※ 結婚前+ドレーク造反前ってことでお願いします。
















その日の朝は妙に、暑かった。

グランドラインのデタラメな天候といえど海軍本部を有する島にはそれなりの四季があり、今の時期は冬に当てはまる頃。今年はとくに気温が低く、空気が乾燥しているというのがの感想だった。そのせいかは知らないが、風邪も流行っていると聞く。昨晩もとても寒くては風呂上がりにさっさと布団に押し込められて、寝かし付けられた。

一応説明をしておくが、の寝室は、海軍本部“奥”の一室、扉に魔女の鍵を差し込まねば入れぬ、の部屋。こじんまりとした室内には悪意と無関心に満ちた、ガラクタのような扱いをされているこの世の宝が乱雑に放置されている。そこがの部屋の筈なのだが、最近は寒いので、これはもう、恥ずかしい話であるけれど、はサカズキの寝室に世話になっていた。

理由は簡単、寒いからである。は基本的に寒さが苦手だ。苦手というより、嫌悪しているというほどである。寒さは犯罪だと大声で叫んで、サカズキに蹴り飛ばされたこともある。いや、四季の美しさはも愛でるのだけれど、寒さは不要だ。

冬って何であるんだ。必要なのかとは真剣に考える。まぁ、そんなことはどうでもいいのだが、とにかくは寒いのが苦手で、そして寒さ対策にとサカズキのところに厄介になっていた。大将赤犬サカズキ。その能力は燃え滾るマグマである。能力を発動していない常時でも体温は人より随分と高い。同じベッドに入っていれば一晩中ぽっかぽかの人間カイロ、と、そういう表現をしようものなら殴り飛ばされるが、間違ってはいない。

さて、そして、がサカズキを人間カイロと思っているかどうかは別として、サカズキ自身、冬になればやたらがひっついてくると知っている。中将時代ならいざ知らず、最近は諦めているのかベッドに入れたついでにことを運べると考えているのか、嫌味も文句も言わず眠るときはしっかりとを胸に寄せて眠る。そういう、事実ハタから見れば「だからさっさと結婚しちまえよ頼むからッ!」と叫ばれる状況がここ最近。

だからの朝は、通常の真冬の朝よりは暖かく目覚めやすい、というのは当然であった。だがしかし、その日は暖かい、というよりも、熱かった。

「………」

目を覚ましたはきょとん、と顔を幼くして顔を上げる。

「起きたか」

がもぞっと体を動かすと、の小さな体をしっかりと抱きよせている同衾相手、抱きしめて、なんて言えば聞こえはいいが、早い話、を抱き枕にしているサカズキ、起きたことに気づいて声をかけてきた。基本眠りの浅い大将閣下、睡眠時間も短く、一日4時間程度眠れれば十分という。それでもに多少付き合ってか夜は12時に就寝、朝は7時に起床というスタイルを取っている。は9時に就寝の8時起きが基本なのだが、サカズキがベッドに入る頃に一度起こされるので最近はその生活リズムは崩れている。眠い眼をこするは枕元の時計をちらりと眺めて、まだ6時になったばかりだということに気付く。

「おはよう、サカズキ。熱ある?」
「いや、暑いか」
「少し。サカズキが風邪引いたかと思ったよ」

もぞもぞと体を動かしながらは手を伸ばしてサカズキの額に触る。いつも人より熱いが、今日はそれよりも高い。しかし額だけではなく全体なので、これは能力で体温を上げている、ということだろう。

「わしが風邪なんぞ何弱なモンを引くわけなかろうが」

ふん、とサカズキは鼻で笑い飛ばし、の腕を掴んで布団の中に引き戻す。風邪って、何弱とかそういう問題なのだろうかとは首を傾げる。数日前にピンクの白衣をSiiに貰ったので看病セットに使えるかと思ったが、確かに、サカズキが風邪を引くなど、どこの強力なウィルスか知らないがすんごいことをできるものがこの世には存在するものだと感心してしまうだろう。

