「なぁ、おつるさん、なんで俺じゃねェんだろうな」
行きたいのに行ったらいけないんだろうかと、悩んでいるドフラミンゴの姿というのは珍しい。
おつるは目を細めて、孫か何かがいたのなら、こんな気持ちになるのだろうかと思った。この戦場で、それはもう、酷い有様をこの男はあっさり作りだしている。人の命をなんとも思っていない、いや、利用できるかできないか、という悪魔か外道かのような考えしかできない男だ。海賊であるのだから仕方ない、といえばそれまでだけれど、しかし、それでも今こうして目の前で、を案じているドフラミンゴのその姿は、おつるにとっては、新米の海兵が迷子になって困っている、その様子と大差ないように思えるのだ。おそらく、ドフラミンゴはに似ている。酷いことを酷いと知ってはいるものの、それでもなぜやってはいけないのか根本的なところで理解出来ていない、虫の羽をもぐこと児戯と思っている子どもの残酷さがあった。それがおぞましいもので嫌悪されるべきもの、かどうかという判断が生憎おつるにはつきかねている。正義悪の分別で言えば間違いなく後者であろうが、しかし、の事に対してドフラミンゴが何かしら思う事は、別段悪いことではないはずだ。
「運命、ってわけじゃないんだよ」
じっと、のいるだろう方向に顔を向けているドフラミンゴ。シェイク・S・ピアたちがを嬲っている。酷いことをしている。それでも助けに入ることはできないと、そう言った次の瞬間、赤犬の行動。おつるは素直に呆れ、ドフラミンゴは、これはこの男にはめったにないことだろうが、敗北感を、味あわされてしまったらしい。
赤犬とのこと。首を突っ込む方がバカらしいことなのに、それでもこの子は諦めなかった。それはおつるも良く知っている。どう考えたって、とサカズキ、あの二人の間に入るのは無理だろうに、ドフラミンゴは諦めない。今だって、そうだったのに。
それ以上に、他を一切考えず、とにかく、ただひたすら開き直ってを「自分のもの」だと公言してはばからぬ、赤犬サカズキ。
おつるはゆっくりと口を開いた。暖炉の前で冬に遊びにきた孫にでも話すような口調だ。
「運命だった、なんてそういう決まり事はないさ。あの二人は、正直なところ、お互い、お互いでなくともよかったんだ」
自分だって、のこと、魔女のことなどまるでわからない。わからないままの方がいいことだという一つの真理だと思っている。そこに踏み込めばどうなるのか、そんな冒険をするよりもおつるはやらねばならぬことが多くあった。だからおつるはこれまでのこと、サカズキのこと、そしてドフラミンゴのことを傍観していた。
けれど今、外道なことばかりしている極悪非道の男が、捨て犬のように、選ばれなかった事実をゆっくりと受け入れてしまっている、その事実に、初めて、妙な心が湧いていくる。
「偶然だよ。偶然、に約束をしたのが赤犬だった。ただ偶然、20年以上を傍から放さなかった最初の男だった。そしてただ偶然、がして欲しいことをしただけさ」
ドフラミンゴはを本当に好いているのだろう。それはおつるの目には明らかだ。最初は何の気まぐれ、冗談かと思っていた。あの外道な男が一人の娘を愛するなど、と何か企んでいるんじゃないかとセンゴクとあれこれ話をしたこともあった。
けれど、この数年、それが本当だということをおつるはしっかり、気付いてしまった。もうその頃には、とサカズキの、奇妙な関係が出来上がっていたというのに。
「運命なんてこの世界にはないよ。ドフラミンゴ。あるのは偶然と、それに人が選ぶその過程の葛藤や決意さ。努力をする、考えるから、進むんだ。運命、必然なんて言葉で片付けちまったら、それはそのものにとっての最大の侮辱だろうね」
