真っ白い雪の中ではの真っ赤な髪が一層目立つと、眼を細めて呟いたのはクザンだった。それがなんだというのか、とサカズキはさめざめ思い出しながら、今回のこの任務、場所的にはクザンの方が適任であったと心底思う。冬島の冬、しかも、極寒の地と名高い雪山への遠征。正直言って自分かクザンでなければ死ぬ。マグマの身の自分に寒さなど関係ないが、しかし、大雪の中膨大な熱量があることが良いとも思えぬ。クザンに押し付ければよかった、と思う反面、しかし、そうもいかぬのだとも、理解はしていた。
ちらり、とサカズキは背後を振り返る。今回の任務、同行する海兵はいない。しかし小さな同行者があった。
「さっさと歩け」
「・・・ん」
ザックザク、とリズムよく前を進めるサカズキとは違い、一歩一歩確認するようにしか歩けぬ、足手まといにしかならぬ同行者。真っ白い暖かなコートにすっぽりを顔を埋めながらサカズキの後を必死についていく。何度か置いていこうと思ったが、そうもできぬ理由がある。今回の任務、がいなければ成功する可能性が極端に下がる。
「・・・・・・・」
しかし、遅い。歩くのが本当に遅い。ただでさえ長身のサカズキと小さなでは差があるのに、この吹雪と積雪で足をとられている。サカズキが前を歩くことで、が辿れる道は出来ているが、しかしそれでも、小さなにこの冬場はきつかろう。それはわかる。だが、だからと言ってどうしろというのだ、とサカズキは思うのだ。不愉快になる。手でも握って引いてやれというのか?この自分が。思い浮かんだ選択肢をサカズキは鼻で笑い飛ばし、ぐずぐずしているを叱責しようと口を開きかけ、あることに気付く。
「手袋はどうした」
「?」
きょとん、とが首を傾げる。意識が朦朧としているのか、ぼうっとサカズキを見上げる。手袋を、きちんとさせていたはずだ。今回の任務にが同行する必要があると知った、ディエス・ドレークがあれこれと準備をさせていた。北の出身者らしい的確な対応に、不安もこれだけ的確な対応をにできていれば胃薬を欲して医務室に駆け込むこともないだろうと、そんな皮肉を言いたくなった。そのディエスがには真っ白い、暖かい手袋を用意していた。しかし今は素手である。雪よりは色が多少あるだけ、というほど白くなった手、真っ白になった頬にサカズキは眉を顰めてぐいっと、の顎を掴んだ。
「貴様は馬鹿か、それとも阿呆か?」
なぜつけていないのか、サカズキは気付いた。そう言えばこの島の港に着いたとき、はとてとてとどこかへ一度走っていった。すぐに帰ってきたので気にも留めなかったが、港の橋の下にある小さな、掃き溜めのような場所。不老児が集まるだろう場所、そこの人間に興味のあるではないだろうが、何か気付くものがあったのだろう。手袋一揃えと引き換えに、何かしてきた。その何かにサカズキは興味はなかったが、しかし、が自分の手を凍えさせてまでする必要があることとは思わなかった。
「・・・・凍傷になっても、ぼくは治る」
「極度の阿呆か」
納得した、とサカズキが眼を細める。それにびくり、と反射的には体を震わせて、何か酷いことをされるまえに逃れようと身をよじるが、サカズキは容赦なくの頭を殴り飛ばした。
「今回のこの任務、貴様が要だと理解していないのか。私の足を引っ張るだけではなく、正義に立てつくつもりならここで埋めて帰るぞ」
の体が不死たるのはその腹部にあるウンケの屋敷蛇、と呼ばれる蜥蜴の刺青ゆえにである。基本的に爬虫類は寒さには弱い。今は腕を振ってデッキブラシを取り出すことも出来ぬだろう。殴った頬も、腫れたままである。サカズキは舌打ちを一つして、自分の手袋を外すと、の手に押し付けた。
「使え」
「・・・でも、」
「貴様は私がこの程度の温度で凍傷にかかると思っているのか」
「・・・・思ってない、けど。でも、」
「口ごたえするな」
ぴしゃりと言い放ち、サカズキはに背を向けた。
**
手に押し付けられた革の手袋をじぃっと見つめ、は眉を顰める。自分は凍傷になったところで治るから、サカズキが構う理由などない。それなのに、どうして。
渡された手袋はまだ暖かい。