布団の中は暖かい、というとり暑いくらいだが、やはり布団の外は寒かった。はとくに抵抗もせず従った。サカズキが故意に体温を上げているのはなぜだろうかとぼんやり考えて、おや?と何か違和感を覚える。

「静かだね」

大将の寝室のある棟なので、訓練場からは遠ざかっているのだが、それでも毎朝、早朝から訓練に勤しむ海兵たちの声がうっすらと聞こえてくるのが常だった。それなのに今はしぃん、と真夜中のように静まり返っている。いや、夜よりも音がないように思えるのはなぜだろう。

ぱぁん、との頭の中に一つの答えがひらめいた。はばっ、と布団を跳ねのけてベッドから飛び降りるとそのまま窓の遮光カーテンをサッと開いた。

そうして飛び込んできた強い光に、は硬直する。

「うわっ、白っ」

顔を引きつらせ、は唖然と窓の外を見つめる。そこは銀世界だった。いや、そんな詩的な表現なんぞ必要あるまい。辺り一面真っ白、雪景色。昨晩から振り続けていたのか、それはもう、ものの見事に積っている。雪は音を吸収するからこの静けさか。はうわぁ、と随分久しぶりに見る大雪に、ただ立ち竦む。

「今頃気付いたか」

飛び出したにサカズキもベッドに身を起こす。同じ態勢でいたためかコキコキと間接を鳴らす。その音にはっとは振り返って、サカズキと目が合い、顔を赤くした。

「なんじゃァ」
「サ、サカズキは…!寝るときはちゃんとパジャマ着るべきだと思う!!」

慌てては視線を外した。風邪を引くことがないとはいえ、見ているこっちが寒くなる、というわけではないし、けして見苦しいと思っているわけでもない。しかし、カーテンを開けた所為で明かるくなる室内にサカズキの体がはっきりと見えてしまい、どう反応すればいいのかわからなくなった。

「何を今更照れちょる」

ふん、と鼻で笑い飛ばしサカズキは首を鳴らす。寝違えた、ということはないだろうが、何だかは自分が悪いことをしたような気になる。

「…その、あのさ、体痛くなるなら、別にぼくのこと抱えなくていい気がするんだけど」
「抱かんと貴様は逃げるじゃろうがい」
「逃げないよ!最近寒いし……!!」
「…貴様は、人を湯たんぽか何かと思うちょるようじゃのう、

自分の失言には、う、と小さく呻いた。慌てて話題を変えようとして、ぶるっと、は体を震わせる。サカズキがいるだけで室内の温度は上がっているのだろうが、しかし温かい布団の中から出ればやはり寒い。そして窓側は他より気温も低いものだ。寒い、とが小さく呟けば、そのままぐいっと、腕を掴んでベッドに戻される。

「貴様は寒さに弱いのぅ」

くるりと身を回されてぎゅっと胸に押し付けられた。は言い訳するように顔を上げ、むっと眉を吊り上げる。

「サカズキがいるから余計寒さに弱くなっちゃったんだよ!」
「ほう、わしの所為か」
「そうだよ!前は寒くっても暖かいところ少なくて我慢するしかなかったけど、今はサカズキがいるからどんなに寒くったって平気になっちゃったし!!」

すいませんなんですかこの朝からイチャつくバカッポーと、本当誰か突っ込んで邪魔してもらいたいのだが、生憎寝室にまでクザンは突っ込みには来れない。

がムキになって言うほどサカズキの目が、面白そうに細くなる。じっくりとこちらの言い分を聞き、口元を歪める姿には一瞬、あれ?自分何か変なこと口走ってないか、と真顔に戻った。そう気付いた時にはすでに遅い。ぐいっと、サカズキは自分は仰向けに倒れ、を体の上に乗せた。布団をはぎとり、の背が外気に触れる。反射的にひしっと、はサカズキに体を押し付けた。