どうこうしよう、というわけではない。だがしかし、なぜか、今、不意に、おつるはドフラミンゴを応援してやりたくなっていた。頭の良い子だから、いつも、道理を取って、当然だという結果を先に見つけて、諦めるところがドフラミンゴにはある。口ではひょうひょうとしていながらも、海賊業やら何やらでは強引なところがあるくせに、それでも、のことに関しては諦めがいい、のがドフラミンゴだった。諦めていないのは好きだという心だけで、それ以外を、聞き分け良く諦めている。
にはサカズキしかあり得ないのか、とドフラミンゴが頭の中で受け入れようとしているのがわかった。おつるは、別にそれを止める必要などない。だがしかし、今この目の前にいる、置いて行かれたような表情をしているドフラミンゴが、おつるを妙な気にさせた。
「いつだって、選ぶのは女の方だ。だから男は、自分が選ばれるように努力する。アンタはもう精一杯、これ以上やることがないっていうくらい、に自分を選んでもらえるように努力したのかい?」
頭でも撫でてやろうと思ったが、生憎とおつるには手が届かなかった。溜息ひとつ、ただぽん、と体を叩いてやれば、少年のような顔をしてドフラミンゴはおつるから顔を背けた。
今、白ひげ刺されたんだけど、話がズレてませんか?
「お、おれの魔女に手ェ出すんじゃねぇ!!!」
ガクガクと足を震わせながらも両手を伸ばしてを庇うその姿に、クザンは呆れ、ぽりぽりを頭をかいた。その背後ではがびっくりと、真っ赤に染まった目を見開いて、そしてぽっと、顔を赤くした。
え、なにちゃん、そこトキめくの?
なんだか釈然としないものがあるが、髪や背が伸びて、クザンが知っているとは少し変わってしまった彼女の、その、乙女(笑うところ)のようなその仕草はなんだかクザンはほっとさせた。それで、ガタガタ震え、それでも両手に持ったナイフを構えるその道化の海賊、はバギーとそう呼んでいた男を睨みつける。
「さっきから色々楽しいことしてるみたいだけどさ、さすがに笑って許せるレベルとマヂ切れするレベルくらいの区別は付けとけよ」
声を低くして本気の脅しをかければ道化のバギーは声にならぬ悲鳴を上げた。目には涙、鼻からは鼻水と、全くもって見苦しい。それでも、ガグガグ震えるその体、クザンなどからみれば小さい体だが、そんなナリで必死にを庇ってはいる。
「バギー、きみ何を馬鹿なことを、」
「う、うるせェこのハデ馬鹿野郎が!!!た、大将なんかにこの俺様が負けるわけねェだろ!!」
「いや、どう考えても君じゃぁ役不足だよ?命知らずだよ?」
はでバギーに道理を説いているのだが、それが聞き入られることはない。困ったような、けれどどこか嬉しそうなその様子にムッとクザンは腹が立つ。
おれやサカズキに頼らないのに、そんなのに頼るってどういうこと?と、そう子供じみた嫉妬のような、しかし一歩前に踏み出せば、バギーの体がさらに震えた。こちらの力がどれほどかまるで分らぬ、というほど愚か者ということでもないらしい。だがしかし、それでもを守ろうという、その心意気だけは立派だが。意思だけでを守れる、うんぬんがあるのなら、これまで誰も悔しい思いをしはしなかった。
「バギー、おどきよ!君じゃ、無理だよ!!」
クザンの本気を感じ取ったが若干顔を青くして男の背を叩く。しかし道化の海賊は必死に首を振った。
「バカかお前、バカか!!俺は、お前が死ぬなんて展開は認めねぇからな!!お前は、お前は船長の魔女じゃねェか、お前は、お前は、お前が死んだら、俺がさびしいじゃねぇか!!!!」
「バギー」
「黙れよ!黙れってんだ!お前は俺様が守ってやるから、だから、だから死ぬなんて言うんじゃねぇよ!!!」