能力ゆえであることはもちろんわかっている。それでもは、あの、おおよそ人に対して慈愛の精神など欠片も持ち合わせておらず、冷酷無比の極みを尽くしたような男の手が暖かいことにいつも困惑するのだ。せめてこの手袋が冷たく凍り付いていたのならこんなにも戸惑わぬのに、と思いながらはサカズキの手袋を自分の小さな手にはめた。
(…おっきい…)
すっぽりと収まり、指の部分にの指先がかろうじて届くか届かぬか、というほどだ。大人と子供の差、というだけではない圧倒的な差には顔を紅くした。こういう時、はサカズキが男の人なのだと意識してしまう。別段押し倒されようと、それこ足を開かされようとまるで他人に性別をどうこう感じることなど殆どないだが、しかし、サカズキと自分の身体の違いを、こういった些細なことで感じさせられる。じんわりと心の中に浮かんでくるのは羞恥心だろうか?はぶんぶん、と首を振った。頭に積もっていた雪が勢い良く飛び散る。ポケットの中に手を入れて走り出した。
「きゃんっ」
勢いよく走り出した所為で雪で見事にすっ転んだ。それだけならまだマシだったのだが、ポケットに手を入れたため受身が取れず見事に雪の中にダイブする形になった。ばふっと真っ白い雪の中に収まって思わず、とサカズキはシーンと沈黙してしまった。的にはとても気まずい
「……貴様、よほど私い手間を取らせたいようだな」
いや、そういうことは欠片もないのだが、と反論したところで雪に埋まった顔では音も出ない。只管機嫌の悪いサカズキの声にびくりと身体を震わせて、はバッと身を起こして、次の瞬間サカズキに首根っこを掴まれた。
「やっ、」
「殴り飛ばしはせん。大人しくしろ、この馬鹿者」
てっきり殴られると思い身を硬くしたが、しかしサカズキは呆れたように溜息を吐いただけだ。ずぼっ、と雪の中に埋まっているオコジョのような体勢だったを拾い上げ、パンパン、と身体の雪を払う。
「え、ちょ、ちょっと、サ、サカズキ…!!」
「何だ」
「い、いいよ、どうして、ぼくなんか助けて…」
「勘違いするな。貴様なんぞ助ける気はない。が、貴様が使い物にならなくなればこれからの任務に支障が出る」
「・・・・」
それはそうなのだが、そういう言い方はあまり好きではない。が顔を顰めていると、ひょいっと抱き上げられた。予期せぬ展開にの喉から声にならぬ悲鳴が上がるが、それをサカズキが睨みつけて黙らせる。
「騒ぐな、落とされたいのか」
「やっ、待っ…」
何をされるか気付いて、慌てるの制止など聞く男ではない。無遠慮に、いや、それにしてはやけに優しい仕草でを自分のコートの内側に包み込む。すっぽりりと抱きかかえられ、は自分の心臓の音が激しくなっていることを感じた。これはもう、絶対にサカズキにだって聞こえているに違いない。それが一層羞恥心を増すが、だからといってどうすればいいのかわからない。サカズキが相手だとどうしてこうなってしまうのだろうか。ぎゅっと唇を噛み、は顔を伏せた。寒さで先ほどまでは真っ白になっていた顔も今はきっと茹でた蛸のように赤いのだろう。それをわざわざサカズキに見せる必要もない。
は押し黙って、ただサカズキが歩く音を聴いた。先ほどまで、雪道を歩くのが酷く辛く、景色などまるで視界に入らなかったし、音も気にしていなかった。けれど、雪の銀世界。吹雪の音はそれほど激しいわけでもない。眼を伏せていると、サカズキの喉が鳴った。
「」
「な、なぁに?」
「何か話せ」
「…いいの?」
「無言で歩いて貴様だけが眠るのは気に入らん」
それもそうだ、とは頷いた。サカズキの腕の中なら、この世界で一番安全である。その安心感と、そして心地よい震動と十分な暖かさが先ほどからの瞼を重くしている。普段眠ることなど好んではしないが、サカズキの傍なら悪夢など見ないような気がするのだ。その思考には戸惑い、ぎゅっと、隠れるようにサカズキの胸に頭を押し付ける。
「……」
「なぁに?」
ぴたり、と一瞬サカズキの足が止まる。何か異変でもあったのかと、は暖かさでぼうっとなってきた頭を上げてサカズキを見上げる。
「…気が散る」
「?」
ぼそりと呟かれた言葉はへ向けた言葉ではないだろう。きょとん、とは首を傾げてそれなら自分はただ黙っていた方がいいのではないかとそう思う。しかしサカズキはまたすぐにスタスタと歩く調子を取り戻した。
「何か話せ」