「やっ、ちょ…!!寒いの苦手って知ってるのに何でこんなことするの!!?」
「嫌がらせ以外にあるか?」

うわ、言いきった。それはもう楽しそうに、言い切りやがったこの男。は顔を引きつらせ、しかし体は放せない。馬乗りになったままは悔しそうにサカズキを見下ろす。

「もういいよ!お風呂沸かして入るから!サカズキがいなくたって体あったかくできるんだからね!」
「その発言はいろいろと無謀に過ぎると気付いてもいいじゃろうにのぅ」

どの辺りが気に入らなかったのかは知らないが、わずかに不機嫌そうに青筋を浮かべ、サカズキはそのまま器用に二人の体制を逆転させると、をベッドに押し付けて、それはもう楽しそうな顔をする。

「わしがおらねばどうにもならん体にしちゃるけ、覚悟せぃ、

朝からの、いろんな意味の悲鳴が上がった。






半径三メートル以内に近づかないでください





見渡す限り一面、白、白、白、白、真っ白、白の世界。ただでさえ白い建物の多い海軍本部、屋根に雪化粧が施されては、本当に、一面銀世界、である。どうやら昨晩、よく降ったらしい。は寒くて熟睡(というより、あれは冬眠だと、サカズキは思っている)していたため気付かなかったようだが、ここ数年一番の積雪である。ずっぽりと歩くことさえ困難、なほどの雪。これでは訓練の前に雪かきから入らねばならぬ。そういうわけで、訓練の音はしなかったということだ。

雪は音をよく吸収するため、いつもよりも静かな海軍本部広場、のはずだった。

「えー、第4チームのみなさんは至急―――」
「誰かうちの中佐知りませんかー」
「これ能力者は海楼石の手錠付けるっていっても、基礎能力が違うだろ、あいつらって」

太陽が程良く上がってきている、午前9時。海軍本部の広場では大勢の海兵たちが集合していた。当然この寒さなのでみなしっかりと防寒着を着こんでいるが、訓練にしては顔つきがどこか気安い。広場の一角には薄いクリーム色のテントがいくつか立ち、腕に腕章をつけた海兵たちが行き来している。

ドレーク少将は胃が痛かった。

彼はもう、このフレーズで始まるしかないのだろうかと不憫に思うほど、毎回胃を痛めている不憫な男。今日も今日とてばっちり胃痛に苦しみながら、広場の端にあるアルミ踏み台に上がる。普段朝礼台としても使われているしっかりとした作りの台の上には、スタンド付きのマイクが設置されていた。トレークが段上に上がると、広場に集まっていた海兵たちが自発的に整列を始め、マイクをオンにした時には、きっちりとした整列が出来上がっていた。

「あー……突然のことで諸君らも困惑しているだろうとは思う」

こほん、と咳払いをしてから、ドレークは話し始めた。普段はきっちりと部下に指示を飛ばしているドレークだったが、今回の、こればっかりは戸惑うばかりである。というかなぜ自分が任命されたのか、いやがらせか、いやがらせなのか、とやはり考えれば胃がいたくなる。そんなドレークを海兵たちが気の毒そうな目で眺めていることに、幸いなことに彼は気付いていない。多分気付いたら泣きたくなる。

「海軍本部はかつてないほどの大雪に見舞われ、見ての通り、通常の生活も困難なほどの積雪となった。マリンフォードの港街では住民たちが外出できずにいる事態だ」

そこで一度ドレークは言葉を区切った。この広場は朝から下っぱの海兵たちが必死こいて除雪を行ってくれた所為かと、人が集まった熱気、それに踏みしめた後でそれほど困ることはないが、海軍本部内に泊まり込みをしていた海兵以外は、この大雪で家から出ることもできないらしい。どうにかしてほしいという電話が朝から海軍本部を騒がせていた。

そこでセンゴク元帥が、何をお考えになったのか、思いついたのが今回のこの、イベントである。

「それでは、島全域で雪合戦を行う」

そこまで言いきって、ドレークはものすごーく、疲れた。雪合戦ってなんだ。困っている住民たちをそっちのけで何遊んでいるんだ、とそうセンゴク元帥に突っ込む勇気はドレークにはなかったが、しかし、本当に、何考えているんだと思った。