ぶんっ、と怒鳴ることで体の硬直状態をなんとかしたのか、道化の男、乱暴に腕を振ってクザンにナイフを投げてくる。刺さっても利くわけではないのだが、同じく当たってやるのも癪だったのでクザンはひょいっとナイフを避ける。そこへ頭上から、道化の男が落下してきた。クザンは腕でその足を掴み、パキパキと凍らせるが、完全に凍るその前に、クザンの腕を肩からざっくりと切り落として、が救出した。
「ほら、君には過ぎた相手だよ!!さっさとお逃げ!」
はクザンと自分の間に剣で線を引き、後ろ手に庇った道化の男に乱暴に告げる。
「おれとやり合うの?ちゃん。お仕置きされたい?」
「小物を逃がすくらいはぼくのいつものわがまま、気まぐれの延長線で処理してくれるよね」
「そんなに大事なんだ?そんなのが?」
「そうだね、バギーは小物だよ。どうしようもなく弱虫で小賢しくて、みっともない子だ。だからこそ、愛しいのさ」
はっきり言うにクザンは眉を寄せる。時折は妙なものの子を好きになる。水の都のパウリーとかいう船大工を大事にしていたり、できの悪い不良の子供をやけにかわいがったりする。そこにあるのは母性なのか、それとも魔女の気まぐれか、それはクザンにはわからないのだけれど、今回のこの海賊も、結局のところはそういうことなのだろうか。
別に、この海賊を殺すうんぬん、クザンは興味がないと言えばない。どちらかといえば、を今すぐサカズキのところに連れ戻して、いつも通り、サカズキの傍にはがいて、どんな状況でもは眉ひとつ動かさず、ただサカズキの隣にいて毒だか魔女の悪意だかわからないことを言ってくれていればよかった。
じっと睨みつけてくるの真っ赤な目、クザンに対しての敵意、は実際のところはないようだった。先ほどから見る限り、の剣の技術はクザンを圧倒している。それでもは、ただ純粋な剣の技術しか向けてこなかった。魔女は覇気を使えない、としても、それでもおそらく、ならクザンを殺す方法をまるで知らないわけではないのだろう。
クザンは若干顔を顰めて、小さく舌打ちをした。に剣の技術があった、という事実など知らない。いや、これまではは剣を扱えなかったはずだ。だからこそせめて護身程度はと以前鷹の目が直接手ほどきをし、サカズキと軽い騒動に発展したのではないか。が使えなかったフリをしていたということは考えられない。
(おれだけ仲間はずれ?悲しいねぇ)
のこと、魔女のこと、自分は殆ど何も知らない。知らないことが多すぎて、今も一人置いてけぼりを食らっている。それでもクザンはをこのまま失うなどいやだった。自分が知っているが、あっさりと変わっていって、何もかも、なかったようにされてしまう、そんなことは嫌だった。
(困るんだよ。ちゃんが、明日も明後日も、一年後も、ずっとサカズキと一緒にいてくれないと)
不変のものなどなにもない。命など失われてしまうのが当然、それを、海兵なんてやっていれば毎日のように突きつけられる。クザンが親しくした人間は、クザンより弱いので戦場に出れば失う。海兵でクザンが何の心配もないと思えるのはサカズキくらいだ。サカズキには危うさがない。絶対に殺されることがない、いなくなることがなく、20年以上前からずっと変わらず、クザンと共に海兵であり続けた。良くも悪くも、サカズキは昔からずっと、あぁで、だからクザンは安心できた。
それにが加わった。二人の関係は、それは確かに当人たちの気付かぬところでは少しずつ変わっていっていたが、クザンはそれを眺め、そして巻き込まれることが、楽しかった。
がいなくなったら、困る。
「強いねぇ、ちゃん」
ギンッ、とクザンが足を狙った剣筋をは柄で捉え、そのまま刃をピタリ、とクザンの首筋に充てた。そのまま貫けぬ、わけでもないがはそうはしない。