続行らしい。珍しいこともあるものだと思いつつ、はサカズキの顔を見上げた。
「何を話せばいいの?」
「私が知るか」
理不尽な気がするが、しかしサカズキが何か話せ、と言うのなら、何かを話さなければならない。何を話せばいいのだろうか、考えては口を開く。
「あのね、この前ガレーラでルッチく、」
「その話をするなら落とす」
「じゃあ、えっと、あ、ミホークがね」
「貴様、わざとか?」
そんなつもりはにはこれっぽっちもないのだが、そう言われてしまえば黙るしかない。眉を寄せてこちらを見下ろしてくるサカズキを負けじと見返した。
「だって、ぼくはいっつもサカズキといるんだから、サカズキがいない時のことしか話すことないよ?」
「、雪は好きか」
こちらの言い分はキレイに無視するのがこの男。唐突な問いには半分諦めて、首を傾げる。
「サカズキは好き?」
「私のことは関係ない」
確かにそうなのだが、サカズキが好きだというのなら、この雪に対する見方も随分変わるのに、とは思う。
「ぼくは、好きじゃないよ」
どちらかと言えば、雪は嫌いだ。寒いのは、好きではないいやなことばかりを思い出してしまう、そんな気がした。頭の中に箱を作って、ぎゅっと押し込めていたもの、堅く蓋をしたものが、あっという間い溢れてきてしまうようなそんな、妙な予感。それでも、サカズキが雪を好きだというのなら、少しは恐ろしくもないような気がする。
「そうか」
「今はサカズキがいるから、平気だけど、でも、雪は、寒いのはきらい。暗いのも嫌いだし、淋しいのも、嫌い」
「嫌なものばかりだな」
喉の奥で引っかいたような、低い笑い声が耳に残る。は子供っぽい言動をしているという自覚はあるが、しかし、相手がサカズキである以上、虚勢を張る必要などどこにもない。
「だって、嫌なものは、嫌だよ。サカズキは強いし、大人だから、怖いものなんてないかもしれないけどえ、ぼくは、嫌でたまらないこととか、怖くて仕方がないことがたくさんあるんだよ」
「年齢の話なら貴様の方が遥かに上だろう」
「精神年齢の話だよ」
「自分で言うな」
くしゃり、と頭を額から覗く髪が撫でられた。普段であれば掴まれて引っ張られるのに、この反応はなんだろう。
「サカズキ」
「なんだ」
「ぼくのほっぺたツネってもらっていい?」
手はすっぽりと上着の中に押し込められているので出せない。頼めばサカズキが遠慮なく頬を抓ってきた。
「痛い」
「気は済んだか」
「ぼく、雪の中で寝てるのかなって思ったけど、痛いから本当だね」
容赦なく抓られた頬をごわごわと動かしては首をかしげた。サカズキが優しい気がするのは、まぁ、多分気のせいだろう。はこれから先の話をすることにした。
「この島って、まだ世界政府に未加入の国なんだよね」
「あぁ」
「まさかあの子がここの王さまをしてるなんて知らなかった」
今回の任務、大将と「悪意の魔女」が揃っての遠征。非公式なもので、現在赤犬は海軍本部にいることになっているし、悪意の魔女も七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴのところへ一時預かりということになっている。その、秘密の任務は、世界政府に未加入の××国の国王を説得し、世界政府への加盟国とする、ということである。
通常政府は、自ら加入してこない国は犯罪国として敵対しし、人身売買の対象になろうと構わぬ、というほどの徹底ぶり。海軍本部の上層部としての意見も、加入せぬ国は潰しても構わないという過激なものも出ているほどである。
しかし、この××国に関しては、政府は寛容だった。それも当然、の嫌味が炸裂する。
「オイル・シェル、だっけ?価値があるものがあればこちらから手を差し伸べる、いい具合の慈悲だね」
グランドライン特有の天然資源。空島の貝と面白さは違うけれど、どうもご立派なエネルギー。ベガパンクが注目し、そして軍事力に利用できぬかと世界が注目している妙なものが××国には大量に眠っていた。小さな島、極寒の冬島のため外交は殆どない。政府もそんな国があることを300年前まで気付かれなかったほどである。
「貴重な資源は世界の財産だ。正当な機関が管理するべきだろう」