脱力したドレークの背がげしっ、と蹴り飛ばされる。前のめりにはなったが、それほど強い力ではなかったのでドレークは転倒することもなく堪えて、現れた悪魔っ子、ではなかった、魔女っ子を見下ろし、溜息を吐きたくなった。

本日の装いは真っ白、一点のシミもない白のふわふわとしたロングコート。覗くスカートのレースも白、ブーツのみ薄い桃色だが、全体的に白いイメージを与える服装。真っ赤な髪を白い帽子に半分隠した、一見は白い雪の中にいる天使のような、無邪気な悪意で日々ドレークの胃をいい具合に荒らすである。腰をちょっと庇い気味なのは気になるが、まぁ明らかに、うん、明らかにそういうことだろうと、あまり考えない方向で行きたい。

は機嫌よく鼻を鳴らしてドレークからマイクを奪うと、海兵たちに向かって、それはもう楽しそうに、ドレークがするはずだった説明を勝手に引きうけた。

「ルールは簡単、雪玉が当たったら失格なんて何弱なことじゃあないよ。相手を捕まえて自陣に連れて行く、途中連行されていく仲間の奪還も可。なので多分雪で完全に抵抗できなくなるまで潰しておいた方が脱走の心配もないね!全てにおいて武器は雪玉のみの使用。石を詰めるのはダメだけど、氷なら可!勝利条件は夕方までに多くの捕虜を確保した方、または時間前に全滅させるかの二つだけ!全所属部署、でくじ引きした結果、こんな感じで黄色チーム、青チームに分けられましたー」

ルール説明をしながらさりげなく外道なことを言っているは、ひょいっと腕を振って海兵たちのういでに付けられていたまっ白い腕章を、チームごと、という青・黄色に分けた。何千という人数のものを一瞬で変えてしまう、そういうところは本当に力のある魔女なのだとドレークは感心するが、なぜこういう遊びにしか使われないのだろうか。

自分たちの色を見て海兵たちがざわめくのをじっくり見てから、は続ける。

「怪我人、リタイヤした人はちゃんと手当してあげるから安心してね!」

そう言ってはテントの一つを指さした。一斉にそのテントに視線が集中する。朝礼台のすぐ隣にあるテントは緑の十字架が書かれており、救護班、と記されている。そこにいるのは、寒いのは何枚も着こんだ女海兵。ぶるっと身を震わせているが、仕事をしっかりとしようという心がけ、きっちり背筋を伸ばしている。その隣には、同じく着こんだ老女。こちらは椅子に座り、湯気のたつ湯のみを手に持っている。

「南の海出身で寒いのが苦手なサリューと、自覚あるのか「こんなイベントに参加させるのは気が引ける」というセンゴクくんのもっともな意見で不参加となったおつるちゃんが救護班です!」

マイクを持ってハイ、拍手―とノリノリで解説する。海兵たちもノリがいいのか、それとも海軍のアイドルおつると、最近噂のサリュー嬢のセットにテンションが上がるのか、予想以上に盛り上がり、拍手やら歓声が沸いた。

ドレークもちょっと心惹かれる。この妙なイベントに参加したら、おそらく、いや、確実に自分はのお守りをすることになるのだろう。雪合戦、雪に殺傷力などないだろうが、しかしに雪玉が当たることを赤犬が許すはずがない。は寒いのが嫌いというわりに、このイベントは楽しんでいるようで、止めろ、と言っても参加するのだろう。ドレークを巻き込んで。

今はテンションが上がっていては楽しそうだが、段々と寒さが気になり「寒い」だの「疲れた」だの文句を言うに違いない。そして雪合戦中であっても「お茶が飲みたい」とか言うのだ。人を盾にするのは当たり前、あっさり捨て駒にするのは当たり前、そんなに付き合わされる自分。考えるだけで今から胃が痛い。