「ぼくになんて構っていないで戦場に戻ったらどうだい?大将青キジ」
「戻るならちゃんも連れてくよ」
もちろんサカズキの隣に、と言えばの瞳がわずかに揺れた。動揺、ではなくて、心底嫌がっている顔である。
そう言えば、先ほどがシェイク・S・ピアたちにリンチされているその状況にて、サカズキがKYにもドS亭主宣言しまくっていたことを思い出す。
うん、確かにあんなことされた後だったら帰りたくない気持ちもわかるかもしれない。
「!!逃げるってんならお前も来るんだろな!!!?」
思わずに同情するクザン、そこへ道化の海賊の叫び声がかかった。片足を凍らせられても、まだ一人で逃げないらしい。をすがるように見ている、その目。クザンはなんだか気に入らなかった。
なんであきらめないのか。どう考えたって、自分との実力差ははっきりしている。そのうえ、当人が足手まといだということに気づかないのか。一人で逃げるのならクザンは別段追う気はなかった。そうしたら、あとはゆっくりを説得すればいいだけだ。だがしかし、この男がこの場から消えないから、はクザンに剣を向ける。
「!!!バギー!!!!お逃げ!!!!」
クザンが小さくため息を吐いた、その途端、感じ取ったらしいが慌てて振り返り道化の男に忠告するが、しかし、間に合うはずもない。クザンが本気で飛ばした氷棘が道化の海賊の身を貫いた。
「ギャ、ァアアアアア」
叫び声も最後までは響かない。パキパキと音を立てて氷の中へ閉じ込められていくその姿、が駆け寄ろうとしたのでクザンはその腕を掴む。
「コラコラ、巻き込まれちゃうでしょうが」
「クザンくん!!!放してよ!」
きつくが腕を動かしてくる。にしては強すぎる力だったのでクザンも負け時と力を込めた。そんな一瞬のやりとりの間に、氷のオブジェが出来上がる。
「バギー…!!!」
髪を揺らして、がもう一度その海賊の名を呼んだ。完全に沈黙するその海賊を唖然と見つめるの旋毛に目を落としながら、クザンはぽつり、と呟く。
「あれ割ったりしないから、俺と一緒に来てくれる?ちゃん」
外道なことをクザンが言った、その次の瞬間、それはもう見事に、クザンが蹴り飛ばされた。殺意はないが、しっかりと敵意はあった。
吹っ飛ぶ体を氷に変えて抑えて、クザンは自分を蹴り飛ばした相手を睨む。
「おいおい、七武海が大将に蹴り入れちゃ、問題でしょ」
今本気で気配しなかったぞ、と溜息を吐きたくなる。こんなことで本気モードになるんじゃねぇ、頼むから、と言いたいが、しかし、ちょっと外道なこと言って一瞬の目に涙でも浮かんだら自分も同じことをしたかもしれない、とは思う。
どこからともなく(いや、本当どこから?)現れたのは、ドピンクのふっさふさコート愛用、金髪に長身というのはポイントが高い筈なのにチンピラの王者の風格(悪口)という点が見事に評価を下げている、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
「すっかり忘れていたよ。君はぼくの共犯者だったね、ドフラミンゴ」
「フッフフフッフフフ、捨て駒扱いされんじゃねぇかって心配だったんでよ、直接来ちまったぜ」
出ました。めげない挫けない傷つかない、のハデ鳥バカ鳥アホウ鳥。と遭遇してはあっさり消えていくこの男。当然のようにをひょいっと抱き上げている。放せその手を、とクザンは突っ込みを入れたが、無視された。
「てっきりもう出てこないと思ってたよ」
「フッフッフ、フッフッフッフフフフフフ」
おや、と少しは驚いているらしいがぼんやりと言えば、ドフラミンゴ、その妙な笑い声をやたらと長引かせる。なにやら本当に上機嫌というその様子。トカゲがノッリノリな時の笑い方に似ている。