の嫌味にサカズキは眉を跳ねさせるだけで感情を留め、息を吐いた。白い息がの頬に当たり、くすぐったそうにしながら、は首を傾げる。
「でも、それなら国を滅ぼして土地を貰った方が早くない?」
「それも手ではあるな」
おい、と突っ込むものは生憎ここにはいない。は「だよね」と自分とサカズキの意見が珍しく重なったことで声を弾ませる。それにサカズキは眼を細めてから「しかし」と前置きをした。
「一国を滅ぼすには相当の軍事力が必要となる。同時にこの島の気候はその土地の人間でもない限り、攻略することは難しい」
サカズキやクザンでも出て行けば一発で終了するだろうが、しかし態々大将が出張るわけにもいかぬという、微妙な匙加減があるらしい。それはにはあまり関係もないし、実際本当にあの国がなくなってしまったら嫌だ、と言うくらいには情もあった。
(あの子が大事にしている国ならね、消えてしまったら悲しいね)
心の中で呟いて、はサカズキを見上げる。
「センゴクくんがぼくに借りを作ろうっていくくらい、今回は政府も必死なんだね」
「気に入らんか」
「そうじゃ、ないよ。ぼくはね、サカズキがしろっていうならどんなことだってするよ」
真っ白い雪、吹雪の勢いも若干収まってきた。サカズキの腕の中にいればどんなことだって、何一つ恐ろしいことなどない。いつかこの心が自分の心臓を食い破るような日がくるのかとぼんやり思いながら、はぼんやりと、今回こんなことになったきっかけを思い出した。
連日連夜、政府と海軍本部との合同会議が続く。議題は様々なことだ。は参席を義務付けられてはいるけれど、参加義務はない。たいてい、用意された椅子から滑り降りて、地べたで折り紙やら積み木やらに興じ遊んでいることの方が多い。そんな中、ふと、円卓の上に並べられた書類をたまたま眼にやって、随分懐かしい顔にはしゃいだのが原因だ。
『おや、この子、王さまになったんだねぇ。昔は泣きべそばっかりだったのに』
魔女の一言は会議に水をさす、どころか、進展を与えてしまった。発言したその日の夜、はサカズキに酷い暴力を受けたものだ。が政府のなんらかに関わることをサカズキは極端に嫌っている。が何かして大海賊時代が終わる可能性があるとしても、サカズキは、そんなものを使わずに終わらせる手段を探すのだ。そういうサカズキであるから、の不用意な一言によって、が××国の王を説得する密命を受けたことが本当は気に入らぬのだろう。
××国の王とが出会ったのは、もう随分と昔のことだった。は別段、特別な思い出があったわけでもない。しかし、覚えてはいた。それがセンゴクに一計を投じさせる原因となった。自身に自覚があろうとなかろうと、たとえば幼年期にと、魔女と過ごしたものは、その心に魔女の姿を焼き付けてしまう。初恋の人、と簡単に言えばそうかもしれない、と揶揄ったのは誰だったか。昔からを知る殆どのものは、に憧れを持ち続けたまま大人になる。
なら王を説得できるのではないかと、そういうことだ。
なんとアバウトな、とドレークは額を押さえていたけし、もそう思う。しかし、今××国はまるで加入する気がないのだから、政府としてはどんな手段でも、とりあえずはとっておきたいということだろう。一人ならお土産でも貰って帰ってくるだけの可能性もある、ということで、が目的を忘れぬためと、そして大将格の人間が同行することで、意見を強調しよう、ということである。
は脳裏に、かつて出会った、今はこの国の王という少年を思い出した。そばかすいっぱいの顔で、いつも自信がなさそうに俯いていた。病弱で、ベッドから殆ど起きられなかった子供である。
「加入しようとしなかろうとね、ぼくはどっちでもいいんだけど、あの子に会えるのは嬉しいかな」
「確実に落とせ。貴様の得意分野だろう」
にこり、と笑ったにサカズキは容赦なく冷たい視線を投げてきた。得意分野、といわれ一瞬顔が引き攣る。サカズキは自分のことを売春婦とでも思っているのかと突っ込みを入れたかったが、肯定されるだけなので何も言わず黙った。
そうしてそのまま二人は沈黙する。は居心地が悪くなりながらも、それでもサカズキの腕から降りようとはどうしても思えず、そういう自分が嫌になった。それが顔にでも出ていたのだろうか、サカズキが目を細める。
「…なにか、貴様の話をしろ」