あぁ、あのテントに自分も避難できれば、とドレークは淡い夢を抱いた。想像するだけならタダである。

「そしてもちろん、寒いのが苦手な二人のためにテントには大将赤犬も待機してまーす!これで外でも暖かい場所ができたので、寒さでリタイヤしたくなったら行ってね!」

嬉々としたの言葉に、浮かれていた会場が一瞬で凍りついた。え、何?との言った言葉を理解しようとじっくりする間もなく、一斉にテントに視線が注目する。

そして自然一歩、海兵たちは後ろに下がった。合わせたわけではなく、自然にここまで揃うのは奇跡である。

の紹介に、テントの奥の方にいたらしいサカズキが顔を出した。能力的にあまり着こむ必要のない大将赤犬、いつもの赤のスーツにコートというこの状況では非常識な格好で仁王立ち。ぐるり、と周囲を見渡して、拡声器も使わずに、一言。

「戦わずして逃げ込むような不届き者はわしが直々に温めちゃるけ、覚悟せぃ」

その瞬間、全員が等しく理解した。
勝つか死ぬかか、しかこのイベントでの選択肢はないと。

かくして第一回、海軍本部雪合戦が開催されたのだった。





+++



いっそ殺してくれ。

を小脇に抱え、全力疾走中のドレークの素直な感想だった。はじまりました雪合戦☆と、そんなハシャげる展開ではない。なるほど島全体を範囲にすることによってゲリラ戦をを想定し、尚且つ進むためには除雪も行う必要があり、住民たちの役に立つ。北の海出身であるドレークは雪かきがかなり体力を使うことを知っているので、これは中々有意義な訓練になるのだと感心もした。

がそれはもう楽しそうに状況を引っ掻き回してくれるまで。

能力者は海楼石をしっかり付けさせられている。ドレークも例にもれず普段より動きにくい体でのお守りをさせられていた。とドレークは黄色チームだ。大将はそのまま黄猿である。普段からとyてても仲の悪い二人。が大人しく本陣で待機しているはずもない。それぞれの本陣にドン、と構える大将らはいつも通りだが、は、それはもう、ノリノリだった。それはもう楽しそうに、あちこちに多大な被害を与えている。

理由は簡単だ。今回のこの雪合戦、中将らもしっかり参加させられている。

悪魔の化身じゃないかと思われるほど外道なは敵チームの中将の前にひょっこり現れて、無謀にも面と向かって雪玉を投げようとする。当然、将官クラスではない海兵たちは堂々と現れた隙だらけの少女、つまりを迎撃する。

すると、敵であるはずの中将らは慌ててを守りに入るのだ。

それも当然だろう。に雪玉が当たった瞬間、多分それをモニターでしっかり観ているだろう例の人がやってくる。ルールとかそういうものを一切合財無視してやってくる。恐怖の大王よりもおっかないあの人がやってくる。

いや……雪は一瞬で溶けていいかもしれないが。

「ディエス・ドレーク……貴様に恨みはない、恨みはない、が」

そんなわけで、なぜか自分の味方の海兵たちを沈めてしまった中将らは、次に必ずドレークに敵意を向けてきた。当然だろう。のお守り役のドレークさえどうにかしてしまえば、もしぶしぶこの雪合戦からは退場となる。を攻撃できない彼らにとって唯一出来るのはドレークをさっさと潰すことだった。

「埋もれて死ね!!!」
「貴様が倒れれば少なくとも私たちは安泰だ!!!!」

その台詞は海兵としてどうなのだろうか。ヒュンヒュン、と、それはもう容赦なく、水で硬くした雪玉がドレークに向かって投げられる。投げるモーションも見えない。全員、かなり本気である。その間にもにはかすりもしないのだから、さすが中将ら、ナイスコントロール、というより、どんだけ赤犬が恐いんだ、というところだろう。