なんだか嫌な予感がした、その次の瞬間、ドフラミンゴはの手を握りじっと顔を覗き込んだ。
「好きだ」
「はい?」
きっぱり、はっきり、と、それだけ短く言うドフラミンゴ。は素直に驚き、クザンはとりあえず凍らせてやろうかと一歩踏み込むが、一拍して言葉の意味を判じたらしいが困ったように眉を寄せた。
「知ってるよ?」
「お前が思う以上におれはお前が好きだ。お前が誰だろうと、んなことはもうどうでもいい。お前の秘密やらなにやらも、知らなきゃお前を愛せねぇなんて決まりはねぇんだろ?なぁ、、おれはどう考えても、やっぱりお前が好きなんだよ」
ぎゅっとの小さな手を握り、真剣にいうその姿。大きな図体をに合わせてちょこん、と小さくしている。はびっくりしているのか、それとも呆れているのかわからないような、ただ目を丸くして、ぱちり、と二度ほど瞬きをしてから、ドフラミンゴの顔を見上げる。
「諦めたと思ったけど」
「俺がお前を諦めるかよ。おつるさんにも助言してもらったしな」
「どんな助言か気になるねぇ」
「さすがおつるさんは良い事を言うぜ?」
なんだか自信満々に言う、その姿。なんだか色々落ち込んだりとかしていたのだろうか。クザンはその辺は自分と同じとシンパシーも感じる。基本的に、のことはサカズキ以外は完全に部外者、疎外感と劣等感から抜け出せないのだ。だがしかし、今のそのドフラミンゴには妙な開き直り感というか、自信があった。おつるさんが助言と言っていたから、何か外道な開き直りではないだろうが、サカズキを応援し隊のクザンとしては気になる。
「ぼくに、好きになって欲しいの?」
「お前の気持ち何ざ関係ねぇ。おれがお前を好きだって事がはっきりすりゃ、それでいい」
「なぁに、その開き直り」
言い切るドフラミンゴを、が面白そうに眺めた。ころころと喉を震わせて猫のように笑い、ゆっくりと息を吐く。
「こっちの鳥はいいとして、ねぇ、クザンくん大丈夫?」
本気で心配してくれているわけではないだろうが、その声には敵意がなかった。道化の男を凍らせたことに対して、てっきり何か恨み事でも言われるかと思ったが、そんな様子がない。うん?とクザンは眉を寄せる。大事、大事というその心は本当だろうが、しかし、クザンが凍らせた以上、もう手出しをするつもりはないようだ。その辺がの人とは違う価値観である。ここでクザンが氷を割ったら怒るだろうが、手出しをしなければ、もう構わないのだろう。
「ちゃんが俺と一緒にサカズキのところまで来てくれたら嬉しいんだけどね」
ここでドフラミンゴとドンパチする気はない。一応、今白ひげがスクアードに刺されてうんぬんかんぬん、という状況になっているのだ。あまりここで時間を食っているわけにもいかぬ。目的である映像を止めることはできたのだから、自分は処刑台に戻るべきだ。もうじき包囲壁か作動して、サカズキの攻撃が辺りを襲う。ここは多分大丈夫だろうけれど、は火が怖いのだから、これから起こることを見させるわけにはいかない。
はドフラミンゴからひょいっと飛び降りて、落としていた剣を手に取りそれを鞘に納めてから観念したように息を吐く。
「できればサカズキには会いたくないんだよね」
「まさか本気でドフラミンゴラブ!!?」
あり得ないと思いつつ、自分で言った言葉にクザンは慄いた。そんな展開になったら、正直自分は荒れるかもしれない。サカズキならまだなんとか許せるがドフラミンゴはない。本当にない。
「まさか、ぼくはサカズキが好きだよ」
「…はい?」
あっさり言われたその言葉。
これまでどれほど長い間あの二人が、それはもう周囲に「結婚しちまえよお前ら!!」と突っ込まれるような見事なすれ違いっぷりをしていたか。それなのに、今、はその事実を、あまりにもあっさりと肯定した。
