映像用の電伝虫は凍らせたよね、ならバギーみたいな小物くらい放っておいてくれる心の広さはない

の?」

ちゃんがメイド服とネコ耳つけて可愛く「ご主人様お願い」とか上目遣いに言ってくれたら考えるよ」


次の瞬間の細剣が青雉の腕を切り落とした。パキィン、と凍りの塊はさしたるダメージもなく、そのまま割れて、パキパキと青雉の腕は元に戻る。


「クザンくん真面目に戦いなよ」

「って、おれが本気でやったらちゃん死ぬよ?悪いけど」


の一撃は剣豪であれば思わず唸る技術があったが、しかし、青雉はさほど脅威とは感じていないらしかった。それも当然、確かにの今の剣術は、同じ刃物を使うバギーの眼にも明らかなほど、一流以上のものがある。しかし、ここはグランドライン、海軍本部だ。鷹の眼がバギーを殺せないように、ただの剣を使っているだけのに、青雉は倒せない。そして、何よりバギーが気にかかったのは本来傷を負ってもすぐに治る筈であるの身体から、未だ生々しい鮮血が滴っていることだ。


が死ぬんじゃないかと、そんな恐ろしい予感がバギーの背を駆け抜けた。そんなことはあってはならない。先ほど、再会したときに、死亡フラグのような発言をしたを思い出す。バギーはガタガタと、青雉の冷気と、強さで震える自分の身体を打った。


「ま、待ちやがれ青キジ!!!!」


掠れるような声、ではあった前半、だがしかし、名前だけははっきり叫べた。


バギーは何とか立ち上がって、青雉のサーベルを叩き折り剣の腕だけなら上位に立つものの、それでも、圧倒的に不利な状況に見える、の腕を引いて、自分の後ろに庇った。何が起こったかわからず、がきょとん、と顔を幼くするが、青キジは眼を細めて、バギーを見下ろした。


「お、お、おれの魔女に手ぇ出すんじゃねぇよ!!!!!」



ガタガタと震える足を隠す余裕もなく、バギーなんとかそれだけ叫んだ。









Fin




・次回「煌けバギー」お楽しみに。←