「ねぇ、ディエス、ディエス、ぼくけっこう上下の運動はつらい。気持ち悪い」
「お前は黙っていろ!!!あれは俺でも当たったら怪我をするぞ!?」
「ディエスが怪我してダラダラ血流してもぼくは痛くない」

なんだこの悪魔ッ子は!!ドレークは色々突っ込みたいが、しかし今は逃げるのに必死である。は荷物のように扱われている状況には文句はなさそうだが、がっくんがっくん揺れるたびに気持ちが悪そうに眉を顰める。かなり冷静な突っ込みをすればドレークが抱えなくともはデッキブラシがあるのだからそれに乗っていればいい。しかしあまりに慌てるドレークにそういう発想はなかったし、も寒い中態々力を使う気もないようだった。

「ねぇ、ね、ディエスってば」
「何だ!!?」
「クザンくんがおっかけてきた」

ぽつり、とが呟いたその途端、ドレークの背に雪玉(特大)が投げ付けられた。げふっ、とそれはもう、見事な当たりっぷりである。海楼石で体力のない現在、ドレークはその衝撃によろめき、たたらを踏んだ。それでもを落とさずに、きっと腕の力を強めて振り返る。

「ありゃー、確実に取る気だったんだけど、やっぱ俺も海楼石付けた状態って慣れないねぇ」
「た、大将青雉……大将自らがなぜ…」

振り返ってドレークはがっくり肩を落とした。の言葉を疑うわけではないが、本当にいた青雉にドレークは顔を引きつらせる。この雪合戦、勝利条件の一つは大将を倒すこともある。あまりに無謀なので誰もそんな手段を取ろうとは考えていないが、しかし、だからと言って、トップが直々に戦場に来るのもどうかというもの。何を考えているのか、という意味で問えば、クザンはぽりぽりと頭をかく。赤犬と同じで能力ゆえに厚着する必要はないはずだが、気分的にはしっかりとマフラーは巻いているクザン。

「いや、だってお前さん倒したらちゃん捕虜にできるんでしょ?悪いねぇ」

悪いとはちっとも思ってないだろう顔で言われてドレークはものすごく、胃が痛くなった。いや、確かにルール上では倒した海兵は捕虜にできる。捕虜は自分の陣地に連れて行かれる。そこではっと、ドレークは気付いた。

(おれが倒れたらが青雉の手に渡るのか……!!!!)

言われるまで気付いてませんでした。いや、でもそうだった!!ドレークはその可能性に気付き、さらに必死に逃げなければならなくなった。じりっと、を小脇に抱えたまま一歩後ずさる。

「俺から逃げれると思ってんの?」
「わ、私にも意地があります……!!」
「大丈夫だって、サカズキに二三度殴り飛ばされるだけだからさー」

それは死ぬんじゃないですか、普通に。ドレークは言葉に出したら本当にそうなりそうだったので、喉の奥で引っ込めた。その間にきょとん、と成行きを見守っていたがもぞもぞとドレークの腕から脱出する。

「ま、待て!!お前何を、」

ひょいっと抜け出したはとことことクザンに近づき、「はい、ちゃん」とにこにこする青雉に向かい、それはもういい笑顔でのたまう。

「クザンくんぼくとちょっと来てくれる?」
ちゃんとだったらどこへでも」

ぎゅっとの手を掴み真剣な顔で頷く青雉クザン。がっしゃん、とその瞬間は手に持っていた海楼石の手錠(クザン二つ目)クザンの腕にかけた。

「ぼくを捕まえていいのはサカズキだけだに決まってるよね」

大将青雉、あっさり捕獲。

うわ、情けない、とドレークは溜息を吐いた。



+++



ぶるっと身を震わせて雪を払うを一瞥し、サカズキは午後に回された書類に目を落とした。が手っ取り早く青雉を捕獲したおかげでバカ騒ぎも早々に終了。結局海兵たちが力を合わせて街の除雪を行うこととなった。サカズキは通常通りの執務に戻り、同じようにも普段通り執務室にて本を読む、という状況。散々雪の中を歩き回ったためのコートには雪が付いている。室内に入る前に払い落したが、しかしそれでも落ち切らなかったようだ。