「え?ちょ、え?」
「聞こえなかったのかい?ぼくはサカズキが好きだよ」
あまりにあっさりとした顔でが言う。が、その言葉の響きは「リンゴが好き」というたんぱくなものではない。きちんと、感情をこめ、そして自覚している、言葉だ。
こんなに、あっさりしてていいのか、とクザンは妙な居心地の悪さを覚える。なんかこう、もっと、がサカズキを「すき」だというその時は、その、一番最初のその時は、もっと、こう、神聖な状況や、奇跡でも起きているかのような、そんな、特別な時であるべきだと思っていたのだが。今、この状況で、この、自分がそれを聞いているという、その事実がクザンには、妙に、なんというか、納得できない。
「本気で言ってんの?」
「困ったことにどこまでも本気なんだよ。いやだよね、クザンくん、ぼくはね昔のこととかいろいろ思い出して、やらなきゃならないこととかたくさんあって、自分のこれからもしっかりわかっているのに、それでも、サカズキが好きっていう気持ちが消えないんだよ?」
ふぅ、とは諦めたように溜息を吐く。それで傍にいる、まだ無言だったドフラミンゴを見上げた。
「それでもまだ、ぼくを好きだと開き直れるかい?ドフラミンゴ」
+++
こちらを見上げてくる真っ赤な目を見つめ返して、ドフラミンゴは肩を竦める。それはもう、当然だろう。の心には常に赤犬がいる。どうしようもないことだ。それがなきゃじゃなくなるとさえ思えば、もうその辺についてどうこうしようなどとは思わない。
自分を好きだなんだと本気の顔をして嘘をつかれるより、今のこの諦めたような肯定の方がまだマシだった。
「そんな程度の障害でおれが諦める理由になんのか?」
まるで嫉妬を感じぬなどということはないが、それでも、そんなことを分かった上でそれでもが好きだと自分で認めてしまっているのだ。そんな程度、という心に虚勢はない。言えばが顔をしかめる。それで一度目を伏せた。伸びた髪の色と似ている、山茶花のような睫毛が白い頬に影を落とす。馴染んだ幼女の体、というわけではないが、ドフラミンゴは今はっきりと、こうして目の前にいる生き物はなのだと理解した。何がどうあって、どうなっているのか、それはやはり分からないのだけれど、今、目の前にいて、自分の言葉を聞いているのは、紛れもなくだ。
力いっぱい抱きしめれば折れるだろう細い体も、引き寄せれば逃げようとするだろう。そういう、逃げ癖のあるだろうところもそのままとわかる。せめて口づけでもしてやろうかとおとがいに手をかけようとすれば、その手をが払う。拒絶、というほど強くはなかった。「嫌だってば」とそういう軽い仕草である。ドフラミンゴが笑えば、も笑った。そうして一度ぎゅっと、が手のひらを握りしめる。背後の道化の海賊と、そして青雉を眺めて、目を閉じる。道化の海賊、をドフラミンゴはたたき割ってやりたい衝動に駆られた。でも、たぶんは泣くだろう。仕方ないのでこらえ、それで、が口を開いた。
「ねぇ、ドフラミンゴ。君も、ぼくが死んだら泣いてしまうの?」
あどけない、小さな問いかけ。どうしてそうなるのか意味がわからない、という顔。泣くだろうという検討は付いているのだろう。ドフラミンゴは答えかねた。泣くだろうかと、それはわからない。泣くようにも思えるが、泣かないようにも思えた。が死ぬなんていう展開は絶対に認めない。そんなことになるくらいならどんなことでもする、とそういう心は強い。死んだ時のことなど、考えなかった。
答えずにいるドフラミンゴから顔を逸らし、は青キジを振り返る。
「クザンくんは泣く?」
「俺は泣いちゃうね。ものすごく泣くと思う」
