WJ563話01話 「心臓一つ、人間一人」







 

あの日のことは一日だって忘れたことはない。

無残に破壊された己の船、仲間たちは皆死んだ。

なぜ自分だけが生き残ったのか、それはわからない。

今でだって、わからない。いや、本当なら死んでいたはずだ。スクアードはその腹を切り裂かれた。


ゴール・D・ロジャーの船と戦闘になり、こちらも海賊、挑むように獲物を取って駆けて、そしてあっという間に壊滅した。

なぜ挑んだのかなど、幹部でもなんでもない、ただの海賊だったスクアードは知らぬ。

だが、初めて海に出てから今までずっと旅をしてきた船長や、仲間が、まるで悪い冗談のようにあっという間に叩きのめされ、そして、あっという間に、海に沈んでいくその光景。誰もが絶望していた。圧倒的過ぎる力だった。

燃え上がる船内、脱出するにも逃げ場など、どこへ?というその状況。

次々と倒れていく仲間たち、せめて一矢報いようと、スクアードはロジャーに向かって斬りかかった。

己程度の腕でどうこうできるわけもない。

あっさりと、返り討ちにあい、そして甲板の上に転がされた。

そしてころころと転がるスクアードの身体、同じようにころころと、弾む少女の声がした。


「悔しがっているんだろうね。きっと、きっと、とても理不尽に感じているんだろうね」


こちらを足蹴にするその無邪気さ、幼さ、あどけなさ。

顔を上げてその正体を判断することすら恐ろしく、石になったほうがまだマシというほどの恐怖が全身を押しつぶした。

スクアードはガタガタと体を震わせ、そして、意識を失った。

 

 

 





優しい心には皹が入っている

 

 



 


戦争、戦争、人が容易く死んで、それでも前へ前へと進んでいくその状況に陥ってもなおスクアードは心折れることも無く、真っ直ぐにただ前へ、前へ進むことを諦めなかった。海軍本部など恐ろしくはない。本当に恐ろしいのは仲間を失うことだ。


エース、エース、エースを、今助けるとそう決意をして進む、そのスクアードの歩みを阻む海兵は即座に切り捨てられた。


「火拳のエースはゴール・D・ロジャーの実子。それでも救う意味があるんか?」


溢れる熱量。どうしようもないほどの恐怖が全身を駆け抜けた。スクアードは強張った身を素早く真横に移動させ、くるであろう攻撃を待つ。が、しかし、コツン、と軍靴の音一つしたのみでこちらに向かい、遅い来るだろうマグマがない。

この地獄のような戦場で何の恐れも怯みもない、堂々としたその様子、真っ白いコートに塵一つない、海兵が一人、スクアードを見下ろしていた。


「大将“赤犬”!!」


スクアードは剣を抜き、現れた大将へ向ける。力の差がわからぬわけでもない。それゆえに数秒でケリをつけねばならなかった。

ギン、と赤犬はスクアードの手首を掴み、長い足で蹴り飛ばしてくる。瓦礫まで吹き飛ばされて、げほり、とスクアードは血を吐いた。ただの一撃で、相当、いや、違う。


「テメェ、手加減するとはどういうつもりだ!!!」

「貴様こそ、今の一太刀には迷いがあるじゃァねぇか。それも当然か、あんなものを助ける理由はそもそも貴様にゃあるまい」


ごぽり、と、赤犬の背後でマグマが煮えたぎっている。苛烈極まりないその熱量、しかし、スクアードに向けられた眼は氷のように冷え切っていた。

こちらを人と思わぬ、ゴミ、いや、それ以下としてしか認識できない目である。


「何をバカなことを…!!!エースを助けに来たんだ!!白ひげの一味に、オヤジの仲間に手を出すことがどういうことか、テメェら海軍に教えてやらァ!」

「それは豪気なことじゃのう」


真っ直ぐにこちらを見下ろす赤い眼に、スクアードは喉を詰まらせた。そして、赤犬に指摘される前に、己のその言い回しに気付く。

エースを助けたい、エースが大事な仲間である、という、言い方を自分は今しなかった。


「吼えるだけなら犬にもできる。義理立てで助ける気構えだけは立派じゃァ」


同じように、それに気付いているらしい赤犬が眼を細めて口の端を吊り上げた。ぎりっと、スクアードは奥歯をかみ締めて、吼える。


「当然だ!!オヤジは!!白ひげは俺を助けてくれた恩人だ!!そのオヤジがここに来ることを決めた!!来ねぇ息子があるか!!!?おれはオヤジの息子だ!!!!」

「その助ける対象について貴様が何も言わんことについて、暴く気はねェが。その大事なオヤジが貴様らをわしら海軍に売ったことについては知っちょるか?」


どこかで砲弾がぶつかる音がした。人の声が当たりに響く。エースを、エースを、とそういう声が聞こえていたはずなのに、唐突に、スクアードは突然それらの音が遠ざかった。唖然とした、ということではない。赤犬に対して感じた怒りだ。スクアードは剣を構え、赤犬に向ける。


「オヤジの名を汚すんじゃねぇ!!!白ひげが息子を売るわけがねぇだろ!!!だから今日ここに来たんだ!!」


ぶんっ、と乱暴に振ればそれを容易く避けられる。その返しに赤犬がスクアードの後頭部を掴み、そのまま地面にたたきつけた。鼻を打ち、だらりと血が垂れる。それでも、やはり本気ではないらしい。