サカズキはちらり、とに視線を向ける。
                                                                                                                                                                      
「貴様が参加するとは意外じゃったのう」

普段から判るとおり、極端に寒いものが嫌いなだ。いくらお祭り騒ぎといえど、直接参加するとは思わなかった。とりあえずサカズキはに雪玉をぶつけようとした海兵の上官になる中将の顔を頭の中でじっくりと思い浮かべながら椅子に背をもたれさせる。ふるふるっと体を震わせてはコート、セーターを順に脱ぎ、腕を振ってそれらをしまうとソファに腰をおろしてサカズキを見つめ返した。

「前から雪合戦ってしてみたかったんだよね。何か想像とはちょっと違ったけど」

あんな殺伐としててよかったのか、とは首を傾げている。確かに普通子供らが遊びで行う雪合戦とは違っていたが、海兵が訓練として行うもの、しかもの周りともなれば、まぁ、荒れるだろう。はひょいっと腕を振ってティセットを取りだすと、机の上に並べてポットを手に取る。

当然のようにこちらにカップをひとつ寄越して、サカズキが口を付けるのを待ってからカップを持ち上げた。暖かな湯が胃の中に流し込まれて、ほうっと表情を柔らかくする。カップをテーブルに置き、そのままずるずると体を横にしてが喉を鳴らした。

「やっぱり暖かいのはいいよねぇ」

暖かな室内に気が緩んでいるのか大きく身を伸ばし、体の力を抜く。短いスカートが捲れて太股が露わになるのだが、サカズキはこのバカはこの場で襲われたいのだろうかと真剣に悩みたくなった。


「なぁに?」
「朝散々抱いた筈じゃが、足りんのか?」
「なんで!!?」

がばっと体を起こし、が顔を引きつらせる。ちょっと待って!なぜ今のこの状況で盛られた!?などと焦りながら、そして自分の格好に気付き、足を閉じて膝を抱える。こちらを拒絶する態度が気に入らず、サカズキは素早く近づき、ソファからを引き摺り落として床に組み敷いた。

「サカズキ……!」

冷たい床の感触にが背を仰け反らせる。一瞬抜いた腰を抱いて引きよせ、片手で頭を抱く。何をされるか判り瞳に浮かぶのは拒絶だけではないのをしっかりと確認し、サカズキは口の端を歪めた。

「雪の中で冷えた貴様の体をこのわしが温めてやろうっちゅうんじゃ。感謝せぃ」
「何その恩着せがましい言い方ッ……ん、ぁん」

しゅるっと、首のチョーカーを外して薔薇の刺青を舌で押せばの体が寒さ以外の理由で震える。雪の中を駆け回っていた割には体は冷えていない。太股の裏を掌でゆっくりと撫で上げ付け根に指を這わせる。

「っ、……っ」

ぎゅっと唇を噛み締めてが眉を寄せる。まつ毛が震え耐えるように掌が握られたが、サカズキが唇を塞ぎ、こじ開けて舌を絡め取ると、そのままの手がシャツを掴んだ。

「どうした」
「……んっ、はぁ……折角雪降ったのに、あんまり遊べなかったなぁって」
「他ごとを考えちょるとは、余裕じゃのう」
「ぼく今年の目標は「あんまり足開かない」だから!」

毎晩さんざん開いておいて、何を無駄な抱負を、とサカズキは思ったが、意地を張るを組み敷くのも悪くないとかそういう、本当お前なんで逮捕されないのか不思議な変態思考。面白そうにを眺めてから、切なげに震える瞼を撫でた。

「どうせ冷えちょるんじゃ、しっかり暖めちゃるけ、よろこべ」




Fin




(雪が溶けるとかそういう話じゃなくて!すぐに押し倒すから近づかないで!!)
(ほう、小生意気な事を言うちょるんはこの口か)