いつの間にか青キジがに近づいて、ちょこん、と目線を合わせていた。相変わらず飄々とした口調で言うが、その目は真剣だ。ドフラミンゴは笑い飛ばしてやりたくなった。傍観者、とっくに諦めているという態度をしている男、赤犬の次にの側にいる男、ちっとも諦めてねぇんだろうよ、本当は、と指を指してやりたくなった。は青キジの真剣な眼差しを受けて、ふわり、と笑う。
「ぼくが死んだら、バギーは泣くっていうし、シャンクスも泣いてしまうんだって。変だよね。どうしてぼくが、皆の気持ちを顧みなきゃいけないの?」
「本気でそう思ってるんなら、おれも答えようがあるんだけどね、でも、ちゃん、今もそう思ってる?」
青キジがの手を取った。しゃがみ込んだ体勢で、の顔を覗き込むようにして、片方しかなくなったの手を両手で包む。
「変だよ、そんなの、変。ぼくのことなんか、誰も考えなくていいの。そんなの望んでない。だからぼくはそっぽを向くよ。嫌ってくれればいいのにね」
顔を見られたくないのか、はうつむいた。長い前髪が表情を隠す。その細い肩は震えているわけではない。
「ぼく、馬鹿みたいだね」
小さな声で呟いて、そしてぱっ、とが顔を上げる。その目の色は、青かった。
「死んですっきりするのはぼくだけだね。死ぬのが決まっているのをあっさり受け入れるなんて、このぼくとしたことが、みっともないよね」
言いながらはクザンから手を離し、ふるふると頭を振る。長い髪が布のように揺れて流れる、それをは無造作に掴み、腰に刺したノアの短剣でもって、ざっくりと切り落とした。
真っ赤に燃える夕日のような色の髪が肩口であっさり切り離される。はらはらと数本が舞い、は手に残った髪をそのまま風に飛ばした。
「おい、」
女の髪は命のようなもの、などというつもりはないが、その行動にはドフラミンゴも些か驚いて声をかける。くるくると、はステップを踏むように歩き、くるん、と、長い剣を斜に構える。肩口で切りそろえられた緋色の髪を揺らし、は青い目をこちらに向けてくる。まぁるい、大きな、宝石のような目はきらきらと輝いていた。背こそ多少伸びているが、その顔つきや瞳の輝きは紛れもなく、である。
「悲劇のお姫様、なんてみっともないよ。どっちかっていうと、ぼくは、王子さまがいい」
「いや、どっちかっていうと、ちゃんはお姫様キャラ、」
「お黙りよ、クザンくん。ぼくは王子さまがいい。王子さまは死ぬ運命をはねのけてめでたしめでたしのハッピーエンドを迎えるのさ」
「よし、それ採用で」
ドフラミンゴが即決した。青キジはなにやら言い足そうな顔をするが、死ぬことを前提としていたが生きることに前向きになっているのである。脳には「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」という根本的な本能がある。この本能をはこれまで殆ど使っていないようだった。生きている、というのは、死ねないからしようのないことという結果。知りたいことなど、にはなかっただろう。何もかもを知っているからこそ、何も知らない状態とまるでかわらなかった。そして仲間になりたい、など思うことは、そのままいずれ決別を意味し、まるで必要性がなかった。そういう脳の根本的な欲求を考えればがたるのは当然の道理であったが、しかし、ここでこの変化。これを却下するようなら争奪戦から出ろと、そう睨む。青キジは何とも言えない顔をしてから、一度腕を組み、かくっと、観念したのか、渋々頷いた。
Fin
・最近明らかにスランプです。ちょっと面白くないところとかあると思うんですが、、そこはご愛敬です。本当、書く方法がわからない…。
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