「自分の夢を託すに足りる息子のためなら、百人の首を差し出すこともある」


ごりっと頭蓋骨そのものを直接圧縮してくるような握力で赤犬はスクアードの頭を掴む。吊り上げられ、足をぶらん、とさせながら、スクアードは赤犬を睨み付けた。

これでも新世界を行く海賊の頭である。その視線だけでかなりの威圧感があるはずだが、赤犬は相変わらず冷たい目をしたままだ。

ぐいっと持ち上げたスクアードの身体を再度手ごろな壁に叩き付けてから、身動きできぬようにとその肩を足で押さえつける。



「黙って聞け。殺しに来たわけでもないのに余計な手間をかけさせるな」

「ぐっ…!!!ぅ!!!」


抑えられた足から直接火を当てられるような痛みがあった。

いや、たいまつを押し当てられる程度の熱量ではない。

肉や組織をそのまま熱で溶かすほどのものだ。呻くスクアードを再度蹴り飛ばしてから、赤犬は言葉を続ける。


「白ひげと元帥の密約じゃァ。エースの命を助けるその代償に、新世界の海賊どもの首を差し出す」

「ウソだ!!!!」

「今この場でわしが虚言を吐く必要がどこにある。この場にいる海賊全員を根絶やしにすりゃあいい戦争になっちょるけェ」


叫ぶスクアードの声を無視し、赤犬がぐるりと戦場を眺めた。


海軍と海兵の殺し合い。


赤犬の能力なら、確かにこのまま海賊全員を殺す、ということは夢物語ではない。だがこちらには白ひげや、傘下の船長、それに隊長たちもいる。互角にぶつかり合う戦況ではないか。そう判じつつ、スクアードは一人、また一人と倒れていく仲間の姿から眼が放せない。


「ロジャーの息子のために死ぬか。白ひげを阻んだ男の息子のために、白ひげの息子がこうも次々と死んでいく」


追い討ちをかけるように、赤犬が静かに口を開いた。ぶん、とスクアードは首を振る。


この男の言葉など信じない。

オヤジが息子を売るはずがない。


エースはロジャーの息子だった。それを、オヤジは知っていた。


「白ひげももう歳じゃけ、次世代に夢を託す。海の屑じゃろうがなんだろうが、老いた者の第二の人生にそう違いもない。自分の認めたモンが海賊王になるのを見守るっちゅうんは、いい老後の夢じゃろうのう」


「黙れ!!!黙れ!!!!オヤジが息子を、おれたちを裏切るもんか!!!!」


スクアードはもう、エースのことを「仲間」とは思えなかった。それは、事実だ。ロジャーの息子だった。ロジャーはかつてスクアードから何もかも奪った悪魔だ。

あの男を恨んで、うらんで、うらんで、憎んで憎んで、憎んできた。どれほどの憎悪かなど、この男にはわかるまい。


いや、誰にだってわかるものか。


目の前で自分の大事な仲間を殺されて、目の前で、自分の大事な仲間の死体を足蹴にされた。

あの地獄のような光景、ロジャーをスクアードはこの半生、憎んで憎んで、憎んできたのだ。

エースがそのロジャーの息子である。
そしてオヤジはそれを知っていた。
知って、いたのに船に乗せたのだ。
その頃もう自分はいたじゃないか。

ロジャーに何もかも奪われたと、そう、言ったのに。

オヤジは、頭を撫でてくれた。

仲間がいねぇのなら、うちに来いと、今日からお前もおれの息子だと、そう、言ってくれたではないか。

それなのに、オヤジはエースを仲間にした。

何も知らず、自分はエースを弟のように思って、可愛がってきた。


「て、てめぇの口車に乗ってたまるか!!!」


それでも、スクアードは首を振り、激しく振って、立ち上がった。

そうだとしても、エースがロジャーの息子だとしても、それでも、オヤジを憎むことなど出来るものか。

オヤジがエースを海賊王にしたがっていたとしても、それでも、それでも、自分がオヤジを憎むことなどできるものか。

そして、オヤジがおれたちを裏切るわけがない。売るはずがないではないか。

しっかりしろ、大渦蜘蛛スクアード、と、自分を叱責する。

これまでオヤジの何を見てきたのだ。なるほど確かに、オヤジはどんなバカでも息子にしちまう。だからティーチを受け入れて、それで、サッチが殺された。


(オヤジが悪いわけじゃねぇ。エースがロジャーの息子だと、知ったのは後だった可能性だってある。一度懐に入れた息子を追い出さねぇんだ!だから、だから)


かぶりを振って赤犬から距離を取る。

爆音が当たりに響いた。スクアードは身体を震わせる。

エース、エース、エースのことは、今は考えるべきじゃない。
ロジャーがにくいその心が、オヤジがおれたちを裏切ったなんてありもしない妄想に火をつける。

きっと、スクアードは赤犬を睨みつけた。


「オヤジはおれたち息子を売ったりしねぇ!!!」

「そうとは言うとれん様になるぜ。ウソじゃァ思うならよう見ちょれ」


スクアードの怒声に赤犬は目を細め、ゆったりと腕を組みながら、戦場後方に視線を向ける。気付けばいつの間に背後に回ったのか、後方にはずらり、と巨大な人影がいくつも並んでいた。


「これからの集中攻撃、貴様ら傘下の者たちのみが攻撃される。白ひげ海賊団には一切手を出さんけぇの」


はっきりと、宣言したその途端に、巨大な影たちが一斉に白ひげ傘下の海賊たちを襲い始めた。


「白ひげ至上の盲信も構わんが、眼に見えるモンが夢か現実かくらいの区別はつくじゃろう」



 

Fin