まだ、先ほどの「何か話せ」は続行らしい。二人で歩く雪道。まだまだ国の入り口は見えてこない。それにしても、どういう風の吹き回しかとは本当に疑問に思うのだが、それでもサカズキが言うなら、と再び口を開く。
「わかったけど、ねぇ、ぼくの話って、どういうの?」
「何が好きかでも話せばいいだろう」
そういわれてもは困った。好きなもの、など本当は何一つないことを口に出してしまうのは嫌だ。眉を寄せると、サカズキが息を吐いた。
「何もないのか」
「思いつかない。サカズキのことを聞いたら怒る?」
「私の話などどうでもいい」
は聞きたいと思ったが、あまり言って機嫌を損ねるのは得策ではない。黙って、それで何かを考える。
**
黙ったまま何かを考えているらしいを見下ろして、サカズキは眼を細めた。別段、これに興味が沸いて問うているわけではない。ただ、このまま無言で歩き続けてが一人眠るのが気に入らぬと、それだけだ。そういえばの寝顔など滅多に見ないことにサカズキは気付き、どうせ阿呆のような顔をしているのだとも思う。
ぽつり、とが口を開いた。
「雪は嫌いだけど、雪合戦とかはしたいって思うよ。本部ではしないのかな?雪合戦。いい訓練にもなると思うんだけど」
何か話をしろ、と振ったがこういう話題になるとは思わなかった。サカズキは少し考えた。
雪合戦、というのは何も子供じみた児戯、というわけでもない。戦略も使えるし、瞬発力、状況判断を鍛えるにも最適であった。まだサカズキとクザンが一般兵であった頃、冬に雪が振るたびに、そういえばそんな訓練をしたことを思い出す。
「新兵にはなるだろうがな。将官クラスにさせるのは危険だろう」
「どうして?」
「私やクザンが参加してみろ」
素直に想像したのか、が「うん、ムリだね」と笑顔で答えた。いい度胸である。この寒さでウンケの屋敷蛇が冬眠状態になければ張り飛ばしていたところだ、とサカズキは自分に言い聞かせた。ここでに治らぬ傷を作り、××国の王に謁見すればこちらが不利になると、わかりきっていることである。サカズキがを抱きかかえて運んでいるのも、言うなればそういう打算があった。でなければ誰がこんな魔女を助けるものか、と鼻で笑い飛ばしたくなる。それでも、その腕に抱く身体の存在感と重みに妙な安堵感を覚えるのも確かだった。サカズキはそういう己には一生気付かぬまま、の身体に寒さが入り込まぬよう、抱きしめる力を強め、また、隙間のないように己のマフラーをぎゅっと、の胸元に詰めた。念入りにしながら、会話は続ける。
「もし、仮に、行われるとしても、貴様は見ているだけになるぞ」
「ぼくも参加したいな。楽しそうだよ、雪合戦」
「貴様に雪玉を当てた海兵はそのまま縛り首だ」
即答すればが顔を引き攣らせた。おかしなことを言っている、という自覚はサカズキにはない。クザンあたりがいればいい具合に突っ込みをいれたのだけれど、生憎クザンは本部にて、サカズキがと出かけている間にたまってしまう書類を片付けさせられている。
「ゆきだるまとか、作ったら面白いよ」
「私が雪に触れれば確実に溶けるだけだ」
「サカズキは雪が嫌いなの?」
「触れられないものに興味はない」
きっぱりと言い切る。は「そう」と小さく笑って答え、ぎゅっとサカズキに抱きついてきた。顔が見えない体勢になり、サカズキは心が引っかかれるような妙な感情が沸き、聊か乱暴にの顔をこちらに向けさせた。
「ん、なぁに?」
「私が話している最中に、私から眼を逸らすな」
だから、お前はどこの亭主関白だ、と誰か突っ込める人間はここにいないのだろうか。見渡す限りこの場にいるのは無自覚ドS亭主候補と、M疑惑浮上中の従順阿呆の子だけである。
はサカズキに真っ直ぐに見つめられ顔を赤くしたが、逸らすな、という言葉に素直にこくこく、と頷くと、息苦しそうに眉をよせて唇から白い吐息を漏らした。
next
・二人っきりなので無自覚にいちゃつきまくるバカッポー予備軍←
何気に続きます。続くのはいいんですが、これ、続きが二週間以内にUPされなかったら永遠にお蔵入りだと思ってください。
(2009/12/2 16:57)
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